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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
六章 戦火再び
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7

「これが……」

 わたしの呻きにヴェロニカが頷いた。

 家の中すぐ、家具も何も無い部屋の中央にそれはあった。真っ黒な瘴気が次々と漏れ出している『切れ目』が空間を引き裂くように浮かんでいる。大きさはわたしの身長ぐらいだろうか。その切れ目から見える景色は靄がかかったようによく見えないのだが、見ているだけで冷や汗が出る為に凝視出来ない。この場に立っているだけでも嫌な予感、というものに支配される。負の空気でいっぱいなのだ。

「向こう側をあまり覗いてはいけない。取り入られるぞ」

「ということはあの先は人間界ではないってことですね?」

 わたしは顔を背けながら問う。

「だろうな、魔界か亜空間だろう。ノソノソしてるとまた魔物が増える。取り掛かるか」

 ヴェロニカが言う通り、今にも切れ目からモンスターが出てきそうだ。波打つように歪んでいる。わたしとセリスは慌てて身構えるものの、することが分からない。二人してヴェロニカの動きを注視するに留まった。

 ヴェロニカは懐を探ると何かを取り出す。手元に隠れる大きさのそれを使って床に線を引き始めた。魔法陣を書く為のソーサラー用のチョークだ。

 ヤバイ、持ってきてたっけ、とわたしは慌ててポケットを探る。

「破魔の陣、今回は水のエレメンツに比重を置く。指示通り描くように」

 ヴェロニカが言い終わると同時にわたしはズボンの後ろポケットからチョークの入った小さなケースを取り出す。

「外周はバロン式のままでいい。……北方向にウンディーネの印を……そう、それで」

 わたしがヴェロニカの指示に従い、床に白い線を書いていく横でセリスがメモを取る。しばらくそれが続いた。

「……まずい、マナが乱れ始めた。急ぐぞ」

 ヴェロニカの一言に飛び上がる。熟練の魔術師は落ち着いた様子で杖を振りかざした。

『揺蕩うマナよ、彷徨える精霊よ……』

 ヴェロニカの唱えるディスペルマジックの詠唱はわたしの知っているものと寸分変わらないものだった。呪文の方はアレンジ無しという事だ。これならきっと大丈夫だろう。後はセリスと二人になった時、解除中にモンスターが現れたりしなければ……。

 ふと窓の外に目が行く。遠くの民家の屋根の上に羽根の生えた蛇、といったシルエットが見える。あんなモンスター、見たことも聞いたこともない。わたしはゾッとして腕を摩る。

 本当に町は大丈夫なんだろうか。魔物の数も異常だし、兵士は少ない。わたし達はサントリナを守れるんだろうか。

 無意識に腕を摩り続けるわたしを、柔らかい光が包む。前を見るとヴェロニカの呪文が完成し、空間に出来た切れ目が光を放ちながら歪み始めていた。

 ウネウネと面白い動きを見せていたそれは、次第に小さくなっていく。魔法陣からの光が一段と強くなると音も無く消え去っていった。

 何も無くなった空間を三人共暫く見つめる。窓から差し込む光によって室内の舞う埃がよく見えた。

「……城は大丈夫でしょうか?」

 イリヤとヴェラだけになったサントリナ城のことを今更ながら心配する。

「敵の来襲に、木切れを追う犬かのように出て行った武官達と違い、私の優秀な部下達が残っている。大丈夫だ。私も今、戻る」

 個人的な感情が強く入った見解で、あまり信用出来ないものじゃないか。顔に出ていたのかヴェロニカは、

「国王がいらっしゃるのだ。城周辺の守りが一番厚いに決まっている」

と付け加えた。

 続いて空き家内を見回す。隣りのこれまた埃だらけのダイニングに入ると、ヴェロニカは先程部下から受け取っていた紙の筒を取り出す。

「こちらに」

 短い命令にわたしとセリスはダイニングの備え付けのテーブルに置かれたそれを覗き込む。渡されたのは地図だったらしい。ざっと見たところ中央にサントリナ城がある町の地図、要するにここの地図だ。数箇所、赤い点と注意書きのようなものが載っている。

「これは?」

 セリスが指差す。

「アルダが張った召喚魔法陣の位置がある。これを見て対処していくように」

 ヴェロニカの答えは半ば予想していたものだったが、それでも驚く。まだ発生したばかりなのに、もうここまで把握しているのか。

「部下の探知魔法は優秀だろう?敵兵の来襲やら犯罪者の暴力沙汰やらは知るところではないが、マナの乱れや大きな魔力の動きは絶対に把握する。宮廷魔術師の仕事の一つだ」

 ヴェロニカの胸を張るかのような雰囲気の話しに「はあ」だけの返事も何かな、と思い付け足す。

「八箇所じゃないんですね……」

 わたしの言うのは地図に書かれたポイントの数だ。サイヴァの好む数字のいえば『8』。しかし書かれた数は、1、2……5つ。ふと閃き、わたしはポイントとポイントの間を指でなぞっていく。

「逆五芒星、なるほど。負の力の流れですね」

「その通り、サイヴァ教はシンボルの誇示や教義普及をあまり重要視しない。素直に陣の効果の増幅を狙っただけだろう」

 ヴェロニカはわたしにそう答えると、

「では私は城に戻る」

と言い放つ。わたしとセリスは同時に叫んでいた。

『帰っちゃうの!?』

「……もう十分だろう。他に教えることもないんだが」

 嫌そうな顔に一つだけ確認したいことが浮かんだ。

「あの、さっきの『目』って何です?」

 ヴェロニカはそれに対して答えるような気配が口元に見られた。が、思い立ったようにそれを閉ざす。

「……仲間のエルフにでも聞くがいい。私が一番驚いたのが、あの長寿種がお前といることだ」

 それを聞いてわたしは固まる。

 アルフレートなら知っている、それが何だか言いようのない不安となってわたしを襲う。理由は分からない。ただ、あのアルフレートが黙っている、ということだ。

 そんなわたしの様子を暫し見ていたが、ヴェロニカは直ぐに踵を返す。

「うぇ!?」

 杖を押し付けられたセリスが奇妙な叫び声を上げ、出て行くヴェロニカと立ち尽くすわたしを交互に見た。

「……大丈夫?」

 普段、意地悪な友人の声に心からの心配を感じる。それ程ひどい顔をしていたらしい。

「大丈夫、時間無いし行こうか」

 今は考える時間じゃない。それは自分に向けた言葉でもあった。

 次の目的地を確認する為に地図を見る。

「今……ここよね?じゃあ右回りに行くとして、次はここかな」

 わたしは王宮の北東に位置する現在地を指差し、次にその南を指す。

「この辺って、あのハンバーガー屋があったところ近辺じゃない?」

 セリスの言葉通りに思えるが、ポイントを示す丸の横に書き込まれたメモの意味がわからない。

「『地下』って何だろう?」

 わたしが言うとセリスも案の定、首を捻る。

「またどこかの空き家なのかしら。地下室のあるような家、って考えれば、ある程度絞られる気もするけど」

セリスにわたしは頷く。

 地図を丸めると、空き家を出ることにする。問題は魔法陣を消す作業よりも、表のモンスター達に見つからないよう移動することかもしれない。喧騒の続く気配にわたしは眉を寄せた。

 煙の臭い充満する街中へと戻る。セリスとわたし二人では敵に会った時、逃げるのが一番だろう。足の感覚を確かめるよう、靴の踵部分を引っ張った。

「方向は、こっちよね」

 わたしが『方向は』と強調した意味は、方角は合っているが敵がいるかいないかは別、ということだ。セリスも承知しているようで、そちらを注視している。

「……ま、なるようになるわよ」

 赤毛の魔女は本来の気楽さに戻ったようで肩をすくめた。すると、

「俺もそう思うなー。考え込んだら前に進めないっしょ」

「フロロ!」

下からの声にわたしは飛び上がる。驚いてではない。喜びの為だ。

「隊長さんからとにかく情報と、敵の尻尾追ってくれ、って頼まれてたんだけど、こっちで一緒に行動してた方が良さそうだな」

 普段通りの生意気な口調に暢気な物腰だったが、彼の頬にも煤の痕があった。




 二個目の召喚魔法陣のポイント付近まで来たものの、実物が見つからない。狂ったようにメイスを振り回すゴブリンを視界に入れながら、わたしは細い路地から首を出す。さっと見ては隠れ、隠れては様子を見る。

「こうコソコソしてちゃ探せるものも探せないわね」

 セリスが額に汗を浮かべながらぼやいた。

「シーフの素質ないなあ、二人共」

 フロロの軽口には、

『ならないからイイ』

魔女二人で揃って返す。

 しかし壁に張り付いてるだけで進歩が無いのは確かだ。時間も無限ではないので早いところなんとかしたい。わたしは頭に入れた情報に漏れは無かったか、と地図をもう一度ひらいた。

「何だこれ、きったねえ字だなあ」

 わたしの腕にしがみつき、横から覗き込むフロロが地図に向かって悪態ついた。

「急いで書いたものなんでしょ。……だから情報もかなり大雑把なのよ。この辺の地下室があるところなんて、しらみつぶしに見ていくしか無いのかなあ」

 眉を寄せるわたしとは対照的にフロロは手を叩く。そして路地の奥を指差した。

「地下、っていったら部屋だけじゃないぜ」

 フロロの指し示すもの、それは植物の絵が掘られた鉄製の蓋。地面に埋め込まれたマンホールだった。

「下水道ね!」

「人目につかないのが条件なんだ。いかにもありそうだろ?」

 盛り上がるわたしとフロロを見ながらセリスが嫌そうに目を細める。

「……入るの?」

 躊躇する気持ちは分かる。下水道なんてまず浮かぶのは酷い悪臭だ。しかしここで『臭いから無理』なんてワガママも言えない。

 セリスを宥める間にフロロが何処からか、バールを持ってきた。

「……なんでわたしなのよ」

 バールを手渡されたわたしは眉を上げる。

「この中じゃ一番力ありそうかなって」

 フロロの言葉に反論しようとして、口を閉ざす。モロロ族のフロロと細身のセリス、に比べれば確かに……わたしなのかなあ?

 やっぱり無理じゃない?と言おうとした時だった。フロロにものすごい勢いで腕を引っ張られる。文句を言う暇も無く、知らない人の家に、勝手口から中に転がり込む。

 扉の隙間からフロロが外を窺う。その彼の頭の上からわたしも表を見た。すると先程まで話題にしていたマンホールが浮き上がっているではないか!

 がん!と割れるかのような勢いのいい音を立てて蓋が飛んでいく。中から飛びたしたのは灰色の肌をした人ならざるもの。豚のような鼻と牙が覗く口元は醜く歪んでいる。何より目を引くのが大きく長い腕だ。膝まで届く手には汚れたピッケルのようなものを持っている。

「オークだ……」

セリスが掠れた声で呟いた。

 この『堕ちた者』とも言われるモンスターを特別に忌み嫌う人は多い。ゴブリンやトロールとも違い、生物としての文化的営み、生活感が一切無く、ひたすらに破壊に走るバーサーカーだからだ。文化形態の無い彼らにあのような武器を与えているのは邪神だともいう。もちろん家族を奪われた人間が多い事こそ、一番大きな理由だろう。

 目の前に現れたオークは二三度大きく息を吐き出すと、駆け足で路地を出て行く。まるで目的があるように……命令でも受けたかのような動きだ。

「今だ!行くぞ」

 再びフロロに引っ張られる。たった今、オークによって開けられた下水道の入り口に走ると、三人して梯子を降りる。このような展開は不本意とはいえ、こうして道は開かれたのだし、この奥に魔法陣がある、ということが確定されたようなものだった。

 中は予想以上に水の音が大きい。ごうごうと全身を震わせるような轟音は、暗闇の中で不安を加速させた。恐る恐る鼻から息を吸い込むが、思っていたような悪臭はしない。下水特有の臭いも勿論あるが、カビ臭さと何より焦げ臭いのだ。

「消火の水が大量に流れてきてるんだ」

 フロロがわたしの思ったことを代弁する。わたしは一呼吸置くと、呪文を唱えて光源を呼び出した。

 パッと現れた光景はバレットさんの屋敷の地下を思い出すものだった。かなり広い。通路の真ん中を流れる水路には濁った水が大量に流れている。

「リジア、どっちだか感知出来そう?」

 セリスの質問には全力で首を振る。

「無理無理むり!あんな芸当出来ないわよ」

 あんな、とはヴェロニカがやった『センスマジック』だ。魔術師なら誰でも出来る能力ではあるが、せいぜい目の前にある、もしくは手に持ったマジックアイテムの魔力を感知する程度だ。山籠りでもすればあのような事が出来るんだろうか?

「だよね……私も無理だわー。どうする?適当に行っていい?」

 セリスが言うと本当に適当に進みそうである。頷くか迷っていると、

「ちょい静かに」

フロロがこちらを手で制しながら耳を動かしている。開いた目は彼が集中している証だった。

「こっち」

 フロロは迷いの無い様子で通路を指差した。さすがはベテランシーフ。初めから彼に任せれば良かったのだ。

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