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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
六章 戦火再び
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6

 ボソボソと不安を口にするわずかな声しか響かないホール内。この状況の割りには不気味な程静かといえる。誰もが怒涛の展開についていくのがやっとで、様子をじっと見守る段階なのかもしれない。ヴェロニカからの視線に気付かない振りをしつつ、わたしは考える。。

 まず明らかなのは、彼女はわたしに好意を持っていない。これまでの事と視線から感じる気配で分かる。敵意……とまではいかないが嫌悪感を持たれてるという感じか。年上のいい大人にこういう反応を持たれるのはなかなかキツイものがある。嫌でも自分の非を考えてしまうからだ。

 ただ理由が分からない。本当に思いつかないのだ。なんせ今まで一切絡みが無かったのだからしょうがない。

 時折、兵の集団が駆けていくようなドドド、という足音が響く。その彼らの総指揮に当たっているはずの国王を始め、王族達はみんなホール内からはいなくなっていた。もちろん、レイモンとアルダも。

 あの二人が動くとすれば今、この混乱に乗じてだ。本当なら真っ先に探すべきなのだろうが……。

 いても立ってもいられない、とはこの事か。わたしは周囲をうろつき始める。

「そこの魔術師」

 ヴェロニカから発せられた女性にしては低音の声に体がビクリとした。来た!何だか分からないけど、とうとう来た!

「私と一緒に来てちょうだい」

 ぶっきら棒だが意外な申し出に戸惑う。目線ははっきりとわたしの顔を捉えている為、わたしに尋ねているのは明らかだ。テーブルを挟んだ側にいるセリスに向けたものでは無い。

 しかしこの場を離れていいものか、というものある。

「な、なんでしょうか?」

 自分でも作り笑いが下手だな、と引きつる頬を感じつつ質問する。ヴェロニカは間を置かずに答えた。

「我々、宮廷魔術師にも僅かながら敵を討つ術を持っている。兵力が減っている中でのこの惨事だ。出し惜しみする訳にもいかないだろう」

「と、言いますと……?」

 なんだか大きな話に自分とは益々縁の無さを感じる。眉を寄せるわたしにヴェロニカは続ける。

「町中に大規模な結界を張る。それと同時に法力を使用するタイプの兵器を準備させる。私の部下は粒ぞろいだが、その分人数は少ないんでね。とにかく今は魔術師の手伝いが欲しい」

 わたしは頬の引きつりが大きくなった。

 おいおいおいおい、思った以上、というか完全に想定外の要請じゃないのよ。

 ホール内の残った仲間は勿論、貴族達もわたしを見ているのが分かる。心臓の音が徐々に大きくなり、わたしは完全にびびってしまっていた。

「あの、えっと……」

 口ごもりつつセリスの顔を見てしまう。セリスの方は眉を少し上げただけだ。アルフレートはいないし、困ってしまった。

「彼女もソーサラーなんです、というかわたしに比べたら彼女の方が適任じゃないかと……」

 セリスを指差し、自分でも言いながらシマッタと思う。何より情けない。でもただでさえ一人前とはいえないわたしがこんな大事に関わって上手くやれると思えない。それにこの気難しそうな宮廷魔術師の前でいつも通りのヘマでもしようものなら、どんなお叱りが待っているやら。そう、逃げである。

 セリスはわたしに怒るわけでもなく、何も言わずにヴェロニカを見ている。普段通りのままだ。

 わたしの受け答えにもヴェロニカは怒りもせず、かといって笑顔にもならず、少し機嫌の悪そうな顔のまま口を開く。

「なら二人共来なさい」

 ですよねー、と言いたくなる通達である。

 わたしは最後の望みとばかりにイリヤを見た。

「打ち合わせが狂うのはあるけど、ここは俺らが残るから二人は行ってきなよ。町のこと考えたらその方が絶対いい。それに……怒らせたら怖そうだし」

 後半を小声で言うイリヤを、わたしは睨む。だから行きたくないんだって!

 渋々近寄るわたしとセリスに、ヴェロニカは軽く頷くとさっさと扉に向かう。

 無言でわたし達を見守る貴族達を背後にセリスが口を開いた。

「あーあ、今回は何にもしないでぼーっとしてれば解決かと思ったのに」

 口を尖らせるお嬢様の言葉に、わたしは逆に少しだけ前向きになる。

 そう考えると何もしないでいるよりは、町に結界やら敵を討つ兵器の準備やらなんて大活躍の予感がする、かな?まあわたしにできるのはせいぜい足を引っ張らないよう言われた事をこなすだけだけど。

 そのまま廊下に出たわたしは直ぐにへたり込みそうになる。

「燃えてる!」

 南方向の空が赤い。曇り空で真っ黒だったはずだが城の外、町の中心と思われる方向が真っ赤なのだ。夕焼けにはまだ早い時間だった。

ヴェロニカは舌打ちする。

「戦況の変化が早すぎるじゃないか。やっぱり『下拵え済み』ってわけか」

 男勝りに吐き出す憎々しげな言葉に迷う。彼女はやっぱりレイモンとは無関係なのか。それともポーズか……。

 スリムな体に似つかわしくない力強い歩き方のヴェロニカについていく。廊下には普段なら並んでいる見張りの兵士の姿は無い。殆どが渦中に駆り出されたということだ。外の様子がとにかく気になる。

 空気の唸り声のようなものが聞こえ出す。身に覚えのある轟きに肌が泡立った。戦乱の音だ。叫び、悲鳴、破裂音、破壊音などの混じったものだ。距離を置いたここだとこんな風に聞こえる。

 前を行くヴェロニカの足が速いのもあるが、わたしも焦りから半ば駆け足になる。

 着いた先は城の南西にある、本殿とは別の二階建ての建物だった。中に入るとここが何の建物なのかがすぐ分かる。壁一面に敷き詰められた本棚に書物、テーブルには実験器具や魔唱石、薬品などが並んでいる。フードをかぶった魔術師らしき人物が何人もこちらを見ていた。魔術師達の集まる詰所兼研究所のようなものだろう。わたしもソーサラーの端くれだ。見慣れた雰囲気に少し息つく。

「状況は?」

 ヴェロニカの声掛けに一番入り口近くにいたヴェロニカと同年代らしき女魔術師が答える。

「ヴェロニカ様の予見通りでございます。街中に発生したモンスターは町の東側からやって来ています」

「やはりか、国境に注目が集まっている状況だ。来るとすれば東だと思った。ドシェクめ、素直に言うことを聞いておけばいいものを」

 何やら城の中でも兵士と魔術師達では足並みが揃っていない様子。しかしわたしが気になったのは会話の内容よりも彼女達の冷静な態度だった。戦乱に慣れている……というよりは浮世離れしたソーサラーらしい性格故に、実験の一つの話しでもしているかのように見えるのだ。

「それよりもヴェロニカ様、モンスター達の大部分は市内から直接発生しております」

『は?』

 ヴェロニカより早く、わたしとセリスの声が重なる。ヴェロニカの方は顔色一つ変えることなく頷く。

「それも予想通りだな。読みは当たっているのだ。あとは一つ一つ処理させていただく」

 そう言うとヴェロニカはわたし達の方に向き直る。

「小細工を効かせて見張りの薄い東側から侵入させる、というのも小細工だということだ。本命は街中にあると思われる召喚ゲート。それを一つ一つ消していき、代わりに浄化の陣を張らせていただく」

「ちょちょちょ、待ってください!」

 わたしは手を振りつつ叫ぶ。

「話しが飲み込めません!モンスターの軍勢が東側から来たのまでは分かりました。けど召喚ゲート!?街中って?え!?」

 バカみたいに大声になるわたしとは対照的にヴェロニカ、それに報告をする女魔術師も冷静な顔のままだ。ああ、こんな人達と絶対一緒に働きたくない。

「人間の町を襲う時、相手の陣地内に召喚ゲートを張り巡らして直接悪鬼を送り込む。サイヴァ教徒の常套手段だ」

 少々苛立ち始めた感のあるヴェロニカ。彼女にわたしはまた問い返す。

「誰が!?んなトンデモナイことを!」

「長年に渡って王家にへばり付いてきたあのサキュバスに決まっているだろう」

「アルダ?」

「……今はそんな名前だったな」

「知っていたならなぜあなた達は何もしなかったの?」

 思わず口にしてしまった疑問に一瞬、場が静まり返る。しまった、と思うが予想したような叱咤は飛んでこなかった。

「勝てないからだ、彼女には。我々の誰も。相手の策に掛かってから、混乱に乗じて討つしかないと結論づけた。……さあ行くぞ」

 少し不機嫌にさせてしまったらしい。ヴェロニカはこちらの顔を見ずに部屋の奥に歩いて行ってしまう。さっさと階段を上っていく彼女のあとを、わたしとセリスは追いかける。

 一階の雑多な雰囲気とは違い、二階は部屋の中央に大きなテーブルがある以外はガランとしていた。そのテーブルの上にある大きな木の杖をヴェロニカが持ち上げる。

「これを使いなさい。破魔の石が付いているからお前達でも『ディスペルマジック』が使えるはずだ」

 ぽんぽん、とヴェロニカが叩く杖先に、乳白色の丸い宝石が埋め込まれている。魔力が働く媒体のマナを強制的に四散させる魔法『ディスペルマジック』。簡単な……例えばわたしと同じ学生が掛けたような魔法を解いたことはあるが、モンスターを召喚するなんていう明らかに高難易度な魔法はやったことがない。この古ぼけた木材の杖があれば可能なんだろうか。

 わたしはおずおずと手を挙げた。

「あの、というかわたし達がやるんで?」

「途中までは私も行く。手順を覚えたら二人でやりなさい。私はここに戻って兵器の準備だ」

「わたし達も手伝います?」

 単純に二人では心もとないので言ってみた申し出に、ヴェロニカははっきりと顔を歪めて答える。

「お前が?冗談じゃない、ただでさえコントロールの難しい物、お前に使わせられるか」

 それを聞いてセリスが豪快に吹き出す。な、なんて暴言……。いや、本当のことだけどなんでこの人がわたしの魔法の腕を知ってるの!?

 わたしの半泣き半怒りの顔を見て、ヴェロニカは真顔に戻る。

「お前」

「はい?」

 お前、って言い方好きじゃないなあ、と思いつつ返事する。

「お前、自分が『目』だってことも知らないね?」

「は?」

「……もういい、行くぞ」

 今度は一階に下りていく彼女を二人の卵が追いかける。何?何なの『目』って?

 建物の出口に先程の女魔術師が筒になった紙を持って立っている。ヴェロニカにそれを渡しながら、

「印は付いてあります」

そう言って頭を下げた。ヴェロニカはぶっきら棒にそれを受け取る。

 その時、聞こえてくる喧騒が一段と大きくなった。




「う……」

 むせ返る血と煙の臭いに口元を抑える。覚悟はしていたというのに、町の様子は予想よりも酷いものだった。

 火の手が回る建物とその火の粉から逃げ纏う人々。兵士達の誘導も間に合っていない。何よりも町を異様なものにしているのが魔物達の姿だ。ゴブリンの集団に空を黒く染めるインプの群れ、大型のモンスターであるトロルが丸太のような腕を振り回して建物を壊す光景さえある。

 わたしはただただショックだった。美しい景色のセントサントリナを知っているからか、はたまた単純にこの悪夢のような光景にか。それとも、このようになるまでに何も出来なかった自分の無力さになのか。

 無意識に頬を涙が伝う。悲しい、辛い、そんな感情が沸き起こる前に涙が流れてしまった。そんなわたしの腕をセリスが引っ張る。ヴェロニカが既に歩き出してしまっているからだ。珍しくセリスの顔色も悪い。頬が引き締まる彼女の横顔はひどく美しいものに見えた。

 悪鬼相手に奮闘する兵士達の姿を見て、自分の仲間達のことも心配になってくる。彼らの腕は信用しているけど、無茶はしないで欲しい。城に残ったイリヤとヴェラも大丈夫だろうか。

 暴れるモンスター達に気付かれないよう、隠れるように歩く。しばらく背を丸めて歩いていると、前を行くヴェロニカが小道に入る。モンスターの姿が見えなくなっただけでもホッと息つく。

 民家と民家の間を縫うように走る小道を三人で小走りに急ぐ。ふとヴェロニカが立ち止まり、手を前に突き出した。

 空を探るように動かし、目を閉じて呼吸を整えている。『センスマジック』の力を使っているのだろう。辺りの魔力の働きを探っているのだ。

「……こっちだ」

 ヴェロニカが指し示した先にセリスと顔を見合わせ、驚く。小さな民家があるだけだったからだ。手入れのされていない庭を見るに空き家だろうか。

 とはいえ自分の家でもないのにずかずか入るのは気が咎める。しかし扉を開けて手招きするヴェロニカに従わないわけにもいかない。

 雑草に隠された状態の飛び石を足で探りつつ中に入る。ヴェロニカが手で押さえる扉をくぐると、わたしとセリスは息を呑んだ。

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