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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
六章 戦火再び
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危険な男

 答えの出せないわたし達へ、救いの手は意外なところから出された。

「レイモン様、ご自宅にお戻りになりますよう」

 溜め息つかんばかりの顔で近づいてきたのは、表の見回りをしていたらしき兵士。一般兵ではないようで甲冑の胸の部分に青い紋章が付いている。

「先程の話しで納得していただけたと思ったのですが。このような状況下、安全が確認されるまでご自宅に待機していただきたい。ましてこのような夜に……」

 兵士の小言をつまらなそうな顔で聞いていたレイモンだったが、一変、にこりとする。

「そうだったね、申し訳ない。それでは帰るとするよ」

 そう言って半歩下がると、また口を開く。

「じゃあエリーザベトの誕生日に」

 笑顔の作り方が自然、且つ上手なのは流石というべきか。小言を終えた兵士に連れられて去っていくレイモンとアルダを見送る。それらを遠巻きに見ていた、こちらの屋敷前の見回りしていた別の兵士が溜め息をついた。

「ったく、普段みたいにうろうろ、うろうろ……。そりゃあやる事無くて暇なのかもしれないけどさ」

 そういう身分になってみたいもんだ、と口にした時、わたしと目が合う。するとマズいと思ったのか黙って見回りに戻って行った。

 何だか意気込みを削がれてしまった感があったが、わたし達もファムさんに手を振ると屋敷を出る。暗い林道に入るとすぐに、アルフレートがふっと笑った。

「お前の評価は低いようだが、あれは相当危険な男だぞ」

「……そう?」

 アルダの態度の方が怖かったわたしは素っ気なく答える。ローザがヘクターと目を合わせ、肩をすくめた。

「狡猾で残忍の人間の匂いだ。それに見た目のいい人間というのは総じて自己評価が高い。自分こそ王に相応しいと信じているだろうな。……気になるのは奴の動き方だ。なぜ急に忙しくなくなった?」

 アルフレートはこちらの反応を待たずに「さて」というと分かれ道を左に行く。

「王子達を呼んだ後、少し用事がある。明日中には戻ると思うが」

 予定には無い申し出に戸惑う。しかし反論しても無駄だろう。

「誕生日会、明後日なんだからね?……有れば、だけど」

 戦争一歩手前、かもしれない状況だ。このまま王妃のお誕生日会なんて悠長なものがあるんだろうか。わたしは自分で言って自分で首を傾げる。

「自己評価が高い、ねえ。自分はどうなのかしら」

 去って行くエルフを見ながらローザちゃんがぽつり呟いた。




 濃い土の匂いが充満している。わたしは静かだが張りつめた空気の宿営地をきょろきょろと見回した。白いなめし革のテントがそこかしこに並び、無数の松明からは黒い煙が立ち上る。夜だと言うのに誰もが忙しなく動き回るここは、規律が全てだと思わせる空気があった。兵士達のグリーブが鳴らす重い音だけが響く。

「さて、百人隊長のおっちゃんはどこかな」

 フロロがヘクターの頭の上から辺りを眺める。するとすぐに後ろから、太く力強い声が響いてきた。

「来たな、悪ガキども」

 振り返った先にいたのは、デイビスよりも更に大きな男性。重々しいプレートアーマーを完全に着こなす様は、ラグディスの神官騎士隊長ガブリエルを思い出させた。こちらの方が更に顔は厳めしい。目よりも太い眉、きつく結んだ口元からして頑固そう。武神が舞い降りてきたらこんな姿かもしれない。

 しかしわたしとローザちゃんの顔を見ると恭しく頭を下げる。

「失礼した、神官殿。そちらの魔術師殿はお初に見える。私はこの『青き美馬隊』隊長、イザーク・ドシェクと申す。助力に感謝する」

「そんなに堅苦しい挨拶抜きにしましょうよお」

 我がパーティーの神官様はそう言って、おほほ、と笑う。そしてわたし達を指差した。

「あたしは治療に回るから、この子達の相手をお願い」

 イザーク隊長は「了解した」と言って、また頭を下げ、フロロは「この子達……」とぼやく。うーむ、やっぱりサントリナは神官の地位が高いのだな。

 兵士に案内されながら行ってしまうローザを見送る。するとこちらには別の兵士が案内にくる。

「隊長、西のテントが空いております」

「よし、そちらに向かう」

 簡潔で明瞭な返事をし、右手に足を向ける隊長にわたし達もついて行く。隊長の深い青のマントが目の前で揺れるのを見て、わたしはようやく思いついた。そうだ、サントリナ王室の青は海の青なんだわ。気が触れたとしか思えないアンリ幽王の真意が分かっただけでも、今回の旅はめっけ物なのかもしれない。

 途中、地中から這い出る魔物のうめき声のようなものが聞こえる。声の方向に目をやると、宿営地の外れに兵士達が数人。それに囲まれるのは後ろ手に縛られ、顔を倍程に腫らした男達だった。こういうのに慣れていないわたしは思わず目を背ける。

 無人のテントの中には一枚板の無骨なテーブルに丸い腰掛けが数点。あとは天幕の中央に吊るされたランタンがあるのみだった。

「夜も遅く、時間も無い。簡潔にいこう」

 イザーク隊長は奥の椅子に腰掛けるなり、そう切り出す。わたし達は慌てて席についた。一息入れて、すぐに隊長の話しが始まる。

「外にいた虜囚だがな、大した情報は持っていない。始めから口を紡ぐ気配も無し、あのようになっても新たな話しは出なかった」

「裏にいる奴への忠誠心はまるで無しってことね。それで『大したことない情報』ってやつは?」

 フロロの生意気なまとめに、隊長は顔色一つ変えることなく頷く。

「あいつらは全員、ここ周辺のならず者集団の頭だ。中には警備兵が長年追ってる奴もいてな。これだけでも『元』は取れたようなものかな。……それで、だ。奴らの話しによると、ほとんどの連中が金で動いただけらしい」

「……金だけの力だろうと、『金を運んだ奴』がいるはずだろ?」

 フロロの不機嫌な尻尾の揺れを、隊長の方が「まあまあ」と落ち着くよう促す。その様子があべこべに思え、端から見ていて面白い。

「話しを持ち込んだ者の人相を聞いてもな、ある者は絶世の美女が来たと言い、ある者は屈強の男だったという。ある者は腰の曲がったじいさんだったと言うし、婆さんって話しもある」

「それについては心当たりがあるわ」

 わたしは手を挙げて答えてみたものの、暫し考える。絶世の美女、はアルダ本人で問題ない。老人だってあの蜂の警告をした老夫婦だろう。腰は曲がっていなかったけど、そんなもの芝居一つで何とかなる。でも屈強の男、とは?レイモンだろうか。彼もなかなかの肉体美だとは思うけど、『屈強』という言葉は合わないな。まさか更に仲間がいるんだろうか。

 わたしが色々考えている間に、ヘクターが口を開く。

「ほとんど、って言いましたよね?『ほとんどが金で動いた』ってことは、違う奴もいたんだ」

 ヘクターの言葉にイザーク隊長は「その通り」と太い声をテント内に響き渡らせる。

「その話しを持ちかけた人物とやらが、下っ端のならず者に大量の金貨をばらまいたって話しだ。ただ、外で転がってる『元』頭領ども自体は『脅された』と言っている」

「マジで言ってんのかよ!」

 フロロが頭を抱えながら悲鳴のような甲高い声を上げるので、思わず彼の顔を見る。その視線を受けて、フロロは指を振った。

「あのさ、こういう連中が『脅された』と感じて、言う事聞いちゃう相手っていったら、自分達より更に強い存在なわけ。強きに従う、が一般人より染み付いてるんだな」

 なるほど、力こそすべて、というわけか。わたしは少し考えてから頭に浮かんだ『強き存在』を口にする。

「……黒鼠とか?」

 あの黒尽くめ達はレイモンに協力しているはずなんだから、十分あり得る。だが、わたしは言ってしまってからはっとして、隊長を見る。イザーク隊長は静かに首を振った。

「構わん、あの連中が不穏な動きを見せていることは、一応、私の耳にも入ってきている」

 そう言う隊長の眉間に薄ら皺が寄る。こういう正規の兵団と黒鼠では、また色々と確執もありそうな……。何かを言いかけた隊長を遮ったのはフロロだ。

「そいつらかも知れないし、違うかもしれない。俺の考えだと違うと思うね。なんせ圧倒的に数が足らない。でも問題は圧倒的な力の存在が、確かに動いてるってこと」

 そう締めくくるとフロロは、見た目と違っておっさんくさい溜め息をつく。しばらく目を瞑って考えていたが、またぱっと大きな目を見開いた。

「それで、俺らにここまで情報開示してくれる理由は?」

「我々と冒険者との大きな違いはなんだ?」

 質問に質問で返す隊長。わたしは考えることもなく、反射的に答えていた。

「自由とか?」

「その通り、我々には自由がなく、君らには自由がある。我々は命令が無ければ動く事も出来ない。が、君らは興味さえあれば動く事が可能だ」

 あ、なんか嫌な予感がする。

「というわけで王妃のパーティーぎりぎりまで、不審な影があれば追ってもらいたい」

 初めて見せる笑顔でこちらを見るイザーク隊長。この雰囲気で彼が今までどのように部下を掌握してきたのかが窺えた。

「で、でもそんな恐ろしい存在、わたし達じゃ太刀打ち出来ないんじゃないかなーって」

 引きつり笑顔で誤摩化そうとするわたしを、隊長は首を振って制止する。「それでもやらねばならん」という呟きを交えて。

「……言いたくないが王妃の誕生祝いは必ずある。陛下は絶対に中止にはなさらないだろう」

 隊長の溜め息は理解出来る。だってどう考えてもそんな場合じゃないもん。しかし何でまた隊長は中止にならない、と思うんだろう。

「でも近しい人だけ、って話しじゃん。少人数でこそこそっとやって、すぐ終わりじゃないの?」

 フロロは『だったらやってもいいじゃん』と言いたげだ。

「違う、逆だ。有力貴族がわんさと来る。いいか?『近しい者だけ』と言われて、それに入れなかったものはどう思う?」

 隊長の言葉にわたしとフロロ、ヘクターは顔を見合わせる。色んな人に良い顔しなきゃいけないなんて面倒な世界。……ってそんな事より、じゃあ何?誕生日会はサントリナ中のお偉いさん、というか重要人物が一同に会しちゃうの?聞いてた話しと全然違うじゃん!

 わたしはおそるおそる尋ねる。

「そ、それってつまり……」

「そうだ、明後日はとても重要な日になる。今の不穏な状況も『こんな時に』というのが半分、『起きるべくして起こった』というのが半分、だな」

 そこまで言うと隊長は席を立つ。ランタンが作り出す彼の影が様々な形に変る。

「一つ気がかりなのが、表で転がってる連中の一人が言ったものでな。別荘地を襲うよう持ちかけてきた人物とやらが、『魔物を伴っていた』と言うんだ」

「魔物を?」

 急に出てきたとんでもない話しに、わたしは返す声が大きくなる。魔物を引き連れるような人物なら、山賊が圧倒されて傘下に入ってしまうのも頷ける。問題はそんな事が可能なのか、ということ。一つ思い浮かぶとすれば、グールなどの不死生物を下僕に使う『ネクロマンサー』のような闇の魔術師だ。あとはラグディスで何度も戦うはめになった、フォルフ神官の作り出す不気味な泥人形達も同じ類いだと思われる。こちらは二度と会いたくないな。……まさかね?ただフォルフ神官とアルダの共通点はサイヴァ信者だということだ。

 事の深刻さにわたし達は沈黙してしまった。イザーク隊長はみんなが顔を伏せた絶妙のタイミングで、重々しく口を開く。

「私も明日中になんとか出来るとは思っておらん。当日は何事もなく会が進むよう、警備を強化する。我が隊の大部分が国境付近に行ってしまっているが、残ったここの連中だけでも城を死守するさ」

 頷くわたしの横でフロロがテーブルに突っ伏す。そして溜め息混じりに呟いた。

「でも偉そうに言ってもさー、百人隊長なんだから百人しかいないんしょ?」

 これに顔色を変えたのは隊長本人ではなく、横にいた兵士だ。

「無礼だな!イザーク隊長はその何十倍もの兵をまとめるお方だぞ。『百人隊』というのも大昔の呼び名の名残で、実際に百人の隊じゃないんだから」

「だからこそ、真っ先に動くことが出来んのだ」

 兵士はイザーク隊長をはっとした顔で見る。わたしはといえば、フロロと同じくテーブルに顔を埋めたい気分だ。どうしてこう……行く先々、話しが大きくなるのかしら。

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