3
「あーん、もう邪魔ですよおー」
棒読みの台詞を吐きながらからくり人形をめこめこと倒していくイルヴァを、後ろで見守るわたし達。もう三つ目の赤い部屋に侵入してきたが段々モンスターの数が増えている。さっきの青い廊下と同様に一本道になった部屋を順に進んでいるだけなので、単調さにだらけてきた。「ふう」と息つく声にイルヴァを見るとこの部屋のからくり達も全てが動かなくなっている。生き物ではないとはいえ、いびつに歪んだ形で動かなくなっている姿は妙に哀愁を感じるものだ。
「じゃ、進もうか」
フロロが指差す扉を見てわたしは眉を寄せた。
「何かボスの部屋って感じねえ」
入ってきた扉から見て左手にある扉は大きな両開きのもので、広いホールの入り口のように見える。全部の部屋を回ってないし、これで最後とも限らないが位置を考えると『主の部屋』とも考えられる。
「ま、躊躇しててもしょうがないっしょ」
軽いノリでフロロが扉を開けていく。彼には重かったようで途中からヘクターが代わってやったりして中が見えてきた。
「真っ暗じゃない……」
そう言って『ライト』の呪文を口にし始めた時だった。突然闇の中に浮かび上がる二つの光。首を大きく傾けて見上げなければならない位置にあるのは巨大生物の瞳だ。
ばたん!と勢いよく扉を閉めるわたしとローザ。
「なんだ、行くんじゃないのか」
見下す目で見るアルフレートにローザは「い、いや反射的に……」と口籠った。
「つーか何!?何あれ!?超でかかったけど!」
焦るわたしにアルフレートが答える。
「前に来た時もいた、変な巨大ロボットだろう?」
「あー……なんだっけ、名前。シュバインシュタイガーみたいな名前じゃなかったっけ?」
ヘクターが首を捻る。その様子にフロロが頬を掻いた。
「何でもいいよ。で、どうすんの?」
その言葉に皆で顔を見合わせた後、ヘクターが口を開く。
「とにかく何とかしないといけないのは確かだし、行こう。リジアとアルフレートは明かりを。俺とイルヴァで突っ込むから……」
そう言ってイルヴァを見たヘクターに残りのわたし達も固まってしまった。
「どうしたの?」
ローザがしゃがみ込むイルヴァに尋ねると弱々しい声が返ってくる。
「お腹空いて動けないんです」
一瞬の間の後、皆から漏れる溜息とアルフレートの大きな舌打ち。それを聞いたヘクターが慌てて手を振った。
「ま、まあまあ、俺もお腹すいたし、イルヴァはちょっと休んでてもらうってことで」
「甘いなあ、兄ちゃんは。……でもさ、『あいつ』って魔法しか効かないんじゃなかった?」
フロロはそう言って中を指差す。そういえば前回もイルヴァとヘクターの物理攻撃は全然効いてなくて、アルフレートの魔法で呆気無く終ったんだっけ。
自然に皆の視線が自分に集まっていることに気が付いたわたしは飛び上がりそうになる。
「わ、わたし!?本気で考えてる!?」
「アホか、お前に命運掛ける気になんてなるわけないだろう?」
アルフレートの冷めた目に怒りで顔が赤くなるが、任されても困るのは確かだ。となるとやっぱりアルフレートにさらっと決めてもらうのが一番早そうだけど。わたしの顔に出ていたのか、アルフレートは退屈そうな顔で頬を擦った。
「どれ、やってみるか」
そう言うなり呪文を唱え始める。わたしも照明を作る為に『ライト』の呪文を唱え始めた。暫くの間二人の詠唱の声が室内に響き渡り、アルフレートが扉に手を掛ける。
「ライト!」
勢い良く開かれた先にわたしは明かりを送り込んだ。照らされて現れた懐かしいずんぐりむっくりの巨人にアルフレートの呪文が放たれる。
「アークボルト」
巨人の足下に現れた光のサークル。それを起点にして眩しい電流が天井に向かって駆け上った。どどど、という地鳴りにも似た激しい音。巨人の体が大きく揺れている。光が収まった後、ゆらゆらと痙攣していた巨人は倒れるか、と思ったのだが両拳を振り上げるような動きを見せるではないか。発光する体は電流を纏っているように見える。これって、受けた電流を蓄えたように思えるけど……。
「閉めて!」
ローザの悲鳴に反射的に体が動く。倒れるように体をぶつけ、ばたん!と扉が閉まった瞬間、頭の上で爆音が響いた。扉と天井の間に穴が空き、煙が立ち上っている。
「……ちょっと洒落になんないじゃない!」
震える体を軋ませながら横を見ると、同じく倒れ込んだアルフレートと目が合う。
「跳ね返されたな。対電対策もばっちりに改良されたか」
「その落ち着いた分析が腹立つのよ!」
わたしは喉が許す思いっきりの怒声を、しきりに頷くエルフにぶつけてやった。
どしんどしん、と巨大ロボットが動き回る音にびくつきながら扉を見つめる。追ってはこないようだが扉の上に空いた大穴が奴の攻撃本能を物語っている。
「どうする?」
眉間に皺寄せながらフロロが皆を見た。大きな溜息一つ、ローザが答える。
「一度入り口まで戻る?まだ反対側も回ってないし、二階もあったわよね」
「でも屋敷の構造的にここが中心じゃない?どこから来てもここに着くんだと思う」
わたしがそう言うとフロロが「俺もそう思う」と手を上げた。
「明るくなった一瞬に見たけど、反対側に扉と右手に階段が二つあった。多分四方向から全部この部屋に繋がってるんだと思うよ」
おお、流石やり手シーフ、よく見てるなあ。わたしが感心しているとヘクターも手を上げる。
「左側にも扉があった」
「じゃあフロロの話しが合ってるなら、その左手にある扉が怪しいわね」
ローザが深く頷く。ぼやーっとした顔でそのやり取りを見ていたイルヴァが口を開いた。
「何でもいいです、早くご飯……」
そう言われてもとにかく中にいる巨人を何とかしないと。倒すのは無理でも目を逸らすようなことが出来れば隙をついて移動出来るかもしれない。でも生き物でもない相手に隙が生まれるんだろうか。わたしは唸る。
前に戦った時はバレットさんが操縦しているみたいだったけど、操縦者が見当たらない。自らの意思で動くようにも改良されているみたいだ。人間のように意思が一つなら隙も生まれるけど、ああいうのってどういう仕組みで次の行動を決めてるんだろう。操縦者がいればそれを叩けば動かなくなる、っていう案も考えられるのに。
そこまで考えてわたしはぽん、と手を叩いた。
「動けなくすればいいんじゃない?凍り付けにしちゃうとか!」
自分でも良い案だと思ったのだが、なぜか皆の動きが止まる。
「……誰がやるんだ?」
アルフレートがちらりとわたしを見る。思わずむっとして胸を張った。
「も、もちろんわたしがやるわよ」
「……じゃあ皆、下がって。あたしが厳重に結界張るから」
ローザが『厳重に』をやたら強調して言うと、よっこらせ、と立ち上がる。「世話の焼ける」という空気は気のせいだろうか。ヘクター以外が部屋の端にぴったり寄る様子を見て、わたしはイライラしながら呪文を唱え始めた。背中のダガーを引き抜くと扉の前の床に刺す。増幅装置、とまではいかないがコントロールしやすくなるこのダガーはわたしが個人的に作ったものだった。
ルーンを並べながら頭の中でイメージする。金属の固まりである巨人が凍りつく様を。一度目を瞑り、再び扉を見つめて開け放った。
「スモークブリザード!」
突き出した両手から吹雪が巻き起こる。扉を開けたことでこちらを振り向いた巨人に向かって氷の粒が勢い良くぶつかっていった。まるで人間の反応のように腕で顔を覆う巨人が、徐々に氷で覆われていく。ふと気が付くとわたしの前髪にも氷の粒が張り付いていた。
巨大な冷凍室のようになった室内に「やった!?」と声が弾むが、ぎぎぎ、と微かに揺れる巨人の指先に顔が強張る。
「急いで!完全に固まらなかった!」
わたしの大声に全員が弾かれたように走り出す。先頭を走るフロロが「さみー!」と悲鳴を上げながら部屋に入り、ヘクターの言っていた扉に飛びつく。それに追いついたわたしは悲鳴に近い声で急かした。
「は、早く早く!動いてるよー!」
かなりゆっくりとだが巨人は固まった体を何とかしようとするように手足を動かしている。ばきばきという氷が割れる音が気持ちを焦らせた。
「と、扉まで凍ってるじゃんかよ!」
流石にフロロも慌てた様子でこちらを振り返る。びっしりと氷で覆われた扉と、回そうとしてノブに張り付いてしまったフロロのグローブが持ち主から離れてだらりと揺れた。
「やっぱりやり過ぎたんじゃないのお!この暴走娘!」
ローザがわたしに向かって悲鳴を上げた。その間にも少しずつ巨人はこちらに向かってきている。
「しょうがないじゃん!じゃあもっと止めてくれりゃー良かったのに!」
言い返すわたしの横でアルフレートが大きく溜息をついた。すっと両手を突き出すと扉に向かって何かを唱える。
「フレイムシールド」
顔に一瞬だけ熱気を感じた。炎の防御シールドを作り出す呪文だが、その簡易版なのだろうか。一瞬だけ舞い上がった炎は消え去ってしまう。氷は蒸気と床に広がりつつある水に変わったようだが、ノブに張り付いたままだったフロロのグローブが一緒に燃え上がる。
「俺のグローブ!」
悲鳴を上げるフロロをヘクターが抱えると「中へ!」と言って扉を開け放った。先に見える真っ暗な光景にわたしとアルフレートがライトの呪文を放つ。長い長い階段が下に向かって伸びていた。