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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
五章 草原を駆ける少女
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「何の事だ?」

 アルフレートの問いはいつもより大きめの声でゆっくりとしていた。一人、焦りの呪詛を吐いていたトマリをはっとさせるには十分効果があったようで、しどろもどろながら説明し始める。

「れ、レイグーンの街であんたらも会った故買屋グループの事だよ……。サントリナでデカイ儲け話がある、って奴らが言ってたんだ。これのことだったんだな」

「嫌なこと思い出させるなよ」

 フロロが尻尾を伸ばし、可愛い牙を剥く。その気持ち、わたしにはよーーーーく分かる。トマリは『あんたら』と言ったが、正しくはわたしとフロロだけが会ったのだ。黒い垢だらけの顔に黒ひげを蓄えた強面のリーダーの顔をはっきりと思い出す。フローラちゃんの中から見た、故買屋……というより野盗団だ。今考えると、馬車から飛び降りるなんて馬鹿な真似しなくて本当に良かったと思う。

 まさかここであの連中の話が出るとは、とわたしは胸がざわつきながらも首を振る。

「まさか、だってどう多く見たって、彼らは数十人規模よ?軍隊に見間違うには無理あるわよ」

 それにトマリは首を振り返してきた。

「奴らみたいな街に入りにくいならず者なんていっぱいいるんだよ……。あの故買屋グループだって、あれで全員じゃねえ。あんたらみたいな日の当たる場所しか歩いてない奴らにはわかんねえだろうけどよ。そういう奴らの『集会』に参加するだけで、金貨配られるって、俺も誘われたんだ」

 なんだその集会は?とか色々追求したいことは多いものの、とりあえずトマリの話しを聞くことにする。

「どうせ金貨っていっても一枚二枚だ。そんなもの期待するよりあいつらから離れたかったからな。俺は参加する前に逃げちゃったけどよ……。場所もビンゴだ」

「北西の国境付近?」

 フロロの鋭い声に頷くトマリを見て、わたしは「でも、何で?」と聞かずにはいられなかった。トマリは叱られているかのように萎縮している。

「お、俺もそれがわからねえから参加しなかった、っていうものある。今、まさにあんたらが思ってる疑問と一緒だよ!怪しさ満点だろ?それと、俺は参加しないんで詳しく教えてもらえなかったんだが、本当は二手に分かれてるらしいんだ。国境付近に集まるのと、イニエル湖付近に集まる隊……」

「こいつは驚いたね」

 その間抜けな声を出したのはわたし達ではない。みんなの目線の先、涼しい風を送りこんでくれている大窓の外、今まさに部屋に忍び込もうのしていたらしきヴォイチェフが、驚きのあまりベランダの柵から落ちそうになっている姿があった。白い神官衣姿の男が手すりに片腕と片足を引っ掛けて、ぶら下がる姿は大変滑稽である。

「何やってんのよ……」

 わたしはヘクターに引っぱり上げられているカエル顔の男に脱力した声を掛けた。そのヴォイチェフは身を起こすなり、勧めてもいないのに部屋に入り、ソファーへどっかり座り込む。

「いやはや、あっしとしたことが思わず声を出しちまいやした。お恥ずかしい」

 ふっふ、と不気味に笑うヴォイチェフをレオンは不信極まりない顔で見やり、ウーラなど背中の剣に手をのばしている。うん、しょうがない。と、自分達がこの男に初めて会った時のことを思い出しながら頷いた。

「ウーラ、『とりあえず』味方だから大丈夫。……で、あんたは何しに来て、何にそんなに驚いたのよ。らしくないわね」

「姐さん、そりゃないんじゃ?折角、汚い役を買って出たのに」

 ヴォイチェフの言葉にわたしは思わず「そうだった」と言い、彼に謝る。

「ごめん、ごめん、エメラルダ島に行く気分で盛り上がってたから、あんたに情報提供役、頼んでたのすっかり忘れてたわ。で、城の方で動きはあった?」

 すっかり間者と悪代官のようなやり取りになってしまうが気にしない。ヴォイチェフはにやりとしながらも、額の汗を拭う。

「それでさあ、あっしもびっくり、まさかここでの会話にこの『老ネズミ』が驚かされるたあ……」

「余計なこといいから早く!」

 セリスのイライラにヴォイチェフは逆に満足したようで、すぐに話しだす。

「エミール殿下がイニエル湖に向けて出発なさった。もちろんブルーノ様も一緒でさあ」

 部屋にいる誰もがすぐには飲み込めず、一瞬、静かになる。が、じょじょに理解した者から声を上げる。人数が人数なのでどよどよとした騒ぎになった。

「は?何でよ、何でこんな時に……」

 わたしの焦りの声に珍しくアントンが同意する。

「おう、こんな時に遊んでる場合かよ」

 アントンの物言いも当然だ。イニエル湖といえばわたし達も招待された、あの別荘地だ。なんでこのタイミングでそんな所に行くのよ。

「有事の際には王太子は必ず、あっちへ避難することになっているんでさ。これは代々の決まりでね。国王陛下はもちろん、指揮を取るんで城にお残りになっていらっしゃるがね」

 ヴォイチェフの答えにわたしは疑問が膨らむ。

 王が城に残るのは当然として、大事な跡取りは別荘地?しかも『代々の決まり』って……。なぜイニエル湖なんだろう。柵と林で囲まれてはいたものの、避難所としては頼りないじゃないか。警備に兵は連れて行っているだろうが、常駐兵だって随分少なかった。城に残っていた方が圧倒的に安全じゃないのか?敵の裏を突いたものかもしれないが、もし襲われでもしたら裏をかくこと自体に意味が無い。

でも、何か意味がありそうな気がする。

「敵の『まさか』を狙って、そんな作戦とってるの?でも今、ならず者の集まりが向かってるかもしれないじゃない!こいつの話だと多分、そうなるわよ!」

 セリスがわたしの疑問を代弁する。そのおかげでわたし自身は冷静になった。

「そう言われてもね。この動きだって本来は王城の隠し通路と一緒。つまり王族とその直属しか知らないはずなんでさ」

「でもバレてるじゃない!つーかあの『ケバい従兄弟』がリークしてるに決まってるでしょーに!」

 セリスとヴォイチェフの言い合いを聞きながら、エミールの無事を祈る。本当に何であんなところが避難場所になってるんだろう。別荘の地下にシェルターがあったりするわけでもなし……。わたしの頭に薄暗い、想像でしかないシェルター入り口が思い浮かんだ時、ひらめきとしか言い様のないものがはじけた。

「あ!」

 わたしの大声に皆が振り向く。

「エメラルダ島への道、見つけたわよ!」

 そう叫ぶわたしはきっと、自信で高揚しきっているように見えたんだろう。『どこ!?』とうるさい連中が面白いように食いついて来る。わたしはさっきのヴォイチェフよろしく、ふふん、と鼻を鳴らすだけで間を置いた。そして群がる先頭のアントンに指を突きつける。

「今回、一番の無駄骨おった場所よ。どこでしょうか?」

「全部じゃね?」

 即答するアントンに頬が引きつる。身も蓋もない……。気を取り直して、もう一度説明を加える。

「わざわざボートで行って、わけ分かんない敵と戦うはめになって、あげくに蒸し上がりそうになるだけで帰った場所があったでしょ!」

 何人か、その場にいなかったメンバーは首を傾げる。が、一緒にいた一人のセリスがアントンの頭を撥ね除けてきた。

「イニエル湖のあの洞窟ね!間違いないわよ!だってそうじゃなきゃ、あんな魔法生物置いておく意味が無いもの!」

 さすがに同じソーサラーである彼女が、一番飲み込みが早かったようだ。あの魔法生物——アクア・サーバントは、護衛の為に人為的に置かれたものでしかあり得ない。誰か配置した人間がいる。すなわち、隠すべき、人を遠ざけるべきものがある。

「とにかく、そこへ行けばいいのね?」

 ローザの問いにわたしとセリスは頷く。

「でも、それ別荘地の中なんでしょ?今、入れないと思うわよ?」

 続く彼女に言葉に、わたしとセリスは顔を見合わせた。そうだ……。城からも追い出されたのに、入れてくれるわけがない。最悪、エミールへの伝達はヴォイチェフがやってくれるとしても、わたし達はエメラルダ島に行きたいのだから、中に入れないんじゃ事が進まない。

 わたしはヴォイチェフをちらりと見る。

「ヴォイチェフ、融通きかせられない?」

「あっしにそんな権限ありそうに見えます?」

 使えないなあ……。わたしは即答に肩を落とした。

何とかならないだろうか。エミールに危険を報せる為に入れてもらう……のは無理があり過ぎる。この大人数だし。エメラルダ島に行くメンバー自体を絞るか。それでも、例えばわたし一人だとしても避難中の王族がいる場所に入れてもらえるとは思えない。

「飛んでいく?」

 フロロの提案にアルフレートが首を振る。

「どうやるつもりなんだ」

「アルの魔法でちゃっちゃとやってくれよ」

「そんなこったろうと思った。いいか?人をアテにするな。自慢じゃないが私は十分な見返りが無いと一切動かんぞ。それに目立ち過ぎるだろう」

 その会話を聞いて密かに落胆する。空から、という案もアルフレートの力を借りる事も、ほんの少し考えにあったからだ。他にも「柵の下に穴を掘る」だの「とりあえず入れてもらうよう頼んでみる」だの「強行突破」だのといった案が出るが、当然のように却下されていく。

「じゃあどうするんだよ」

 自分の『強硬突破』案を否定されて、ふてくされたアントンが周りを見回した時だった。

「リニャック川だよ!」

 ヘクターが膝を叩く。聞き覚えのある川の名前に首を傾げる。そして思い出した。バレットさんがサントリナに行くわたし達に「川を下って行け」と言った時に出たものだ。ローラスのアルフォレント山脈からサントリナに流れてるんだっけ。突破口が見つかりそうな気配にわたしはどきどきする。

「リニャック川?あれは海に流れちまうぜ?」

 フロロは言いながらも、何か思うらしく手元に地図を取り出す。ヘクターは笑みを作りながらその地図を受けとった。

「支流だよ。本流は海に行くけど、支流はあの別荘地、イニエル湖に流れてる。俺の子供の頃の遊び場だ」

 地図上をヘクターの指が動く。それをみんなが見守る。細い川を示す線をなぞり、イニエル湖にたどり着くと、とん、と弾いた。アルフレートが立ち上がる。

「ここで伏線回収か。あの奇人発明家にちょっとは感謝するとしよう」

 そう言って彼はフローラちゃんを持ち上げ、満足そうな笑みを見せた。

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