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とりあえずパーティーで相談を、とわたしの部屋に皆を集め、フローラちゃん囮作戦がアルフレートより伝えられると、
「絶対ダメ!やだやだそんな危ないの!」
の悲鳴がオカマより上がる。それをアルフレートはにやにやと見つめ、フロロは呆れた顔でローザを見ていた。
「今回、フローラをほったらかしばっかにしてるくせによく言うぜ」
その言葉にまたローザの顔が赤くなり、頭から湯気を上らせる。わたしも同意なので思わず頷いてしまう。それらをなだめつつヘクターが口を開いた。
「俺も囮に使うのは少し心配だな。やってみて、取りに来るのがレイモンじゃなく暗殺部隊の奴らかもしれない。そうしたらフローラを守りつつあの連中を相手にしなきゃいけないんだ」
彼の口調に「自信がない」という色を感じる。まあアントンのあの怪我を見た以上、わたしとしてもあまり無理はして欲しくない。怪我どころか完全に失敗、となる可能性だって低くない。
「あのー、レイモンさんが悪い人なんですか?」
イルヴァのぽやっとした声に皆が振り返り、そしてお互いの顔を見る。相変わらず直球な質問をする娘だ。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、限りなく怪しい人物ではあるわけ。だからもう思い切って罠を仕掛けてみないか、って話しよ」
わたしの説明にイルヴァは口を開きかけたが、そのままチョコレート菓子の入った缶に手を伸ばす。
「がんばってください」
理解するのを止めたらしい。彼女には来る時にバーサーカーとして頑張ってもらえればいいので、これでいい。
「確かに黒尽くめに出てこられると一気に難易度変わっちまうんだよなー。部屋にフローラ置いて俺らは身隠してるとしても、あの貴族相手ならフローラに触られる前に出て行けるだろうけど、黒尽くめ共なら逆にさらわれちまう」
フロロが椅子を揺らしながら考え込む。ローザも頷きながら難しい顔になった。
「囮にするなんていうのは反対だけど、でもあたし達の滞在も期間が迫ってきてるのよね。お誕生日会を含めても三日?帰りが次の日としても四日、よね……」
「そ、だから急がなきゃいけないわけ。のん気に噂話集める段階は終わったのよ」
そう答えながらわたしの頭にふと考えが浮かぶ。
「あるわよ……、フローラを危ない目に遭わせないで、確実に相手が食いつきそうなもの。ちょっと説得が面倒くさいけど」
顔を上げてこちらを見るメンバーにわたしはある物を指差す。机に乗って餌のコマツナをぱくぱくと口に運ぶフローラちゃんだ。
「冗談だろ!?ここまで協力させといてそりゃねーぜ!」
ぎゃーぎゃー騒ぐクーウェニ族を皆で眺める。青白い発光が広がるフローラちゃんの中だが、トマリの赤くなった顔はよく分かる。唾飛ばしながら喚く様子を暫く見守り、ある程度トマリが落ち着いたところでアルフレートが鼻を鳴らす。
「お前が協力だ?ずうずうしい奴め。我々の協力がなかったらお前なんて手足ばらばらでイニエル湖に沈んでるんだぞ?」
エルフの言葉にトマリはうっと詰まるが「協力あっても沈まされたぞ!」と悲鳴混じりに叫ぶ。あーうるさい。
「とにかく『これ』を渡すのは絶対いやだ!俺のものだ!お前らだって宝見たいだろ?一緒にこのままエメラルダ島に渡ろうぜ!分け前はそうだな……半々でどうだ?太っ腹!まあ、あんたら人数多いしな。旦那のお陰で命あるのも否定できねえ」
後半はにやにや顔でまくし立てたトマリにわたしは詰め寄った。
「『俺のもの』?それもずうずうしいわね。わたしが言ってるのはこれを然るべきところに戻すってことよ」
わたしが指差すのはトマリが抱える石の玉。エメラルダ島への鍵、というものだ。これを城の礼拝室にあるフローの像の手元に戻す。それで様子を見よう、ということだ。
「で、でもだったら旦那が前に作った偽者だって……」
トマリがもごもご言うのは前に黒尽くめの前で割って見せたものだろう。アルフレートがどうやったのか、ひょいっと用意してきたものだった。が、アルフレートは直ぐに首を振る。
「いや、今回は本物を使う」
「なんでえ!?」
トマリの悲鳴にアルフレートはいつもの冷たい視線を返した。
「開けさせるんだよ、エメラルダ島への道とやらを」
アルフレートはトマリ以外の他のメンバーにも言い聞かせるように呟く。すると意外にもトマリは朗らかな顔へと変わった。
「……それいいかもな!こっちも場所が分からねえで頓挫してたんだ。開けさせちまって宝だけ頂くのは良い考えだ!」
ばし!と手を叩くとケラケラと笑い出す。そんなトマリの様子を見ながら「国王は宝なんて無い」って言ってたな、と思う。が、黙っている方が良さそうだ。
先程とは売って換わってご機嫌なクーウェニ族に、単純な男でよかった、と思う。
「じゃあ行って来るわ」
フロロがわたしに向かって手を挙げる。一緒に廊下に出たわたしは「よろしく」と答えて小さな背中を見送った。フロロが向かうのは城の礼拝室。石の玉をフローの像に戻してもらう為だ。フロロなら誰にも見つからずに、何事もなかったかのように戻してくれるだろう。
わたしはというと今決まったことを、デイビス達にも伝える為に出てきた。セリスのところでいいか、と思うが彼女の責任感がある、とはお世辞にも言えない性格に足が止まる。じゃあサラかな?ここはやっぱりリーダーであるデイビスのところかな。でも部屋に大人しくいなそうなんだよなあ。
そんな事を考えながらふらふらと廊下を歩いていると、長い廊下の中間辺りにあるテラスへのガラス扉が開いているのに気がついた。各自の部屋に付いているものより広いテラスに明るい日差しが降り注いでいる。
そこにいる二つの影に気付き、わたしは弾かれたように飛び上がると身を隠す。中庭方面を向いてこちらに背を向け、ベンチに座るのはサラとアントンだ。サラの綺麗な長い髪がそよ風に揺れ、アントンの緑色の髪が日を反射している。
二人を応援……という気持ちは一切ないが、何だか反射的に隠れてしまった。単に野次馬根性が湧いたともいう。あれ?こういう下種な聞き耳は少し前にもやった気がするぞ?
恥ずかしさと後ろめたさから「やっぱり退散するか」と思いかけた時、
「馬鹿みたい」
サラの声に動きが止まる。吐き捨てるよう、というよりはぼんやりとした独り言のようなサラの声に、アントンがいつものうるさい反論をすることは無かった。
「私の事だってリジアに対抗したいだけじゃない」
サラの言うのはアントンが意気込んでいる「サラを俺のものにするぜ!」作戦のことだろう。確かに流れとしてはわたしに対抗しているだけのようにも感じるけど……。
「そうかもな」
アントンのきっぱりとした返事にわたしの方が慌ててしまう。あれ、認めちゃうの?それ認めちゃうとはっきり言って見込み無しになっちゃうと思うんだけど。
暫く黙っていた二人だが、意を決したようにサラがアントンの方を向く。
「じゃあもうやめようよ!皆、ぎくしゃくしてる。イリヤなんて特に可哀想よ。人の気持ちを誰よりも気にするんだから」
サラは「それに」と続けた。
「リジア達にも失礼じゃない。……親御さんの事は聞いたけど、貴方も本当に気の毒だと思うけど……アントンだって分かってるくせに。ヘクターが悪いわけじゃない、誰が悪いわけでもないって事」
そこで急に流れてきた雲のせいか、辺りが暗くなる。サラの言葉と相まってわたしは息を呑んだ。再び光が戻り、そしてまた雲が覆う。今夜の雨は早い時間になりそうだ、と溜め込んだ息をそっと吐く。
「俺だってなあ、わかってるんだよっ」
少し大きめのアントンの声にまた息が止まった。
「あいつが悪いわけじゃないことぐらい、俺だって分かってるんだよ」
いつもと変わりない憎たらしい声だったが、どこか違う印象を持つ。わたしは勿論、サラも何も言わずにアントンを見ていた。
「……でもなあ、青臭くてちっちゃい俺には母親の言う事否定するのは、世界が消えちまうような事だったんだよ」
アントンの不機嫌でぼそぼそと言う言葉を聞いた瞬間、目頭が熱くなる。それは彼の『だった』という過去形の言い方故だったのか、わたしの中でアントンを良く思えない気持ちが消えたせいなのか。
サラがアントンの手を取ったのが見える。色っぽさは無いけれど仲間を思う気持ちに溢れた後姿に、ああ、彼らはもう大丈夫だな、とわたしは悟った。偉そうな感想かもしれないけど、本当にそう感じたのだ。
その場をそっと離れ、廊下を歩く。また厄介なことになってる今回の旅だけど、今の出来事だけで「元」は取れたかな、なんて思う。アントン達の事であってわたし達には直接関係無いかもしれないけど、その場にいれただけで良かったじゃないか。
自然と機嫌良く廊下を進んでいると、向こうからつんつん頭の大男が歩いてきた。丁度いい所に現れてくれたリーダー、デイビスだ。
用件を伝えてしまおうと近付くわたしにデイビスは「おう」と挨拶する。そしてお腹を摩りながらぼやいてきた。
「なあ、何か食いに行かねえ?あの胸糞悪い色男の自慢話し聞きながらのメシじゃさあ、俺食った気しなくてよ。体中臭くなるくらいの肉料理が食いたいんだけど」
無神経男は一人ではなかった……。そう思い顔を歪めるわたしに構うことなく、デイビスは「なあ?なあ?」と繰り返した。