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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
五章 草原を駆ける少女
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4

 前菜から始まりスープ、肉料理に入るまでに今までの冒険の話しをしていく。メンバーにアントン達もいるので主にバンダレンの音楽祭の話が中心になった。

 懐かしい依頼人ヤッキさんの話しになるとわたしの顔もついついほころぶ。元気かな、ヤッキさん。あの変な訛りは彼以外に聞いたことがないんだけど。

「随分危険な旅を続けてきたんだね。君達ならラグディスの件を収束させたのも頷けるな」

 にこやかな笑顔のレイモンにわたしは思う。あ、やっぱりそっちが聞きたいんだな。

「気になるかね?」

 レイモン以上の笑顔でそう返すのはアルフレート。言われたレイモンはまた表情を固まらせていたが、ふっと息を漏らして「勿論」と呟いた。それに対してもアルフレートはすかさず返す。

「何が聞きたい?」

 正直うまい運び方だな、と思う。何が『地雷』になるのか分からないのでぺらぺらと話す気になれなかったのだが、これでボロを出すとすればレイモンの方になる。

「そうだな……、君らがなぜラグディスに行く事になったのか、とか?」

「あたしの認定式があったのよ。神官になる為のね」

 素早くローザが答える。簡潔だが本当の事。これ以外に言い様がない。これによって暫くはローザとレイモンの間でフロー教の話しになる。レイモンも王族の一人だ。この手の話題に食いつかないわけにはいかない、という様子だった。

「……で、レオンの偽者が現れたという話は?」

 レイモンの次の質問に少しだけ部屋の空気が固くなる。とても曖昧な聞き方だ。レオンが偽者なんかじゃなく本物、という話しはブルーノ及び国王から聞いていないんだろうか。まずそこが掴めない。

「コイツのお陰だよな」

 アントンがにやけ顔でイリヤの肩に腕を乗せる。絡まれたイリヤの顔がさっと青ざめた。

「コイツ、人の頭ん中が読めるんだぜ!レオンの話しなんてコイツが解決したようなもんだろ」

 仲間の手柄は自分の手柄、とでも言いたげにアントンは鼻を高くする。

「へえ、じゃあ私の考えを読んでくれないかな」

 レイモンが組んだ手を顎に置き、イリヤに目線を送る。少し意地悪な顔にイリヤは目を泳がせた。

「あの、始めに言っておくと『頭の中が読める』わけじゃないです。大きな感情の揺れが分かるくらいで、例えば『貴方の好きな人の名前は』なんて質問に浮かんだ答えが文字を読むみたいに見えるわけじゃないです」

 奇妙に思える程の早口でイリヤは言い終えると、一瞬だけレイモンの顔を見て、直ぐに何故かアルフレートの顔を見る。彼からは呆れたような半目顔しか送られなかったが。

「えーと、緊張状態に思えます」

 一言言い終え、すぐにイリヤは目を逸らす。反射的に全員がレイモンを見つめ、彼は一瞬真顔になっていた。が、直ぐに大きな口を開けて笑い出す。

「驚いたな!人見知りはしない方なんだが、沢山の冒険者に囲まれて知らずに身構えていたのかもしれない」

 それに対してはわたしを含め何人かが愛想笑いを返した。どうも食べてる気分になれない。かりかりに焼けた鳥の皮にナイフを入れながら深い息を吐いた。

 レイモンは笑いを治めると再びゆっくりと話し出す。

「しかし向こうではブルーノも相当ぴりぴりしてたんじゃないかい?彼はエミールを、その、大事にしてるから」

「みたいですね。始めはエミールに近寄ることも出来ない厳戒態勢でしたから」

 わたしの返しに白い歯を見せるレイモン。

「普段からさ。表程に露骨じゃないにしろ、城の中でもブルーノから離れたエミールは見てないんじゃ?」

 昨日の晩は一人だった、と答えそうになるが飲み込む。もしかしたら傍にいたのか?わたしはごくりと喉を鳴らす。

「なんて言ってもエリーザベトがたった一人連れてきた従者だものね。……まあ今は喧嘩別れした愛人のように冷め切ってるけど」

 匂わせるレイモンの台詞にわたしは食いつきそうになった。が、横からアルフレートがさらりと返す。

「人間関係が全ての貴族様だ。色々あるんだろう」

 流れを区切るような台詞に再び場の空気は微妙なものになる。思わず隣りのエルフを見るが、彼は済ました顔で普段は食いつきの悪い肉料理を黙々と食べ進めていた。

 いきなり手持ち無沙汰にされた形のレイモンは指先をいじっていたが、また別の話題に移る。

「そういえば君達、馬車一台で来たんだね。随分立派な馬車だったけど、この人数だろう?半分は歩いて?まさか無理やり押し込んで、とか」

 半分冗談めかした質問だが返答に困ってしまった。フローラちゃんの事は言いたくない。普段からメンバー一同、あまり他言しないような雰囲気になっているのもあるし、この男には尚更言えない。

「……歩いて来たんだよ」

 やや不機嫌な声のデイビスにアントンが乗っかる。

「今回は更に走らされたよな。疫病神のお陰でよ」

 わたしとフロロのごたごたを言っているらしい。まあ今回はこの空気読めなささに救われた形となった。

 このまま別の話題に移るかと思いきや、

「でも荷物だけでも相当な量になるだろう?ああ、旅慣れしてるから少ないのかな」

 レイモンの質問に「まあそうですね」と曖昧に返事しながら思う。彼、レイモンはフローラちゃんの存在を知っている。わたしの直感でしかないけれど。その話しをわたし達から引き出したくて仕方ないのだ。

 ということは、あの隠密集団へ国王とは別にコンタクトを取っているのは彼なのかもしれない。いや、そうとしか考えられない。

 だって別荘地にわたし達と同じ期間、タイミング良く滞在してたのは彼なんだもの。あの黒尽くめ達ならわたし達を見張っている最中に、フローラちゃんの事を知った可能性は多いにある。その報告を受けて、なんて事じゃないだろうか。

 食後のお茶に移ったことで焦ったのか、今まで以上に喋り捲るレイモンを見て気持ちが冷めてくる。

 ああ、そうだ、アルフレートとのやり取りを含めて、この人からは「切れ者」の匂いがしないんだ。誘導したい方向、やりたい事が透けて見える。

 ぼんやりとつまらなそうな顔をしているヴェラを見て、後はこの食事会をどう切り上げるか、と考える。するとまたも意外な所から救いの手が上がった。

「もう帰っていい?飽きたんだけど」

 仏頂面のアントンが素直な気持ちを吐く様を見て、わたしを含め何人かの顔が引き攣る。しかしレイモンは粘るかと思いきや頷いた。

「そうだね、長い時間すまなかった。でもとても面白かったよ。また是非」

 ふう、と空気が和らぎ皆が席を立つ。「やれやれ」という顔を隠しもしないデイビス達が部屋を出て行く中、ローザがわたしの隣りでもじもじし出す。

「……ねえ、良いと思う?」

 指差すのはずっと静かに食事をしていたアルダ。わたしは大袈裟に息を吐きつつ「良いんじゃない?」と返事した。それを聞いても尚、暫くはもじもじとしていたローザだったが、意を決したように拳を握る。そしてゆっくりとアルダへ近寄っていった。

「あの~……」

 ローザの呼びかけにアルダがゆっくりと顔を上げる。今日は化粧が薄い。でも昨日より美人に見えた。

「何かしら?」

「アルダ・サルヴィさんですよね?あたし、貴方の舞台を見たことがあって、ファンなんです」

 珍しく低姿勢、そして緊張した様子のローザにアルダはにっこりと微笑み、

「嬉しいわ、こんなに若いファンがいたのね」

と艶の有る声を響かせた。舞い上がったローザが顔を赤くして賛辞を送る。

「こんなに狂気を表現する女優がいたのか!って感動したんです!恐ろしいけど悲しくて、最後の死んじゃうシーンで号泣しちゃって!」

「ああ、それだと『カトリーナ』ね。私も大好きな演目なの。カトリーナが私にそっくりで」

 少し意地悪な視線を送るアルダにわたしもどきりとする。が、黄色い悲鳴混じりに話しを続けるローザにはっとし、慌てて腕を突いた。それにローザは渋々、といった様子でハンカチにサインを貰う。

 レイモンとアルダに手を振られながら急いで廊下に出て、扉を閉めるとローザにささやいた。

「……ちょっと、恥かかせないでよ」

「は、恥!?恥ずかしいことなんてないでしょうが!」

「わたしは十分恥ずかしかったわよ」

 ぎゃーすか騒いだところでふと思い出す。

「フローラちゃんってどこにいるの?」

「フローラ?あたしの部屋にいるけど」

 それを聞いて嫌な予感に襲われる。今の今まで一室に全員が集まっていたのだ。その隙に……なんて事はありえないだろうか。

「ちょっと急ごう!」

 わたしはローザの手を掴んで走り出す。「な、何よう!」と非難の声がするがそのままの勢いで突っ走る。

 フローラちゃんが盗まれる、というのはもちろん困る。加えて中にはトマリがいるのだ。それにエメラルダ島への鍵。これは国王にも言っていない、文字通りわたし達の『鍵』だった。

 わたしの部屋の隣り、ローザに割り当てられた部屋に着くと扉を開け放つ。そこには椅子の上にちょこんといるフローラちゃん。そして前に立つ男の姿があった。しかしそれは黒尽くめの男ではなく、アルフレートだった。

「やだあ!何してんのよ、人の部屋で!」

 ローザが悲鳴を上げると目の前のエルフは顔を歪め、心底嫌そうな顔でわたし達を見る。

「お前は本当にこのイグアナが可愛くないんだな。ポケットにでも入れて持ち運んでるのかと思ったら、放置とはね」

「か、可愛いに決まってるでしょおおおお!ポケットに入れっ放しの方が可哀想じゃないのおおお!」

 わたしは野太い悲鳴に耳を塞ぐ。可愛がってるなら今回ばかりは手放さないでくれ。

「とにかく、このままじゃ埒明かないな」

 そう呟くとアルフレートはフローラちゃんをひょいと持ち上げた。そして「罠に掛けるか」と言った彼の言葉にわたしは想像する。

 暗い部屋の中、天井からロープで吊るされたフローラちゃん。そこへ伸びる男の手……なんて感じだろうか。

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