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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
五章 草原を駆ける少女
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3

「部屋に来られるって嫌じゃない?なんかさ……何か嫌じゃん」

 ベッドに仰向けになりながらレイモンとの会談についてファムさんに伝える。すると彼女は大きく頷いた。

「ではそのように伝えてきます」

 朝日の眩しい部屋の中、普段と変わらない顔色で言うファムさんにわたしは慌てて起き上がる。

「い、いや、そのまま伝えられると困るっていうか、勘違いされると困るし!勘違いじゃないけど、何?不快に思われそうだし!」

「分かってます。そのまま伝えて嫌な顔されるのは私ですから」

 きっぱり言うファムさんは洗濯物を抱えると部屋を出て行く。相変わらず物事をはっきり言う人だ。でもファムさんとのこんなやり取りもあとちょっとで終わっちゃうんだな。そう思うと寂しい気がしてきた。

 ……わたしってとことん、エミールに対して失礼な奴だなあ。

 溜息をつきながらテラスの外を眺める。今日は雲の流れが速い。昼間から天気が崩れなきゃいいけど。

 ふと下に見える中庭に見覚えのある姿を見つける。あの真っ黒な衣装はイザベラだ。相変わらず取り巻きに囲まれている。

 またわたし達の愚痴を言ってたりして……なんて考えていると、また別の集団がやって来る。こっちは何とも華やかな雰囲気のお姫様。もとい王妃様だ。

 ここで二人の間に火花がバチバチ、なんてなれば嫁小姑問題が見れて面白いのだが、そんな事は無かった。普通にお互いが一礼して終わりである。

 ふうん、という独り言を呟いた時、イザベラが首を傾げたのに気付いた。あ、やっぱり「そういう関係」なのかな、と邪推してしまうが、彼女の事だ。誰でも気に食わない可能性もある。

 下の集団に覗き見を発見される前に首を引っ込める事にした。振り返ると丁度ファムさんが戻ってくる。

「昼食をご一緒したいそうです」

「え!部屋に来るな、って言ったから?」

「……だから言いませんよ。『人数が多いので手狭でしょうから』とは言いましたが」

「あ、それなら全員参加、っていうのも強調出来るね」

 別にレイモンと二人っきりになったところで襲われるなどとは思っていないが、どうもきな臭さを感じる相手だ。人数が揃っている場にしたい。



 午前中、暇になったから、と言ったら失礼だがわたしは『女帝様』王太后の部屋に向かう。女だけなら会わない、などと言われる可能性も考慮してヘクター、アルフレートと一緒にだ。途中で何所から嗅ぎつけたのか、フロロがヘクターの背中に飛び乗ってくる。

「俺みたいな奴がいた方が和やかになるぜ」

とフロロが言うとアルフレートはわざとらしいまでに大きく肩を竦めた。

 一際煌びやかな部屋に入るなり王太后は目を細める。

「報告が遅いんじゃないのかい?」

 確かに頼まれごとから一日空いてしまったが、わたし達もそれなりに動き回っていたのだ。そのくらいは勘弁してもらいたい。

 早速女帝はヘクターに自分の隣りを勧める。「お前はここよ」という甘い声にヘクターの頬が強張り、フロロは満面の笑みを浮かべていた。

 アルフレートが茶の表紙の本を取り出す。王弟の日記だ。

「シャルルの日記ね。やっぱり仕舞い込んでた」

 ほう、と息つく王太后グレースにアルフレートは日記を渡し、質問する。

「何故、王弟はこれを隠そうとしたんだろうな?」

 ぴくりと揺れるグレースの指を見ながらアルフレートは続ける。

「はっきり言えば自身の潔白にも自白にも繋がらない内容だ。でも国王には隠した。何故だろうな」

 アルフレートの言い方は半分答えが分かっているように感じる。彼のずるさを知っているわたしだから思うのだろうか。

「……誰かを憐れんでるんじゃないかしら。あの子は優しい子だから」

 グレースの答えも要領を得ない。憐れんでいるとは誰を?一連の犯人だろうか。だとしたら王弟から見て犯人は可哀想な人間なのだろうか。

「レイモンは、どんな人です?」

 この前もした質問をあえてグレースにぶつけてみる。グレースはわたしを見てゆったりとした笑みを浮かべた。

「そこまで来たんなら、あと一歩ね」

 ほほほ、と笑う女帝にわたしの顔は大分引き攣っていたに違いない。グレースの扇がわたしを指す。

「逆にお前達に聞こうか。全てが分かったらどうするつもりなんだい?」

「……エミールが危険よ。だから『彼』から離れるようにエミールに伝えるわ」

「危険とは?」

「狙いが王位だと思うから。レオンだけが城から離れる結果になったのは、犯人の誤算だったと思う。時間が無かったから、とかそんな理由でね」

 グレースに答えた後、わたしは頬が熱くなっていた。グレースは満足そうに頷く。

「うれしいわね、エミールを心配する言葉なんて久々に聞いた気がする。でもあの子なら大丈夫よ。私がちゃんと助言してやった」

 何を?と聞く前に扇で遮られる。

「明後日には分かるだろ」

 又してもつれない答えだ。明後日というと……王妃の誕生日会ということだ。

「あの子……レイモンにずるい所があるって気付いたのは、あの子が幾つの時だったかしらね」

 グレースの語り口調は怖い話しをするようでもあり、微笑ましい話しをするようでもある。

「まだあの子の母親が生きていた頃よ。六つか七つ。ユベールに連れられて城に滞在してた時、一人の侍女の娘と遊ばせてたの。丁度同い年の頃の子だったからね。隣室で遊ばせていたはずなのに表からガラスの割れる音がして。侍女が真っ青な顔で入ってきたのよ」

 そこでグレースがすっと指差したのは棚の上に飾られている茶器だった。

「あんなようなティーセットが他にもあったんだけどね。表でそれが割られていたの。割れたのはポットだったかカップだったか、シュガーポットだったか覚えてないけど。その周りにレイモンと侍女の娘がいたわね。出てきた大人達にあの子は『叱らないであげて』って言ったのよ」

「ええっと、それはつまり『女の子を叱らないであげて』って意味?」

 わたしの質問にグレースは「そっ」と短く答えた。

「叱るも何も、怪我が無くて良かった、で終わったんだけどね。でも私には分かった。やったのはレイモンだわ、ってね。侍女の娘が怯えた目を向けてたのが大人達じゃなく、あの子に向けてだったんだもの」

 淡々とした話しだがわたしは背中がぞくりと震える。そんな空気を全く感じない様子でグレースは続けた。

「ああそう、レイモンの母親は騒いだわよ。息子可愛さなのか自己保身だったのか知らないけど、ヒステリックに娘のせいにしてたから。侍女にも責任をとらせるべきだ!とか言ってね。……その侍女?まだうちで働いてるわよ。故人を悪く言いたかないけど、私はあの嫁が嫌いだったから。残念ながら娘本人は城に近付きたがらなくなったらしいけど。有能な働き手が一人減った事では恨んでるわね」

 話しが終わるとフロロがぽつりと漏らす。

「なんつーか、怖い奴だな」

「怖い?ほほほ、私に見破られるようじゃまだまだじゃない。本当に怖い人間じゃないわよ」

 わたし達が黙っていると女帝はゆったりと扇を振った。

「……今日はこんなところにしておくれ。シャルルの思い出に浸りたいの」

 そう言って茶の表紙の日記を撫でる彼女に、一礼すると部屋を後にすることになった。

「あ、日記……読ませちゃっていいのかな」

 扉が閉まる直前、日記を開くグレースの姿にわたしは思わず呟いていた。あれを読めば王弟が何所にいるのか分かってしまう。

「大丈夫だと思うよ」

 ヘクターの返事にわたしは頷く。確かに話しに聞いていたより無理をしそうな人ではない。それに無理をしても良いんじゃないかな、と思い始めていた。



「さて、その癖の強い王族様と食事か。楽しめるといいね」

 アルフレートの軽口にわたしとヘクターは顔を見合わせる。アルフレートが全部対応してくれれば良いのに。

 昼食を取る部屋の前に着くと扉前にいた侍女に恭しく頭を下げられる。未だにこういった対応に慣れないわたしは「どうも」と呟きながら部屋に入った。

 既にテーブルに着いていたレイモンがにこやかに片手を挙げる。それでもぱっと目を惹くのは隣りにいるアルダの方だった。レイモンの影が薄いんじゃない。彼女が強すぎるのだ。

 最近になって普及し始めた紙巻タバコから煙を燻らせていたアルダだったが、わたし達を見るとすうっと窓際に移動する。独特な甘い匂いのする煙はなんだか彼女によく似合っている。紙巻タバコが苦手なわたしだったがアルダの姿はかっこよく思えた。

 他の仲間がまだ来ていないので自然とわたし達がレイモンの正面に座ることになる。

「それ、本物?」

 その質問をするレイモンの視線の先、アルフレートがいる。何の事か?と思ったが、

「エルフを見るのは初めてかね?」

テーブルに身を乗り出すアルフレートの答えで分かる。彼の長い耳を指したのだろう。

「いや……黒髪のエルフなんて初めて見たもので。失礼した」

 レイモンの注意がアルフレートに行ったことでわたしはほっと息をつく。流石の『太陽の男』の孫も高慢エルフの前では調子が狂う様子だ。すると扉の方が騒がしくなってきた。

「あー腹減った」

 仏頂面で入ってくるアントン。何故かおどおどした様子のイリヤ。何かやったのかセリスに謝りながら入ってくるデイビスに、ローザのお喋りに頷くサラ。直前まで走ってきたが部屋の中を見るなり慌てて歩きに変えるヴェラ。そして、

「ごはんですー!!」

部屋に飛び込んできた勢いのまま椅子にどしん!と座り込むイルヴァを全員で見る。

「……じゃあ始めようか」

 固まった笑顔のままレイモンは侍女の方に振り返り、手で合図を送った。すると何所で待ち構えていたのか、皿を持った侍女執事が続々と入ってくる。いつもより豪華さ三割り増しな内容にイルヴァは目を輝かせ、わたしは目の前の派手な王族の男をちらりと見てしまった。

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