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「おい、メシ持ってきてやったぞ」
階段から聞こえた声に振り返る。サンドイッチの乗った皿を持ったおじさんが降りてくるところだった。セレスタンが顔を上げたところでセリスがわたしの肩を叩く。
「ねえ、そろそろ行かない?私もお腹空いちゃって」
もう引き上げ時かな、と思っていたわたしはそれに頷く。お礼を言おうとして振り返ったわたしにセレスタンがにやっと笑った。
「面倒な事に巻き込まれないよう、あんまり首突っ込むなよ」
軽い口調ではあったがどきりとする。セレスタンの昼食を運んできたおじさんは目をくりくりとさせていた。
「流石に王弟の話を根掘り葉掘り聞くのは怪しかったかしらね」
協会の建物を出てわたしが息つくと、セリスは「さあ?」と首を傾げた。
「それよりお昼食べて行かない?たまには喧騒の中で大口開けて食べたい気分よ」
セリスの意見にわたしも同調する。そろそろ場末の大衆食堂が懐かしい。
「じゃあ適当な店探そう。多分、こっちの方が商店がありそう」
そう言ってわたしが道を指差しセリスの方を向くと、何故かいきなり彼女の隣りにフロロが出現していた。
「いいねー、俺もお呼ばれしたいな」
「……びっくりするから声掛けてよ」
わたしに睨まれてもにやにやしているフロロ。きっと聞き込みが上手くいったのだ。
「あーお腹空いた。おちびちゃんは何食べたいの?」
「俺、ハンバーガーと山盛りのポテト」
「いいわねー、私も珍しくそういうのが食べたいわ」
不自然な流れをちっとも気にしないセリスはフロロを連れてどんどん歩いていく。わたしも溜息をつきながら二人の後をついていくことにした。
「しかし良い町だね。次の移住先に考えても良いな」
鼻歌混じりにフロロが呟く。
「あんたはもっと騒がしい町が良いんじゃないの?レイグーンとかカンカレの方が似合う気がするけど」
わたしの意見をフロロは鼻で笑う。
「分かってないなあ、リジア。見るからに騒がしい町よりこういう雰囲気の町の方がどろどろしたものが蠢いてたりするもんなんだって」
「嫌なこと言うわね……」
騒がしく三人で歩くこと暫し、少し賑やかな通りに出た。飲み屋の看板に混じって食堂の看板も揺れている。
「あら、ここなんてどう?」
セリスの指差す店は直ぐに分かる。大きなハンバーガーの模型がでん、と飾ってあるのだ。中を覗くと若い人ばかりだった。
「『おすすめはスパイシーメガバーガー』だってよ。うまそー!」
そう声を上げるとフロロはさっさと入って行く。扉が開いた瞬間に匂う香ばしいお肉の匂い。城に残っている男連中が喜びそうだな、と考えながらわたしも店に入る。
「らっしゃい」
入って直ぐに立っていた恰幅の良い男性は『赤鬼亭』の赤鬼店長を彷彿とさせる赤ら顔だった。一人で切り盛りしているのだろうか。白いシェフの格好だ。
中はがやがやと騒がしく、若い女の子特有の甲高い声もする。わたし達とは違う商人学校の制服も見られる。
「注文はここで頼むよ」
赤ら顔のシェフがカウンターに入り、メニューを見せてくる。ずらずらと並ぶメニューに目を通すが迷う。
「うわあ、全部美味しそう……。困ったな」
「幸せな悩みだねえ。もっと困らせると全部美味いぜ」
わたしの呟きにシェフがにかにかと笑う。確かに困る。迷うせいで目がメニュー上をぐるぐると回る。カウンターによじ登って張り付いているフロロが片手を挙げた。
「俺、このスパイシーメガバーガー!ポテト山盛りとシュミシュミサイダーの大きいの」
「チビちゃんに食えるかね?こんなにでかいぜ?」
シェフがそう言って手で大きな丸を作る。フロロの顔くらいありそうだ。
「全然余裕」
「そうか、やっぱりモロロ族は大食いが多いなあ」
「おじさん、私このトマトチキンバーガー。あとサラダとアイスコーヒー」
セリスもメニューを決めてしまう。焦ったわたしは唸りながら手を挙げた。
「うー、わたしもスパイシーメガバーガー!ポテトとオレンジティー!」
注文を聞き終え、会計を終わらせるとシェフは厨房に入っていく。空いた四人掛けの席につくとフロロがわたしの顔を見た。
「兄ちゃんいないと食欲に正直だな、リジア」
「ホントー、びっくりしちゃった」
頷き合うフロロとセリスに顔が赤くなる。そんなに態度を変えてるつもりは無いんだけど。
「そんな事はどうでもいい!……で、フロロは聞き込み上手くいったの?」
わたしの問いにフロロはふんぞり返る。
「当たり前だろ?俺以上のやり手がいたらお会いしたいもんだ」
運ばれてきた飲み物に飛びつく盗賊を見て思う。城の中でヴォイチェフに撒かれた時はあんなに不機嫌だったくせに。
「盗賊ギルドが目光らせるのは何も『お宝』の噂だけじゃない。町の人間のちょっとした噂にも常に網を張り巡らせてるのさ」
通常のコップの三倍はありそうな大きな器に入ったサイダーを飲みながら、フロロは話し出す。
「だからリジアの言ってた噂の内容聞いた瞬間、ギルドの飛びつきそうな話だなって思った」
「……エミールがラグディスで、って話を?あんまり興味無さそうだけど」
騒がしい店内だが極力声を落とす。それにフロロは大きく頷いた。
「まさか!興味ありありよ。考えてみろよ……エミールは時期国王なんだぜ?女の兄弟もいない、一人っきりのお世継ぎ様。そのお坊ちゃんの悪い噂といえば現王室の転覆、とかそういう匂いが漂ってくるじゃんか」
それを聞いてセリスが「そ……」と声を上げ、思いついたように声を潜める。
「それって革命ってことよ?なんかぴんと来ないわあ」
「そりゃ俺らはローラスの人間だからな。ローラスの人間からしたら現実離れした話よ。……今は噂の内容も大したもんじゃないけど『そういう流れを作ろうとしてる輩がいる』ってのが重要なわけ」
「ギルドにとって?それもぴんとこない。だって国の状況とかに興味無さそうだし」
わたしにとっての盗賊ギルドのイメージはこうだ。どんな状況だろうと勝手にやってそうだし。しかしフロロは首を振る。
「混乱期には金が生まれる。しかもギルドみたいな裏社会の奴が儲かるようになってるわけ」
「あら、それいいわー。私も仲良くして顔売っとこうかな」
セリスの軽口に厳しい視線を送っていると、大皿が三つ運ばれてきた。
「お待ちどうさま、これがトマトチキンでこっちがスパイシーメガのポテト大盛り、これがポテト普通盛りね」
赤ら顔シェフは「いっぱい食べろよ」と言いながらわたしの頭をわしわしと撫でていった。
「……すごいわね」
わたしは目の前の皿に思わず唸る。先程の説明が誇張じゃない大きさのハンバーガーと「これが普通盛り?」と聞きたくなる大量のポテト。大盛りサイズを頼んだフロロは彼の身長が小さい事もあるが、ポテトに埋まって顔が見えなくなっている。隙間から小さな手が伸びてきて、わし!とポテトを掴む様子が見ていて面白い。
「……ほんで話を戻すと、そういうわけだからギルドは動き出してるな、と読んだわけ。で真っ直ぐギルドに話を聞きに行ったんだよ。そしたらビンゴではあったんだけど、噂自体が出始めたばっかりみたいでさ、追ってる途中だから協力しろってなっちゃって。んで、昨日の夜からさっきまで町中飛び回ってたんだぜ?」
「すごいじゃない!……でもその割に元気ね」
わたしの疑問には「まあ半分は寝てたからな」との答え。なんだ……。まあ仲間には元気でいてもらいたいけど。
「だって真夜中に動き回ったって皆寝てるじゃんかよ。まあいいや、そんでまずは大体どういう層を中心に出回ってるのか、なんて事を調べていったわけだ」
ふむふむ、とわたしとセリスは頷く。
「警備兵から普通のおばちゃんまで幅広いね。町の警備兵、なんていうのは割合、城にいる兵士よりかは王室への忠誠心が低いからな。王室のネタを面白おかしく喋ってるみたいだ。俺の勘だけど噂が始まったばっかりの段階で、これだけ幅広い層が知ってるって事は『誰か噂をばら撒いてる奴がいる』ってこと」
わたしはごくりと喉を鳴らす。
「で、それは誰なの?」
「そう焦るなよ。それより一個気になるのがさ、話の内容なんだけど『エミール王子がラグディスへ認定式に行った際に、現れたレオンを追い返した』ってやつだろ?」
「……王家しか持たない指輪を奪い返して、追いやったって言ってたわね」
わたしの反復にフロロは何度か頷く。
「だろ?普通はさ、その話だったらエミールの動きより『レオンが生きてたかも』って方に飛びつかないか?」
「私もそう思う。あーこれ美味しいわー」
セリスがチキンバーガーにかぶり付きながら恍惚の表情を浮かべる。
「だろ?不自然な点の二個目だ。……ギルドの方でもこれは『面白い』って結論になったんで、ラグディスの仲間の方へ連絡取ったみたいなんだ。まあその前に全部見てきた俺がいるんだけどな。で、結果は知ってる通り、エミールとレオンの平和的会談があったばかりかレオンは本物の王子らしい、ってこと。更には……」
フロロは気になるところで話を区切ると、わたし達の顔を見回した。
「シェイルノースにいるっていうレオンを探りに行った。もちろん現地の奴に頼んで、だけどな。そしたらレオン、シェイルノースにいないってよ」
「いないって、何所行ってるのよ?」
わたしは思わずポテトを食べる手が止まる。
「決まってんだろ、こっちに向かってるのさ。多分母ちゃんに会いたくなったとみるね。それより事情を深く知らないギルドの連中は大騒ぎさ。『革命もあながち遠くないかも』ってな。ラグディスでの混乱第二ラウンドが始まるかもしれないぜ」