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瞬く三つの星にそれを囲む形の三日月、右下には天秤、というのが魔術師協会の看板だ。その絵が埋め込まれた扉を開けると、わたしは少し驚く。丸テーブルと椅子が並ぶちょっとしたカフェのような雰囲気。ウェリスペルトのいきなり事務的な受付が立ち塞がる作りとは随分違う。
並ぶテーブルの一つに向かい合う二人の中年男性、その片方が顔を上げ、こちらに手を挙げる。
「やあ、同士よ」
「はあ」
初耳な挨拶に面食い、曖昧な返事になってしまった。座る二人共ローブ姿だ。魔術師同士の挨拶、ということなのだろう。
「何か困り事かね?」
「いえ、ウェリスペルトの学園から初めてサントリナに来たので挨拶に」
わたしの答えにおじさんは「おお、本校からの生徒さんだ」と大袈裟に驚いた顔をして見せた。プラティニ学園は冒険者育成を目的とした学校としては世界初、とされているので『本校』なんて言い方をよくされる。実際は他の学園に比べて優秀ということも無いし、規模が特別大きいわけでもないのだけど。
トランプの札を持った手を置き、二人はわたし達に席を勧めてくる。それに遠慮無く乗っかる事にする。
「セントサントリナはどうかね?ローラスに比べれば退屈かな」
もう片方の男性の方も質問してきた。椅子に座りながらセリスが答える。
「確かにちょっと静か過ぎるかなあ」
おじさん二人は遠慮無い少女の答えに笑っていた。
さて、どう切り込もうかな、と考える。先程、朝食を取りながら思い浮かべていた台詞をそのまま使うことにした。
「実は……偶然がいっぱい重なって今、お城に滞在してるんです。でもソーサラーには中々肩身狭い雰囲気なんですね」
もちろんそんな事は無い。だがおじさん二人は驚いた顔の後に大きく頷いていた。
「そりゃ凄いな!ま、ソーサラーには多少居心地悪い国かもしれないのは否定しないけど。なんでまた?」
茶髪に白髪混じりは最初に話しかけてきたおじさんだ。彼のこの質問には曖昧に答える。
「前に王子と知り合いになれたんです。そうしたら今度の王妃様の誕生日会に招かれたわけ」
「そりゃあ幸運だなあ」
感心げなおじさんにセリスが大きく溜息をついた。
「招かれたことはね。でも仲間のプリーストと私達とじゃ、随分扱い違うんだもの」
これにおじさん二人は顔を見合わせる。金髪が大分薄くなったおじさんは緋色のトランプを箱に仕舞いながら何度かゆっくりと頷いた。
「表立って言う人間はいないけどね、この国にはどうしてもソーサラーより神官様が偉い、って空気はあるよ。この協会を見てもらっても分かると思うけど」
そう、わたしがここに入ってきて一番驚いた点がこれだった。言っちゃ悪いが規模が小さい。家庭的、といえば聞こえは良いがはっきりいって民家に毛が生えたような建物だ。中にいる人間もこのおじさん二人しか未だに見ていない。ウェリスペルトの協会には何度か行ったことがあるが、人はひっきりなしに入ってくるし、建物の大きさがまず違う。
わたしとセリスの微妙な顔を見たのか、茶髪のおじさんが説明を始める。
「魔法に対する概念、ってやつかな。それが関係してるんだと思う。ソーサラーは『奇跡を起こす』事を、プリーストは『奇跡を祈る』事をして魔法を行使する。根本的な考え方が違うんだな。だからどうしても神官が力を持つ地域はソーサラーの力が弱まるし、逆もある。その違いから生まれる雰囲気が一般の人間にまで広がるのは面白いと思うけどね」
「じゃあこの国のソーサラーのイメージは『悪の手先』みたいな暗い雰囲気ってこと?」
わたしの疑問におじさん二人は慌てて首を振る。
「そうならないように頑張るのが、僕達の仕事です」
なるほど、立派な目標だけど具体的に何してるのかしら。暇そうだけど。
その後もこの国におけるソーサラーの現状などを話していく。おじさん二人の愚痴もあるからか、話題が尽きずに盛り上がるのは有りがたいのだが、どうにか王弟の話に及びたいわたしはじりじりとじれていた。
「まず王室が皆神官様、って国だからねえ。エミール王子もこの前めでたく位が上がったらしいし」
「シャルル様くらいだったねえ、こちらに興味を持たれるような方は。評判はマズイ方だけど、僕らにとっては有りがたい存在だった。人柄も良かったし」
おじさん二人の会話にわたしとセリスは一瞬目を合わせる。わたしが「良い人だったんだ」と零すと、セリスが大きく笑い出した。
「嘘ばっか!お城でもちょろっと話聞いたけど、散々な感じだったわよお。良い人なんて無い無い!」
それに二人は食いついてくる。「嘘じゃないさ」と茶髪のおじさんが身を乗り出すと、金髪の方も大きく頷いた。
「ここにも結構通ってくれたんだよ。偉そうにすることもないし、魔術師達の話しが面白い、なんていってね」
「ほんとにぃ?騙されてたりしない?」
セリスの意地悪な流し目におじさん達は誇らしげに胸を張り返す。
「そんな方じゃないよ!……なんならシャルル様と一番懇意にしていた男の話も聞いてみるかい?」
金髪のおじさんが部屋の奥を指差す。それにわたし達はにやにや顔で頷いた。
「うまいわね」
立ち上がる時にセリスに囁く。「まあね」と肩を竦める彼女を見て、一緒に来て良かったな、と思う。
「こっちだよ、今、倉庫の整理をしてるんだ」
そういっておじさんが指差すのは上への階段の奥、小さな地下への入り口だった。細い半分はしごのような階段が続いているのが見える。もちろん下も薄暗く、一人だったら入るのに勇気がいるような雰囲気だ。
茶髪のおじさんが空のランプを持ち「ライト」と魔法を唱えると、ガラスの筒の中に光源が現れる。それを持って下へと潜っていく彼に続いていく。
ぎしぎしと頼りない音を立てる階段に不安になりながらついていくと、暗がりに向かっておじさんは声を掛ける。
「おーい、セレスタン、ちょっと出てきてくれ」
その呼びかけに奥からがさがさという音がする。その間に周りを見ると木製の杖がずらっと並んでいたり、何かの鱗が干してあったりと魔術具の倉庫だという事が分かった。
「へえ……」
セリスが感心したように見回し、魔石の付いたロッドの撫でたりしているが、実は魔具の類いにあまり興味のないわたしは黙って立っていた。
「なんだ?」
棚の影から顔を出したのはぼさぼさの頭の魔術師。黒いローブに不健康そうな顔、という分かりやすい人物だ。歳は二人のおじさんよりちょっと若い、くらいだろうか。
「セレスタン、お前シャルル様と仲良かっただろう?この子達に話を聞かせてやってくれよ」
「いいけど……、飯は?」
不機嫌そうに答えるセレスタンにおじさんは眉を寄せると「分かってるよ」と言って、上に戻っていった。
「シャルルの話を聞きたいんだって?また物好きな」
ぼりぼりと頭をかくセレスタンは二人きりにはちょっとなりたくない人物だ。いや、見た目で判断したら失礼だけど。「よっこらせ」と箱の上に腰掛ける彼に頷くと、わたしは踏み台の上、セリスは棚の上に座る。
「いいんだけどさ、俺も大して奴のことを知ってるわけじゃないぜ?普段の暮らしとか話したくない様子だったし、俺も興味無いから聞かなかったしな」
「大丈夫です。ここでの様子が聞きたいだけだから」
わたしがきっぱりと答えるのに「ふうん?」と顎を撫でる。じょりじょりとした音がここまで聞こえてきた。
「第一印象はまあ、『貴族様』って感じだったかな。王室の中じゃ変わり者扱いだったらしいが、一般人の俺から見たら十分に別世界の人だったよ」
「そんなものかもね」
セレスタンの言葉に返事しながら、面白いと思う。はっきりした物言いに彼の印象が良いものに変わる。
「変わってるな、と思ったのは俺が気に入られたからかね。周りの持ち上げるような態度の奴より、呼び捨てにする不躾な男が気に入ったみたいだった。魔法の腕は学生レベルだったなあ。多分、あんたらでも勝てるようなレベル。でも好きだったんだろうな、魔術の類いが。一緒に杖作ったりもしたんだぜ?」
「具体的に分野でいうと?」
セリスの質問にもう一度顎を撫でる。
「うーん、分野っていうより、ソーサラーの考えとか取り組みなんかに興味持ってる感じだったかな。今まで習ってきたものと正反対な考えだ、とか言って飛びついてた。とにかくソーサラーの集まり自体が楽しかったんじゃないか?倉庫の整理の日も書庫の整理の日も来たら嫌がらずに手伝ってるような。それ考えると確かに変わりもんだわな」
にやっと笑うセレスタンにもう一つ質問してみる。
「貴方の他に懇意にしてた人は?」
セレスタンはうーん、と考え込む。少し経ってから「懇意、とは違うが」と答え始めた。
「取り巻きはいたよ。ここにも数人の女共はいるからな。中でもジルダはしつこかったぜ」
そう言って意味ありげな笑みを見せる。
「王位継承から少しずれた人だろう?だから一般人のジルダでも結婚出来ると思ってたんじゃねえかな。努力の甲斐あって二人で会ったりもしてたみたいだぜ?王室の別荘に連れて行ってもらった、なんて有頂天にもなってたしな」
「そ、その人は?」
狙ったように出てきた『女』の存在に少し焦りながら聞いてしまった。セレスタンはいぶかしげにこちらを見るが、淡々と答える。
「ジルダか?実は急にシャルルはここに来なくなったんだよ。城から出ないようになったらしくてジルダも捕まえられなくなってな。失意……っていうより激怒だな。怒りながら故郷のカンカレに帰っちまった。元々カンカレの人間らしいから、ここに来たのは単に地元から抜けて遊びたかっただけ、っていう女だし」
カンカレか。訪ねるには少し遠い。
「今思うとあいつがカンカレに帰った後で良かった。あんな……シャルルが事件を起こして。まあカンカレだろうと大きな事件だからもちろん耳にはしただろうけどさ」
ぼんやりとした顔になるセレスタンに、彼らにも色々な人間模様があったのかもしれない、と考えてしまった。