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「それって王妃様も魔術の類いに興味持ってる、ってこと?」
デイビスの問いにヤニックが苦笑しながら首を振る。
「違う違う、ブライアンが言うのはブルーノ様の事だろう?あの異種族の御付きと一緒に城に嫁いできた時は、結構な衝撃だったらしいからな」
「え!?」
かなりの大きさの声で驚いたからだろう。皆がわたしの顔を見る。内心焦りながら、わたしは取り繕う言葉を並べる。
「いや、ブルーノってエミールの御付きだと思ってたから、まさか王妃様の嫁いできた時代からいるなんて思わなくて」
エミールの歳を考えればそう不自然なことではないので、少々苦しいか。しかしアルバンは不思議な色のお酒を自分の前にあるグラスへと注ぎながら大きく頷いた。度数の高いお酒なのか、指の関節で入れた量を測っている。
「ファルテ・ヘグナ……って種族だったかな?人間より長寿の種族だ。何でも王妃の子供の頃からいるんだってよ」
そういう流れがあったのか。でも、じゃあ今日の出来事は何だったの?ブルーノが言った『嫌悪されているのは私だ』というのは嘘だったんだろうか。わたしに気を使って?まさかそんなわけが無い。何かきっかけがあったはずなのだ。挨拶もしなくなるような出来事が。
話しの続きを促したくてしょうがない衝動に駆られるが、なるべくがっついている雰囲気が出ないよう、でも王妃の話しからは逸れないよう言葉を選んでいく。
「王妃様は……どこのご出身なのかな?やっぱり王族同士の結婚なの?」
「いや……まあ王族みたいなもんか。騎士団領の総長様、ブリーゼマイスター候の一人娘だ」
ヤニックの答えにわたしは興味深いよう何度か大きく頷いて見せる。
騎士団領、とは東の大陸にあるサントリナのお向かいさんだ。すぐ下にアルケイディア帝国があり、帝国とローラス・サントリナの強国との戦争を防いできたのが、この中立国家『デツェン騎士団領』の存在だ。その総長の娘とサントリナの国王が結婚、というとかなり色々な意味があるのだろう。
わたしは手渡されたオレンジジュースを飲みながら、現代史には少々疎いということを反省した。
「ファルテ・ヘグナって種族は遥か東の地にいる種族なんだそうだ。騎士団領でも珍しいらしいが、東の大陸にはこっちに比べたらまあまあ、見掛けることもあるんだってよ」
ブライアンがそう言いながら少々赤くなってきた頬を撫でる。隣りにいるデイビスがさっきから馬鹿みたいにグラスを空けているのが心配になってきた。
「……で、さっきブライアンが言った『嫁への対抗心』っていうのはだ、ブルーノ様がサントリナに着た時に城にいる人間も国民も、あの異種族に惹き込まれたんだよ。あの見た目だもの、若いのからばあさんまでそりゃあ人気だったんだぜ?」
「『だった』?そりゃ語弊があるだろ。ブルーノ様は今でもサントリナの女のアイドルだ」
ヤニックの台詞をアルバンが笑いながら訂正した。
「それが気に食わなかった姑が、人間だが同じように見た目が良かった腕利きの魔術師を可愛がり始めたんだ。あ、こっちは過去形な。『見た目が良かった』、今は性格がそのまま顔に出ちまったオールドミスだ」
ヤニックはそう言うと大きな口を開けて笑った。辛うじて外の空気を流し込む役割の小さな窓からぬるい風が入ってくる。次の話題に流れてしまわないよう、わたしは何気ない振りで質問を続けた。
「嫁ぐお嬢様に御付きとしてついて来るぐらいだから、ブルーノは騎士団領でもそれなりの地位だったのかしら」
これに答えたのは低い呟きのような話し方をするブライアンだった。
「ブリーゼマイスター候の右腕だったらしいぜ。候が拾い上げたのか、それより前の時代から騎士団領にいたのかは知らないがね」
「……でも、ブルーノと王妃様ってあんまり仲良くないみたいだけど」
わたしの言葉に三人の兵士はこちらを見る。わたしは慎重になりながら今日の出来事を話すことにした。
「中庭で二人がすれ違ったところを見たんだけど、真横を通ったのに何も挨拶が無くて」
「ああ、やっぱりそう思う?」
ヤニックはそう言った後、いかにも『ここだけの話』というように不敵な笑みを浮かべながら小声になる。
「エミール様が生まれた時期にはもう冷え切ってたみたいだ。それで護衛する相手が息子に移ったってことだろうけどさ。……噂じゃあよ、ブルーノ様が王妃の懐妊中、国王に色目使ったとか、そんな話しもあったんだぜ!」
「な、な、な……」
わたしは顔が赤くなった後、絶句する。……男色ってこと!?
「あ、本気にすんなって!女の子はこういう話し好きなんじゃないの?」
的外れなヤニックに、仲間の二人も呆れ顔だ。アルバンが首を振る。
「馬鹿だなあ、お前。メイドの遊びの話しを混ぜるなよ。大体、男色家に息子預けるなんて危なくて出来るかっつーの」
言われてみればもっともだ。この流れでからかわれたのだと気付いたが、何だか妙にほっとしてしまった。
「……まあ相手がブルーノ様なんていうのは冗談だとして、国王がフラフラお遊び、なんていうのはあり得ないと思うね、俺は」
「へえ……」
アルバンの台詞にわたしは失礼ながら「意外だ」と思っていた。王室というと側室をおいたり、貴族様といえば交友関係が派手、というイメージはどうしても持ってしまう。
「サントリナ王室は、特にストレリウス=サントリナ家は代々『お堅い』人が多いんだな。現国王のフェリクス様も例外じゃないよ。側室なんてもんが存在した時代もあったそうだが、確か二代くらいで無くなっちまったはずだ」
アルバンの説明にブライアンが少々愚痴っぽく呟く。
「そうそう、直系じゃないにしてもレイモン様みたいのが特殊ってことだよ」
その言い方からして彼ら兵士達からの人望は薄いようだ。微かに寄っているブライアンの眉間の皺を見た。
「エミールのはとこなら湖の方で見たわ。確かに派手な雰囲気ね、色男で」
朝日を浴びる姿を思い出す。逞しい体躯に揺れる金髪は遠めから見ても美男子の雰囲気だった。アルバンがくっくと笑い出す。
「レイモン様ならサントリナ中の町、村に一人ずつ子供がいても驚かないね」
「ありゃあ、じい様に似たんだよ」
「じいさま?」
ヤニックの言葉にわたしは問い返す。彼は大きなグラスを空けてしまうと頷く。
「そう、先王の妹君であられるルイーズ様の旦那。もう八十近いじいさんだけど、まだ生きてるぜ。城には来ないけどな。ルイーズ様は若い頃、相当泣かされたらしいねえ。何でも太陽のような男だったんだと」
わたしとヘクターは顔を見合わせる。太陽のような、と。こっちの方が王様みたいなイメージだ。
「ルイーズ様の方に似た息子のユベール様は、ある意味ここの王室の人間らしい人だよ。真面目なところとかな。病気で更に枯れ枝みたいになっちまったけど」
ヤニックはそう言うと演技掛かった仕草で首を振る。「ふー」という溜息で嘆いてみせる様が面白い。それに同調するようにアルバンもぽつり、ぼやく。
「ユベール様こそ、息子が父親そっくりな事をどう思ってるのかねえ……」
「中身だけじゃなくて見た目もそっくりなんだ?」
ヘクターはそう言うと「会ってみたいな」と呟いた。太陽のような男の人、なんて聞くとわたしも間近で会ってみたい。湖で見た姿はアレだったけど、近くで見ると印象も違うのだろうか。にしても、その太陽のような男を顎で使う美女、というのもまた興味がある。
ヤニックが頷きながら答える。
「両方の若い時を知ってるじいさんばあさんに聞くと、そっくりらしいな。まあもうすぐ嫌でも会えるぜ。王妃の誕生会前に来るだろうから」
「前日から来るの?」
「賭けてもいい、もっと前から来るぜ」
わたしの問いに答えたアルバンは前に座るブライアンと目を合わせ、意味深な笑みを見せる。その様子を見たヤニックは少し咎めるように、二人に向かって手を振った。そしてわたし達の方を見る。
「普段からそうなんだよ。何かって理由をつけちゃ城に入り浸ってる……これは本当に口外するなよ?」
後半を真顔で言うので、わたしもヘクターも大きく首を縦に振ってみせる。ヤニックの声が低い呟きのようなものに変わった。
「よーく考えてみな。エミール様が第一王位後継者であることには変わりないが、レイモン様は現段階じゃその次に王位に近い人間なんだ」
ぞくりとした。わたしは隣りにいるヘクターの顔を見るのを、なんとか堪える。
国王の兄弟達には子供がすでにいないのだから、若い王族というとエミールの他にはレイモンしかいないのだ。だって王弟は既にいないのだし、イザベラの子供は夫と共に亡くなっている。
ファムさん達が語った王室関係者を頭の中でリスト化して考え直すが、他は国王より年上ばかりだ。どうして気付かなかったんだろう。
ごん!という大きな音に飛び上がりそうになる。横を見ると赤い顔をしたデイビスがテーブルに突っ伏し、がーがーと豪快な寝息を立てていた。
「大人しいと思ったら潰れやがったな」
ヤニックは舌打ちするが、その顔は笑っている。
「当たり前だよ、この短時間にこれだけ空けやがった。タダ酒だと思ってかっ込みやがったな」
アルバンが空の瓶を振って見せた。い、いやしい。お酒が入ってないのにこっちが赤くなってくる。
「……俺しか担いでいくやついないのに」
ヘクターが珍しく嫌な顔をして溜息をついた。
「戻るか」
アルフレートが立ち上がる。顔つきからして満足いく結果に終わったらしかった。
「なんだか関係ない話ばっかになっちまって悪かったなあ、また来いよ」
ヤニックの言葉に「十分聞けた」と答えそうになるが、そういえば表向きのお題は「城勤めになるには」だったな、と思い出す。
「ううん、楽しかった。皆はまだ飲むの?」
「当たり前よー!まだ日付も変わる前の時間じゃねえか」
元気の良い返事だが、全員顔が赤い。もう一度お礼を伝えると、陽気な兵士達の詰め所を後にした。