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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
四章 夢の国、時の砂
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3

城に来た一日目と同じ、広いホールのような食堂に通される。奥の席にエミールが座り、護衛のように一歩引き、柱の傍にいるのがブルーノ、ヴォイチェフ。昼間と違って機嫌の良いフロロが椅子に飛び乗った。

家庭で作る料理とこういったプロの職人が作る料理で、決定的に違うのは見た目だな、と目の前の色鮮やかな料理に思う。

「母の誕生日まであと六日です。会の準備も整いつつありますから、是非楽しみにしていてください」

グラスを傾けながらエミールが微笑む。

「皆さん、退屈してないといいですが。湖もこんなに早く引き上げることになってしまって」

「あ、大丈夫、全然退屈じゃないよ」

わたしが返すとエミールは「そうですか」と安心したように笑った。そしてブルーノの方へ視線を動かす。無表情の仮面を被った男が前に一歩踏み出した。

「別荘を襲った集団を城の兵士が追っている。情報が入り次第、君達にも伝える」

「あ、どうも」

デイビスが呆けたような顔で返す。こっちも独自に追ってます、とも言えない。何だか妙な空気になってしまった。それを破るようにセリスが口を開く。

「王妃様も国王もいつご飯食べてるの?」

テーブルを示しながら尋ねる。暗にこの場にいないことを指してるのだろう。

「来賓がいない時は自室で取ります。定期的に一族で食事を取ることも、父から誘いがあれば一緒に取る日もありますけど」

エミールの言葉に皆の顔がお互いの方へ動く。なるほど、根本的な考えが違うのだ。両親と食事取らないなんて、王子可哀想……というのがそもそも庶民の感覚なのか。



その後は他愛ない会話をするのみで食事が終わり、名残惜しそうなエミールに就寝の挨拶を貰って部屋を出る。廊下と階段が交わるところまで出ると、デイビスが振り返り全員に告げた。

「飲んでくる」

はあ?という声が上がる中、デイビスは廊下の先を指差す。

「昼間、兵士の奴に誘われたんだよ。何か面白い話も聞けるかもしれないし。お前らも来る?……って飲めないか」

「私は飲める」

「俺も飲める」

アルフレートとフロロが手を上げる。

「じゃあ来いよ。お酌してくれるような女の子連れてきてくれよ、って言われたんだ。誰か来ないか?」

「いやよ、そんなの」

セリスが顔を歪めて即答した。サラも嫌そうな様子だ。じゃあわたしが行こうかな、と自分の顔を指差す。

「……うん、まあいいか」

気になる沈黙の後に曖昧な返事をするデイビス。何それ、むかつくわね。

結局、兵士の詰め所とやらにお邪魔させてもらうメンバーはデイビス、ヘクター、アルフレートとフロロ、そしてわたしとなった。

「お酒の席に行くなんて心配だわあ。飲ませないでよ?」

ローザはわたしの顔を見ながら渋い顔だ。

「大丈夫だよ、俺もいるから」

そう答えるヘクターに更に顔をしかめる。

「アンタも飲まないでよ?酒の勢いにまかせて変なことしようとかそういう……」

「そ、そういう目で見てたんだ……」

ヘクターががっくりと肩を落とす様を、妖精二人がにやにやと見ていた。

何か文句のありそうなアントンが部屋に戻る組に引っ張られて階段を上がっていくのを見送った後、わたしはフロロの肩を突く。

「何か機嫌いいわね。うまくやったってことね?」

その質問にフロロはにやっと笑う。そして「早く出ようぜ」と先を指差した。それを受けて全員が早歩きになる。死角が無いように配備された兵がちらちらとこちらを見ていた。

本殿を出て夜空の下に出る。兵士の影は途切れないが、屋内と違って声は届かないだろう。

「で?ヴォイチェフの事だろう?」

アルフレートがヘクターに肩車させたフロロを横目に見る。フロロは何がおかしいのか鼻で笑うと声を潜め、話し始めた。

「あの野郎が変な動きするパターンが読めてきたんで、それが見えてきたらあえて撒かれた振りしたんだ。そっから……まあ言いにくい場所使って探っていったら、あいつが妙な場所に滑り込むのを見たんだな」

「何所に?」

聞き返すわたしにフロロは更に声を小さくする。

「ブルーノの部屋だ。……バカ!声出すなよ」

わたしとデイビスの息を吸い込む音に、フロロは素早く反応して釘を刺す。

「ふうん、じゃああの神経質そうなウサギは除外か」

アルフレートが面白そうに呟き、雲の流れの速い空を見上げた。「なんでだ?」と聞くデイビスにまた視線を戻す。

「あの胡散臭いカエル男はどう見ても身の回りの世話任せるような従者じゃないだろう?普段は……まあ隠密部隊か何かにいるんだろうが、そんな奴をわざわざこっちに引っ張ってきたのはなぜだ?」

「……護衛だ」

ヘクターが呟く。

「そう、アントンは馬鹿だが腕は有る。それを軽くあしらう奴らから我々を守る使命があるんだよ。それを命じたのがウサギってことだ」

「で、でも……」

わたしは反論しようとした口を閉ざす。そうか、城に滞在することを快く思わないのは犯人だけじゃない、って分かってたはずなのにな。わたしの脳裏にブルーノの歩く後姿が浮かんでいた。



城の正門、西側にある細長い塔を見上げる。昔からの城塞と同じく、見張り台を兼ねているらしい。デイビスが強いノックをした後、遠慮無く木の扉を開いた。

中の明るさに一瞬目を細める。扉付近にいた甲冑姿の兵士が手を上げた。

「おう、お前らか。上行けよ。もう始まってるぜ」

その口調にデイビスとヘクターが既に随分と打ち解けているのかが分かる。

「俺も早いとこ参加したいぜ。二日連続の夜勤だなんてついてねえ」

兵士は欠伸しながら外へ出て行ってしまう。他にも休憩中らしい兵が兜だけを脱いだ状態で、タバコの煙をくゆらせているその後ろを通る。言われた通り上へと向かう階段を上がる中、フロロが小声でデイビスに話し掛けた。

「もうこんなに馴染みになってるなんて、やるじゃんよ」

それに答えるデイビスも声を潜めている。

「……傭兵や城勤めになるにはどうするか、っていうような『相談』を持ちかけたんだ」

「なるほどね、筋肉ダルマには先輩面させるのが一番良い手だ」

偉そうなシーフの声にデイビスとヘクターは苦笑した。

階段を上りきるとすぐに扉がある。狭い空間にあれこれ詰め込んでいる造りなのだな、と思う。扉を開けるとむわっとした熱気が肌を襲った。お酒などの匂いもあるが、男達の集まりという異臭の方に身構えてしまう。

「おお!来たな」

「おー!待ってたぜ」

「エルフだ……」

という声が次々に沸いた。狭い円形の部屋に十人以上の兵士がいるように思われる。非番なのか鎧兜ではなく、ラフなシャツという姿だ。木のテーブルには既に空いた瓶がいくつも並んでいる。その割には赤い顔が少ない。全員見るからにお酒に強そうだもの。

アルフレートとフロロが気を配って……というわけでは無いのだろうが、ずかずかと奥へ行き、わたしはヘクターとデイビスに挟まれる形で手前の席につく。

「兵士になりたいなんて言ってたけどよ、お前ら冒険家目指してるんだろう?」

綺麗な角刈りをした兵士が座るなり尋ねてきた。

「いずれ、ですよ。そりゃあやるだけやってみるつもりだけど、そういう道も考えとかなきゃ」

答えるデイビスに兵士は笑う。

「まあな、冒険者っていうのはありゃ一握りの運が良い奴が続けられる職業だ。俺達の中にも冒険者学校出身の奴もいるぜ」

そう言ってグラスの中身を飲み干し、再びにかっと笑う。中々身に沁みる言葉だ。情報収集の目的でなくとも普通に楽しめそうな雰囲気に、わたしは肩の力を抜いていった。

「あとは仲間とは綺麗に別れるべきだ。後々まで協力してもらえるように、な。外部にも仲間がいるっていうのは良いことだぜ」

そこまで言い終わるとちらりとわたしを見てくる。

「彼女は?」

「彼女も一緒に、です」

指差す兵士の男にヘクターが即答した。

「宮廷魔術師みたいなやつを考えてるのか?それだとこの城じゃあ厳しいかもな」

男が意味ありげに笑うと、隣りに座る黒髪をきっちり撫で付けた男が声を上げて笑った。

「うちは厳しいな!なんせヴェロニカがいる。この城の魔法部門のお局様でよ、ヒステリーが酷いんだ!」

そ、それは嫌かも……。その前に冒険業を辞めるような事態が訪れて欲しくないけど。

そこから自然と城内に住む人間の話しになっていく。間に自己紹介を挟みながら彼らの話を聞いていく。角刈り頭の一際大きな男がヤニック、黒髪の二枚目な雰囲気の男がアルバン、彼等の向かいに座る金髪のやや物静かな雰囲気の男がブライアンというらしい。こちらの会話に参加しているのがこの三人。あとはアルフレートとフロロの珍しい異種族コンビに興味を持ったようで、二人に話し掛けていた。

暫くの間、ヤニックとアルバンの間で厄介な王室お抱え魔術師の話しが続く。つまみのナッツを頬張りながらヤニックがぼやいた。

「今言ったヴェロニカは王太后様のお気に入りなんだ。だからでかい顔してるものの、現王にも取り入ろうと必死だな。なんせグレース様がいなくなった時を考えると、後ろ盾が無くなっちまう。まあ王太后がすぐ亡くなるなんて事態もなさそうだが」

「先王の奥様は未だに元気みたいですね」

わたしの質問に、

「元気も元気!ありゃあエミール様の孫の代まで見るつもりだぜ!風邪一つ引きやしねえ」

「先王も歳は歳だったが、崩御の際は皆言ったもんだよ。『グレース様に吸い取られたな』ってな」

そう言ってヤニックとアルバンは大口を開けて笑う。ヘクターとデイビスが顔を合わせるのが分かった。

「そのヴェロニカって魔術師をお気に入りってことは、グレース様は魔術に興味があるのかしら?」

急な話題の転換は不自然か、ともう少し引っ張ることにする。ソーサラーらしい食いつきにブライアンが眉を上げ、肩をすくめた。

「嫁への対抗心、って感じたけどな、俺は」

「はあ?」

思いがけない答えにわたしは目を丸くして金髪の兵士の顔を眺めてしまった。

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