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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
四章 夢の国、時の砂
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2

城に戻った後、夕食の時間まで少しあったのでわたしはセリスの部屋を訪ねることにする。

廊下の突き当たりにある扉をノックすると直ぐに赤い髪を揺らした彼女が現れた。

「おう、お帰り。どうだった?」

そう聞いてくるセリスの肩を掴むと部屋に押し込む。「なによう……」と不満げな声を上げる顔を見ながら、後ろ手にしっかりと扉を閉めた。

「……水着買いに行った時のこと覚えてる?」

わたしの質問にセリスは眉を寄せる。

「はあ?二、三日前の話を忘れるわけないじゃない。何?店の名前か何か?」

「そう!それよ!」

わたしは勢いよくセリスの顔を指差す。が、答えようとする彼女を手で制した。

「……あの時、通りがかりの老夫婦にお店の場所聞いたでしょう?それで別れ際にあのおばあさん、何て言った?」

「あー、虫さされに気をつけてとか言ってたわよね」

そののんびりとした答えにわたしは今度は激しく首を振る。

「違うわよ!『イニエル湖には蜂が出るから気をつけて』って言ってたじゃない。でも、蜂なんていなかった」

顔を合わせるセリスの眉間の皺がどんどん深くなっていった。

「分かんないじゃない。たまたま出てこなかっただけかもしれないし。季節としては出てきてもおかしくないんだから」

厳しい顔の彼女にこのままだと自分がただのいちゃもん付けになるな、と思い直す。一つ息を吐くと図書館での出来事を話し始めた。蜂が出たという叫び声とそんな事実は無かったこと、瞬間移動してしまったかのように消えた女のことを言うと、セリスはぶるりと震えて二の腕を摩った。

「やだ、怖い話しみたーい」

望んでいた反応とはずれた感想にわたしは脱力する。

「それで、その図書館の女は道聞いたおばあさんだったの?」

「それが……」

わたしは言いよどむ。あの老婦人は白髪に大きなカールのミディアムヘアだったけど、図書館で見た女は長いストレートのロングヘアだった。色も暗がりでよく見えなかったが金や銀といった薄い色素というよりは茶や赤といった色だったような。セリスの髪を見ながらそう思う。第一、歩き方が少し背を丸めてゆっくりの老婦人は全く違う。すっと伸びた背筋で、早歩きではないものの流れるように足を進めていた。

「じゃあただの偶然じゃない?」

セリスはそう言ってわたしの肩を叩く。その時だった。

「怖い話しの展開だと、三回目に蜂の忠告を聞いたお前は巨大蜂に食われてバッドエンドだな」

「……なんでよ」

後ろからするエルフの声にわたしは睨んで返す。セリスが「うわ、勝手に入ってくるって信じらんない」と扉の前に立つアルフレートにぼやいた。

「で?ちゃんと『お使い』は出来たのか?」

アルフレートは勝手にずかずかと入ってくると、勝手にテーブルの上にあったナッツを口に放り込む。そして勝手にコップの水を飲み干した。

「お使いって何よ!ちゃんと調べてきたわよ」

わたしはそう答えるとテーブルにある椅子を引き、座る。アルフレートとセリスも席に着き、こちらに身を乗り出した。二人が並ぶと目つきの悪いコンビに睨まれているようで笑いそうになるが、咳をして誤魔化す。

「……エメラルダ島の歴史だとかどんな内部なのか、とかそういう話になるとやっぱり確証がない『想像』ばっかりになっちゃうのよ。だからあの島が『どうして恐れられているか』とか『畏怖の対象になったきっかけの事件』とかそういうのを中心に研究してる学者の本があったから、そっちを読んできた」

「あー、エメラルダ島って嵐が侵入を妨げる、とかいう島だっけ」

セリスが腕を組み天井を見上げた。アルフレートは満足げに頷く。

「実際のエメラルダ島ではなく、本土でのエメラルダ島ってわけか。……それで?」

「エメラルダ島の存在が一気に知れ渡ったのは、千年くらい前のサントリナの王様が隣りの大陸に使いを出そうとして、その使いが東の地の船乗りにことごとく船を出すのを断られたからなのよ」

「船乗りにはもう有名な島だったわけね」

セリスの問いにわたしは「そういうこと」と頷く。

「噂が広まれば『実際に行ってみる』人間もいっぱい出てくるわけでしょ?そんで帰ってこない航海士が沢山出て、帰ってきても嵐からぎりぎりで逃げ帰ってくるような惨状で『あそこはやばい』なんて言われれば、すぐに畏怖の対象になるよね」

「へー」と呟くセリスに比べて、アルフレートは「続きを早く話せ」といった様子だ。わたしは彼の為に早くも『とっておき』を出すことにする。

「まあそんな感じで古くから近づいちゃいけない場所、って扱いだったんだけど、サントリナの歴史の中にまたこの島が登場する機会で出てくるのよ」

ぐっと身を乗り出す二人にわたしは嬉しくなりながら言葉を続けた。

「アンリ幽王の時代よ。彼が財産かき集めて、エメラルダ島に隠れ住んだって話しがあったんだって」

部屋の中の空気が明らかに変わる。目の前に座る二人の厳しい顔にちょっとだけ動揺しつつもわたしは話しを続けた。

「……前にも話題にしたけど、アンリ幽王っていうのは宗教をとことん弾圧したのよ。で、その理由っていうのは彼がエメラルダ島になぜだかただならぬ執着を見せていたから、っていう説があるのね。土着信仰っていうのかな。神を排除して島に祈るの。そんなの上手くいくわけないから、反感買って失脚して、島に逃げた……って話し」

「島を信仰するの?なんでそんなに好きだったの?」

セリスの質問は尤もなのだが、そんなこと聞かれてもわたしも知るもんか。てっきり「すごい!」等の興奮の言葉を貰うかと思っていたわたしは不満に口を曲げる。

「変なのー。嘘くさーい」

尚も言うセリスにわたしは反論する。

「なら、これでどうよ。その本に書いてあったこの説の根拠がね、セントサントリナ近郊の小さな町に『一人のクーウェニ族が王はエメラルダ島に渡った、という話しを広めた』って文献があったんだって」

「トマリの先祖、いや……違うか。トマリの幼馴染の先祖とかいう奴だな?」

アルフレートの感嘆の声。わたしは頷きつつも考える。問題はその昔のクーウェニ族が語ったのは、文献だと『アンリ王の居場所』なのだ。トマリの言う財宝の鍵なんて話しではない。

しばらくテーブルを指で弾いていたアルフレートが顔を上げる。

「アンリ幽王は財宝を持って島に渡った、って説があるんだったな。じゃあ、あの玉はエメラルダ島への鍵なんじゃないか?」

「そっか!そうなるね」

わたしは手を叩く。きっとクーウェニ族の先祖の男は『財宝』と『鍵』の話は自分の身内にしか話さなかったんだ。盛り上がってきた空気にまたしてもセリスの質問がかぶさる。

「玉の力で島に渡れるの?海に投げ入れたら嵐が止むとか?」

「そ、そんなの知らないわよ。……あ、でも王弟もエメラルダ島にいる、なんて噂もあるんだっけ。じゃあ王族には伝わってる島への渡り方なんていうのもあるのかな?」

わたしの言葉にアルフレートの顔が何故か大きく歪む。

「王弟がエメラルダ島にいる?そんな話しは聞いてないぞ?」

あれ?言ってなかったっけ。わたしは頬をかく。アルフレートがどんどん顔を近づけてくるので、わたしは身を引いた。

「誰に聞いたんだ」

「ファムさん」

「呼べ」

ふんぞり返り指を振るアルフレートを見て思う。アルフレートって国王より偉そうだよな。

わたしが立ち上がり扉に向かおうとした時、ちょうどノックの音がする。しかし顔を出したのはファムさんではなく別の侍女の女性だった。黒髪をみつあみにした女性は扉の前にいたわたしに目を大きくしていたが「そろそろお食事ですけど」と口篭る。

「そいつでいい。こっちに来てくれ」

アルフレートのとんでもない横柄な言い様にこっちが気まずくなる。案の定、女性は困った顔でもじもじし出した。

「質問に簡単に答えるだけでいい」

「は、はあ」

アルフレートの顔を見ながら女性はおずおずと近づく。

「なんだ、まだ若いな。まあいい、国王の弟は知っているな?」

それを聞いた女性は「え」と声を漏らした後、わたし達の顔を見回す。その顔には「何なんだ、この人達」と書いてあった。

「王弟が国王暗殺未遂の事件を起こした後、エメラルダ島に行った話しがあるらしいな。知っているか?」

真顔で見つめるアルフレートに女性は部屋をきょろきょろと窺った後、口を開く。

「あの、私が話したとは言わないで欲しいのですが」

「もちろん、約束しよう」

「ありがとうございます。……えーと、誰が言い出した話しなのかは分かりません。きっと城で働く者、誰に聞いても同じだと思います。噂が出始めたのは王弟が何所に幽閉されたか、なんて話しが全く出ないのが原因だと思うのです」

この話しにアルフレートは満足そうに笑った。

「なるほど、何所にいるか分からないからエメラルダ島、ね」

「はい。それに……この国の何所かにいるなら王太后様が放っておきそうにないですし」

これにはアルフレートも「確かにあのばあさんなら通い詰めそうだな」と呟く。侍女の女性も頷いた。

「あとは……昔の王様でいたらしいじゃないですか。エメラルダ島に渡ったって人が。それからっていうものこの国では、王室から出た重罪人っていうとあの島のイメージが付きまとうんです」

「アンリ幽王?」

わたしが聞き返すと侍女は頷く。わたしはなるほどね、と息を吐いた。

アルフレートがわたしに視線を送ってくる。わたしが食事に向かうことを告げると、侍女は頭を深く下げて部屋を出て行った。アルフレートが小さく笑い出す。

「自分が話したとは言わないで欲しい、ねえ。あの女、きっと仲間の元に行ったら自分からぺらぺら喋りだすぞ」

その言葉にわたしにも彼女がお茶うけにでも、とこの面白い話を嬉々として仲間に話す様子が想像出来てしまった。

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