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相変わらず日の出る時間は快晴だ。朝日の眩しさが寝不足の目には痛い。フローラちゃんがいるのだから馬車は一台で充分なのだけど、わざわざ向かえの馬車が追加されていた。
「どうか無理なさらぬよう」
オグリさんの言葉に頷く。
「大丈夫、ファムさんもいるし。あ、ファムさんを巻き込まないようには十分注意するから」
わたしの言葉にオグリさんは苦笑する。生意気だと思われたかな。
「娘は要領だけは良いですから大丈夫です」
そう言いながら心配なんじゃないかな、とオグリさんの目線を見て思う。ファムさんはいつも通りのきびきびした動きで荷物を運んでいた。
「皆さんにフローのご加護がありますように」
クララさんがそう言ってくれたことにお礼を返す。皆フローを信仰してる信心深い国、というより神様を身近に感じている空気がある。どうかそれを壊す結果にはなりませんように、と考えながら馬車に乗り込んだ。
揺れる馬車の中、空腹に胃の辺りを摩りながら思う。よく考えてみればわたし達って疎まれるようなこと、何一つしてないのよね。レオンの件なんて感謝されて当然だし。でもそもそもそれが余計だった?
その旨をローザにこぼすと、少し考えるような顔を見せる。
「……何か受けたのかもねえ」
「受けた?」
「言葉よ、『言葉』」
ローザの繰り返しに「ああ、インスピレーションの話しか」と思うが首をひねる。
「それって王室の中にフローから『冒険者達に注意すること』って言葉を貰った人がいるかも、ってこと?フロー神から見てわたし達が悪い奴になってるみたいじゃない」
信者以外は排除、なんて神様でもないし、それにこっちにはローザもいるのだ。なんだかしっくりこないな、と思っているとアルフレートが口を開く。
「『西から来る者が汝の身を滅ぼす』とかならどうだ?」
「それならあり得るわね」
ローザも頷く。なるほど、受けられるのは助言の類とは限らないってことか。神様も意地が悪い。
爆睡中のイルヴァの横でヘクターが珍しくうつらうつらとしている。
「皆、寝不足よねー。あたしも眠いわ」
ローザがそう言って大あくびを見せる。寝る時間が不規則なのもあるだろうが、どうもこっちに来てから現実感が無い。セントサントリナの町を回る時も城にいる時も、ふわふわとして頭が回らないのだ。ここから頑張らないといけないというのに。
それにしても十年以上も前の話を解決なんて出来るんだろうか。『誰が』よりも『何故』の方が重要な気がするし、難しい気がする。
ラグディスの事件は「これから起こること」を考えなきゃいけなかったけど、今回は昔に舞い戻らなきゃいけない。逆になるのだ。でもタイムリミットがあるのは同じだ。誕生日会までに終わらなければ終了。滞在を延長は出来ない。
「着いたら誰の部屋で相談するか決めない?ラグディスの時みたいに『赤鬼亭』みたいな所があるわけでもないし」
少し大きめの声になったのかヘクターがはっと目を開ける。悪いことしてしまった。
「集まるなら魔術師の部屋がいい。私かお前、ローザの部屋どれか……向こうの魔術師でもいいが」
アルフレートがそう言って後ろのデイビス達が乗る馬車を指差す。今回も恐ろしい顔で御者席に座るヴォイチェフが見えた。
「なんで?」
わたしが聞くとアルフレートは淡々と答えだす。
「何か仕掛けてないとも限らない。魔術師ならそれを見破られる可能性がある。私なら魔術師の部屋は選ばない。なに、盗聴の類は情報戦に翻弄する貴族様には得意なことだろう?」
それを聞いてわたしとローザの顔は同時に大きく歪んでしまった。
そ、そうか「何か引っ掻き回すのが好きな連中が来る」っていうならそうなるよな。ってことはこの前、城に泊まった日も何か仕掛けられていたりするんだろうか。わたしとセリスの愚痴話しが駄々漏れ……とかは無いわよね?
そんな事を考え眉間に皺寄せていると、窓の外に広がる湖に目が行った。岸辺に朝っぱらから遊びに来ている姿が見える。着いてすぐらしくウッドチェアやらを用意している男性と、それを見ているだけの女性。二人とも見事な金髪……ってことは昨日見た馬車の二人だ。
男性の方をエミール王子のはとこだというレイモンだとばかり思っていたわたしは、二人の行動が少し不自然に感じて注目してしまっていた。
男性は体つきも良くここから見ても美男子と分かるが、甲斐甲斐しく動き回る姿が逆に滑稽に見えた。相手の女性も羨ましいプロポーションだ。大きな胸に長い足が作り出すシルエットはとても妖艶に見える。にしてもちょっとは手伝ったりしないものだろうか。
二人の姿が見えなくなってからアルフレートが小さく笑う。
「王子のはとこは美女に首ったけか。とんでもない悪女じゃないといいねえ」
「やっぱりあれがレイモンよね」
「しか考えられないだろうな」
アルフレートはわたしの問いに頷く。
やっぱりそうか。ってことは一緒にいる女性は恋人か何かだろうか。王族の若い貴族に近寄る悪女……なんて考え、ぞくぞくしてしまった。
馬車の外が賑やかになってきたことに気がつく。セントサントリナの町に入ったのだ。朝だからか何処かに向かう人や、道に水を撒く老女の姿など沢山の人影がある。
「露骨に嫌そうな顔してる人を疑っていけばいいんじゃないの?」
見えてきた城を眺めながらローザが暢気な声を出す。
「全員そうだったらどうするのよ」
わたしが言うとローザはうっと声を詰まらせた。
「でもこっちも情報が欲しいのは確かね。盗聴器なんて物は用意出来そうに無いけど」
わたしは腕を組み考える。魔術具でそんなような物があるのは知っていたが、作るのも使うのも犯罪だ。
アルフレートが黙って前を顎で指す。御者席にファムさんと一緒に座るフロロが小窓から見えた。
「盗賊さんは忙しいわね」
わたしの言葉にローザがため息をつく。
「フロロは今回散々ねえ……」
なにやら罪悪感が蘇ってくる台詞に、わたしは黙っていることに決めた。
王宮の前庭で馬車を降りると妖精のような姿が駆けてくる。ふわふわとした金髪が揺れる下にあるのはエミールの泣きそうな顔だった。
「リジア!大丈夫でしたか?心配しました」
わたしの手を取る彼にわたしは問い返す。
「王子こそ何も無かった?」
エミールは怪訝な顔をしていたが、はっとしたように首を振る。
「城は常駐の兵でいっぱいです。私の心配は何もいりません。それより貴方達の方が心配でした」
「怪我人は出たけど大丈夫」
心配してくれているエミールには悪いけど、『王子を狙う暴漢が間違えて別荘に現れたのではないか』ということを匂わせておきたい。エミールは馬車から出てきたアントンに近寄ると、
「ご無事でしたか?」
と調子を尋ねた。アントンが怪訝さを露にして「ああ?」と答えるのに冷や冷やする。なんでここまで馬鹿になれるのか。
ちらりと後ろにいるブルーノを見る。普通の顔なんだろうが睨まれたような気がして、慌てて目を逸らしてしまった。
ふん、オグリさんから聞いてブルーノが一番わたし達を城へ戻すことに反対してたのは知ってるのよ。
エミールと一緒に城内へと足を進めながらそう思ってしまう。
ラグディスの時から思ってたけど、ブルーノってものすごい忠誠心だ。でも何処かエミールに対してよりも、もっと大きな……王室全体に対してのものに見える。国王に対してなのだろうか。エミールに対しては忠誠心とはちょっと違う気もするし。
彼もエルフと同じように長生きな種族なのよね。ってことはもう何代も前から王室に仕えてるんだろうか。その辺りの話しも他の王室の方の話しも探っていこうか。そう考えて隣りを歩くエミールに声を掛ける。
「エミール王子」
「エミールで結構ですよ」
にこやかに即答するエミールに「負けた」と思いつつ頷く。
「じゃあエミール、後で少しお話ししない?こっちに来てからゆっくり話してないし」
「もちろんです!」
思った以上に飛びついてくるエミールに少し驚く。「じゃあ……」と言い掛けてどうしようか迷ってしまった。するとエミールの方から提案される。
「私の部屋に来ますか?」
「え、いいの?」
王子様の部屋ってどんなものだろう?と単純な興味が湧く。何しろこの先、王室と知り合いになって、さらに城に招かれるなんて経験訪れそうにない。
「持ってやるよ」
不機嫌そうな声に後ろを見るとアントンがサラのかばんを引っ手繰って(としか見えない)いた。
「あら、ありがとう」
にっこりと笑うサラを見るに、ぎこちないことこの上ないアントンより彼女の方が上手という感じだ。セリスがアントンの肩に腕を回す。
「持って『やるよ』?そこは『持つよ』か、さりげなく手を出すんで良いのよ。使えないわね」
辛辣な言葉にアントンの顔が一気に『止めようかな』という冷めたものに変わる。が、わたしの顔を見て激しく首を振っていた。
……なんか目的が『わたしとの勝負』に成り代わってる気がするんだけど。
「朝食は取りました?」
エミールの声に視線を前に戻す。
「ああ、それが起きるのがぎりぎりになっちゃって、まだ」
「そうでしたか、じゃあ準備させましょう。……リジアは何が好きですか?」
にこにことしたエミールの質問に少々戸惑いつつ答える。
「え?いや別に何でも大丈夫だよ。用意してもらったもの食べるから、気にしないで」
「そうですか?飲み物は?卵料理は何が好きですか?」
矢継ぎ早の質問に戸惑いが加速する。質問自体が面倒なのではない。彼のきらきらとした笑顔がわたしを動揺させるのだ。その間にも「果物は何が好きですか?」やら「音楽は好きですか?」など飛躍した質問まで出てくる。何だか感じたことのある雰囲気にじわりと湧く思いがあった。
もしかして、エミールってわたしの事、気に入ってない?
わたしだってそう鈍感な方ではない。だって何でさっきからわたしに対しての質問ばっかりなのよ。今までは自分に一番懐いてくれてるのだな、と思う範囲だったのだけど。何より雰囲気が、『わたしに似てる』。一気に背中から汗が吹き出る。ヘクターの前でわたしってこんな……なのかなあ。
連日の流れを思いだしてはっとする。そして思わずアルフレートの方へ振り返った。
気付いてたのね!?
そう目線で訴えるが、のんびり口笛を吹く彼に明後日の方向へ目を逸らされてしまった。