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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
三章 少年は仮面を破る
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「さあ……ちょっと聞いたことは無いですね」

ファムさんは少しだけ眉を寄せて答える。一緒に入ってきたクララさんもお茶を配りながら首を振った。皆の視線が一斉にトマリへ戻る。

「なななんだよ、人が嘘ついてるような顔しやがって!大体こいつら単なる女中だろう!?王家の財宝なんて知るわけねえや」

喚き始めたトマリにフロロがクッキーのかけらを弾き飛ばし「あち!」という悲鳴が上がった。セリスがうんざりといったように息をつく。

「じゃあ単なるゴロツキのあんたが知ったのはどうしてなのよ。結局そこに話しが戻るじゃない」

「それは……」と口ごもるトマリを、後ろから見下ろすアルフレートが口を開いた。

「部族内の伝承、ってやつじゃないか?」

皆が一斉にアルフレートを見る中、わたしはトマリの顔が一気にどす黒く変色するのを見た。間違いない。これが彼の一番知られたくなかった部分だ。

「どういうことだ?」

尋ねるヘクターにアルフレートは前に座る男を指差す。

「クーウェニ族は同族間の繋がりが異常なまでに強い。盗賊ギルドも掴んでないような情報をこの男が独自に手に入れるなんて芸当、考えつかないだろう?どうせ先祖の一人にアンリ王に仕えた者でもいたんじゃないか?」

何度目かの沈黙が部屋を覆う。しばらくアルフレートを睨んでいたトマリだったが、諦めたように溜息をつく。がっくりと力の抜けた様子が今度こそ本当に逃げ場を失ったように見えた。

「正しくは俺の兄弟……幼なじみってやつか、の御先祖だな。その兄弟ももう死んじまったけどよ」

トマリはそこで一度息つくと、再び大きなだみ声を響かせる。

「俺は救世主になる!……予定だった。クーウェニ族の、な。途方もない量だって話しのお宝を手に入れて、クーウェニ族の町を作る予定だったんだ」

「そういうのはみみっちい野望っつーんだよ。大体やるなら他種族の金、充てにすんなよ」

フロロの突っ込みにトマリはむにゃむにゃとバツが悪そうに口を動かした。一度目を伏せた後、ぱっと顔を上げる。

「アンリ幽王は知ってるか?」

その質問にはわたしが答える。

「あんまり評価は高くない王様よね」

「ふうん、それでそいつのせいでエミールの御先祖に王朝が移ったってのか?」

デイビスの問いにわたしは少し考えた後、頷いた。

「正確にはその息子の代までは王位に就いてるけどね。一番大きなきっかけを作ったのがアンリ幽王だったわけ。確か教会の排除をしたのよ。フロー、ラシャなんかに限らずサイヴァだとか密教も徹底的に」

「そ、そんな事出来るんですか?」

ヴェラの驚きの声。わたしは首を振る。

「まあ、だから駄目だったんだろうね」

駄目だった、とは彼の一族がその後、歴史の表舞台から消え去ったり数百年後の現在、彼の評価はすこぶる悪いままという意味だ。

「そう!そういう王様だ」

トマリが膝を叩く。

「しかもその息子も資金さえありゃ親父の尻拭いだとかその他もろもろ、何とかなったらしいんだな。それをごっそり隠しちまって、自分は流行り病でぽっくり逝っちまったのがアンリ幽王ってわけだ」

「ふうん……、で、その資金隠しの現場にクーウェニ族の男がいたってことか」

フロロも興味が湧いてきたのか尻尾が伸びている。トマリの方も機嫌が元に戻って「そういうこと!」などと言って指を弾く仕草を見せた。

それまで黙って会話を聞いていたファムさんが口を開く。

「あなたがその『鍵』を持ち出した結果、王室の使いに追われている、ということでよろしい?でもそれだと国王とその周辺はアンリ幽王の財宝を知っているということですよね。なぜ手をつけないでいるんでしょう」

淡々とした問いにトマリは少し勢いを削がれたようだ。もそもそと口を動かす。

「さあねえ、別に必要無いんじゃねえの?王様なんだし、金持ちなんだろう?」

「財政問題の無い国なんて存在しない。サントリナは豊かな国だが、それはまた別問題だな」

アルフレートがゆっくりと口を挟む。イリヤが首を傾げる。

「もう使っちゃったとか」

その発言にファムさんは首を振った。

「じゃあ『鍵』も必要ないですね」

確かにそういうことになるな、という空気で全員が息を吐く。

トマリの話を鵜呑みにするなら王室は財宝の存在を知っていて、且つ手を着ける前ということだ。何とも不思議な話し。トマリを追いかけるくらいだから興味が無いわけでもないのだし。

「……ここまでお喋りしたんだ。もうちょっと披露してもらいたいね。そうだな、城に入り込んだ日の話しなんかどうかね」

アルフレートが目を細めるとトマリは下顎をかいた。

「別にいいけど、財宝に関わりそうな話しは本当に無いぜ?」

過去の回想に入ったことで目がぼんやりする男の前で、わたしはクッションをお腹に抱え込んだ。

「こんな風に雨が上がった後の夜中だったな」

トマリは窓の方へ目をやった。意味は無いかもしれないが警戒の為にカーテンをぴっちり閉めてある。が、わたしにも雨上がりの肌に密着するような冷気を感じられた。

「その日は前々から被害出してた山賊共がサントリナ周辺へ来襲するって垂れ込みがあったんだ。それで警備兵の手がいくらあっても足りねえ、って混乱してる空気だった。加えて前日になってサイヴァ教の起こした騒ぎがカンカレであった。兵の手は更に分散だ。城の警備は半分になってた。……これは俺の兄弟が持って来た情報。あいつは城の厨房に酒運ぶ仕事してたからな。『明日しか無い』そう言ってたよ」

「……警備兵が半分って言ってもよく宝物庫なんて入り込めたな?」

フロロが尋ねる。トマリはにやっと笑った。

「そう思うだろ?宝物庫にあるって。これはな、宝物庫じゃなく礼拝堂にずっと安置されていたんだ」

それを聞いてクララさんがはっと顔を上げる。

「そうです、そうです、城には立派な礼拝堂があるんですが、フロー神の像が昔は丸い玉を持っていたんですよ。それがある時から無くなって……。でも私共には何の説明もありませんでしたわ」

デイビスが口笛を吹いた。何の変哲も無い石ころに見せかけたように裏をかいたつもりが、結局盗まれちゃったってオチか。それだけ情報を握ってる人物が少なかったのだろう。クララさんも言われて初めて思い出した風であったし。

ファムさんは働く前の話だったらしく「へえ……」と呟いている。

「でもさ、城内で働いてるクララさん達が知らなくても、国王に近い人達とかが慌しくなったりって雰囲気は無かったの?」

セリスが尋ねるとクララさんは一度口を開いたが、そのまま頭を振ると呻く。

「……あの時はそれどころじゃありませんでしたから。レオン様が殺害された頃のことですもの。生きていらしたそうで、本当によかった」

クララさんはそう言って少し涙ぐむ。その様子を前にわたしは色々な事が合わさっていく感覚に頭が興奮してきていた。トマリが手を叩く。

「そうそ、俺への追っ手がしつこいのも、それ関係してると思うんだよなー。俺さ、見ちゃったのよ、レオンって王子が殺されるところ」

部屋の中が凍りつく。誰もが動きを止める中、トマリは暢気な声を響かせ続ける。

「鍵も手に入れてさっさと逃げるか、ってところでさ、興奮してたし慌ててたんで場所なんか覚えちゃいねえが城内から抜け出して敷地内を走ってる時に、建物の中から真っ白な手が伸びてきて布に包まれた赤ん坊を表に出すんだよ。それ受け取った奴は真っ黒なローブで顔なんか見えねえし、気味悪くて覚えてんだ」

「……どう考えてもそっちだろう、お前が追われてる理由さあ」

フロロが彼にしては珍しく目をくりくりとさせて呆気に取られている。彼だけじゃない。部屋にいる全員が目を大きくしてお互いを見ていた。何か言いたいが何も出てこない、といった様子で口だけが動く。

「意外なところからパズルのピースが降ってきたもんだ」

アルフレートが顎を撫でつつ呟いた。

「その『真っ白な手』って男?女?受け取った方って黒いローブじゃなくて藍色のローブじゃなかった?」

矢継ぎ早にするわたしの質問にはトマリの半分唸った声しか返ってこない。

「そ、そう言われても、こっちも慌ててたしよ。細っこい腕だったから女だと思ってたな。ローブは……暗がりだったし、言われてみれば青っぽい気もするけど……」

もう、使えないな。わたしは思いっきり大きく嘆息してしまった。

廊下を歩く音がする。続けて開かれる扉から疲れきった顔が覗いた。

「お疲れ」

わたしは応接室に入ってきたローザを労う。肩を揉む仕草を見せながらソファーに座ると、ローザはきょとんとした顔で皆を見回した。

「何かあったの?」

「今説明する。……アントンの様子は?」

デイビスが言うとローザは深い頷きを何度かしてみせる。

「もう大丈夫でしょ。まあ正直に言うと焦ったことは確かだけどねー。今サラが様子見てるから、あたしは一休みするわ」

「……ヴォイチェフは?」

わたしが声を低くしたことに驚いたのか、ローザは丸くした目でこちらを見た。

「今もアントンのいる部屋の前で警護してくれてるけど」

そういえば先程、そんなことを頼んだんだっけな、と思いながらわたしはゆっくり立ち上がった。

「ちょっとサラの様子見てくる」

そう言い残すとわたしは廊下に出る。右を向けばすぐにホールとアントン達のいる部屋の扉、そしてその前で腕を組む男の姿が見える。

「今晩、またあの男達は来ると思う?」

下から舐めるような視線を送る男にわたしは尋ねた。ヴォイチェフは小さく首を振る。

「今日はもう来ないでしょうなあ。なんせ手出した男は今頃、こってり絞られてるはずでさあね」

「……そう」

言葉の意味を深く聞きたいが、この男がすんなりと説明するとは思えない。『今日は大丈夫』これが聞ければ満足だ。わたしは扉に手をかけると薄暗い室内に入ることにした。

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