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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
三章 少年は仮面を破る
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3

「かっ!」

水溜りに体を打ちつけ、ばしゃりと音を立てるトマリ。衝撃でフードがはだけて見覚えのある爬虫類顔が覗く。そこへデイビスが馬乗りになった。未だ降り続く雨が二人を容赦なく濡らしていく。

「俺らに迷惑掛けたあげくに物乞いかあ!?いい度胸してんな、オラ」

怒りで半分くらい聞き取れないデイビスの声にトマリの動揺しきった声が続く。

「な、何だよアンタ……アンタなんか知らないってえの!」

デイビスが拳を振り上げた。息を飲むわたしの後ろから声が張り上げられる。

「デイビス!」

厳しい声はセリスのものだ。デイビスの体がびくりと動き、拳が止まる。そこへ、

「パラライズ・ヴァイン」

アルフレートの冷静な呪文の声が響き渡った。地面からぎゅるぎゅると気味の悪い音を立てて植物の蔦のようなものが伸びる。トマリの体に伸びたそれはあっという間にクーウェニ族の男を拘束していく。巨大植物によってぶらりと持ち上げられた様は処刑人のようだ。

「げえ!エルフ野郎!?」

吊るされた体をじたばたさせながらトマリはアルフレートを見て顔を歪める。デイビスが二人を交互に見た。

「どうすんだよ?」

「……あのアサシンどもがやって来た場合の上納品、ってところかな。この状態を見れば我々の関係性も理解して貰えるだろう?」

そう答えるアルフレートはとても楽しそうだ。続けて短く精霊語を唱えると、トマリの体がぷつり、と果実を落とすかのように地面へ落下した。拘束はそのままなのかしばらくじたばたとしていたが、疲れたらしきトマリは次第に静かになる。

小雨になってきた。雨音が小さくなっている。静かになってきた林の中から今にもあの黒い男達の影が飛び出してきそうで、不気味に感じてしまった。



応接室に重たい空気が続く。デイビスのイライラが彼の組まれた足が揺れる様子で分かる。ローザ、サラ共にこちらには戻ってきていない。未だに緊張が続く状態なんだろうか。

「で、どうすんの?これ」

セリスが面倒くさそうに足で部屋の隅を指す。そこに転がっているのはトマリ。濡れた衣服のままで寒いのか「くしょん!」とくしゃみをしている。

「……なんで中にいれたんだ?」

デイビスが非難めいた視線を送るが、アルフレートは澄まして答える。

「流石に屋敷の前で野垂れ死にされたら気分悪いだろう?」

それに対してセリスとデイビスは大きく溜息をつき、イリヤとヴェラは気まずそうにソファーで体を揺らした。そんな対比が面白いのかフロロがにやにやと笑っている。彼とイルヴァがクッキーを食べるぽりぽりという音だけが響いた。

再び部屋を覆った沈黙をデイビスが破った。

「おい、お前はなんで追われてるんだ?」

ああ、聞いちゃったよ、とわたしは心の中で舌打ちする。珍しく消極的になっていた自分の心境とは裏腹に、どんどん触手を伸ばしてくる周りの動きを恨めしく思う。

でもこの流れを作るためにアルフレートはこの男を室内に入れたのだ。優雅にコーヒーを啜るエルフをわたしは横目で見た。

トマリの方もアルフレートをちらりと見て、諦めたように息をつく。

「……別に名乗ってもらったわけじゃねえから確証があるわけじゃねえけど、あいつらサントリナ王室からの追っ手だよ」

部屋の中の空気がぴん、と張り詰める。わたし達の反応が予想以上のだったのか、トマリは目を丸くした後、体を萎縮させる。

「……どういうことだ?」

デイビスが身を乗り出した。一瞬、器用に足だけで後ずさりを見せたトマリだったが、拘束する蔦を見せ付けるように胸を張った。

「答えるからこれ、解いてくれよ。じゃなきゃ説明も出来ねえや。……おっと、逃げる気なんて初めから無えから心配すんなよ。そこのエルフがいるんじゃこっちもお手上げだ」

前回のアルフレートからの脅し文句が相当堪えたようだ。

「アルフレートだけじゃない。変な動き見せたら容赦ないってことは肝に銘じてろよ」

デイビスが小型ナイフを取り出しながらトマリを睨む。部屋の皆を見回しながらトマリは、

「ガキのくせに恐ろしいやっちゃ……」

とごにょごにょ口を動かした。ブツリと蔦を切る音の後、トマリは開放された体を確かめるように関節を回す。皆の視線を浴びながら示された椅子に座ると上目遣いでわたし達を見て、ぱちぱちと目を瞬かせた。そして腰の後ろ辺りをごそごそとすると見覚えのある皮袋を出してくる。

「これが追われてる原因だ」

そう宣言するトマリはなぜか誇らしげに胸を張るのだった。

「勿体振らなくていいよ。中身何だよ、コレ?」

フロロが遠慮無い態度で袋に手を伸ばす。トマリの「あっちょっ!」という慌てる声と共に、革袋からゴロリと出てきた物体に皆の視線が集まった。

テーブルに転がったのは丸い、握りこぶし大の石ころ。白味かかった灰色のどこにでもありそうな石。強いていえば綺麗な丸のフォルムが目を惹く、かな。

一瞬の間の後、セリスの肩が小刻みに揺れ始める。何かが決壊したようだ。笑いに歪んだ顔を見せないように伏せている。

「何だよ、これ」

そう呟くデイビスの口が怒りの為か震えている。一同に緊張が走った。そんな空気を必死に取り繕うようにトマリが手を振り、話を始める。

「ちょ、ちょっと待てって!本当にお宝なんだよ、これは!これを手に入れてから俺が追われるはめになったんだから!大体なあ、これは俺の人生の中で一番の大仕事をやって手に入れたものなんだぜ!」

「へええええ、何やったのか興味あるな。で、何やって手に入れたお宝なんだ?」

フロロが棘をたっぷり含んだ声を投げかける。身を乗り出しているが尻尾は不機嫌そうに揺れていた。彼の場合はギルドの事情も含まれていそうだ。それを知ってか知らずかトマリはもう一度胸を張ると、鼻から息を勢いよく吹き出す。

「もう十年以上前になるか。これはな、俺がサントリナの王城に忍び込んだ時に手に入れたんだよ」

「お、王城で?」

わたしは思わず聞き返していた。こいつが王城に忍び込めたのか、とか、忍び込んで盗んだのが何でこれなんだ?とか気になることは多いが、再び口を開いたトマリに続きを聞くことにする。

「そう!その晩は色んな偶然が重なって、通常じゃあ考えられないくらい警備が薄くなることが分かってたんだな。その情報を『とある筋』から手に入れた俺は、人生最大の冒険に出たわけだ!なんせ俺みたいな奴が王城に忍び込んでとっ捕まったら、よくて国外追放、普通に考えりゃ死罪だしよ」

「とある筋?」

フロロは眉間の皺をさらに濃くする。それでも機嫌が良くなってきた様子のトマリの演説は終わらない。

「そそ、まあ深くは聞くなよ。で、同時期にサントリナに流れていた噂で『アンリ幽王の隠し財産』ってやつがある」

「ストレリオス=サントリナ家に王朝が移る前の王か。また随分古臭い話を」

アルフレートが苦笑する。しかし顔は楽しそうなままだ。アンリ幽王っていうとまだ飢饉が起きたり文献も少ないような時代。ざっと五百年は遡るわけか。そりゃ古い話だ。ヘクターがため息をつく。

「聞いたことないけどな」

そう言って首を振るヘクターにトマリが指を突きつけた。

「そりゃそうよ!財宝云々は盗賊ギルドだって嗅ぎ付ける前の話だったんだぜ!その情報と財宝にまつわる手がかりを手に入れた俺は颯爽とこれを盗み出したってわけだ」

そう締めくくるとトマリは石ころを手に取り、うっとりしたようにそれを眺めた。暫くそれを見守ってからわたしは目の前の男に質問を開始する。

「それがその『アンリ幽王の隠し財産』とやらに関わりがあるの?」

一瞬、トマリの顔が真顔に戻る。首をぼりぼりとかくと口を開いた。

「これはよう、鍵なんだよ、財宝の。これで財宝への道が開かれる仕組みなんだ」

そこで話が終わると沈黙が広がる。その静けさに表にいる虫の「リーリー」という音が聞こえだす。

「……もしかしてお前も知らないんだろ、その財宝の在り処とやらを」

フロロに睨まれトマリは「いやあ」と頭をかいた。が、すぐに胸を張りなおす。

「当たり前だろ。知ってたらとっくに手に入れて、こんなところにいるわけねえ。南の方で悠々自適に暮らしてるっつーの。サントリナにあることは確実なんだよなあ。で、まだ手付かずだったこの金持ち共の別荘地に潜り込んだはいいけどよ、いきなり警備が厳しくなりやがって逆に表に出れなくなっちまった」

「威張らなくていいわよ。……まあそれであんたが王室からの追っ手に追われてるのに、こっちに戻ってきた理由は分かったかな」

わたしはトマリの手の中にある灰色の石を眺めながら呟いた。そしてふと思う。

「ねえ、ファムさん達にも聞いてみない?その財宝の話だとか、噂くらいなら聞いたことあったりするかも」

そう提案したところで応接室の扉がノックされた。皆当然のようにそちらを見る。

「お茶です。……どうされました?」

お盆の上にあるポットから立ち上る湯気の向こうから、予想外の視線を浴びたからためか驚いた顔のファムさんがわたし達を見回した。

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