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「ママ、お願いだからはしゃがないでよ?」
わたしは目の前でそわそわと指をいじる母に念押しする。
「わ、分かってるわよお。でもママのイケメン好きは知ってるじゃない」
良い年して自分で「イケメン好き」を自称するのってどうなの……?と思いつつ自分との血の繋がりを感じたりする。わたし自身も落ち着かない気分を振り払うように冷めきった紅茶を飲み干した。
わたしの前で指の次は髪をいじくりだすのはわたしのお母さん。髪色といいよく似ていると言われる。二人して同じようにそわそわとしているからかテーブルと椅子ががたがたとうるさくて仕方ない。
「今日の格好可愛いわよ!リジア!」
「あ、ありがとう」
テンション高い褒め言葉にわたしはやや引きながらお礼を言う。そろそろ来てもおかしくないな、と時計に目をやると、
「ママは!?ママはおかしくないかしら!?」
自分を指しながら聞いてくるのには「どうでもいい」と答えたくなる。普段よりは綺麗めな服装の母がはしゃぐ姿はあまり見たくないものだ。
一瞬の部屋の静まりの中、家の外門がきい、と開かれる音と共に門に付けた鐘がからからと鳴る音がする。
「き、来た!」
二人同時に椅子から飛び上がる。廊下に駆け出すわたしと、それをなぜか押し退けて走る母。ドアのノックが鳴らされるのとわたし達が扉に飛びつくのは同時だった。勢いよく開けた扉に外の人物が慌てて飛びのく。
「こ、こんにちは」
危うく扉にぶつかるところだったのか、ヘクターが身構える姿勢のまま挨拶をした。母の体が硬直するのが横目で分かる。
「予想以上きたー!!」
雄叫びの後に身もだえる母をわたしは慌てて押さえ付けた。
「ちょっと!さっきあれ程言ったわよね!」
わたしは顔から火が出そうになりながら怒鳴った後、ヘクターに頭を下げた。
「ご、ごめんねー。ちょっとうちのお母さん、若い男の人に慣れてなくてー」
苦しい言い訳にヘクターは面食らったような顔になる。が、いつもの柔らかい笑顔で母に挨拶を続けた。
「はじめまして。ヘクター・ブラックモアです」
「はははははじめましてえ!リジアの母ですー」
握手する母の目は完全に恋する乙女のものだ。パパに言いつけるぞ、この野郎。
「じゃあ、行ってくるからね」
わたしは玄関を出ながら言い放つ。自分でも声が不機嫌なのが分かるが仕方ない。母のテンションが恥ずかしいのもあるが、どうも照れ臭くてしょうがない。
「ええー、こんなすぐ行っちゃうのー?お茶ぐらい飲んで行けばいいのに」
「そういう用で来たんじゃないんだから!」
頬を膨らます母にびしりと言い返すとわたしはヘクターの腕を引っ張る。
「すいません、今日はこれで失礼して、じゃあ行ってきます」
ヘクターの礼儀正しい挨拶に、
「『今日は』!?じゃあまた次があるってことよね!?今度また来てねー!」
と大人げない反応をする母を睨みつけると、わたしとヘクターはようやく家の敷地から出ることに成功した。家の前の通りを過ぎて大通りに出ると大きく息をつく。ヘクターが一度振り返った後、ふ、と笑った。
「可愛いお母さんだね」
「やめて!調子に乗るから!」
わたしの絶叫にヘクターがまたくすくすと笑う。だから迎えに来なくても良いって言ったのに……。
さて、この状況が何なのかというと、今日はヘクターと一緒に『おつかい』に行く。王子から王妃へのプレゼントはバレットさんの元に取りに行くとして、わたし達はわたし達で何か贈り物をしようか、という話しになったのだ。とりあえずウェリスペルトの商店が並ぶ通りに買いに行くか、となったのだが、わたしの家がそのマーケット通りに割合近い事が分かるとヘクターが「迎えに行くよ」と言い出したから、さあ大変。我が家のあの大騒ぎになったわけだ。変に自慢しようと母に「すげーイケメンだから」などと説明したわたしが悪いっていったら悪い。
どうして二人かと言えば単純に暇なのがこの二人だったからだ。ローザちゃんは授業があるというし、イルヴァはコスプレ仲間との会合があるらしい。そうなると妖精二人は「面倒だから」と来やしない。何を買うかも決めていないのに任せられた上に、いちゃもんをつけそうなのがその二人なんだから気に食わない。
気を使ってくれたのかと思いきや、最近じゃ「どうせ何も進展なんてしやしない」とばかりに舞い上がるわたしを冷めた目で見るのだ。そうなるとちょっと悔しいと思ってしまう。
「サントリナかあ……、こんなに早く行く事になるとはなー」
ヘクターの呟く声。わたしははっとして顔を上げる。実は少し気になっていたのだ。
サントリナの、しかも彼が住んでいたセントサントリナに王宮はある。でもヘクターは一度も喜ぶような顔を見せていなかった。嫌がる様子もなかったけど、いつもと同じ淡々とした態度が気になって仕方なかった。
普段から手放しで喜ぶような感情を見せるような人ではないけど、一言ぐらい「嬉しい」っていうようなものがあってもおかしくないと思うのだけど。それとも前に言っていたように、全くホームタウンって気持ちが無いのかなあ。でもそんな冷徹さも不自然なんだけどな。石畳の灰色の道を歩きながら色々と考え込んでしまう。
「一応何がいいか考えてみたんだけど、やっぱり難しいね」
ヘクターの声に我に返るわたし。
「え?あーそうだよね。わたしも考えたんだけど王族の人に喜ばれるものなんで分からなくて」
その答えにヘクターが少し考える素振りを見せた後、わたしの顔を見る。
「女の人が貰ってうれしいものって何だろう」
「えー、何でもう……」
ヘクターがくれるなら何でも嬉しい、と答えそうになるが彼の聞きたいのはそういうことじゃない。わたしは腕を組み考える。
「何だかんだ言って、どういう人でも『王道』は嬉しいと思うんだよね。花とかアクセサリーとかぬいぐるみとか。でもそれが王妃様ってなると……」
「そうなんだよなー、食べ物は無いな、ぐらいしか分かんないなー」
確かに初めて会う冒険者に食べ物もらって素直に受け取る王族なんていないだろう。下手すりゃ周りに怒られるか、非ぬ疑いかけられそうだし。
「一個考えたのはね、ローラスの名産品なら良いんじゃないかな。隣りの国だもん、持ってるかもしれないけど『お土産』としてもいいし、礼儀は果たしてるというか、ね」
わたしが言うと感心げに頷いてくれる。
「なるほどねー、それがウェリスペルトの名産だったら尚良いかもね」
そうなるとわたしでもそれが何なのか分かりそうなものなんだけど、食べ物はぱっと浮かぶがそれ以外の品物というとなかなか浮かばない。
「ヘクターの方が覚えがあるんじゃない?こっちに来て初めて見た、っていう物とか」
わたしが尋ねるとヘクターは再び首を傾げて考え込んでしまう。暫く待った後、ぽつりと呟いた。
「『ファイブスター』ってあの変なお菓子は初めて見たなあ……」
「食べ物じゃん!」
わたしは思わず突っ込む。ウェリスペルト郊外にある人口魔晶石の工場が出したお菓子で、甘く固いクッキーにねちょねちょのゼリーが埋め込まれたもの。そして不味い。
しかし都会って色んなものに埋まってるからか、これって物が無いものだな。わたしは見えてきたマーケット通りを前に頬を掻いた。
目を引くようにか住宅地よりかは派手な色合いの店が多い。所々に露店も出ていて客引きの声が通りに響く。馬車が通行止めになっているわけではないので、路上に出過ぎた店主を警備団が注意する、なんていつもの光景があった。午前中だからか普段来るよりは空いている。が、空いている間に、というような主婦層が大きな紙袋を抱えている姿があちこちに見られる。
馴染みの通りなので大体入る店は決まっていた。その一軒目に向かう前にふと思いつく。
「大体の予算を決めちゃおうか。皆で六等分するって考えて良いよね」
わたしの言葉にヘクターが「あ、そうだった」と言ってポケットをまさぐる。
「予算は貰ってきたんだ。結構な額を気前良く包んでくれたよ、アルフレートが」
「アルフレートが!?」
思わず飛び出る大声。そんなわたしにヘクターがにこにこと語る。
「何でも『一発当てたから』って。代わりに今度、蔵書の整理に付き合わされるけど。何当てたんだろうね?」
何って……何かの『山』を当てたんだろうな、と思う。まだまだ裏のありそうな奴だ。
「じゃあ思いきってあそこ入ってみようか」
そう言ってわたしが指し示したのは一軒の大きな雑貨屋。広い入り口からはマダムらしい人が出入りしている。鞄や洋服、靴といった衣料品に雑貨類も売っているような店だ。なんでも『良いものをコンセプトに』という高尚な雰囲気が鼻につく店であり、店員もやたら優雅な物腰の割には上から目線なのをばんばん感じる所である。
アルフレートが出資、と聞いて遠慮が無くなったのかもしれない。ちょっと入り難いけど仕方ない、と足を進めていたが、問題の店につく前にふと目に入った綺麗な色に足が止まった。入りかけた店の隣りにある小さな雑貨店。クリーム色の木枠がかわいいショーウィンドウにカップやシュガーポット、各用途分けが便利そうな大小中のお皿が綺麗に飾られている。
「これ可愛いね」
ショーウィンドウを覗き込むわたしの後ろからヘクターも食器を眺める。霞んだ青と黄色に厚みのある少々無骨な形がまた可愛い。
「好きそうだね」
花が色とりどりに並ぶ模様にそう思ったのか、ヘクターがそう言って笑った。何故か妙に気恥ずかしい。
「入ってみようか」
そう言いながら既に店の扉に手を掛けているヘクターにわたしはあわてて体を起こした。