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昨日のような快晴とはいかなかったが、暑さは充分な翌朝、
「あっしは残ります。お嬢さん方だけじゃ不安でしょう」
屋敷の前に集まったわたし達を見回し、そう言ったのは怪しい男ヴォイチェフ。
昨晩の事態があったものの、エミール王子との約束があるのでとりあえず湖まで行ってみようか、となったのだ。しかしアルフレートの言葉を聞いていたわたしは彼に訝しげな視線を送ってしまう。
「メイド達の心配もあるからな。それで良いんじゃないか?」
当のアルフレートはそう言うとさっさと歩き出す。林の中の道を行く彼の後ろ姿を見ながらわたしは軽く頷いた。
「じゃあ、お願いします」
「承知」
ヴォイチェフの返事を聞くと全員歩き始める。屋敷に入っていく謎の男を見ていたヴェラがわたしの方へ駆け寄ってきた。
「昨日のは何だったんですかね……?」
「さあ、普通に考えたら物取りでしょうね。お金持ちの別荘に入ってきた泥棒っていうのが自然かしら」
わたしはヴェラを納得させるよう答える。それは成功したようで隣を歩く彼女はしきりに頷いていた。
物取りだとすると、偶然鉢合わせたアントンにいきなり切りかかったり、寝ぼけていたとしても剣士であるアントンを打ち倒すような相手だったというのが引っかかるんだけど。だってアントンの傷は右肩だったんだもの。ヴォイチェフが彼の言葉通り、騒ぎにいち早く気がついて出てきていなかったら、と考えると少し怖いものがある。別荘地に現れる泥棒にしては随分と武闘派じゃないか。
皆のサンダルの音を聞いているとイルヴァがきょとんとした声を出した。
「フロロがいませんね~?」
言われてわたしはメンバーを見回す。集まった時には昨日と同じメンバーがいたはずで、フロロも水着姿で参加してたはずだけど。
わたしはアルフレートに追いつくと小声で話しかける。
「見張りってこと?」
「うちのシーフは優秀だねえ」
茶化す言い方のアルフレートにわたしは眉を寄せた。
「何なの?ヴォイチェフって……、ローザちゃん達だけで大丈夫なの?」
「……私は奴が『敵』だとは一言も言ってないがね」
その呟きに思わず足が止まる。後ろを来ていたイリヤが「おうっと!」と大きな声で驚いた。わたしは目を丸くしているイリヤに謝ると、またアルフレートに追いつく。
「味方ってこと?というか、昨日のはわたし達の敵?」
「敵なんかいないさ。ただ、既に色々と動き出しているんだろうな」
遠くを見るようなアルフレートにわたしは溜息をついた。全然分からん。
林を抜け、視界が明るくなると同時に目の前に湖が広がる。まだ早いからエミール王子は来てないかな、と見回していると右手からオグリさんの乗った馬が駆けてくる。早朝から出ていたオグリさんは少々お疲れに見えた。
「一応、城には報告して参りました。物取りかもしれないので敷地内外の見張りを増やすそうです」
馬を降りてオグリさんはそう語った。そして「ですが」と付け加えた。
「揉める雰囲気になってしまったので、さっさと帰ってきてしまいました」
肩をすくめるオグリさんはファムさんにやっぱり似ている。
「揉める?誰と誰が、何で?」
セリスが聞くとオグリさんは少し間を置いてから話し出す。
「皆さんを城に戻すべきか、このままにするべきかを」
「危ないからってこと?まあそうは言ってもわたし達は冒険者だしね」
わたしはそう言って頬をかく。普通のお客様なら物取りが出た別荘なんぞ、早々に引き上げるんだろうけど、傭兵身分のわたし達には物取りを引っ捕らえるなんて役目もあるわけで。
「物取りでは無かった場合、王子を狙う暴漢だったなんて事も考えられます。その場合は皆さんは巻き込まれたことになります。王子を始めとした何人かが『城へ戻ってもらうべきだ』と」
オグリさんはそこで話しを止めた。アルフレートが「他には?」と続きを促す。
「『このまま様子を見るべき』という意見があります。暴漢が皆さんに対しての恨みなどでやって来た者だった場合、城に戻す訳にはいきませんから」
「は、はっきり言うなあ」
イリヤが脱力したように肩を下げた。確かにわたし達狙いの奴らだったら、そんなのに追われてる冒険者を城に匿うわけにいかないだろうな。
「で、オグリさんは何て?」
デイビスは少し面白そうだ。オグリさんもにやっと笑う。
「『ラグディスでの英雄ですが、彼等は子供です。冒険者の卵にそういった事情があるとは思えません』と正直に申し上げさせていただきました」
「つまりはラグディスの件の恩を念押しして、我々の潔白さを証言してくれたわけだ。おい、この切れ者に皆感謝するんだな」
アルフレートが笑うとオグリさんは軽く頭を下げる。
でも城での騒ぎになってしまったということは、今日は王子は来れないだろうな、なんてことをわたしは考えていた。
「今日は昼には切り上げるか」
デイビスがそう言いながら膨らました浮き輪をわたしの首に掛ける。自分は泳ぐつもりは無いようで、岩場にどっかりと座り込んだ。ヘクターもアントンも今日は遊ぶつもりが無い様子だ。何でもないような顔をしてるけど、ソードを傍らに置いて周りの音を拾うように神経を払っているのが雰囲気で分かる。
「護衛って感じ?良いけどこっちもはしゃぎ辛いわね」
セリスがつまらなそうに呟いた。うむむ、普段のエミール王子の気持ちがちょっと分かるかも。
どうしようかな、と浮き輪を腰の辺りでぐるぐると回していると、アルフレートがちらりと見て言い放つ。
「お前、馬鹿みたいだぞ」
「う、うるさいなあ」
わたしは口を尖らす。ふと何かをじっと見る様子のヴェラが目に入った。
「どうしたの?」
尋ねるとヴェラはこちらに振り返る。
「あれ何かなーって思ったんですよ」
彼女の指差す先にあるのは、昨日エミール王子が話していた親戚の別荘だ。湖畔のすぐにある薄黄色の建物は、ここからだと住民がいるかどうかはよく分からない。
「レイモンって人の別荘でしょ?王子のはとこだっけ。そのお父さんが国王のいとこになる人で今は体壊してるとかいう……何だっけ?」
「ユベール」
「そうそう、ユベールさん」
アルフレートの即答にわたしは頷きながらヴェラを見る。しかしヴェラは首を振った。
「いや、その奥ですよ。別荘の奥です」
言われてみて初めて気付く。奥の方に湖から直接繋がるような形で洞窟のようなものがあった。
「あ、本当。何だろう、あれ。よく気がついたね」
「いやあ、私、目だけは良いんですよ!」
そう言って照れたように笑うヴェラ。究極のドジっこ属性が無ければ、ヴェラって結構優秀なんじゃないの?
「じゃあ、あの馬車に乗ってるのはどんな人物だ?」
アルフレートが湖の横を通る道を顎で指した。わたしとヴェラは振り返る。先ほどオグリさんが帰ってきたのと同じ方向からやって来るのはどこか見覚えのある馬車だった。
「あれって……ここに来た日にすれ違った馬車じゃないの?」
わたしは言いながら横目で馬車を見送る。王子達とこの別荘地にやって来た時、猛スピードを出して去っていった馬車だ。車体の形が洒落ていて、何となく覚えていたんだよね。
今回は急ぎの用は無いのかゆったりとした速さだが、止まることなくそのまま通り過ぎていく。
「……すごい美男美女が乗ってました!キラキラしてましたよー!二人とも金髪でした。服装も派手でしたね」
馬車が去っていってからヴェラが答えると、アルフレートは「ご名答」と頷く。ヴェラは手を叩いて喜んでいる。アルフレートの人を使う能力も毎度感心するけど、ヴェラって本当に目がいいな。わたしには二人組みの男女が乗っている、くらいしか分からなかった。
馬車の去って行った方角を見て思う。今の二人の男性の方がレイモンだったんじゃないかな。馬車の雰囲気といいヴェラの話しといい、王子の親戚にしては派手な様子が意外だけど。
「あの洞窟に行ってみません?」
ヴェラに言われて我に返る。楽しそうだな、と思うがどうやってあそこまで行くか首を捻る。
「あんまり広いようだと途中で帰ることになると思うけど、楽しそうだね。皆に聞いてみようか」
わたしはそう答えるとヘクター達の方へ戻る。
「ヴェラが面白そうな所見付けたんだけど」
と前置きしてから説明すると、デイビスがわたしの後ろ方向を指差した。
「ボートで行ってみるか?確かあっちに何隻も停まってただろ」
「借りていいの?」
セリスが聞くとデイビスは肩をすくめる。
「別にいいんじゃねえの?名前書いてあったりしたら諦めればいいし」
じゃあ行ってみるか、となったところでウッドチェアーに横になって本を読むアルフレートに話しをすると、
「私は待ってる。皆で行ってこい」
と手をヒラヒラされた。予想通りの答えだ。
「じゃあ荷物見てて。ちょっと見てくるだけになると思うけど」
「胸躍るダンジョンだといいねえ」
目線は本に向いたままからかうアルフレートの膝を叩くと、わたしは残りのメンバーと一緒にボート乗り場に向かうことにした。
波止場に着くとお互いの顔を見る。
「四隻あるわね」
セリスの言う通り小型の手漕ぎボートが四隻、湖に浮いている。軽くロープで固定してあるだけだったり、色違いなだけで同じ型なのを見るに、やっぱり誰でも使えるものなのだと思う。普通に考えれば二人ずつ乗り込めばいい。
「一つは残しておいた方が良いんじゃ?」
ヘクターが言った言葉にわたしも頷く。他に遊びに来てる人を見てないけど、占領するのも悪いものね。
「じゃあ三組に分かれようぜ」
デイビスがグーにした手を振ってみせた。皆それに応えるように輪を作り始めた。