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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
三章 少年は仮面を破る
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2

ジュウジュウと肉の焼ける匂い、音、そして煙り。赤い炎がちかちかする炭の上に網が固定されたバーベキュースタイルの食卓。暑いけどこういうのは何故か気にならないものだよね。

ファムさんが肉と野菜を丁寧に切り分けて、皆に配る。残念ながら彼女は水着ではなく白いシャツにラフなズボンというスタイル。

アルフレートは何故かアイスクリームのカップにほお擦りしている。顔が焼けたらしい。

「昼からバーベキューにビールか!最高だな、今回」

デイビスが口に白いヒゲを作り、空を仰いだ。

「まあ本来なら夏休みってことで、いいんじゃない?前回頑張り過ぎたし」

わたしはラグディスでの騒動を思い出しながら答える。帰ってからも一週間くらい怠かった。教官達に聞かれたら……どうなんだ?という今回の旅だけど、正直いい骨休みになったな、と思う。

「レオンも来ればよかったのにな~、こんな良いところ」

イリヤがぽやん、とした声を響かせる。皆の空気が凍りついたのに気がついたのか、イリヤは目にも止まらぬ素早さでしゅぱん!と土下座した。

「まだ何も言ってないわよ。……言う気満々だけど」

セリスが冷たい目で見下ろしていた。

わたしはちらりと王子の様子を見る。レオンと違って感情を隠す術が無いように思われる彼は、案の定眉を下げてしょんぼりとしていた。レオンに会えなかった寂しさもあるだろうけど、エミール王子もレオンを招待したことで広がる波紋に気づき始めたのかもしれない。

「……ねえ、アレ何?」

空気を変える為か、フロロが王子に質問する。指差すのは湖畔のすぐに建つように見える建物。ここからだと全貌は見えないが、結構大きい屋敷なんじゃないだろうか。かろうじてテラスのようなものが湖に掛かるように飛び出しているのが確認出来る。あの家から見える景色は夕焼けなんて素敵だろうな。

「ああ、あれはレイモンの別荘ですね。正確にはユベールのですが。ええっと、ユベールは僕の祖父の妹の子供で……」

「国王のいとこってことか。レイモンは君のはとこだな」

アルフレートが淡々と言うとエミール王子は顔を明るくした。こくこくと大きく頷く。

「そうですね!アルフレートは頭が良いんですね。大叔父は体が弱ってしまったのでレイモンがよく利用しているらしいです。レイモンは母のパーティーにも来ますから、会えますよ」

えーと、王室ってどこらへんの人までが含まれるんだろう。自分が家系図なんかに疎いから、こういうの混乱しちゃうな。誕生日パーティー当日も色々説明されても理解出来るかどうか心配になってきた。



心地よい浮遊感に酔いながら空に流れる雲をひたすら見つめる。浮き輪に寝そべり湖に浮かんだわたしは、一人ぼんやりとしていた。時々聞こえる水の音と小さな波で揺れる体。こういうのって胎内回帰みたいな間隔なのかなあ。

岸辺の方から誰かの笑い声がする。でもそれに振り向かない程ぼーっとして気持ち良い。

ふと頬が熱い感覚に気づく。やばい、日焼けするかもなあ。……というか眠いなあ。でも寝たら流石にやばいよね……。

上を向いてさえいなければ涎でも垂らしてそうなひどい力の抜け具合に、頭のどこかで警告音が鳴ってる気がした。

その時、いきなり左側の水面からぶわ!と何かが飛び出してくる。

「んがあ!」

全身が泡立つほど驚いたわたしは悲鳴を上げて浮き輪からひっくり返りそうになった。飛び出てきた人物が慌てて浮輪を固定する。

「ごめん、ごめん、そんなに驚くとは思わなかった」

銀髪が濡れて普段とは違う人に見えるヘクターは困ったように眉を下げている。

うん、許そう。

「いやあ、ぼーっとしてたからさあ」

わたしは照れ臭いのをごまかすように笑った。

「考え事してた?」

ヘクターが浮輪に掴まりながら聞いてくる。

「ううん、何にも考えないでいるのが気持ち良くて」

そう答えると「はは」と笑われる。そして岸辺の方向を指差した。

「結構流されてたって気付いてた?」

言われてみて初めて岸がかなり遠くになっていたことに気が付いたわたしは目を見開く。うわ、全然気付かなかった。どれだけぼんやりしていたんだろう。

「岸まで運ぼうか?」

ヘクターがそう言って浮輪に付いたロープを引っ張った。わたしは思わず体を起こす。

「えええ!勿体ない!」

わたしの叫びが意味不明だったのかヘクターは目をぱちくりさせた。

「い、いや流されて来たのが良かったとかじゃなくて!えーとその、もうちょっと……お話ししない?」

わたしのつっかえながらの言葉を最後まで聞くと、ヘクターはにこりと笑って浮輪に腕を乗せた。

「いいよ」

が、頑張ってみるものだ。しみじみとそう思う。しかし、わたしの頭上より奥に視線が動いたヘクターが眉を寄せる。

「……残念、急いだ方が良さそう」

わたしは彼の視線の先に目を移す。

東の空から信じられないほど真っ黒な厚い雲が、じわじわと近付いてくる光景がそこにはあった。



「王子、大丈夫かしらね?」

応接室の窓を叩きつける雨水が、滝のように流れるのを見ながらローザが呟いた。

雨雲から逃れられなかったわたし達は、全員走りながら屋敷に帰ってきた。着替えが終わった途端、王子は「そろそろ城に戻らなければいけないんです」としょんぼりしながら馬車に乗り、大雨の中を去っていってしまったのだ。

「この時期は毎日のようにこの規模の夕立がくるんでさあ。慣れてるもんだ。大丈夫でしょう」

いつの間にか傍らにいたヴォイチェフがそう言ってにやりと笑う。

「殺人事件でも起きそうなシチュエーションねえ……」

わたしがそう漏らすとローザがぷりぷり怒りだした。

「もう!止めてよ、そういうの!ただでさえあんたといると何かしら起きそうで嫌なんだから」

どういう意味だ。目を薄めるわたしの横でヴォイチェフが「へへ」と笑う。

「そうなったらあっしは『一番怪しいから犯人じゃない役』でしょうな」

「……『その裏かいてやっぱり犯人役』なんじゃないの?」

わたしがそう返すと彼の顔が一層不気味にニタニタとしたものになった。嬉しいらしい。何なんだ、こいつは。

「殺されるのは誰なんだろうな」

アルフレートが面白そうに話しを拾う。冗談だとはわかっているが、この場にいるのがわたし達だけで良かった、と思ってしまう。

「物語の最後まで犯人がわからないようにするなら『誰とも親しくない人間』じゃないの?この雨の中、急にやってきた見知らぬ旅人、とかね」

わたしが話しに合わせるように発言するとローザも食いついてきた。

「だけど少しずつ登場人物全員と何かしら繋がりがあることが分かってくるのよね。で、結局『じゃあ犯人は誰なんだ!?』で第二の殺人が起きるのよ」

楽しそうに語った後、ローザは「悪乗りし過ぎたかしら」と口元を押さえる。アルフレートが足を組み替えてわたし達の顔を見比べた。

「誰も怪しくない、から誰もが怪しい、に変わるだけで一気に舞台が狭くなり、登場人物以外に犯人はいない、と上手く誘導するんだな。……殺人が起こる前に被害者と誰かが派手な喧嘩をする、なんていうのもあるな」

「あ、わかる!『Aが犯人よ!だって被害者と揉めてるところ見たもの!殺してやる、とか言ってたわ!』なんて騒ぐのがいるのよね」

わたしが身を乗り出すと、アルフレートは大袈裟な身振りをつけながら芝居掛かった声を出す。

「『冗談じゃない、ミートパイを食べられた恨みで喧嘩しただけで、殺人犯にされるのか!?』」

わたしとローザが耐え切れずに笑い転げていると、ドアがノックされた。

「……晩飯だとよ」

ドアから覗いた不機嫌そうな顔のアントンに部屋が静まり返る。何となく気まずいのは、頭に浮かべていた『架空被害者の像』が彼に近かったからか。



ファムさんとファムさんのお母さん、クララさんの作ったご飯を頂いてから、全員で応接室に戻る。ベッドの用意がまだ完全に終わってないらしい。そのくらい自分達でやりますよ、と言ったが「リネンの場所だとか説明するより、自分達でやった方が早いもの」と返されてしまった。多分気を使ってくれてるのだと思う。

「雨上がったな」

フロロが窓の外を覗き込んでから少し開ける。昼間には考えられなかったような涼しい、いや冷たいとも言える外気が入り込んできた。フロロは慌てて窓を閉める。

「夕立のお陰で夜は快適になる、これがこの辺りのサイクルでさあね」

当たり前のようにわたし達の輪に入り込むヴォイチェフをローザが睨んだ。

「あんたは手伝わないの?あんたのベッドも用意してもらってるんでしょ?」

「あっしはベッドシーツの場所なんて頭に入ってないもんでね」

そりゃそうかもしれないが、これじゃあ見張りがいるみたいで窮屈だなあ。

「雨降ってないなら肝試しでもやる?表涼しいみたいだし」

セリスが欠伸しながら提案するものの、いまいち皆乗ってこない。更にヴォイチェフに「屋敷の裏は崖に近い急勾配でっせ」と言われてしまった。

「なんつーか、暇だよな」

デイビスが皆の本心を代弁したような形になる。贅沢なことだけど、全部「どうぞ」と用意されていて、話し合うような事件も無いし暇なんだよね。皆どこかだらっとした様子で顔の締りも無いような。

「明日も湖に行ってぼーっとして……そんな感じ?」

とイリヤ。既に顔がぼーっとしている。

「ボートに乗ろう、とか言ってたよ。今日、夕立で乗れなかったし」

わたしが言うものの、「あー」という緩んだ返事が聞こえるだけだった。デイビスがわたしを見る。

「で、ボートって面白いか?アレ」

……そう言われると答えづらいけど、『ボートに乗るとココが面白い!』ってものも出てこなかったりする。

「所詮、我々に金持ちの余暇の過ごし方なんてものが理解出来るはずが無かったってことだ」

アルフレートの言葉には誰も反論出来ない。更には「あと一週間もこれが続くのか」という重い気分に沈んでいくのが分かってしまった。

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