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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
三章 少年は仮面を破る
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水面に揺れる

揺れる馬車の中、ローザの小言が始まった。

「いくら暑くても、準備運動無しに水に入らないでね?ああそう、遊んだ後にもマッサージした方が良いわよ。得に足、ふくらはぎなんかね。あと気付かない内に意外と水分失ってるからマメに飲み物とってね」

微妙に言い返したい気分になるが、とりあえず神妙な顔で頷いておく。

「あ、もう着くみたいですよー。湖が見えてきました」

「暴れるな、イルヴァ」

子供のように窓から身を乗り出し、外を指差しながら足をばたつかせるイルヴァを、アルフレートが足首を掴んで止める。久々に六人揃うとやっぱりうるさい。御者席にいるのはイリヤと案内役のファムさん。デイビス達はエミール王子が乗る馬車に同乗させて貰い、後ろから来ている。

「……やっぱり怖いな」

ヘクターが馬車の後方を見て呟いた。後ろから来る王子の乗る馬車なのだが、御者役にいるのは何故かカエル顔の男、ヴォイチェフだった。彼が今回のお付き役ということらしいが、今も不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。怖い。これから数日、彼と共にしなきゃいけないのか。

「絶対、元暗殺部隊とかだよなあ」

フロロも窓に張り付きぼやいている。

馬車がゆるゆると止まり、表から話し声が聞こえ始めた。見ると背の高いフェンスの前にサントリナの兵士がいる。ファムさんとのやり取りの後、兵士は木の門を開け放った。どうやら別荘地の入口だったようだ。

右手に光る湖、左手に林という景色を進んでいく。

「綺麗!思ったより大きな湖なんだね」

わたしはイルヴァの隣りから窓の外へ身を乗り出す。空の色を映す水面は美しい青色。湖は三日月型ということだったが、その全貌は見えない。少し波のような動きが見えるということは、それだけ大きな湖なんだろう。

暫く行くとボード乗り場らしき桟橋も見えてくる。林の中、大きな家が何軒か建っている。全部、貴族とかそれなりの人の持ち物なんだろうな。だってこんな大自然の中に見えて道はきっちり舗装されていたりして、この敷地内を利用する人間の特別さを感じるもの。

一台の馬車がすれ違った。中々豪華な車体だったのだが、

「すごいスピードだったわね」

ローザの驚きの通り、車体がバラバラになるんじゃないかと心配してしまうような揺れを見せながら、あっという間に消えて行ってしまった。休暇中、急に仕事に呼び戻された、とかかしら。

馬車が林の中へ軌道を変える。目的の建物が何となく伺えてきた。

真っ白な外壁に茶色の屋根というシンプルな装い、高さは二階建て程なのだが、でかい。はっきり言って別宅なのに我が家より数倍立派……という感想が出てきてしまうのが悲しい。

馬車が止まり、ファムさんが扉を開けてくれる。勢いよく六人が飛び出すと王子達の馬車も隣りに停車するところだった。

いつの間にか現れていた白髪の男性が王子の乗る馬車の扉を開け、深々とお辞儀する。隣りにいる女性共に黒い服に身を固めていて、姿勢はまっすぐ綺麗だ。ファムさんもそうだけど、王家に仕えてる人ってだらけてる所が想像出来ないくらいぴしっとしてるなあ。

例外は彼くらいだわ、と御者席から飛び降りるヴォイチェフを見て思う。

猫背気味に歩く男からお辞儀中の執事服とメイド服に身を固める二人に目を移していくと、後ろからファムさんが耳打ちしてきた。

「彼らはここの管理を行っている夫婦です。彼らとヴォイチェフ、私の四人で皆さんのお世話に当たります」

その時、夫婦が顔を上げる。二人の顔を見てわたしは「あれ?」と声を漏らした。ファムさんの方に振り返ると、

「私の両親です」

思った通りの答えが返ってくる。だってよく似てるもの。管理人がファムさんの両親だから彼女が同行することになったのだろう。だとするとますますヴォイチェフって浮いてる気がするんだけど……。

ちらりと見るとヴォイチェフはこちらの考えを見透かしたようににやり、と笑った。その上目遣いだけでも何とかならないのかしら。

「着きましたね。割と近かったでしょう?」

馬車から降りてきたエミール王子がわたし達の顔を見回す。その後ろにはしっかりブルーノの姿。王子は今日一日、一緒に遊んだら城に帰るそうだ。寂しいな、とも思うがブルーノの監視の目が無くなると思うと少しほっとする。

荷物を運ぶファムさんに小走りで追いつき、わたしは小声で話しかける。

「ねえ、ファムさんのご両親だなんてちょうどいいからさ、お願いしといてくれない?『あんまり堅苦しい扱いはやめてね』って」

「わかってます、わかってます。充分に、わかってますよ」

そう言ってファムさんはしつこいぐらいに頷いた。



強い日差しに暖かい風、光る水辺という景色の中、アントンの奇妙な叫びが響き渡る。

「ほおおおおお!全部!俺のもんだああああ!」

そのままザバザバともの凄い勢いで湖に入っていき、泳いでいく。彼の「うおおおお」という声が遠ざかっていった。

と思いきや、Uターンして戻ってくる。のっそりのっそりと先ほどとは別人のようにテンション低く上がってくると、

「さむい」

そう一言言い放つ。

「当たり前だろ?半分以上湧き水って話しなのに、ここ」

ヘクターが呆れたように言うとアントンは、

「きき聞いてないぞ!そんな話し!俺は!!」

と唾飛ばす。二人の横にいるヴォイチェフが「へっへ」と笑った。

「旦那、準備運動無しに飛び込んだら、運悪きゃ心臓止まってお終いですぜ?きゅっとね、一瞬でさあ」

そう言うヴォイチェフの海パン姿はスタイルが良いとは言えないが、見事に引き締まっていて無数の傷痕がある。その異様さにヘクターとアントンの様子は明らかに引いていた。

「なんでこっち見ないのよ」

不服そうな声を上げたのはセリス。黒いビキニをかっこよく着こなす彼女はわたしと違って上着を羽織るなんて邪道なことはせずに仁王立ちになっている。視線の先にいるデイビスとイリヤは忙しそうに椅子やらバーベキューセットやらを組み立てていた。

「見たくて堪らないが『がっついてる』って思われるのもこわい、っていう可愛い年頃なんだろ?理解してやれ」

そうせせら笑いながら言うアルフレートは、死ぬほど似合わない短パンTシャツ姿でウッドチェアーに横になっている。とことん夏の気候の似合わない人だ。

しかしセリスの文句もよく分かる。水着に着替えて早速出発!となってから、ここに来る間に男連中と一度も目が合っていない。赤面して『か、可愛いじゃん』とか口篭ってくれ。

妙にそわそわする男連中と、仲良く並んで準備運動するフロロとイルヴァを見ているとエミール王子がやって来た。

「良い天気でよかったですね!」

にこにこする王子の水着姿が可愛い。対極にブルーノはいつもの黒い服をがっちり着込んだままだ。暑そうだな、と思うが本人は普段と変わらない無表情。汗一つ掻いていない。

「リジアの水着、とっても素敵ですよ」

「そ、そう、ありがとう」

さらりと言う王子に少し焦る。フロロとイルヴァが勢いよく駆け出し、水に飛び込んでいった。

「僕らも行きましょう。リジアは水、大丈夫?泳げます?」

そう言いながら上着を脱いだ王子の体はまだ子供特有の細さだ。色も白くて女の子みたい……っていうのはきっと失礼だな。言わないでおこう。

「少しだけね。でもあんまり深いところまでは行けないと思うな」

こちらも上着を脱いで岩場に引っ掛けつつ答える。

「じゃあ後でボートに乗りましょう!」

やけに張り切っている王子に腕を引っ張られる。海とは違うので岸辺も岩場と砂利、かと思えば柔らかい土が抜き出しになっているので、走ると少し怖い。

「うわあ、本当、冷たい」

足首まで水に浸かったわたしは目を見開いて水面を見つめた。そこへばさ!っと頭から水を掛けられる。

「けけけ」

「うふふ」

フロロとイルヴァの笑い声が聞こえる。わたしは顔の水を乱暴に拭うと二人を睨みつけた。そのままなし崩しにわたしとエミール王子対フロロ、イルヴァの水掛合戦が始まった。四人ともずぶ濡れ、誰に水を掛けてるのかもはや曖昧、という状況になってきた時、ピリリリリリリ!と笛の音がする。

驚いて顔を上げると「なぜ持っている?」と聞きたくなるホイッスルを片手にセリスが脇に立っていた。

「目標が間違ってるわよ」

そう言ってセリスがびしりと指す先にいるのは、暢気な顔で佇むアントン。

「目標、再確認」

フロロがそろそろと動くのに合わせて四人が移動する。

「発射!」

セリスの掛け声にわたし達は一斉にアントンへ水攻撃を開始した。初めは「ひえ!」などと情けない声を上げていたアントンだったが、その内「ふざけんな!」「おい!」「いい加減にしろ!」などの罵声が細切れに聞こえだす。

「うふふふふふふふふ」

テンション上がりきったからなのか、イルヴァが不気味な笑い声を響かせつつ、アントンを頭上に持ち上げた。全員呆気に取られてそれを見上げる。

「はあ!?おい!やめ……」

アントンの悲鳴もむなしく、イルヴァの怪力によって彼の体が飛んでいく。どぼーん、と痛そうな音を立ててアントンが水へ沈んでいった。ヘクター達を含めたメンバー全員が呆気に取られる中、エミール王子が楽しそうに笑い声を上げたのが幸いだった。

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