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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
三章 少年は仮面を破る
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「イザベラ様は国王のお姉様です。つまりエミール殿下の伯母にあたるわけですね」

ファムさんはわたしに紅茶を手渡しながら淡々と語った。

「ありがとう、お酒入ってる?」

「数滴だけ。寝る前にはちょうど良いですよ。サントリナでは子供もよく飲みます」

それを聞いてわたしはファムさんに頷くと、少し甘めの紅茶を味わう。牛乳で淹れた濃厚な味は体の中からほっとする。

「国王の姉だとしても、ずっとこの城に住むものなの?」

普通は別に住居を構えて、なんて感じじゃなかろうか?とファムさんに尋ねる。ファムさんは箪笥からタオルを出す手を止めてこちらを向いた。

「イザベラ様は旦那様とご子息を事故で亡くしておられます。それから王城に戻られたんです。馬の事故で……お可哀想に一人になってしまわれて」

「あー……」

わたしは彼女の黒いドレスを思い出し、呻く。あれは『喪』ということか。わたしの様子を見てファムさんは「まあ十年近く前のことですが」と苦笑した。

本人にとってはまだ終わっていない出来事なのだな、とあのわたし達を警戒する視線に思う。

「……じゃあ国王は三兄弟ってこと?弟さんもいたんだよね?ごたごたがあったとかいう……」

そこまで言ってわたしは慌てて口を紡ぐ。確か暗殺未遂なんて穏やかじゃない話しだったんだった。

ファムさんは驚いたように目を見開いた後、素早い動きで廊下への扉を開けて辺りを見回す。そして後ろ手に扉を閉めるとわたしの前に戻ってきた。

「そのお話、どちらで?」

「えっと、ラグディスでの例の会談の際に、レオンが」

ファムさんは表情が少ないので怒られるのかと思い、わたしはごにょごにょと答える。しかしファムさんは一人納得したように何度か頷いた。

「なるほど、ご帰還の際にブルーノ様の機嫌が悪かったわけが分かりました」

「……機嫌の良し悪しが分かるの?彼、常に機嫌悪そうだけど」

「そりゃあもう。私共の仕事はお世話もそうですけど、あの方達の観察が一番ですから」

肩を竦めるファムさんに面白い人だな、と思う。

「その様子ですと王弟が何をしたかもご存知のようですね?」

「レオンは『自らも弟に命を狙われた国王が私を捨てたんだ』って言ってたわよ。勿論、それは真実とは違ったわけだけど」

「レオン様はそんな事を言っておられたんですか。悲劇ですねえ」

ファムさんは再びうんうん、と頷いている。それを見てわたしは質問を続けた。

「さっきの言葉からすると王弟の事件の方がよっぽどタブーなのね。その、レオンの事よりも」

「そりゃあそうですよ。レオン様の事件はいわば王室は被害者なわけです。そりゃあ首謀者がいたんじゃないか、なんて黒い噂もありましたけど」

淡々と話すファムさんに「そんな話しして大丈夫か?」と思うが、興味から身を乗り出してしまう。

「王弟は王室の、しかも元は第二後継者でもある方です。その方が起こした事件といえばタブー中のタブーになって当然ですよ。……それに国王の『全てを話せ』という慈悲に対する回答が非常にマズイものだったので」

「何、何?」

「『神の啓示を頂いた結果なのだ』そう叫んだんです。ブルーノ様が表に出したくない話しはこれでしょうね」

わたしはきょとん、とした後、眉を寄せた。この国の王室とフロー神の関係がとても大切なものなのは、ラグディスの事件で分かっていたけど、フローからの啓示がそんな不届き者にもたらされるものだろうか。

わたしの表情を読んだのかファムさんは話しを続ける。

「……事件終結後、発表されたのは『王弟はサイヴァの悪魔に取入られ、狂死した』というものです。前半は真実だと思いますよ。私だって毎朝、毎晩とフロー神にお祈りする人間です。王弟にフローからの啓示など無かったことくらい分かります」

その言葉を頭の中で噛み砕いた後、わたしは喉を鳴らす。

「後半、……王弟は生きてるのね?」

少し間を置いてからファムさんは答える。

「生存、と同義語で語って良いものか……。王弟の身柄は今、サントリナより遥か東の孤島です」

「ディープシー・・・・・・!エメラルダ島ね!」

オカルティックな話しの展開に思わず声が大きくなったわたしを、ファムさん「しー!」と窘めた。

サントリナの遥か東にある孤島の存在はこの大陸に住む者なら誰でも知っている。

『言うこと聞かないとエメラルダ島に連れて行くぞ』『早く寝ないとディープシーから悪魔が来るぞ』なんて文句は誰でも言われたことがあるに違いない。

わたしの知識だけで語るなら、あそこは深海よりも過酷な環境であり、行き来する人間はいない、ということだ。人を幽閉するような施設があること自体、今初めて知った。

「……もちろんこれは正式な発表など無かったことですよ?でもここの使用人なら誰でも知ってることです」

ファムさんはそう言って肩を竦めた。

「酷い混乱だったんじゃない?当時は」

わたしの問いにファムさんは深い溜息と共に頷いた。当時を思い出したのだろう。

「国王は無事でしたから、国民に混乱が伝染するまでにはなりませんでしたけどね。大きな騒ぎにはなりましたけど、よくある王室のゴシップの一つくらいな扱いだったんじゃないかと。元々王弟は国王に比べて人気はあまり……な方でしたし。ただ問題は貴族達への説明と、あとはイザベラ様の混乱ですかね」

「イザベラが?」

わたしは紅茶を飲み干すと問い返す。

「ええ、先ほどの話しの事故の直後だったもので、関連性を疑ってしまって、酷い取り乱しようでしたよ。私がお城勤めに入ったばかりのことですから、よく覚えてます」

ふうん……、自分の夫と子供を殺したのも王弟の仕業と思ったってところかしら。本当のところはもう調べようがないけど、普通に考えたら関係なさそうだけどな。だって王位を狙うなら姉自身を狙うならまだしも、姉の夫と子供なんて関係ないもの。

そこまで考えて何か引っかかったが、それを上手く掬い上げることは出来なかった。なんだろう?

「サントリナの王位は長兄から優先なのね?」

「そうです。現王室のストレリオス=サントリナ家になってからは不思議と男児が途切れていないんです。そこも威厳を高めてる要因ですね」

答えを聞きつつ『こんなことじゃないな』と思う。

「んー」

唸っているとドアがノックされる音が響く。今の今までしていた会話の内容から二人ともびくりと肩が震えた。

ファムさんが固まっていたのは一瞬のことで、すぐにきびきびとした動作で扉に向かい、小さく開ける。そしてわたしに訪問者を見せるように開け放った。

「セリス、どうしたの?」

わたしが立ち上がると綺麗な赤い髪を揺らしながらセリスが入ってきた。

「良かった~、まだ寝てなかった。ちょっと頼みがあるんだけど」

「……変なことじゃなかったら」

「何よ、その警戒のしようは。……これなんだけど」

そう言ってセリスは腕に着けていた銀のバングルを外す。

「これ、発動体に出来ないかな?」

発動体とは魔法の使用の際に集中力の手助けをしたりする媒体のことだ。わたしの持っている短剣もそうで、マナの暴走をセーブする役目もある。だがセリスがわたしに頼むということは、今回は魔力の蓄えを求めてるのではないだろうか。魔晶石程の効果は期待出来ないが、疲労時の飴玉くらいのものは出来るはずだ。

「いいけど、どうしたの?」

「うーん、なんかちょっと疲労が溜まってるのか、ね。集中力切らしてるみたいで」

肩を揉む仕草を見せる彼女に少し心配になる。弱ったところを見せるなんてらしくないかも。魔法はその性質故に精神状態がかなり重要になるが、それにしても気になるな。

「お茶お出ししましょうか?」

ファムさんが言うがセリスは首を振る。

「いえいえ、お気遣いありがとう。早めに寝るからいいわ」

そういい終わると部屋を出て行く。が、扉が閉まる直前に何かを思い出したようでもう一度顔を覗かせた。

「……明日、水着買いに行くの楽しみね~。男を落とすデザインを教えてあげるわ」

「別にいいわよ!」

ニタニタと笑うセリスにクッションを投げつけるが、それは閉められた扉にボスン、と当たるだけだった。

「魔法ってそんなに集中しなくてはいけないんですか。大変なんですねえ」

興味深げなファムさんにわたしは頷いてみせる。

「まあデリケートなものには違いないわね」

わたしは鞄を漁ると中から丸まった紙を引っ張り出した。

「よっと」

床に広げるとお手製の魔方陣がお披露目される。ファムさんが目を大きくした。

「これで発動体とやらが作れるんですか。へええ」

わたしは「そういうこと」と答えつつセリスのバングルを魔方陣の中央に置く。それを横目にファムさんが空になった紅茶のカップを手に扉に向かって行った。

「あ、ごめんね、追い出すみたいになっちゃった」

わたしが言うとファムさんはくすくす笑う。

「私はお友達では無いですよ?」

そうだっけか、とわたしは頬をかいた。やっぱりどう接していいのか分からないな。

扉を閉めながらファムさんが振り返る。

「そうそう、殿下の別荘にですが私が帯同することになりました。どうぞよろしくお願いします」

「ファムさんが?やった!」

手を合わせるわたしに再び微笑みながら彼女の顔が消え、扉が閉まる。

気使うからお城の人が来るのはちょっと面倒だったけど、ファムさんなら仲良くなれそうじゃない、とわたしは鼻歌交じりに床に座り込んだ。

意識を集中させながら思う。個人的にもとっても気になる王室の話しだけど、今回は遊びに来ただけなんだから、あれこれ首突っ込むようなことは無いようにしなきゃ。

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