サマーバケーション
「みなさん遠慮せずにどうぞ。今日はサントリナの名物料理です。私の友人が来ると言ったら料理長が張り切ってくれたそうです」
笑顔で語るエミール王子。わたしは長ーいテーブルを前にやや無理やりに笑顔を返す。ホールのような広い広間で取る食事は味を感じるか不安だ。声が反響しそうな高い天井、巨木程ある柱が左右対称に並んでいる。なぜ食事の部屋に舞台があるんだろう?なんて庶民は思ってしまうわけで。
「ワインをくれ」
アルフレートが物怖じしないどころか図々しい注文をし、
「ビールくれ」
デイビスが続く。わたしが「はあ?」という顔をするとデイビスは頬をかく。
「だって俺は成人済みだもんよ」
あ、そうだっけか、と納得しかけたところでセリスがデイビスの肩をばすん、と叩いた。
「そういう問題じゃなくてこういう場でビールってどうなのよ!」
「暑かったからさあ」
デイビスはしらっと答える。
「おっさんみたいだな」
早速野菜を仕分けするフロロが呟いた。まったく、こんな美味しく調理された物も食べないなんて。わたしはフロロが寄せた冷製テリーヌと夏野菜の盛り合わせを横から頂いていく。こういうのもマナー違反なんだっけ。まあいいや。
速攻で騒がしくなったわたし達をエミール王子は嬉しそうに見ている。その王子の傍ら、やや下がった位置にブルーノ。今は無表情を貫いていて感情が読めない。これから暫く滞在する間、彼の嫌な顔を何度も拝見することになりそうだ。
「確かに少し蒸し暑いな」
手際よく運ばれてきたワインに口をつけながらアルフレートがぼやいた。ヘクターが頷いている。
「海からの風があったかいんだよ。山も少ないし。俺も久々に戻ってきたから暑いんで驚いた」
隣国なのに気候を始め随分と違うものだな、とは思う。でもあまり不快感は無い。ローラスよりも空が明るくて高い気がするのだ。それが爽快感に繋がっているのかもしれない。
そんな事を考えているとエミール王子がわたし達を見回し、口を開く。
「皆さん泳ぎは大丈夫ですか?」
少し呆気に取られるわたし達に王子はくすくすと笑う。
「水泳大会があるわけではありませんよ?湖畔の別荘に皆さんを招待しようと思いまして。城にずっといても退屈でしょうから」
「湖?別荘!?素敵ねー!」
ローザが手を叩く。確かに湖畔の別荘なんていかにも貴族っぽい。
「さほど広くはありませんが、その分家庭的で過ごしやすいですよ。もちろん管理は常にしていますから綺麗です」
王子はそう言うがわたし達全員が泊まれるっていうことは、それなりに広いんだろうな。少なくともうちよりは。しかし王子が話し出すとやっぱり皆、聞く姿勢になるのが面白い。こういうのが王族のオーラなのかもしれない。
「私は母の誕生会の準備もあって、ずっとはご一緒できないですけど城の者を何人か帯同させますから、不自由は無いと思います」
王子の台詞にはっとする。ローザも一緒だったようでおもむろに手荷物を取り出した。
「エミール王子、これ、頼まれていた物よ」
ローザがバレットさんからの荷物を手渡すと王子はぱっと目を見開く。
「エミールでいいですよ、……どうもありがとう」
そう言って大事そうに箱の蓋をなでた。王子のその仕草に、中身は何なのかがすごく気になりだす。が、それを見破ったかのように、
「パーティー当日まで内緒です」
と言われてしまった。うーむ、残念。
「王子、俺達が頼まれたレオンは、その……」
デイビスが言いにくそうに言葉を濁すと、エミール王子は深く頷いた。
「わかっています。彼の姿が見えないと気づいた時から、わかっていました。大丈夫、貴方が気にすることじゃありません。父には私から伝えておきます」
「お父さん……国王が頼んだの?」
わたしが聞き返すとエミール王子は少し間を空けた後、口を開く。
「父というよりその周り、ですね。禍根を残さない為にも一度、じっくり話し合いの場を設けるべきだと。父上があっさりとそれを認めたのも、こうなるとわかっていたのかもしれません。僕は……私は彼とゆっくり話してみたかったけれど」
禍根、か。余計な芽は早々に摘んでいく気満々だなと思うのはうがった見方しすぎだろうか。
隣りからつんつんと脇腹を突かれる。セリスだ。
「……ねえ、水着とか持ってきた?」
「水着?持ってきてるわけないじゃん、そんなの」
この会話に反応したのはアントンだった。
「持ってねーのかよ。つまんねえ奴らだな」
舌打ちにむっとするが、水着見たいよーの意味に受け取っていいのだろうか……。女子メンバーの目がやや冷めたものに変わる。
「ねえ王子、明日一日は準備に当てていい?町に出たいんだけど」
セリスが尋ねるとエミール王子はにこにこと頷く。
「もちろん!セントサントリナの町を皆さんに堪能して欲しいです」
王子のこの言葉で、とりあえずの予定は立ったようだ。
「なんだよ、早く避暑に行きたいと思ったのに。こういう堅苦しい場所は苦手だぜ、俺。準備にそんなに掛かるのか?」
ホールを出るなりデイビスがぼやく。明日一日待機となったのが不満なようだ。
「女の子は色々時間が掛かるものなのよ」
セリスがつん、とそっぽを向いた。わたしも頷く。
「急だとちょっとねえ。楽しみではあるけど」
「別に一日じゃ腹はへこまないぞ」
その言葉にわたしは無神経男アルフレートを睨みつけた。そういう意味でも時間は欲しいところではあるけど、今は違うっていうのに。
「でも色々準備する時間も楽しいですよね~」
前を歩くイルヴァが言うが返答に困る。イルヴァは一年中、心は海水浴場にいるようなのに。悪魔のコスプレだというハイレグカットの水着に矢印形の尻尾が揺れるイルヴァを見て思ってしまう。
「北の方にあるんだってね、湖は」
隣りを歩くヘクターに尋ねると頷かれる。
「子供の頃、何回か行ったことあるよ。確かに大きな別荘がいくつか見えたな」
「へえ、別荘地なんだ」
「うん、三日月みたいな形の湖でそのくぼみに。そっちの方には常に衛兵なんかが立ってて、普通の人間は入れないようになってたけど。子供は皆、反対側の岸辺で遊んでたよ」
その光景を想像し、わたしが柱の隙間から見える表の空を何となく眺めていると、後ろからイリヤとヴェラの会話が聞こえてくる。
「淡水で泳ぐなんて怖いな……、海水より浮かないし。足がつったりしないだろうか……」
「大丈夫ですよ、イリヤさん!私が泳ぎ教えますよ。私、泳ぎだけは得意なんで!」
「『だけ』ね、うん、『だけ』……」
その時、前を歩く侍女の足が止まった。釣られて全員の足が止まる。
「あら賑やかだこと」
曲がり角から現れた集団、その中心にいるのは家の母くらいの年代に見える女性。なんとも豪勢なドレスに見えるが色は真っ黒だ。その異様さに目を奪われる。周りにいるのは全て彼女の従者ということか。
「エミール殿下のご友人でございます、イザベラ様」
深く頭を下げていた侍女の女性が軽く首を戻して伝える。イザベラと呼ばれた女性は笑顔でわたし達を見回した。
「聞いていますよ、ラグディスでのあなたたちの活躍もね。どうぞサントリナを楽しんでいらして」
ほほほ、と笑う女性に思わず頭を下げる。威圧感とも違うねっとりとしたオーラを持つ人だ。
女性――イザベラは満足そうに頷くとお供を引きつれ去っていく。しかし誰なのだろう。まさか王妃様じゃないわよね、と侍女の女性に尋ねようか迷う。ほんの少しエミール王子に似ている気もしたし。
さまよった視線の先にどきりとする。広い廊下の後ろ、イザベラが振り向いてこちらを見ていたからだ。表情は凍ったように乱れが無いが、瞳の奥にあるものは冷ややかに違いない。わたしと視線が合った後も躊躇無く観察の目を向けて、満足したのか再び去っていった。
「別荘行きは『隔離』の意味が強そうだな」
アルフレートの言葉にわたしは頷く。何か問題がある、というよりも王室って常にこんな感じなのかもしれない。イリヤが大きく息をはいた。
「ブルーノもさ、この前会った時に比べて感情が全く読めないんだよね」
「抵抗されちゃってるってこと?心に蓋するみたいに」
わたしは戸惑いつつ聞いてみる。イリヤが普段どの程度、感情を読み取っているのか知らないからだ。
「うーん……簡単に言うとそうなるかな。まあ、ああいう人間より長寿の上位種は精神のコントロールも上手いから、俺の力じゃ限界ってことかもね。俺だって常にアンテナ張ってるわけじゃないし。……ただブルーノは前回とあんまりに違うんでびっくりしたんだ」
へえ、アルフレートが精霊を可視するように、常に読んでるわけじゃないんだ。探りたい時にスイッチを入れる感じなのかしら。そういえばラグディスでの王子とレオンの対談の時、終わった後に疲れたように肩を回していたっけ。
「アルフレートも読みにくかったりする?そういうコントロールって可能なの?精神統一!みたいに」
続けてしたわたしの質問にはイリヤは首を傾げる。
「いや、アルフレートは逆に情報量が多すぎて読めないな。常に二,三冊の辞典でも朗読されてる気分になる」
……ものすごく『らしい』かも。わたしは額に手を当て唸った。
「常に私の崇高な考えを皆に触れて欲しいものでね。隠すだなんてもったいない」
澄ましたエルフの声に、
「ほんと突っ込みを強要する人だね、あんた」
フロロの深い溜息が続いた。
「いや、俺の能力を知っても警戒されないだけありがたいよ」
苦笑するイリヤに思う。きっと今までそういう経験が多かったのだろう。わたし達全員が特に気にする様子を見せないのは、イリヤの人柄もあるけど『言いたいことは全く躊躇せずに言う』という性格が集まっているからに違いない。