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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
二章 サントリナへ
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2

「ちょっと、ちゃんと真っ直ぐ歩いてよ」

わたしはふらふらと頼りない歩きのセリスに口を尖らせる。わたしの肩によっ掛かりながら歩くセリスは「だって……」と言いながら大欠伸した。寝起きで足下が定まらないらしい。この調子だと今晩も遅くまで起きてるんじゃないだろうか。

皆すでに到着した町の通りを大分先に行っている。見通しのいい大きな通りだからはぐれることはなさそうだが、なんでヴェラといいわたしが面倒見なきゃいけないのだろう。

ようやく着いた町の入り口に立つ看板を見て、セリスと顔を見合わせる。

「『縦に長い町、ドノン』だって」

「もっと他に売りは無かったのかしらね?長いから何なのよ」

セリスは「へっ」と鼻を鳴らした。確かに、だからなんだ、というキャッチコピーではある。

「あ、でも確かに縦長!随分きれいに整備したのね」

わたしは看板の横にある町の地図を指差す。縦横の比率が随分と違う不思議な作りの町だ。今、目の前に広がる大きな通りを挟んで左右に建物が散らばっているらしい。

「へえ〜」

と二人で町の地図看板を眺めていると後ろから声を掛けられた。

「きれいに整備したのとはちょっと違うな。実際はその逆なんだよ」

振り向くと町の人なのか煙管をくわえたおじさんが立っている。

「セントサントリナ——首都から歩いて一日掛かるこの町は宿場町として栄えたんだよ。だけど最近はカンカレの方が賑やかだろう?あれよあれよという間に下に伸びて行って、こんな形になったわけだ」

「ふうん、ちょっとでも賑やかな町に近付きたいものなのかしら。だったらカンカレに引っ越せばいいのに」

セリスが身も蓋も無い話しをするとおじさんは「はは」と笑った。

「この町の人間が、っていうより旅人が近付けたんだ。内陸の町が発展する理由は旅人の利用だよ。町から歩いて来て、丁度夜が更ける時刻にある土地に町が出来る。そういう風になっているんだなあ」

「なるほどね、今は乗り物があるからもっと短時間で行き来出来るし、わたし達も丁度お昼の時間にお邪魔出来たわけだしね」

わたしが言うとおじさんは「そういうこと」とにこにこしている。面白い話しだな、と思っていると他のメンバーが遥か先に行ってしまったのに気が付いた。

「あ、ちょっとセリス!」

わたし達は慌てておじさんに礼を言い、通りを早足で進んで行く。

「もー、ちょっと待っててくれても良くない?」

「遅れた方が文句言うんじゃない、って怒られるわよ。人数多い分、あんまり気にしてないのかも」

文句垂れるセリスを宥めながら先に進む。ヘクター達の目立つ風貌の集団が昼食を取る店を迷っているのか、立ち止まっているのを確認出来た時だった。

「あああああ!!」

わたしは視界の隅に発見した影に思わず大声を上げて歩みを止める。

「ちょっとお、何よ……」

セリスの文句も聞かず、わたしは問題の人物——屋台の饅頭を頬張っている丸いおっさんを指差し叫んだ。

「ぼ、ボンさん!」

その声にこの暑い中、黒いハットに黒いコートの人物は「ふごお!」というくぐもった声を上げてむせ込む。でっかいたすき掛け鞄と球体のような体、伸びきった髭と髪はまさしくあの不思議な生物学者ボン氏!

ボン氏は涙目になりながら胸を叩き、熱々の肉饅頭を流し込んでいるようだ。

「し、知り合い?」

セリスの小声にわたしは頷く。ボン氏もわたしに気が付くと小さな目をくりくりと丸くした。

「おお、また会いましたな、お嬢さん」

「は、はい。奇遇ですね……」

なぜこのおっさんとこうも遭遇するのか謎でしょうがないが、妙に気にかかるこの人物と知り合いになれたのは少し嬉しかった。

「ボンさんはこの町で何してるんです?」

わたしが尋ねるとボン氏は東の方向を指差す。

「トットムール平原の調査ですよ。あそこはまだ研究段階の小動物が沢山いるからね」

そこまで言ってからボン氏はもう一度目を丸くし、わたしのポーチをびしりと指す。

「おお!ちゃんと飾ってくれてるのだね」

ボン氏が言うのはポーチに付けてある小さなバッジの事だ。彼がわたしと会った時にくれたコボルトとオーガーの可愛くないバッジである。はっきり言っていらないのだけど、もしかしたらまたこの気になる人物に遭遇することもあるかも、と付けておいたのだ。

「あー、その趣味悪いやつ、なんで付けてんだろと思ってたんだけど、このおっさんに貰ったんだ?」

セリスの『人に好印象を与える』という事を一切考えていない台詞を聞いても、ボン氏はにこにことしている。そして「では今回は……」と言いながら自分の鞄をごそごそと探り始めた。三回目ともなるとわたしも「今回は何かな」と少しわくわくしてきてしまった。

「今回はなんとドラゴンのバッジだよ!」

「おお!」

感嘆の声を上げるわたしの手にバッジが渡される。が、手渡された物を見てわたしは無言になった。

「……これがドラゴン?」

セリスがわたしの手元を見て眉を寄せる。無理も無い。手渡されたバッジはどうみてもグロテスクなミミズに豚っ鼻と、牙のついた口元と凶悪な目を付け足したようにしか見えないのだから。

「ハイネカン地域に住む地竜の一種だよ。モグラのように地面を掘りながら暮らしているんだ」

にこやかに語るボン氏にわたしは「そうですか……」というしかなかった。ドラゴンだからか、他のバッジよりもでかくて更に存在感あるし……。

引き攣るわたしを隣りでにやにやと見ていたセリスだったが、ボン氏がじいっと彼女の方を見ているのに気が付くと、

「何よ」

と胸を張る。ボン氏はそれには答えず、再び鞄を漁りだした。

「はい、お嬢ちゃんにはこれ」

「え、いらないわよ……」

そう言いかけたセリスの手が止まる。渡されたバッジをまじまじと見た。

「精霊ドライアドのバッジだよ。木の精霊として知られている彼女は大変繊細で、扱いが難しい精霊でもあるんだ」

「え、ちょっと、いいなあ!」

わたしはセリスの手にあるバッジを見て頬を膨らませる。綺麗で女性的な容姿の精霊が横向きになったデザインだ。な、何、この差は。

文句を言おうと口を開きかけたところで止まる。セリスが真剣な顔でバッジを眺めているのに気が付いたからだ。

「じゃあ、がんばってね」

そう軽い挨拶を済ませるとボン氏はわたし達が来た方の町の入り口へ消えていく。ふわりと風に消えて行くような去り方をするボン氏を眺めているとセリスが口を開いた。

「私の方が文句多そうだから良いやつくれたのかもねー。得しちゃった」

そう言う様子は普段の彼女に戻っている。皆が消えていったと思われる店の方向へ歩きながら、わたしは前回ボン氏に会った時のことを思い出す。

そういえば、あの時は泣いてるミーナを慰める為にバッジをくれたんだっけ。



「今日の夜にはセントサントリナに着くのか」

デイビスが鳥のドラムにかぶりつきながら呟いた。若い人の多い店内はお昼時だからか騒がしい。テーブルが二つに分かれることになったわたし達の隣りでは、アントンとイリヤが半分ケンカのように騒いでいる。一緒のテーブルにされたローザが金切り声を上げて注意しているのが、端から見ると面白い。

「着いたら城に行けばいいのかな。その……」

ヘクターが言い淀むとフロロが頷く。

「泊まらせてもらえるのか、ってことっしょ?まあ普通に考えて招待されてるんだから、って思うけど、そんな長い期間居座っても平気なのかね」

「長い期間……って、王妃様の誕生日分かったの?」

サラが目をぱちくりさせて、野菜を退ける作業を進めるフロロに尋ねる。

「さっき通りにいた町の奴に聞いた。なんと十日も先だとよ」

「と、十日!?じゃあそれまでずっといるわけ!?」

フロロの答えにわたしは慌てる。いや、別に特別用事があるとかでは無いんだけど、それにしても十日も先だったとは……。

「確かにそんだけ長いと、いくらあのエミール王子が『いいよー!』なんて言っても気まずいわね。私達、ただでさえ向こうじゃ浮いてるだろうし」

セリスが言ったことが皆の心配な点であるに違いない。予想でしかないけど、そもそもわたし達が王妃様の誕生日パーティーなんてものに招待されたのは、エミール王子の言い出したものなのだ。だって王妃様自体は全然知り合いじゃないもの。王妃の誕生日会の席に息子の関係者枠がこんなに大人数でいいのかしら。それと「レオンを連れて来て欲しい」というのもエミール王子から母親へのサプライズだったのでは?というのがデイビスの意見だった。冒険者、しかもわたし達みたいな名が売れてるわけでもない単なる学生をお城の人間はどう見るのか……。今から不安でいっぱいだ。あのブルーノだってラグディスの事件を解決する前は相当上から目線だったもの。

「ヘクター、お前知り合いいるだろ?住んでた町なんだから。万が一の時は泊まる場所、都合つかねえかな。女共だけでもさ」

デイビスの言葉使いは何だが優しい提案にヘクターは困ったような顔になった。

「知ってると思うけど、俺本来なら六期生なんだよ。同期は皆、町にいないんじゃないかな」

「あ、そっか……」

わたしは思わず呟く。ヘクターは学園を移る関係でわたし達と同じ学年になったんだ。サントリナの学園がうちの学園と同じような仕組みなら、六期生はもう一般の冒険者と同じ、色々な町を渡り歩いて旅の生活をしているはずだ。魔術師クラスなら学園に留まってるタイプもいそうだけど、ファイタークラスはそういう人もいなそう。

「やーい、ダブりダブりっ」

囃し立てるフロロにわたしは慌てて、

「あ、あんたなんてほんとは良いおっさんじゃないのよ!」

そういって黙らせる。それにしても今の話しで、ヘクターがサントリナ行きに楽しみな様子を見せない理由が、ほんの少しだけ分かった気がした。

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