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「どーした、そんな青い顔して?あんた色んな奴らに追われてるんだな」
フロロは軽口を叩きつつもダガーを抜いた。肌の色が違う、と思ったら顔色が悪かっただけらしい。しかし黒装束に身を固めて顔まで覆ってる連中に追われてるって……ちょっと尋常じゃないと思うんだけど。
クーウェニ族の青い顔と怪しい黒ずくめを交互に見ていると、リーダーらしき中央にいる男が口を開く。
「仲間じゃないなら用は無い。下がって貰おう」
そう言われて大人しく引っ込むか!とでも言い返したいが、こちらとしても確かに『用は無い』。元からクーウェニ族の男を取っ捕まえにきたのだから、制裁ならこの黒ずくめの連中に任してもいいのだ。が、明らかに普通じゃない男達の空気に、あっさり退くのも気が引ける。冒険者として、人としてどうなのか、という問題なのだ。
わたしとアルフレートは顔を見合わせる。彼の方も「どうしたもんか」という顔だ。この空気的にわたし達の方が外野なのは間違いなさそうだが。
「どうした?引かないというなら……」
そう言いながら背中から短剣を抜くリーダーに合わせ、男達は一斉に剣を抜く。躊躇の無い揃った動きに嫌な予感が湧いた。
「悪いがあんた達、どう見ても善人には見えないな」
ヘクターがそう言って苦笑すると、リーダーの男の唯一見せている目元がすうっと細まる。
わたしが瞬きしたのは、ほんのちょっとの間だったはずだ。キーン、という澄んだ鋼の音に反射的に顔が動く。ヘクターが短剣を持つ男の手を弾いていた。早過ぎる男の動きにひやりと背中が震える。
視界の隅に黒い影が動くのを感じ、切り付けられる自分を予想してしまった時だった。
「ウインドストーム」
低い呟きにマナが応える。辺りを暴風が吹き荒れ、男達どころかわたし達全員を巻き込んでいく。軽いフロロはもちろん、わたしも荒れ狂うシルフに吹き飛ばされた。あちこちから「うお!」だの「ぐはあ!」だのといった苦悶の叫びが聞こえる。
「くは!」
民家の壁に背中を打ち付け、息が止まる。骨が折れてるんじゃないかと思ってしまう痛みに悶絶していると、
「立て」
先程の呪文の主と同じ声が聞こえ、襟元を強引に引っ張られた。
痛みの為に意識が朦朧とする中、命令に自動的に体が動く。半ば引きずられるように走り、先程見た板打ちされた民家の壁を横目にする。転びそうになったところで意識がはっきりと戻ってきた。
「……あ、あ、あんたねぇええ!あんなやり方ないんじゃないのお!!」
「文句は後、後。早く走れ」
わたしの抗議にアルフレートは涼しい顔で走り続ける。フロロの、
「さすがにこのパーティーいる意味考えちゃうぜ」
というぼやきが聞こえた。
細い路地を縺れ合いながら駆け抜け、職業ギルドや商業施設が並ぶ広い通りに出ると最後尾を着ていたヘクターが声を上げる。
「大丈夫だ、もう追ってきてない」
それを聞くと一斉に立ち止まり、荒い息を整える為に肺に空気を送り続ける。足の裏がじんじんと痛い。汗が首筋、背中から吹き出る。
「アルフレート、ごめん。ありがとう」
額を拭いながら言うヘクターにアルフレートは首を振った。なんでお礼を、とわたしが文句を言おうとする前に、ヘクターが言葉を続ける。
「あいつら完全に『プロ』だ。躊躇無しに首狙ってきたな」
その言葉に体が一気に冷える。それって、最初の一撃を彼が万が一、流し損ねていたらぽーんって……。
最悪な想像をしてしまい、慌てて首を振る。
「だからってあれはねーよ。俺の軽さも考えてくれ。あいつらにも逆恨みされたらどうするよ」
フロロが眉間に皺寄せ言うと、アルフレートはもう一度首を振った。
「ごろつきとは違うんだ。ああいう連中は個人的な感情じゃ動かんさ。意味無い相手は追いかけもしない」
確かに足音からして始めからわたし達の方を追い掛ける気はなかったように思われる。彼らの暗殺者そのものの動きを見るに、足音も立てなそうだけど、現に追い掛けてきている様子は無かった。
「あ、クーウェニ族の方は?」
わたしははっとすると三人に尋ねる。
「俺達とは反対側に逃げてったぜ。立ち直りは一番早かったみたいだ」
フロロの答えに何となくほっとする。なぜかは分からないけど。
すっかり暗くなった町並みを見ながらヘクターが口を開く。
「……戻ろっか」
その申し出に深く頷くと、わたしは大きく息を吐いた。
「次、あいつを見掛けることあっても、近付かないようにしよう」
「始めからそうしてくれよ!」
フロロの文句に『あんたがそもそもの取っ掛かりを作ったんだろ』とも思ったが、汗だくの不快感から流すことにした。
その日の夜、全員での夕飯が終わった時だった。酒場兼飯処の入り口を出るとフロロがヴェラに声を掛ける。
「俺、ギルドに顔出しに行くけど、姉ちゃんどうすんの?」
「え!行きます行きます!」
元気よく即答したヴェラだったがなぜかふと考える顔になり、もじもじとし始める。
「何、行かないの?行っとく方がいいんじゃない?」
わたしが顔を覗き込むと「えーっと」とこちらを見返してくる。
「リジアさんも一緒に行きません?」
「はあ!?何で?」
「いや、面白そうじゃないですか。リジアさん好奇心旺盛ですし……」
意味が分からない。訝しげに見るわたしにヴェラは焦ったように言葉を重ねる。
「いい経験になりますよ!めったに出来る経験じゃないです!この機会にご一緒しましょう!……えと、フロロさんと二人じゃなんですし」
「あんた俺のことそんな風に見てたのかよ!」
フロロが呆れた声を上げた。ヴェラは更に慌てだす。
「いや!そんなんじゃないです!そんなんじゃないんですー!女の子一人じゃその、ね」
「……要するに初心者丸出しが一人じゃ馬鹿にされそうで不安だから、ついて来て欲しいってことね」
「はあ……」
わたしの指摘にようやくうなだれると頷いた。フロロの顔が既に「やめようかな」と語っている。
「でもいいの?」
わたしが聞くとフロロも頷く。
「別に部外者は立ち入り禁止ってわけじゃないよ。誰でも利用は可能、入り込めるならね、って所だから。あ、でもこれ以上は勘弁な」
後ろで様子を窺うメンバーをフロロは手を振って牽制した。わたしは首を傾げる。
「なんで?やっぱりあんまり大勢で行くのはまずいの?」
「いや、俺が恥ずかしい」
なるほど、学校に親と一緒に行く、みたいな感覚だろうか。
そんなやり取りの後、残りのメンバーには宿に帰ってもらい、わたしとヴェラはフロロの案内の元、盗賊ギルドへと向かうことになった。
『余計な行動は取らないこと!』とローザにうるさく言われたのは言うまでもない。
「ここ……?」
目の前の普通の民家を見てわたしは思わず尋ねる。
「普通のお家に見えますねえ」
ぽかんと口を開けるヴェラとわたしをフロロは面白そうに見ていた。そして通りを指差す。
「この並びにある家、全部が北向きに玄関口があるだろ?この家だけ南向き。そんで……」
次に向かいの並びの家々を指差していく。全てが普通の民家といった雰囲気だ。
「向かいは全部南向き、と。これなら出入りする人間は近所の一般人に見られない。こんなへんてこな立地をわざわざ作ったのか、はたまた偶々出来上がってたのかは知らないけどね」
「へええ、じゃあ他の町でもこういう所を探せばいいんですね!?」
ヴェラの元気な声にはわたしですら「違うだろ」と突っ込みたくなる。
「……他の町はまた別。その町によって酒場の裏だったり下水道の中だったり。よく考えてから発言してくれ」
疲れきったフロロの声に思わず「がんばれ!」と言いたくなった。ヴェラの顔には依然として『?』が浮かんでたりする。
さて入りますか、となると途端にわくわくしてきた。ヴェラの指摘はわたしの性格だけは当たっていたようだ。
狭いポーチを抜けて扉を開くと煙草の臭いがむわっと襲い掛かってくる。いかにも、な雰囲気だ。明かりも最低限しかないのか薄暗い。廊下を通り奥へ進む。左手に見える開きっぱなしのドアの前に熟練者風の男性が立っているが、特に挨拶するわけでもなくフロロは進んでいった。ギルドの仲間っていうともっと気さくな感じだと思っていたわたしは少し驚いてしまう。
男性の前を通りすぎる時、なんだか気まずいわたしはぺこりとお辞儀する。その様子が面白かったのか相手は目を大きくした後、「ふふ」と微笑んでいた。
ちょっとかっこよかったなー、などと考えていると目の前の光景に驚く。丸テーブルと数脚の椅子、カウンターと後ろに並ぶお酒の詰まった棚など、どう見ても酒場の雰囲気だ。髭の生えた軽鎧の男、ダガーを括り付けた太ももをあらわにしているスタイルのいい女性、モロロ族の姿もある。皆、露骨にこちらを見遣ったりはしないものの、横目で窺っているという空気は強く感じる。
「どーも」
フロロが話しかけたカウンターにいるおっさんは頬に大きな傷があり、煙草をくわえている。目つきの鋭さといい「まさに!」な外見に、わたしは妙に嬉しくなってきてしまった。