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「同族嫌悪ってやつじゃないか?」
夕焼けに染まるカンカレの町を前にアルフレートが口を開いた。宿屋の最上階から見ると坂の多い土地なのがよく分かる。遠目から見ても太陽の光を反射する海が綺麗だ。
「サラとアントンが似てるってこと?そうかなあ……」
未だにベッドから起きられない二人の名前を出してわたしは唸る。メンバーのまだ半分が寝ていて、半分はそのメンバーを待っている状態だ。アルフレートがテラスの柵に身を預けると指を立てる。
「気が強くて助言を受け入れられない。物事を全て『勝ち負け』で見ているからだ。そのくせすぐ自己嫌悪に陥るところなんかそっくりじゃないか。あの二人は似てるよ」
そう言われてみれば似てる、かなあ?気が強いのは確かだけど、アントンが自己嫌悪に陥るところなんて見た事ないけど。でもアルフレートから見た時、そういうところが窺えたってところかしら。
わたしは年上の仲間を改めてみると自分を指差した。
「ねえねえ、その鋭い観察眼でわたしの性格も見てみてよ。結構役立ちそう」
アルフレートは少し眉を上げた後、ふふんと笑う。
「お前は『人見知りするのか初対面の人間を、自分と合うかどうか、で見極めようとする。その反面、一度仲間だと思った相手のトラブルには動揺が激しい』今回みたいな、な」
「う……うぬぅ」
「好き嫌いがはっきりしているからか一度『無理』と思うとすぐ投げる。飽きっぽいと思いきや真逆だ。執着する物事に対しては異常な程のめり込む。オタク体質ってやつだな」
「ぐ……」
「まだ言うか?」
「い、いや結構です」
手で遮るわたしにアルフレートは「残念」と肩を竦めた。恐ろしい、流石百年の時を越えるエルフ。
「でもさー……、何て言ってあげていいのか分からなかったよ、わたしには」
わたしは柵に両腕を乗せ頬杖をつくと街並みを眺めながら呟いた。
「『どうしても駄目』って人がいるって感覚、わたしにも分かるもん。それなのに『そんな事言わないで』とも言えないし、『分かるー、嫌な奴っているよねー』って同意するのもちょっと違うと思うし。だってサラは何とかしたいと思ってるからこそ、話してくれたんだと思うのね。それを具体的な案も出さずに同意だけで終らせたくなかったっていうか……」
「めんどくさい奴だな。良い人振りたいだけじゃないか」
アルフレートの言葉が頭に突き刺さる。確かにそうかもしれない、と思うと反論出来ない。
「……その点、やっぱローザちゃんはすごいよ。アントンのことも、サラのことも否定しないでアドバイスしてたもん。わたしもサラが皆に正直に言うのも、抜けるのもマズいと思う。デイビス達、ボロボロになっちゃうと思うよ」
戦力的に、ではない。彼らの中で確実に揉めるだろう。揉めた時に他のメンバーがアントンのことをどう思うのか。更に言えば揉める理由が『嫌いだから』なんてものなのだ。それを考えるとサラのことだって彼らはどう思うのか。その後、彼らは健全なパーティーを組めるのか。
「青春のヘドロみたいな匂いがプンプンするじゃないか」
何がおかしいのかアルフレートは高らかに笑っている。うちが揉めないのはこういうのがいるからかもしれない……。そんなことを考えていた時だった。
「んんー?」
宿の前の通りに繋がる細い路地に目を引く姿が見える。ここからだと小さな粒だが、一見して分かる異種族の姿。
「んんんんー!?」
意味は無いが身を乗り出してその姿を凝視する。あれって……、あのクーウェニ族の男じゃない!?
「あいつだなあ。やっぱりこの町に来てたか」
「やっぱり!?正直言ってクーウェニ族って皆同じに見えるんだけど、あいつって本当に『アイツ』!?」
指差しながら捲し立てるわたしの頭をアルフレートが押さえてくる。目を細めて対象をじっと見た後、にやっと笑った。
「あの謎の荷物もある。間違いなく『アイツ』だな。元気に商売もしてるみたいだ」
「商売……?」
聞き返してからはっとする。スリだ。さっきから不自然にすれ違う人とぶつかっているのだ。思わず頭に血がのぼる。
「ちょっと!捕まえに行こう!全然反省してないじゃないの!」
腕を引っ張るわたしをアルフレートは嫌な顔で見ると、短く息をついた。
「……フロロを起こして来い。下に降りるまでに何処行ってるかわからんからな」
仕方ない、といった様子が引っ掛かるがわたしは大きく頷いた。
「とってもどうでもいいです」と言い放つフロロの首根っこを掴み、わたし達は宿を出る。
「フロロ、こっちでいいのか?」
ヘクターがやる気ゼロの盗賊に尋ねた。何故、彼がいるのかというとクーウェニ族の男に「会ってみたい」と言って一緒に行くことになったからだ。ちょっと何考えてるか分かんないが、単純に興味を持ったという。
暫く恨みがましい顔で空を睨んでいたフロロだが、耳に手を当て考え込むようにじっとしている。そして脇に逸れる細い道を指差した。
「こっちの方向っぽいな」
「アイツの声が聞こえるの!?」
町の音全てを拾い、判別しているかのようなフロロの答えにわたしは声が大きくなる。今歩いている通りも普通の町人の声で溢れかえっているというのに、それに遮られていたりしないのだろうか。
「アイツ、歩き方に特徴あるからなあ。爪先をわざと引きずるみたいな……。あとクーウェニ族って独り言うるさいじゃん」
フロロの講釈にわたしはあのクーウェニ族の男がずっと漏らしていた低いうめき声を思い出す。そういえばあの種族は皆ぶつくさうるさいな。その様子がまた柄が悪く見える原因なんだよね。だからといってそれを聞き分けるなんて芸当、人間には不可能だけど。
「行くぞ、早いとこ終わらせたい」
アルフレートがフロロの示した道をさっさと歩いていくのを見て、わたし達も慌てて後に続く。
「で、捕まえてどうすんのさ?」
欠伸しながら尋ねるフロロにわたしは答える。
「決まってるでしょー?スリの現場見てるんだから警備隊に突き出すか、『あんたの仲間』の所に連れてくのよ」
「盗賊ギルドか、勇ましいね」
アルフレートの苦笑混じりの声が聞こえた。
首都でフロロが言っていたように、あの男は盗賊ギルドのお尋ね者なのだ。わたしがギルドに協力するのは少し不本意なんだけど、まあ仕方ない。
「めんどくさ。あんな小者、わざわざ知らない町で追いかける程の労力使う相手じゃないぜ」
寝足りないらしく不機嫌なフロロの背中をわたしは叩いた。
「あんまり文句ばっか言ってると、そのギルドに非協力的な態度をチクってやってもいいのよ?」
「恐ろしいこと言う女だな、おい……」
そう言うとフロロは苦虫を噛み潰したような顔になった。
フロロの指示に従い、二、三度細い道を曲がった時だった。両脇にある民家と思える建物、その外壁に木の板が地面と平行してずらっと貼り付けてあるのに気がついた。
「これ何だろうね?二軒とも同じ位置に打ち付けてるし……あ、奥の家もだ」
道に続く家全てが同じように木の板を貼り付けてられている。それを指差すわたしにヘクターが答えた。
「船を運ぶ時に船体と壁、両方を傷つけないように、らしいよ。昔は小船なんかは家に持ち帰る人もいたんだってさ」
「家に?わざわざ!?なんで?」
思わず矢継ぎ早に質問するが、ヘクターは「そこまでは……」と首をひねる。へえ、でも面白い話だな。
お得意の妄想の世界に入りそうになるわたしのズボンをフロロが引っ張る。ん?と見ると前方を親指で指している。先に目をやるとあのクーウェニ族がぼんやりと立ち尽くしているではないか。
「いたあ!……ちょっとあんたねえええ!見てたわよー!?」
目の前に駆け寄り、人差し指を突き出すわたしを見る男の顔は予想した反応が無く、ぼーっとしているように見える。その、もうちょっと慌てふためくのが見られると思ってたんだけどな。もしかして人違い?心なしか肌の色も違うような気がしないでもない。と不安になってきた時、
「あ、あんたらか……」
呻くように言う男の声には力が無い。ようやく彼の様子に違和感を覚える。そして男は続けた。
「よっぽど運が無いんだな、あんたら……」
はあ?と聞き返そうとするわたしの後ろから声が掛かる。
「仲間か?」
聞き覚えの無い声に慌てて振り返ると、既に剣を抜いた状態のヘクターにぎょっとする。その彼が向く方向に黒ずくめの怪しい姿が数人立っているではないか。
「い、いやその仲間っていうか、その……」
「違うわよ!」
言い淀みを見せるクーウェニ族の男の声を遮り、わたしは全力で否定させてもらった。