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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
二章 サントリナへ
21/98

2

国境を越えると、そこは異世界だった。

「ふぉおおおお!まさに!外国!」

寝不足からハイになっているわたしはカンカレの町を前に叫び声を上げる。後ろからローザに、

「やめてよ、恥ずかしい」

と窘められるがきょろきょろと顔を動かし続けてしまう。朝早い時間だというのにこの町は動き始めていた。

町の入り口から市場の列が伸びていて、色とりどりの野菜、果物、鮮魚、加工済みの食品の屋台が並んでいる。匂いからして海鮮物が多そうだ。南の方は港に繋がっている町だもの、当たり前なのだろう。

氷をざくざくと割る音を聞きながら市場を歩いていると、

「早く宿、宿探してくれ」

後ろから恨めしい低音の声が聞こえてくる。振り返ると薄ら開いた瞼の下から睨みを利かせるアルフレートがのそのそと歩いていた。

「ええ?お腹空いたよ。何か食べさせてよ」

わたしの反抗にアルフレートの肩がぴくりと揺れる。暫くわたしを睨んだ後、すっと上空を指差した。

「あのでかい看板の宿に行く。お前達は勝手に食べてきてくれ」

言われた通り、指差された方向には周りの建物からひょっこり顔を出している宿屋の看板がある。なかなかシュールな絵柄で魚のイラストが描いてあったりして宿の質が気にかかるが、アルフレートの様子を見るとあまり否定を続ける気にもなれなかった。

「わかった。でもアルフレートは食べなくて平気なの?」

返ってくる答えを半ば分かりつつ尋ねると、案の定黙って足を宿に向けながらひらひらと手を振られる。大分お疲れのようだ。馬に乗って疾走、なんてアルフレートにしちゃ過酷な運動だったのかもしれない。

「全く、オンオフのスイッチの激しいやつねえ」

隣りでローザが溜息混じりに呟いた。

「で、俺らは何食うよ?」

デイビスが皆を見回す。眠気から思考が回っていなそうな皆の顔を見て、わたしはぱっと手を挙げた。

「魚!やっぱりこんな町だもん、魚でしょ」

我ながら真っ当な意見だと思ったのだが、すぐに別の意見が出る。

「俺、肉がいい〜」

フロロだ。彼の方は元気が余っているようで、びしりと手を挙げる。猫のくせに魚より肉とな、と思っているとデイビスが頷く。

「俺も肉の方がいいな」

「私は魚がいい」

わたしの横からセリスが顔を出し、手を挙げる。「私も……」と遠慮がちにヴェラの声が聞こえた。

「こんだけの人数だもの、二手に別れて丁度良いんじゃない?あたしも魚がいいかな」

ローザが一軒の店に目線を送りながら意見する。壁一面に原色カラーで海を描いた派手なお店だ。確かに気になる。

「俺も肉だな」

そうアントンが言ったところでデイビスがヘクターの肩に腕を回す。

「ここは空気読んで、お前も肉だよな!」

そこは逆じゃないのか?と言いたくなるが、なるほど、男女別ということか。それを聞いたからなのかサラが一段と明るい声を上げる。

「あら、それいいかもね。どうせ宿の部屋もこういう別れ方なんだし。同じ部屋のメンバーで行動した方が良いと思う」

「そうねえ、やっぱりここは女の子同士がいいわあ」

ローザも加わり『プリースト組』がきゃっきゃとはしゃぎ出した。まあ、わたしは何でもいいけど。お腹の空き具合からして今ならアントンと二人、ってコースでもどうでも良い気分だ。……やっぱ嫌かな。

そんな中、イリヤがぽつりと呟く。

「俺は魚がいいな……」

「お前ほんっっっと!糞な奴だよなあ!!」

目を吊り上げたアントンがイリヤの頭を殴りつける。殴ることはないと思うが、確かに今のは空気読めないどころじゃないわ。

「イルヴァは何でもいいけど、リジアと一緒がいいですう〜」

そう声を弾ませるイルヴァに腕を取られ、わたし達は二手に分かれることになった。



「派手ねえ……」

水色の店内を見渡し、ローザがほう、と息をつく。先程ローザが見ていた海の絵の店は中身も負けない程派手だった。テーブルや椅子も含めた内装は水色一色で、壁には貝殻が埋め込まれている。天井からは色んな種類の魚の張りぼてがあちこちぶら下がっていて、見ていて面白い。

「でも可愛いよ」

わたしは案内されたテーブルの上で揺れているハリセンボンの丸い姿を指して笑った。

「……落ちてきませんよね」

ヴェラの問いには全員が「うっ」と詰まる。どこまでネガティブな娘なの……?

「やっぱり前にヘクターから聞いてた通り、ローラスより賑やかで派手な町だね」

水を飲みつつわたしが言うとセリスが身を乗り出した。

「なになに、やっぱりそういうこと語り合ったりする仲なの?良い雰囲気の中で『ボクの生まれた国はね……』とか言ったりして!」

一人で盛り上がり出すセリスをわたしは慌てて注意する。

「ややややめてよ、何言ってんだか!同じパーティーなんだからそのくらい話すでしょ」

キョトンとした顔のイルヴァを横目に嫌な汗が吹き出てしまった。

「もーつまんないなあ、エロい話しとは言わないけど、こんぐらいいいじゃん」

「ほら、セリス、いいからメニュー決めてよ」

頬を膨らますセリスにサラがメニューを押し付けたことで、わたしはほっとする。まったく、席につくなりする話しじゃないっていうの。

『量が多い、少ない』の議論で揉めたものの、店員さんに無事注文を済ませる。全員がふう、と息つき足を伸ばした時だった。

「……で、何か相談があるんじゃないの?」

ローザが淡々と言った台詞にわたしは顔を上げる。え?何?誰?わたし?いや違うな、ローザちゃんの目線の先は……サラだ。

わたしはどきりとする。サラが相談って、その、まさかね。

「さっすが神官様、よく分かるわねえ」

感心するセリスにローザは手を振った。

「この前からの様子に、さっきの空気見てれば誰でも分かるわよ。女だけで話したかったんじゃないの?」

妙に大人びたローザの雰囲気にわたしとイルヴァ、ヴェラは顔を見合わせる。あら?わたしもこっちの『空気読めない組』だったのか。あらやだ、ショック。

そんな焦りから目を泳がせるわたしだったが、サラがふ、と視線を落として重いため息をつくのを見て、再び鼓動が早くなる。暫くの間続く沈黙に、話しを聞きたいような聞きたくないような不安が立ち込めた。そんな中、サラの小さな声がテーブルに落とされる。

「……アントンのことなんだけど」

ばく!と一際大きく心臓が跳ねる。まさかのまさか、いややっぱりこの話題が出てきたか。連日のサラの目線、けだるい雰囲気。空気読めない組に入りそうになったわたしだが、それには気がついていたもの。隣りで『真・空気読めない組』の二人が目をぱちぱちさせるのが分かった。

緊張から水に手を伸ばす。ローザも思うことがあるのか、眉間に薄い皺を作りつつ口に水を運んでいた。

「私、アントンのこと……」

サラの可愛い声に全員の喉が鳴る。頭の中に鮮やかな緑色の髪の彼が浮かんでいた。

「私アントンのこと嫌いなのよねえ……」

ぶは!とわたしとローザが吹き出した水がテーブルに散り、ヴェラが「汚い!」と悲鳴を上げる。セリスが一人達観した顔つきでサラを眺めていた。



重苦しい雰囲気の中、イルヴァの食べっぷりを見ていると「ここまでマイペースなのは羨ましい」と素直に思う。魚のスープを飲んでいても何だか味が分からない。

「あの怒りんぼ君のことだとは思ってたけど……まさかそっちとはね。いや、まあ、サラの性格考えれば自然なんだけど」

ローザもぶつぶつ言いながら魚介たっぷりサラダを口に運んでいる。その向かいに座るサラが大きく息を吐いた。暗い表情には自責の念が強いように感じる。

「こういう気持ちが良くないっていうのは分かってるの。だって大体のパーティーが卒業してからもずっと一緒にいるわけでしょう?きっと……まだ分かんないけど、私達もそうなると思うし」

サラのぽつりぽつりと繋ぐ言葉にセリスが頭を掻いた。確かにわたし達だって卒業後のことまで決まってないけど、決まってないからこそ決定的な何かがあるわけでもないグループはそのまま一緒にいることが多いんじゃないだろうか。上昇志向の強い人達はスカウトと離脱を繰り返す、って聞いたことはあるけど、普通は縁あって一緒になった仲間だもの。冒険を辞めるまで一緒にいるパーティーが大体だと思う。

「で、でもわたしだってあの緑頭のこと『ぐわー!』ってムカつく時あるよ?そういうのは当たり前なんじゃないかな。少しずつお互い改善していけばベストだと思うし」

わたしが言うもサラは首を振る。

「私もね、セリスが変なこと言い出したりとかヴェラのおっちょこちょいが直らない時とか、イリヤの引っ込み思案な所とかデイビスが大雑把過ぎる所とかイライラしたりするよ?でも、何て言うか『修復出来ない溝』を感じちゃうのよね、自分の中に」

サラのアントンの名前を出さない言い方には、彼女の遠慮と気まずさを感じる。が、アントンへの距離感が一層強く感じられた。

「それで、嫌いってことになるわけですか……」

ヴェラが呻くように呟いた。何だか泣きそうな顔に見える。きっとショックだったんだろうな。

考えてみればわたしは仲間の事を好き嫌いで見てなかったかもしれない。いや、きっと『好き』が前提にあったんだろうな。ローザちゃんのこともイルヴァのことも、アルフレートやフロロだって好きです!って胸張って言えるもの。そんなこと考えたことも無かったから、変な感じだけれども。

でももし、わたし達の仲間になったのがヘクターじゃなかったらどうだっただろう。すっごく嫌な奴でローザちゃんをいじめたりとか、皆を見下したりする奴だったとしたら。「あいつ嫌な奴じゃね?」って仲間に伝えるもの気まずいし、その後の不調和とか考えちゃうよね。かといって毒は溜っていくばっかりになるし。そう考えると今の自分の恵まれた環境でサラに何言ってあげたらいいのか分からない。ふとアントンとヘクターがもし逆のパーティーにいたら、と考えて首を振る。何か、変だ。気持ち悪い。わたし達の中にいるアントンも変だし、サラ達と一緒にいるヘクターも変。

「リジア、耳から煙出てるわよ」

「うそ!」

ローザからの注意に慌てて耳を塞ぐ。いや、出てるわけないじゃないか……。

「出そうな顔してた、ってこと。……ねえサラ、もうちょっと頑張ってみたら?」

ローザはサラに向き直ると彼女の手を取った。

「あたし達で良ければいくらでも愚痴は聞いてあげる。でも同じメンバーの男の子に話すのはもうちょっと後にしよう、ね?きっと……見えない黒い空気が舞ってきちゃうわ。貴方がパーティーを抜けるもの同じことよ。理由は分かるわね?」

ローザの言葉にサラは一つ一つ頷いていく。セリスがその様子をじっと黙って見ている。敢えて黙っている、というように見えた。

「アントンのすぐ怒りだしたり、皆の輪を考えない所が信じられないの。でも、私……そういう風に考える自分が一番嫌なんだ。ずっと一緒にいる仲間のことを、平気で否定出来る自分が世界で一番嫌な奴だと思う」

言い終えた後、サラの目を瞑った顔が痛々しい。でもこれが彼女の本当に言いたいことだというのが分かった。

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