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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
一章 少年は仮面を被る
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2

翌日、わたしは朝から図書室にいた。わたしが受ける授業は無いけれど今日は久々にミーナがわたしの授業を聞きにくる。何か分かり易い教材はないかなーと探しに来たのだ。始めはどうなるものか、といったミーナへの個人授業だったがこういう資料集めにしてもわたしの話しを聞いたミーナの反応も面白い。

なんだ、わたしって教員の仕事も向いてるんじゃないの?

と自惚れそうになるが魔法の手本の度に冷や汗かく教官なんて嫌だよな、と思い直す。

「冷や汗かくのは生徒の方かもしれないしね……」

そんな独り言を呟いた時、図書室の入り口から何か視線を感じた。扉の曇りガラスになっている部分にちらちら揺れる影は中の様子を窺っているように見える。あの位置に頭が覗くってことは男の人だ。黒髪ということはロレンツか?とも思うが彼なら真っ直ぐ入ってくるだろう。わたしは持っていた本を机に置くと扉に向かう。ゆっくり、そーっと扉を開いていくと金色の瞳を目が合った。

「うわ!びっくりした!」

向こう側も全く同じ行動をしていたらしく真っ直ぐ顔を合わせてしまい、わたしは思わず飛び退く。開いた扉の先ではその目を合わせた人物が派手にひっくり返っている。

「い、イリヤじゃない!ちょっとしっかりしてよ!」

わたしは倒れたまま動かないイリヤに慌てて手を伸ばし、体を起こさせた。

「……びっくりして心臓が止まるかと……いや止まっててもおかしくない」

「何言ってんのよ!今しゃべってるんだから生きてるわよ!」

わたしがそう言うとイリヤははっと顔を上げ、辺りをきょろきょろと見回し始める。

「大丈夫、わたし以外いないわよ」

その言葉に安心したらしく大きく息を吐いた。こんだけ人見知りが激しいから普段学園で見掛けないんだろうな。

「馴れないことなんてしなきゃ良かったよ……」

彼のぼやきにわたしは首を傾げる。で、なんでその馴れないことをしたんだ?そう聞く前にイリヤはわたしの顔を見て言い難そうに口を開いた。

「ちょっと相談したいことがあるんだけど……」

その申し出にわたしは少し驚きつつも頷いてみせる。

「相談?わたしになんて珍しい。なんでまた?」

「ファイタークラスに行くのはちょっと問題があって……」

イリヤはそう答えると眉間に皺寄せる。わたしの頭になぜか緑頭の男の顔がちらつき始めた。



「サントリナ王室から手紙か何か来なかった?」

図書室の机に向かい合わせに座るなりイリヤが尋ねてきた問いに、わたしは目をぱちぱちさせる。

「そうそう、来たわよ。……もしかしてイリヤ達の所にも?」

「やっぱり?」

イリヤは嫌そうに顔をしかめた。

「俺達の所にも学園経由で着たんだ。王子のお母さんの誕生日パーティーに来てくれって招待と、それに纏わる依頼の話し」

そういえば王子とレオンの関係を取り持つ事が出来たのはイリヤのお陰なんだから、彼らにも招待が着ていてもおかしくないんだった。しかしなんで嫌そう?と突っ込みたかったが、とりあえず話しを聞くことにする。

「依頼って……やっぱりバレットさんの所に行くの?」

わたしが尋ねると今度はイリヤが目をぱちぱちと瞬く。何の話し?といった様子だ。

「俺達の所には『レオンを連れて来れないか』って話しだったよ?シェイルノースまで彼を迎えに行ってから王宮に来てくれないか、って」

「レオンを……」

わたしは思わず続く言葉を失ってしまった。シェイルノースに住む少年レオン。彼の輝く金髪と常につんとした表情、未だ卵の殻に籠ったままのような空気を思い出す。

「両親に会わせたいってことなのかなあ」

イリヤの言い方は『どうするべきか』をわたしに聞いているような感じだった。生まれてすぐに両親である国王夫妻から離され孤児院で育った彼には、今は慕う両親が別にいるのだ。少し考えてからわたしは口を開く。

「レオンに聞いてみたらどうかな。あくまで決定権は彼にある、っていう風にするのが一番良いと思う」

サントリナの国王夫妻が望んだ事なのかどうかは知らない。が、やっぱりレオン本人の希望に任せるのが一番良い気がしたのだ。イリヤの穏やかな笑みを見るに彼も賛成のようだった。

「で、それが相談したいことだったの?」

わたしが聞くとイリヤは少し困った顔に変わった後、首を振る。

「実はアントンが……」

「またあいつね!」

「まだ何も言ってないよ……」

思わず立ち上がるわたしにイリヤは座るよう手を振った。

「昨日、手紙を教官から貰った時点で皆は君らにも着てるはずだから相談しよう、って話してたんだけどアントンが『そんなわけない』って聞かなくてさ。俺はメインに関わったのはリジア達の方なんだから着てるはずだって言ったんだ。でもアントン曰く『俺達の方が優秀そうだから招待がきたんだろ』とかめちゃくちゃで」

わたしが眉を上げる仕草を見たのかイリヤは「アントンが言ったんだよ?」と慌てる。しかし失礼な奴だ。そこまでわたし達を毛嫌いすることないんじゃないの!?と、ここでふと思う。

「アントンも分かってるんじゃない?ただわたし達とまた関わることになるのが嫌なんじゃないのかな」

わたしの言葉にイリヤは意外そうに目を大きくした。

「なるほどね、確かにそうかもなあ……。ただ一人でも騒ぐ奴がいると君らにも迷惑掛かるだろうから、どうしたらいいかわからなくて」

「こっちの事は気にしなくていいよ。冷めた連中ばっかりだから」

わたしは答えつつ違和感を覚える。何だろう、パーティー内できちんと話し合いしないのかな。

「アントンが騒ぐのが嫌ならサラとかセリスと話し合ってみれば?もちろんアントンだってメンバーの一員なんだから、彼の意見も尊重するべきかもしれないけど……一人に振り回される、っていうのは良くないと思うよ?」

わたしの言うことにイリヤは深く頷きながら聞き入っていた。その様子がまた、わたしには不思議なものに見えてしまった。わたしは自分の気持ちに戸惑いつつもイリヤに話しかける。

「ねえ、もしよかったらでいいんだけど……」

わたしの申し出にイリヤは目を大きくした後、頷いた。



「へー、今度はお城に行くのね!羨ましいなあ」

ローザ宅の司書室、わたしの話しを聞いてミーナが感嘆の息をついた。アントンがどうのこうのはいまいち飲み込めない様子だったが、サントリナの王室からの招待というのには飛びついてきたのだ。そういう反応を見るとわたしもわくわくした気持ちがようやく沸いて来る。

「まだ分からないけどね……、その王子からの依頼を受けるべきか教官達の許可貰ってないし」

わたしはそう答えた後、ミーナの顔を見る。レオンの事についてどう思うか、彼女の意見も聞いてみようか。本当の両親に会ってみたいものなのかどうか。何しろ彼女達の境遇はよく似ている。

「何?」

ミーナの無邪気な顔にその気持ちは消え失せる。今そんな質問をぶつけるのは変に動揺させるだけかもしれないのだ。

「ううん、何でも……じゃあ今日の授業を始めますか!」

わたしは気持ちを切り替えるとテーブルの上の資料を整えた。

「今日は白魔術、黒魔術についてよ」

「はい!」

ミーナは張り切った返事を部屋に響かせると右手に持ったペンに力を入れる。気合い入ってるなあ、と感心しつつどう話しに入るか迷う。これからも彼女に魔術に対して関心を持って貰うために自分の話しが重要になるのだ。

「難しい理論なんかは学園に入ってから先生達に習ってもらうとして、この二つの魔法がどういう性質なのかを感覚的に掴んでもらうとしましょう」

わたしはそう言うとふう、と息をつく。そしてミーナの顔を真っ直ぐ見た。

「わたしは、ミーナが、好きよ。……はい、どう思った?」

ゆっくりと口にしたわたしの言葉にミーナは暫しぽかんとする。

「……えーっと、嬉しかった」

「そう、その感覚が白魔術の基本よ。今度は逆に、わたしは、ミーナが、嫌いよ」

今度はあえて語尾を強めて伝える。ミーナは戸惑いながら、

「うーん、悲しかった」

わたしの意図を読み取ったのかすぐに答える。よしよし、空気読むの上手いぞ。

「今のが黒魔術の基本ね。要するにプラス方向に働くのが白魔術で反対にマイナスに働くのが黒魔術。実は原理は同じものを動く力の性質で分けてるだけってこと」

「なるほどー」

ミーナが可愛いノートにペンを走らせるのを暫し見守った後、わたしはもう一つの説明に入る。

「で、なんで今みたいな『台詞』をぶつけるやり方をしかのか、っていうと『言霊』って聞いたことある?」

「言葉だけなら……。小説に出てきた気がする」

「うん、その意味は『全ての言葉には力が有る』ってこと」

ミーナの手が止まる。興味をそそられたらしい。

「さっきみたいな『好き』『嫌い』を相手に伝えるだけでも相手の精神にはプラスに働いたりマイナスに働いたりするわけでしょ?実はこれは白魔術黒魔術に限った話しじゃなく、全ての魔法はこの理論から成ってるのよ。呪文を唱えると何かしらの力が動く。それを魔術師が行使するのが魔法ね」

「なるほどねー!」

ミーナはにこにことノートに書き込んでいった。上手い説明が出来たようでわたしも満足する。が、ミーナが何か考えるように天井を見た後「はい!」と手を挙げた事に身構える。ややこしい質問は勘弁、と思ってしまうのはしょうがない。

「一個気になってたんだけど、黒魔術でも火を飛ばす魔法があったりするわけでしょ?そういうものと精霊魔法の違いは何?」

「良い質問ね。大雑把に言えば『行使する際の力の流れ』の違いね」

わたしは自分の前の白い紙に文字を書き込みながら説明を続ける。

「例えば精霊魔法の『ファイアボルト』なら精霊語を唱えることで火の精霊サラマンダーに『相手に火の玉ぶつけてやってちょうだい』ってお願いするわけ。そうすることで行使する魔法。で、黒魔術の『ファイアーボール』になると唱えた呪文に空気中のマナが反応して火の玉が出来て、それを爆発させる、と。さっきの話しにあった言葉に力があるってことの証明でもあるわね。もちろんこの魔法にも火の精霊の力は働いてるわよ」

わたしの説明にミーナは「うーん」と唸りながらノートに書き込みを続ける。ちょっと難しかったようだ。少し迷うが半分独り言のノリで話しを続けることにする。

「古代語魔法と白、黒魔術の違いは唱える際の言語でしかなかったりするしね……。マナが反応する言葉の形体を見つけて使うのは同じ。その呪文が出来た時代が古代文明期なのか、現代なのかの違いってわけ」

更に言えば現代の共通語で古代呪文の形式を試しても呪文は発動しなかったり、かと思えば共通語以外の地方言語で同じ意味合いの黒魔術を唱えてもキチンと発動したりと色々研究段階の話しはいっぱいある。が、湯気が出ていそうなミーナの様子を見て、この話しはまた今度、とわたしは苦笑した。

ちょうどいいタイミングで部屋の扉がノックされる。

「……お茶にしない?サラとイリヤも来たことだし」

扉から顔を覗かせたローザは心なしか戸惑ったような表情でわたしとミーナを呼び寄せた。

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