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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
二章 サントリナへ
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4

暫くわたし達の顔を見て呆然としていたクーウェニ族の男は、目の前の光景をゆっくりと咀嚼したかのように口を動かした後、目を細める。

「一体どっから湧いてきた?」

今度の問いはわたし達に対する尋問だ。空いていた右手が腰のショートソードに伸びる。喉を鳴らすわたしの横でフロロがゆっくりとフローラちゃんをポケットに運ぶのが分かった。

「お前らレイグーンにいた冒険者だよな?モロロ族のお前が馬車に紛れ込んでたのには驚いたが、まさかもう一人も一緒だったとはなあ。……今のテレポートみたいな術、何だよ」

男はにたにたと笑うとゆっくりと近付いてくる。闇の中に浮かぶ魔晶石の光にオレンジ色の肌が照らされる様子は不気味で怖い。視線を逸らす事無くわたし達を見ながら、男は顎と思われる部分を撫でる。

「こんなひよっこのくせに良いお宝持ってるみたいだな。ほれ、出してみろよ。俺が良い値段で買ってやる」

『良い』をやたら強調した言い方にわたしは顔をしかめた。どうやらテレポート系の魔導具を持ってると勘違いしてるみたいだけど、こんな言い方してタダ同然で奪っていくつもりだと簡単に想像出来る。しかしフローラちゃんを差し出す訳にいかないし、どうしたもんか……。

洞穴の入り口に仁王立ちされる形を取られては逃げ場が奥に行くしかない。でも奥に逃げたところで行き止まりだろうし、何か注意を引いて隙を作れないだろうか。あれこれ考えるわたしの隣りでフロロが鼻を鳴らした。

「ケチなコソ泥が偉そうな口利くな!お前のその背中の荷物、見覚えあるぞー」

フロロの言いようにわたしはびくりと肩を揺らし、クーウェニ族の男も同じように驚きの目でフロロを見る。そして舌打ちする男からは笑顔が消え失せていた。フロロは尚も続ける。

「馬車にあったよな?その革袋……。乗り込む前、お前はそんな荷物持ってなかったぞ。夜中に一人でこんな所にいるのも怪しいなあ」

男のたすき掛けする袋を指差してフロロはにやーっと笑い、相手を挑発するがわたしには焦りしか湧いてこない。何か故買屋グループの荷物からこいつが失敬した話しらしいけど、今それを追及するのってどうなの……?

案の定、男は顔を歪ませてわたし達を睨むと、とうとう剣を引き抜いた。怒声のような喚く声が洞穴に響き渡る。クーウェニ族の声は皆、しゃがれていて怒鳴ると迫力満載だ。

「やっぱりお前らモロロ族はチョロチョロと目障りな奴らだ!ちびのくせに何処でも偉そうにデカイ顔しやがって、汚ねえ鼠どもが!」

「猫でちゅう」

フロロのおどけた声に男が震えだす。その怒りようにわたしは青ざめると同時に、フロロの理解出来ない行動を恨みに思ってしまった。何でわざわざ煽る必要があったのよ!

「ちょっとフロロ……」

わたしが隣りの仲間を諌めようとした時、男が腕を振り上げる。咄嗟に目を閉じたわたしに威圧感たっぷりの声が聞こえてきた。

「剣を置け」

クーウェニ族の声では無い。そして目の前の男の動きが止まるのが気配で分かる。恐る恐る目を開けていくとクーウェニ族の男の後ろ、ぼんやりと浮かび上がるシルエットは馬に乗った男性の姿。しかし声といい耳の飛び出たシルエットといい、誰なのかがすぐに理解出来た。

「に、似合わねー……」

フロロが月明かりに照らされる騎乗の相手に呻いた。わたしも同感である。白い大きな馬に乗った相手はアルフレートだったのだ。

「もう一度言う、剣を置け。三度目は無いぞ。言う前にお前を撃ち抜く」

アルフレートの淡々とした声にクーウェニ族の男はそっと首だけを動かし振り返る。そしてアルフレートの手元に光る魔法の矢を見たのかびくりと小さく飛び上がった。

「分かってると思うがこっちに躊躇は無いぞ。あるとすればお前の頭を狙うか腹を狙うか、だ」

それを聞いて男は慌てたようにショートソードを放り投げる。嫌な奴だけど正しい状況判断は出来るようだ。アルフレートの静かな声は仲間のピンチに怒り、というよりはひたすら面倒くさそうではあった。ほう、と息つきアルフレートに駆け寄るフロロとわたしを見て白い馬に乗ったエルフは嫌そうに顔をしかめた。

「よりによってちびすけ二人でいなくなるとはね」

「喜びの再会に第一声がソレ?……皆は?」

わたしが尋ねるとアルフレートは首を振る。

「私だけ先に来た。まだ大分後ろにいるだろうな」

アルフレートだけ早馬に乗ってきたということか。残る馬一頭なら馬車を引くだけで精一杯なのかもしれない。フローラちゃんもこっちにいるのだから大多数が徒歩なのかも。

「こっちだってなんでよりによってアルなんだ、って思ってるけどな」

不貞腐れるフロロにアルフレートは肩を竦めた。

「しょうがないだろ、馬に乗れるのが私だけだったんだから。……学園で馬の乗り方ぐらい教えるべきだろ」

ぶつぶつ言う彼の姿はもう一度言うが全く似合ってない。

「……あ、あのー」

クーウェニ族のしゃがれ声がする。振り返るとおずおずとこちらを窺う姿がある。

「あ、まだいたんだ」

思わず出たわたしの言葉に男はがっくりと肩を落とした。

馬を降りるとアルフレートはわざとらしく溜息をつく。

「しかしフロロも交渉の仕方がなってないな。やり手シーフを気取るなら逆上しやすい相手にもスマートな交渉をだな……」

「だって俺、アルが来てんの分かってたし」

「ああ、フロロ耳良いもんね。良いなあ、わたしだけ無駄に焦って馬鹿みたいじゃん」

クーウェニ族を囲みつつ内輪話しを止めないわたし達を、男はもう一度回し見る。

「あ、あのう、行ってもいいすかね」

「駄目に決まってるだろ」

ぴしゃりと言い放つフロロに、さっきの勢いは何処へやら男は土下座せんばかりに頭を下げた。

「すいません!出来心だったんです!そこの嬢ちゃんから財布ちょうだい出来なかったんで、ついむしゃくしゃして金目の物漁ってまして!」

「さりげなく人の責任織り交ぜんな!……で、わたし達の跡追ってフローラちゃんを捕まえたってわけね?」

わたしが思いきり見下し目線で睨むと、もう一度「へへー!」と頭を下げる。が、

「フローラちゃん?」

男の疑問顔にわたしははっとする。そうか、名前じゃ伝わらないのか。めんどくさい。

「あのイグアナよ!ええっと、すぐに気が付いて追いかけたから良かったけど、そうでなかったら今頃あの故買屋達に売り捌かれてたんでしょうが」

フローラちゃんの中にいたんです、なんて言うと話しがややこしいばかりか、この男にフローラちゃんが何なのかを教えることになる。適当に誤魔化したわたしの言葉にまた男は「すいません!」と頭を地面に擦り付けた。

「まあ何とかなったからいいや。それよりお前の持ってる荷物、あいつらに返して来いよ」

フロロに背中の荷物を指差され、男は顔をしかめて首をぶんぶんと振る。断固拒否、という感じだ。

「この状況で荷物減ってる、なんて気付いたら状況的に俺らも疑われるだろうが。これ以上面倒になるの嫌だぜ」

確かに盗品売り捌いてる連中に目付けられるなんて嫌過ぎる。フロロはばっちり顔も見られちゃってるし。ギルドに目を付けられてるとはいえ、言い方を変えればそれでも何とかやり過ごしてる連中ともいえる。

しかしクーウェニ族の男は「それは……」と言葉を濁して首を振るだけだ。彼の中でもわたし達に良い顔したい、という気持ちと荷物の重要性がせめぎ合ってるように見えた。

「こ、これは元々俺の物なんだよ!……なんです。だからちょっと……」

男は喚きながら革袋を抱え込む。明らかに隠そう、という態度じゃないか。怪しい。怪し過ぎる。

顔を見合わせるわたしとフロロの肩をアルフレートが「まあまあ」と笑顔で叩く。

「無事に合流出来て、こっちの荷物も奪還済みだ。我々だって鬼じゃない」

アルフレートの台詞に男の顔がぱっと明るくなる。その鼻先に指を突き付けるとアルフレートは話しを続ける。

「それに『元々俺の物だった』と言ったな。連中はそれも知ってるのか?」

射るような目線に男はこくこくと首が揺れる人形のような動きになる。それを見てアルフレートはにやりと笑った。

「じゃあ『それ』が無くなったところで疑いはコイツにしか掛からないだろ。お前、フローラも『それ』の交換の為に差し出したんじゃないか?」

男は目を大きくした後、うなだれる。

「すまねえ、その通りなんだ。あいつらからどうしても奪い返したくてよ、何とか金目の物が欲しかったんだ。普段から下っ端扱いだったもんで、交渉するどころか単なる献上品で終っちまったんだがよ……」

「ふうん、あんなにへいこらしてたけど仲間じゃないって言いたいわけ」

わたしはじっと男の顔を見た。一瞬焦ったように見えたが男も目を逸らすことなくじっとしている。爬虫類のようなぎょろぎょろとした目を見てもあまり感情は読めない。が、わたし自身の感情の動きの方が今は大きかった。

「あいつらも盗品で儲けてて、あんたも盗品でどうにかしようとしてたってわけね。……もう行って良いわよ」

むかむかしてきたわたしがそう伝えると、男はアルフレートの顔を見る。本当に怖い人物を分かっているらしい。アルフレートが黙って顎で向こうを指す。

「す、すまねえ、すまねえ、また会ったら絶対に恩返しするぜ!」

勢いよく立ち上がり、男は駆け出す。しばらく行くとこちらに振り返り頭を下げ、また去っていく。そしてまた振り返り頭を下げ……というのを繰り返していた。その姿にフロロが一言、

「もう会いたくねえよ」

と呟いた。わたしも全くもって同意だったが、男の駆けて行く先がサントリナへの関所方向なのが妙に気になってしまっていた。

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