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フローラちゃんは連れ去られたのだろう。まだ分からないけど犯人はわたしにぶつかったクーウェニ族だと思う。馬車の外にいたオレンジ色の肌が脳裏に焼き付いていたわたしはそう考えていた。財布を横取り出来なかった腹いせなのか、わたし達を付けてきていたのかもしれない。このぞんざいな扱いを見るにフローラちゃんが「何なのか」までは分かってないみたいだけど、珍しい生き物を献上したってところか。
実際の時間は分からないが、二人共かなり長いこと途方に暮れていたと思う。
「ど、どうする?」
わたしは沈黙を破り、フロロを見た。彼の方もどうするべきか、というように眉を下げている。
「こいつら盗品扱ってる故買屋だと思う。普段は山賊まがいのことしてる集団だ。リーダーの顔に見覚えがある」
「ちょ……、どこで知ったの?」
驚くわたしにフロロは肩をすくめた。
「ギルドに『処分』の話しが上がってた。そういう気配があるから普段は町中にいないんだと思う」
穏やかでない話しの内容にわたしはごくりと喉を鳴らす。しかし欲を言えばこんなことになる前に盗賊ギルドには何とかしといて欲しかったのだけど。何とかして逃げたいけど「どうぞどうぞ」と放してくれる相手には見えない。フロロの話しを聞けば尚更だ。
寄りによってわたしとフロロが二人の時にこんな事になっちゃうなんて……。フロロじゃわたしが魔法を唱えている間、盾になることも出来ないし、実質この二人じゃ戦闘の力なんて無いに等しい。逃げるにしてもわたしじゃフロロのお荷物になるだけだ。
そこまで考えてはっとする。そうか、フロロだけなら逃げられるんだ。
わたしはフロロの顔を見る。彼の方もそう考えているからこそ、こんなに困った顔をしているのだろう。
「ね、ねえフロロ、あなたならあの見張り巻いて逃げる事も出来るわよね」
わたしは恐る恐る尋ねる。怪訝な顔をするフロロに自分の提案を聞かせることにする。
「まずフロロがフローラちゃんから出て、フローラちゃんをポケットか何かに入れるの。それでこの馬車から脱出してもらうっていうのはどうかしら」
まるっきりフロロ任せな案だが仕方が無い。これが一番成功率高そうだもの。それにフロロ一人が現れただけなら「猫が一匹紛れ込んでた」ぐらいの扱いで済むんじゃないだろか。
「まあそれが一番、現実的かな……」
「でしょ!?だってわたしが出て行ったところで足手まといになるだけだもん。わたし達もこの山賊の集団もみーんな巻き込んでファイアーボールでご臨終しちゃいましょう、っていうなら出来るかもだけどさあ」
「自分で言うなよ、んなこと……」
フロロは呆れた顔をした後、じっと何かを考える。そしてわたしの方を向いた。
「俺だってこんな事になっちゃった責任考えたら、そんぐらいはして当たり前とも思うよ。でもさ、この馬車、南東方面に来てる可能性が高い」
「なんで?商品売りさばくならウェリスペルトだって考えられるじゃない」
「ローラス中のギルドから目付けられてる連中が首都とウェリスペルト間で商売なんてするわけないだろ?行くとしたら国外だ。首都レイグーンから一番近い外国は何処?」
フロロの言わんとする事が飲み込めてきたわたしは頷き、答える。
「サントリナね……」
一瞬、サントリナに行けるなら丁度いいじゃん、と考えてしまうがそういう問題じゃない。わたしは慌てて頭を振った。
「そう、国境近い町でカンカレっつー商売にはもってこいの町もあることだしね。それに三つある関所のうち南の海岸線付近が一番警備が薄い」
「だから南東に向かってるってことね?」
わたしの溜息混じりの声にフロロは頷いた。そして彼の一番言いたい事が分かってきた。レイグーンの南側は海沿いに出るまで荒野が広がっている。ラグディスの周りぐらい岩だらけの寂しい景色では無いけど、森のように隠れる場所が無い。いくらフロロでも馬車と競争して逃げ切れるわけないし、町まで帰るなんてもっと無理だ。
「万が一、フローラが消えてるっていうのに気付かれたらしつこいと思う」
フロロが再び眉を下げる。
「じゃあフロロもこのままで、フローラちゃんにお願いして馬車から飛び降りてもらうっていうのは?」
「走ってる馬車から?フローラ、バラバラになっちゃうんじゃないの?そういう場合って中にいる俺らどうなるの?」
的確すぎるフロロの突っ込みにわたしは沈黙するしかない。
「……結局、この馬車が止まるまで様子見るしかないってことね」
わたしがそう言うと、二人共揃えたように「はあ」と息つき、床を見つめる体勢になってしまった。
「お腹空いたねえー……」
「だなー……」
フローラちゃんの操縦席に半ば寝そべるように座り、わたしとフロロはぼやいた。朝から何も食べていない。中に残っていたタンタからの贈り物であるお菓子をちょと食べたけど、食べ盛り二人には全然足らなかった。というよりかなりの時間が経っている気がする。一体どこまで来てるのやら。
「もし本当にサントリナまで来ちゃってたらさ、皆に連絡付ける前にご飯食べようよ」
「俺もそう思う。そのくらい許される」
どうやって皆に連絡取るつもりか、は考えないようにしてわたしとフロロは頷き合った。皆、心配してるだろうな。でもお腹空いたよ。ひもじいとさ、無性に悲しくなってくるよね。元気出すにはやっぱりご飯だと思うの。
自分でも思考がずれてきている危機感は感じるものの、そう結論付けて寝転んだ。
動きがあったのはこの時からだった。隣りのフロロが勢い良く起き上がる。
「な、何?」
慌ててわたしも彼が見る前方に目をやった。フローラちゃんからの目線に一筋の光が見える。それから一瞬にして光が広がり、大柄の戦士二人のシルエットが浮かび上がる。急に明るさが戻ってきた事で、馬車の荷台入り口が開かれたのだと理解するのに時間が掛かった。表側にも一人、髭もじゃの仲間の姿がある。中にいる護衛二人と何か話しているようだ。そして護衛二人も頷くと揃って馬車を降りていく。
「きた!」
フロロは飛び上がると扉を抜け、外への転送装置に走っていく。風が起きるような早さにわたしは呆気に取られるが、
「ま、待ってよ!」
そう言って追いかけようとする。しかしフロロは消える寸前に、
「待ってろ!」
手で制す仕草と共にそう言い残し行ってしまった。は、早い。こういう躊躇無い行動力って羨ましい。一瞬、室内に影が差したのに気が付き、わたしは操縦席に戻る。表に出たフロロが巨大に見えた。
フロロは荷物の間に潜り込むと様子を窺うように耳を動かしている。ふとこちらを見て一度頷き、フローラちゃんを持ち上げると自分の首元後ろにある上着のフードの中にしまい込んだ。これでこちらから見える映像はフロロの上着の緑色だけである。一瞬、フローラちゃんに外の様子を窺うよう顔を出して貰おうかと考えるが、フロロがフローラちゃんを盗んだように見えたら困ると思い直す。
「フローラちゃん、じっとしてるのよ」
意味は無いが小声で話しかけると首を振っているのだろうか。一面緑の映像がゆらゆらと揺れた気がする。わたしは手を合わせてじっと祈ることにする。
どうか、どうかこれで表に出た時にお猫様のバラバラになった姿があったりしませんように!
こんな事考えてるの知られたら、本人には怒られそうだけど。
息を飲んで前方の画面にかじりつく中、ふ、と明るくなる。フードの中にいるのは確かなので緑色の世界のままだが陽の光の元に出たのが分かった。しかしそのまま変化は無い。大丈夫なんだろうか……。
暫く我慢したままじっとしていたが、やけに長く感じる時間の感覚にいても立ってもいられなくなる。「うー」と唸った後、わたしは再度フローラちゃんに話しかけた。
「フローラちゃん、あの、そーっと、そーーっと顔出してみてくれない?フロロ以外の人がいたら、即隠れる感じで」
こんな複雑な言葉、全ては理解していないだろがフローラちゃんはもぞもぞと動き出す。やがて見えてきた光景は揺れる世界だった。
日が傾きかけているややオレンジ色の空に申し訳なさ程度に生える草花に細い木。全てが猛烈に揺れているのだ。あまりのことに酔いそうになる。
「な、何これ、走ってるの?」
そう、ちらちらと映るフロロの茶の髪が風を切っているように流れている。移り変わる景色も移動しているようだ。
「あ、あー!やっぱりあいつ!」
数人の人間がこちらを指差しながら追いかけてきている。その中の一人を指差し、わたしは叫んだ。髭もじゃの汚い男達に混じってオレンジ色の異種族の姿があったのだ。フロロが見つかってしまって、逃亡中ということは分かった。馬車で追えないように、ということだろう。フロロはどんどん岩場を選んで入り込んでいく。流石、足の速さと身軽さはフロロに勝てないらしく男達の姿は徐々に小さくなっていった。
やがて比較的葉の覆い茂る木が見えるとフロロは勢い良く飛びついた。あっと言う間に高い所まで上るとフローラちゃんを木の幹にある小穴に入れて何かを言っている。ぱっと消えてしまった彼の姿にびっくりするが、わたしは「あ!」と声を上げて振り返る。戻ってきたに違いない。
扉を開けると想像していた通りの仲間の姿にわたしは駆け寄った。
「おかえり!」
「た、ただいま」
フロロは荒い息でそう答えると、ばったりと倒れ込んでしまった。