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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
二章 サントリナへ
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クーウェニ族

大人数が揃ってやってきたのはフロー神の教会とメーニ神の教会が揃う「女神の広場」。ここで買い物組と食い放題組の二手に分かれることになっているのだ。

「あんまり食べ過ぎないようにね」

ローザがわたしの顔を見てふう、と息をつく。

「お母さんじゃないんだから、ローザちゃん……」

右手の商業地区に向かう道と左手の飲食店通りを前に、何となく活気ある町の様子を眺めたまま話しを続けていると、

「おっと失礼」

人混みから現れた男性と肩がぶつかる。よろける体を立て直そうとしているとヘクターがわたしの手を掴んだ。

「ありがとう」

「いや、……クーウェニ族だ」

彼の視線を追うと既に別の人混みに溶け込む寸前になっているぶつかった男の後ろ姿があった。クーウェニ族は大型の爬虫類に似た頭部に目立つオレンジ色の肌をした種族だ。珍しい種族ではないが人間の中にあまり入り込まずに、町に彼ら独自のコミュニティを作るので、あまり良い顔をしない人も多い。うちの学園にもいない種族だ。

彼ら独特の発達した上半身を思い出し、ぼーっとしているとフロロが眉を寄せながらやってくる。

「リジア、財布は?」

「え?……あ!忘れてた、フローラちゃんの中にある鞄に入れっ放し!」

「ならいいや、あいつスリだぜ?運が良いな」

「ええ!?」

フロロの言った衝撃の台詞に目を見開く。全然気が付かなかった……。も、もしかして一瞬でわたしの懐を探ったってこと!?なんか気持ち悪いよー!

わたしは無意味に体を掃う。……しかし首都は人が多くて活気がある分、ウェリスペルトよりは治安が悪いから気をつけなさいって母親に言われてたの忘れてたわ。帰ったら怒られそう。主に財布の危機で。

「よく分かったわねえ」

フロロに感心気な目を送るローザを見てわたしは尋ねる。

「フローラちゃんは?財布出したいんだけど」

その言葉にローザはポケットに手を突っ込む。が、ざあ、と音がしそうな勢いで一瞬にして青い顔に変わった。

「……忘れたわ」

「ええ!ど、どこに!?」

「宿の部屋の窓枠……、ひなたぼっこしてたから『ぎりぎりになったら捕まえればいいか』と思って……」

「そのまま?」

ローザはこくりと頷く。呆れた、という顔でわたしとフロロは顔を見合わせる。

「リジア、宿戻るなら俺も行く」

フロロの珍しい申し出に、わたしは首を傾げるが「いいわよ」と頷いた。わたしの不思議そうな顔にフロロは指差し答える。

「さっきの奴、宿に行く道の方向に行っただろ?顔もう一度見たいんだ。ギルドに所属してるかどうか確かめる」

あらら、何だか穏やかじゃない話しみたい。フロロがこんな事言うってことは、男の様子に何か思う事でもあったんだろうか。

「あんまり深入りするなよ?」

眉を寄せるヘクターにフロロはにやっと笑った。

「分かってるって」

そう言うなり駆け出すフロロにわたしは慌てる。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「早くしないとフローラがいなくなってたらどうすんだよー!」

騒がしく広場を後にするわたし達を、後ろからローザとヘクターが心配そうな目で見ていた。



「ちぇ、やっぱいないか」

目立つはずのクーウェニ族のオレンジ色をした肌は見当たらない。フロロはつまらなそうに舌打ちすると走るのを止めた。大通りではない住宅地にある狭い道だというのに人が多い。わたしとフロロは周りに埋もれていた。

「顔、覚えて無いの?」

わたしが聞くとフロロは頭の上で腕を組む。

「あいつらぐらい人間離れしてると、中々個体差つき難いんだよ。リジアにだってみんな同じ顔に見えるだろ?」

確かに、とわたしは頷いた。モロロ族くらい人間に近い顔つきだと、学園にいる何人かを見比べても誰が誰だかぐらいは分かる。しかしクーウェニ族は人から見ればワニの方が近い(失礼だけど)としか思えない。町中で見る機会は多いものの、見分けを付けるのは難しい。頭髪も無いので色での見分けもつけられないのだ。

「ま、何個か特徴は押さえたけどさ。ギルドに報告するには似顔絵描くのが手っ取り早いんだよな」

「それでもすごいじゃん。あの一瞬で特徴なんて、普通顔見るだけで精一杯よ」

単純に感心するわたしだが、フロロはつまらなそうにするだけだ。『俺を誰だと思ってる』とでも言いた気じゃないか。アルフレートと違って口には出さないけど。

「……ってことで俺、戻るわ」

「何言ってんの!」

広場方向へと体を回転させるフロロを、わたしは素早く捕まえた。襟元を掴まれたフロロはじたばたと暴れる。

「俺じゃ護衛になんないよ!戻ってヘクターの兄ちゃん連れてくるからさあ」

「護衛なんていいわよ、わざわざ悪いじゃない。それに、万が一フローラちゃんが宿から逃げてたりしたらアンタの役割じゃないの」

「……俺は逃走ペットの捕獲係になった覚えはないぜ?」

フロロは「はああ」とわざとらしく溜息をつくものの、諦めたように宿方向へ歩き出した。



「部屋にちゃんといますように!」

さっき出発したばかりの宿に出戻ったわたしは入り口に手を掛ける前に祈りのポーズを取る。

「いるだろ、だってフローラって意外と頭良いじゃん」

そう言うフロロにわたしは指を振った。

「頭が良いから心配なのよ。結構ローザちゃんに懐いてるから、いなくなったのに気付いて後追いしてたりするかもしれないじゃない」

親だと思って……とは考えにくいがフローラちゃんはローザに一番懐いている。ま、それを薄情にも置いていったのはローザちゃんなんだけど。

わたしとフロロは宿に入ると朝手続きをしてくれたおじさんのいるカウンターへ向かう。おじさんは驚いたように目を丸くして顎髭を触った。

「ありゃ、どうした?忘れ物?」

その通り、とわたしが頷くとおじさんはうふうふ、と笑う。でっぷり突き出たお腹がカウンターに当たり、花瓶がかたかたと揺れた。

「だと思った!『肉肉ー!』ってはりきって出てったのにちびちゃんだけで戻ってくるんだもん。まだ掃除前だから部屋にあると思うよ」

ちょっと引っかかる言葉は多かったものの、わたしはほっと息ついた。おじさんに許可を貰うとわたし達は二階へと駆け出す。部屋の扉が並ぶ廊下を走って角を曲がるとわたしとローザが泊まった部屋の前にくる。

「いた!」

フローラちゃんが扉の開いた隙間からひょっこり顔を出していた。やっぱりじっと待っている気は無かったようだ。わたしとフロロは安堵の息を漏らす。ちょっとだけお邪魔するとして、部屋に入るとわたしはフローラちゃんをベッドの上に置いた。

「じゃ、取ってくる。……ちゃんと待っててよ?」

「信用ないなあ」

フロロのしかめた顔を見ると、わたしはフローラちゃんの中へと入っていった。

ふう、と不思議な浮遊感の後、わたしの足は内部の青白い光が満たされた床に立つ。昨日の夕飯前に『余計なお金を使わないように』と思って、ぎりぎりの夕飯代だけ持ち、財布を鞄に入れていったのだ。珍しいことなんてするもんじゃないな、と思う。自分の旅行鞄を探していると嫌な状態を発見してしまった。アルフレートのでかい鞄、セリスのお洒落な鞄がわたしの物を押しつぶしている。荷物までもが遠慮の無い人達だ。

「もう!」

わたしはいらいらと鞄を引っ張った。すると雪崩を起こしたように、大量の荷物が作る山が崩れていく。やばい、と慌てつつも中身は大抵衣服なのだ。大丈夫だろうと思う。鞄から財布を取ると外へ出る為に振り返った。

「……ああ!」

一人だというのに思わず出た大声。わたしは目に入った包みに駆け寄る。王妃様に買ったティーカップセットの包みだ。初日からフローラちゃんの餌が入った箱の上にあったはずなのに床に落ちている。この箱の高さから落ちたとすると、結構まずいんじゃないだろうか。さっきの雪崩のせいだったら洒落にならん。ゆっくりと振ってみるが微かに紙のこすれるような音がするだけで分からない。

迷ったあげく、わたしは一度外へ出ることにした。

「フロロ!」

急に現れ、名前を呼ぶわたしにフロロは少しびっくりしたようだ。しっぽが真っ直ぐ伸びる。

「な、何?」

「ちょっと来てくれない!?」

わたしの慌てように少し嫌な顔はするものの、すぐにフローラちゃんへ手を伸ばした。わたしもそれに続く。

「……うわあ、こんなに散らかってたっけ?」

フロロは中の惨状に呆れた声を上げた。わたしはそれには答えないようにして、王妃様へのプレゼントを指し示す。

「落ちちゃってたのよ。心配だからもう一回中見せてくれない?」

フロロは目をぱちぱちとさせた後「大丈夫だろ」とぶつくさ言って箱に近付く。包みを取る寸前にぴたりと止まり、わたしの顔を振り返り見る。

「謝礼は?」

「……はああ!?あのね、これはわたし達全員からの贈り物でしょ!?フロロだって心配じゃないわけ?渡す前に壊れちゃってたらがっかりでしょう?」

「全員に平等に管理責任があるのは分かったよ。でも包みを綺麗に解いて元通りにするのは俺なの、分かる?」

「…………夕飯に一品奢るわよ」

「分かればよろしい」

フロロはそう答えるなり包みを解き始めた。その間にも「リジア太っ腹〜」などとうかれた声を上げているのが憎らしい。



「大丈夫だったな」

フロロの言う通り、クッションになる紙に包まれたカップ&ソーサーは綺麗なままだった。ほう、と大きく息をつく。

「良かったあ、ありがと、助かったわ」

「いえいえ、お礼は別に頂くんで」

機嫌の良いフロロの声にわたしは軽く彼の頭を小突く。フロロは再び包みを元に戻していく。何度見ても素早く見事な手つきに見飽きる事はない。「からあげがいいかなー、ウインナーにしようかなー」という鼻歌は気に食わないけど。

「でけた!」

包みを掲げるフロロにわたしは拍手する。今度はこんな事にならないように、と包みを別の場所に移す事にした。

「どこがいいと思う?」

「こっちのスペースは良くないかも。鞄が不安定な形だから揺れなくてもまた崩れると思うよ」

フロロの言う通り、全員の鞄(しかも一人一つでは無い)は皮や布製なので形が不安定で定まっていない。かといって他に置く所も……と思った時、操縦室の扉が目に入った。

「あ、そっちならいいんじゃない?何も置いてないから」

フロロの頷きを貰うとわたしは操縦室の扉を開ける。

「あれ?」

乾いた声が飛び出した。見覚えの無い光景にわたしが固まっていると、フロロも顔を出す。

「あ、あれれ?」

フロロも同じように固まってしまった。操縦室の全面に広がる窓からはフローラちゃん目線の世界が広がっているはずなのだ。それが……無い。いや、真っ暗なのだ。右から左、隙間無く闇に包まれている。

「お、俺そんなに時間掛かってなかったよな?」

フロロの言葉はわたしも考えていたことだった。いつの間にか夜に!?と思っていたのだ。暫く固まってしまっていたが、ちらちらと明るい部分が見えるようになる。ぼんやり光る明かりが上の方から差し込んでいて、上下している。

「わ、分かった!」

フロロが飛び上がった。思わずびくりとしてしまう。

「ポケットだ!ポケットの中だよ、これ!」

フロロが指差す先にうっすら何かの線が見える。わたしにも全貌が見えてきた。ポケットの縫い代なのだろう。内側だからほつれた糸がたくさん飛び出ている。一瞬ローザちゃんの?と思ってしまうが、そんなわけはない。彼女が宿に迎えに来たとすれば、何かしら知らせにくるだろうし、黙ってポケットに入れるなんてことはしないだろう。誰か知らない人に持ち去られたのかもしれない。そう考えてわたしは血の気が引いた。

「大変!」

すぐに飛び出そうと振り返るわたしの腕をフロロが引っ張った。止められた理由を尋ねるまでもなく、前方に見える景色にわたしは息が止まる。

急激に明るさが戻り目を細める中、ぼんやりと見えるのは髭もじゃのいかつい顔。頬に傷があり、太い眉毛と太い首が男の体の大きさを窺わせる。フローラちゃんが首を振っているのかぐるぐると景色が変わる。何人もの男がいるようで、その全てが薄汚れた皮鎧にソードを装備している。『善良な一般市民』には全く見えない。奥にあるのは大きな荷馬車だ。黒い外装がなんだか不気味。四輪の荷台には大量の荷物が積み込まれていた。始めに見えた男がつまらなそうにフローラちゃんを覗き込んだ後、顎で馬車を指す。すると急激な景色の揺れの後、馬車の入り口が見える。いや、中から見ている景色に変わっているのだ。荷台の幕が下ろされたらしく、再び景色は真っ暗に戻ってしまった。

その景色が暗転する直前、馬車の入り口に見えたのはオレンジ色の肌をしたクーウェニ族だった。

「……フローラちゃん?聞こえる?分かる?」

意味は無いと分かりつつ、小声でわたしは語りかける。操縦室からの呼びかけはフローラちゃんに聞こえているはずなのだ。知能レベルがいまいち読めないので、どの程度の反応が帰ってくるかは未知数だが。

真っ暗に見えた景色だったが、馬車の隙間や幕から漏れる光が差し込んでいるようで薄らとだが中の様子が見える。わたしの声に答えているのか、フローラちゃんがしきりに首を傾げる様子が分かる。歪む景色に少し目が回りそうになるが、とりあえず安堵する。こちらの声は届いているようだ。

「おい、フローラ、中に人はいるか?いるならそっちを見ろっ」

フロロも緊張した様子で声を響かせる。暫くの沈黙の後、ゆっくりとフローラちゃんが動き出す。馬車の入り口、幕が揺れる前に座り込む影が二つ。がちがちに鍛え上げられた戦士の体が暗さの中でも浮き上がる。護衛、という役割だからか抜き身になったソードを担いでいるのを見て、わたしとフロロは思わず飛び上がり、ひし!と抱き合ってしまった。

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