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「三体中二体は俺が倒した」
機嫌よくアントンがグラスを傾けつつ、二本の指を立てる。
「聞いてない」
アルフレートがぴしゃりと言い放つとアントンは「何をー!?」と叫び立ち上がる。またか、という顔の皆を横目に、わたしは大袈裟過ぎる程顔を歪ませてアントンを睨んだ。
「店の中で騒がないでよ、恥ずかしい」
首都の外周部分にある大衆食堂は冒険者ばかりだからか元から賑やかだが、立ち上がって奇声を上げるような人はいない。全く以って恥ずかしい。
「アントンは無茶苦茶だよ……周りの奴の安全なんて関係無しにカタナ振りまくるんだもん」
イリヤが珍しく不機嫌そのものを現にした顔でぼやく。せかせかと口に運ぶ豆の煮物があっという間に皿から消えていく。
「こいつよりマシだろ」
アントンはそう吐き捨てるとフォークでわたしの顔を指した。むっとする間もなくイリヤが言い返す。
「リジアは悪気は無いだろ?アントンは『出来る』のにやらないんだ」
つまりわたしは『出来ない』と。言われように泣けてくるが、悪気は無いのだ、と思う。いや思わないとやってられない。
「お前なあ、膝から下まっ二つに切り落とされそうになっといてよく言えるな。悪気は無いのに暴走する方が性質悪いじゃねえか」
アントンの台詞になぜかセリスが目を輝かせる。
「まじ!?とうとうやっちゃった!?やあだあ、見たかったあ〜」
「なんでそんな楽しそうなのよ」
ローザが呆れた顔でセリスを見た後、わたしに振り返った。
「でもこのままじゃやっぱ駄目ね。リジア!特訓するわよ」
「え、ええ!特訓って……何処で?」
わたしの嫌そうな顔を見たのかローザの顔は一層厳しいものに変わる。
「何処でって、町の外でやれば平気よ!何もない荒野にでも向かって撃ちまくって、少しは上達しなきゃ!」
「撃った先に人がいたらどうすんだよ」
フロロが言うとローザは一瞬考え込むように頬を指で叩く。そしてぽん、と手を叩いた。
「海なんてどうかしら!夜の海なんて誰もいないし、いいんじゃない?ここからじゃちょっと遠いから、もし今度海辺に行くようなことがあったらやってみましょう!それに綺麗かもよー、魔法の光で」
最後は完全に蛇足でしかないがいいかもしれない。ちょっと前向きに気持ちが変わってきたところでアルフレートが口を開く。
「魔力の大きさ、その個人差はどうやって決まると思うかね?」
聞いた事がない質問だ。しかしもしかしたらわたしの魔法のコントロールに役に立つ情報が隠れているのかもしれない。わたしは唸りつつ熟考する。
「……気持ちが強い!とか」
わたしが言った答えにアルフレートは真顔のまま首を振る。確かにこの答えだと魔力が無い人は全て無気力になっちゃうか。戦士達の精神力なんてわたし以上にありそうだしなあ。集中力に気合い、どれを取っても敵いそうにない。再び唸るわたしにアルフレートはゆっくりと正解を答え始める。
「答えは精神世界にいかに結びつきが強いか、だ。体はこの世界に剥き出しで立っている状態だとしても、その体という殻に精神は守られている。その精神は一部でしかなく、大部分は精神世界に隠れているんだな。そして現世にある精神力の大小が個人によって変わる。大きい人間は精神世界に入る術に長けてるのさ。想像力逞しいと言っていい。つまりは……」
そこまで言うとわたしの顔を見てにやー、と笑った。
「妄想力が長けているということだ」
「も、妄想!?」
わたしの大声にアントンが大きく吹き出す。そしてまた不愉快な馬鹿笑いを響かせるではないか。
「妄想かよ!なんだよ、単なる変態じゃねえか!」
今朝方と同じく頭がかっかっとしてくるわたし。アルフレートだって今そんな話しをしなくてもいいのに!
怒りと恥ずかしさから真っ赤になっている顔をごまかそうと、わたしはグラスに手を伸ばす。すると丸いテーブルの丁度反対側の席に着いているサラが目に入った。
まただ。あの顔、ぴくりとも動かない瞳。不機嫌とも取れる無表情。
半ば分かっていながらわたしはゆっくりと視線の先に目を移す。気難しい顔でスペアリブにかぶりつく男の顔。
アントンを見ているのだ。その事実が確定した時、急に鼓動が早くなる。サラの視線がすうっとずれてわたしと目が合いそうになった瞬間、何故か妙に気まずさを感じたわたしは慌てて視線を落とす。
お皿に残ったほうれん草のバターソテーを見ながら思う。
……もしかして、いや、かなりの確率で、サラってアントンの事好きなんじゃないの?
改めて頭に言葉を浮かべると心臓の動きが更に活発になる。
こんなに頻繁に顔を見ていたい相手、なんて答えは一つじゃないか。わたしにだってよーく分かりすぎる程分かる気持ち。いつまでも眺めていても飽きない顔。好意を持つ相手の顔だ。
隣りのテーブル席のドワーフが酒を飲みつつご機嫌な声を上げる。それを背後に何故か手に嫌な汗をかいているのを感じていた。
首都で迎えた朝はゆっくり目の時間だった。今日は休息日と決めたからである。わたしは隣りのベッドに座り、既に身支度を整えて髪を梳かしているローザに声を掛ける。
「じゃあローザちゃん達は商業地区に行くのね」
「そうよお、……ほんとにリジアは行かないのお?」
ローザはなんとも寂しげに眉を下げた。流石親友、心の友よ。昨日から滞在しているこの宿も二人部屋に各自別れることになったのだが、わたしとローザで組になっている。最早誰も気にしないのが面白い。しかし特に買い物の予定が無いのは本当なので、わたしは今日、デイビス達野郎共と肉食い放題に参戦する予定である。ローザとイルヴァは女の子組と一緒に買い物に行くそうだ。ちょっと寂しいと思っているのは内緒だ。
ここでわたし達の財布事情、というものを公開させてもらうとしよう。実はわたし達のほぼ全員が親におんぶに抱っこである。普段、旅に出る時、移動費は依頼人から出ていることが大半だが普段の生活費は自分持ち、すなわち親のお金だ。え、こんだけ冒険してるのに?と思われるだろうが、わたし達は「学生」という身分なのだ。修学する身であり金儲けが目的ではない、というのを明確にする為に冒険の依頼受付から終了後の依頼料受付まで学園の窓口で行っている。依頼受付時には学園が用意した誓約書にサイン、依頼完了後は料金を踏み倒そうにも学園がみっちり回収まで行う。その点は独り立ちした冒険者よりきちんとした制度に守られている感はあったりする。六期生からはまた事情は変わるけど、今はそういう仕組みになっているのだ。
一応プラティニ学園は「公的機関」なので国からの援助があり、依頼料は正規の冒険者を雇うよりも格安、という面もある。学園の収入には他に生徒の入学金、有力者からの援助がある。それを設備投資やら教官達への給料やら教科書代やら、材料費にも届かない学食の値段の維持やらに使われるわけだ。「学園側が儲けてることは?」という疑問が住民の間に湧くこともない。なぜなら一番の出資者が町の有力者でもあり、国外にも名前を知られるフロー神の大神官であり、プラティニ学園の学園長様だからである。
そう、ローザのお家はお金持ちなのだ。これについては「何を今更」という感があるが、実はイルヴァのお家についてもそう。彼女のお家も上流家庭に位置する。まあそうでなかったらあんな毎日無駄に金掛かってそうな仮装は出来ないけど。このままわたし達が冒険者として独り立ちすればパーティー内における格差は無くなるだろうが、今は家柄が個人の財布事情に直結しているキビしい現状だったりする。うちは幸い「奨学金」を申請するほどじゃないけど、父はしがない物書きで簡単にいえば中流、「ザ・一般家庭」なのだからしょうがない。
何が言いたいのかというと、そんなに毎回ショッピングを楽しむ余裕は無え!という愚痴だ。食い放題すら「最低限、元は取らなくては」と意気込んでいる。
荷物を整えると二人揃って部屋を出る。他の部屋からもぞろぞろと見知った顔が出てくるところだった。(何故か)隣りの部屋だったフロロとアルフレートが欠伸しつつ出てくる。
「アルフレートはどっち行くの?」
買い物組か食い放題組か、という意味でわたしが聞くと、彼の整った眉がくいっと上がった。
「どっちも気が進まない。ぴーちくぱーちくうるさい買い出しも、肉を食いに行くのも嫌だ」
「俺は食い放題〜」
フロロが張り切って手を上げる。肉食な彼は何時になくやる気があるようだ。
「じゃあ何処か他に行くの?」
わたしの問いにアルフレートは頷く。
「そうするかな。この町はどこもやかましくてどうも好きになれない」
そうぶつくさと呟きながら、彼は階段を降りていった。後ろからヘクターと同部屋だったイリヤのぼやく声が聞こえてくる。
「肉食えるのは嬉しいんだけどさ、何もこんな起き抜けに行かなくてもいいと思うんだ……」
胃の辺りを押さえる彼は眉間に深い皺を作っている。確かに夕飯でいいじゃないか、と言いたくなるが買い物組が来るまでの時間潰しなのだから仕方ない。
「じゃあ行くぜー!」
発案者のデイビスの晴れやかな笑顔が現れ、廊下に元気な声が響き渡った。