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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
一章 少年は仮面を被る
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2

夢を見ているのか起きているのか。意識はあって隣りのローザの腕の感触もあるのだが、学園の教室でケーキを食べているという現実ではあり得ない夢も見ている。不思議で心地よい微睡みを打ち破るのは肩を叩かれる感触。

「……い、おい、……ってば」

あれ?ここってどこだっけ、という疑問が沸き、急激に意識が戻る。弾かれるように上半身を起こすと頭に強い衝撃が走った。

「いで!」

「おご!」

二つ目の自分の声では無い不思議な悲鳴に目を開けると、おでこを押さえたデイビスがうずくまっている。

「……ご、ごめん、わたし石頭だから」

咄嗟に出た謝罪の言葉は少し自分でも変なものだったが、デイビスは「い、いや」と手を振った。

「着いたぜ、今夜泊まる村。少し無理して飛ばしたんでちょっと遅くなっちまったけどな。……全員起こすの手伝ってくれよ」

そう言われて周りと見渡すとメンバー全員が気持ち良さそうに寝息をかいていた。お菓子の包み紙が散乱していたりと酷い状況に気まずさが込み上げる。呼びに来てくれたのがデイビスで良かったなあ、と思ってしまった。隣りを見ると妙に乙女ちっくに腰をくねらせたポーズで荷物に寄りかかり、すやすやと寝るローザがいる。わたしが肩を叩くと薄らと目を開け、次に勢い良く飛び起きた。

「あらやだ!寝ちゃったのね!」

「わたしも寝ちゃってた……。イルヴァ起こさなきゃ」

わたしがそう言うとローザはローブの袖を捲る。そのくらい気合いのいる作業なのだ。移動するわたし達の横でデイビスがセリスの肩を揺すっている。

「ほら、起きろ」

「……んー、まだ眠いぃ」

まだ寝言のような声を出し、眠気眼でデイビスの首に腕を回すセリスにやたらどきどきしてしまった。さっきの話しを聞いたせいだと思うけど。サラは既に立ち上がり、大きく伸びをしている。ふうと息ついた後、瞬間移動装置である赤い魔晶石に触りさっさと出て行くサラに「確かにマイペースだわ」と思ったりした。

「ほうら!起きて!」

ローザがイルヴァの胸ぐらを掴み、勢い良く頬を引っ叩く。勘違いしないで貰いたいのはこれは決してやりすぎでは無く、むしろこれでも中々起きてくれないのだから困ったものだ。その間にわたしも隣りの安楽椅子で眠るヴェラの肩を揺すった。彼女の方はすぐに目を開け、わたしと目を合わせる。が、

「ごごごごごごごごごごめんなさいごめんなさいごめんなさい!ねね寝てましたよね!?ごめんなさい!」

いきなり涙目で土下座するヴェラに何とも言えない気持ちになった。

「あ、いや、皆寝ちゃってたから」

「あああう、あのあの、見張りなのに寝てんじゃねーよ、とかで怒ってません?」

「思ってないから!逆にその態度だとこっちが鬼みたいで気分悪いっつーの!」

わたしの怒鳴り声にヴェラが「怒ってるう!許してえ!」と叫びながら腕にまとわりついてくるが、そのまま彼女も引き連れて表に出る事にする。魔晶石に触れた後の軽い浮遊感と共にわたしはローザちゃん宅所有の馬車内に移動していた。

「あ、着いたよ。……寝てた?」

馬車の座席で身支度を整えていたらしいヘクターがわたしに振り返り、自分の頬を笑いながら指す。その仕草にはっとするとわたしは慌てて頬を摩った。

「本当だ、跡ついてますよ」

ヴェラがわたしの右頬を指で突く。ぎゅあああ!と叫びたい気持ちは何とか抑えたものの、顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。多分、寝ている時に寄り掛かっていた鞄の開け口部分の跡だ。

「大丈夫、皆先に行っちゃったから」

そう言って、ふふ、と笑うヘクターに「いや、あなたに一番見られたくなかったんですよ」と言いたくなる。片手で頬を押さえながら馬車を降りると、花の匂いが漂っていた。

「……ここ、何処?」

頬を押さえるのも忘れて周りを見渡す。柵でぐるりと囲まれた小さな村だ。しかしその柵をまた囲い込むように膝丈程の植物が覆い茂っている。暗がりでよく見えないので近付いてみることにする。手のひらぐらいある大きな薄紫の花、それが満開に咲いている。中心部から黄色の色素がふんわりと伸びている花弁が綺麗だ。

「トールファーって村だって。山脈から少し南下しながら東に来て、レイグーンの真北に位置するらしいよ」

ヘクターが剣の柄を使って地面に図を描く。ふんふん、と頷きつつわたしは彼に尋ねる。

「そのまま山脈沿いに行くのかと思ってた。北の方の……アルフォレント山脈とメイヨーク山の切れ目に関所があるんでしょ?」

アルフォレント山脈が今までいたチード村のあるローラスを横に走る山脈、メイヨーク山はフローの大神殿があるラグディスの町を頂いた縦長の山だ。

「それが……」

ヘクターがわたしの疑問に答えようとした時、村の方から声がする。

「おーい、ご飯食わせてくれるところ見つかったってー」

遠くからイリヤがわたし達に手を振る姿があった。



「ごめんよー、もう残りそれしか無いんだ」

大柄のおかみさんがテーブルに並べる料理は野菜と山菜の煮物、豆入りスープ、川魚と鶏のフリッターなど素朴だがお母さんの味、といった感じで美味しそうだ。

「充分だろ、な!」

デイビスが輪になる皆を見回し言うと、おかみさんは微笑まし気に目尻の皺を深くした。綺麗な眉の形といい若い頃は美人だったんだろうな、と思う。本来は十人掛けだ、という大きな木のテーブルはフロロのようなおちびちゃんがいても、大柄な戦士が三分の一を占めるわたし達にはやっぱりちょっと狭い。店内を見渡すと夕飯の時間というよりは飲みの時間に変わっているようだ。機嫌良さげにグラスを傾ける年配の男性や流れの傭兵、といった客が多かった。

「部屋、用意出来たよ」

カウンター脇にある階段からおかみさんの息子さんという人の良さそうな青年が降りてくる。

「ありがとう、助かったわ」

ローザがお礼を言うと「こっちも商売だもの」と笑った。満室だ、と言われて肩を落とすわたし達に、普段使っていない部屋を急ごしらえで泊まれるよう用意してもらうことになったのだ。それでも二、三人用の部屋が二つとのことなので、男女別に別れて六人で雑魚寝ということだ。小さな村の宿屋がいっぱいになっているのは今が夏だからだろう。ローラスでは短い夏に冒険者や商人達も活発に動き回る。ベテランの冒険者で懐に余裕のあるような人間は暖かい期間しか仕事をしない。もちろん個人の性格によるだろうが。

「首都に寄ってからサントリナ入りしようと思うけど、良い?」

フロロの唐突な問いにパンを食べる手が止まる。

「あ、それで南下してきたんだ?」

先程のヘクターとの会話を思い出しわたしが問い返すとフロロはこくこくと頷いた。

「チード村の件、レイグーンで広めれば一番効果あるっしょ?後でこの村のギルドにも顔出して頼んどくけど、首都が一番仲間も多いし」

この村にもギルドがあるんだ……。こんな花の匂いいっぱいののどかな村なのに。というよりフロロの言い方だと『モロロ族を集める』より『盗賊を集める』が趣旨に変わってるような気がするんだけど。モロロ族は大抵がシーフ業なのかもしれないが、チード村が盗賊ギルドの総本山になってニヒルな笑みを浮かべる住民ばかりになる様子を想像してしまった。

「首都に行ったらちょっと遊びたいなあ〜。この前行った時は聞き込みでそれどころじゃなかったし」

セリスが伸びをしながら期待するような声を出す。この前、とは先日までの冒険で彼女達がミーナのお母さんハンナさんの捜索にあたった時のことだろう。わたし達も前に首都に行った時はアンナの捜索でそれどころじゃなかったんだよね。そう考えるとわたし達って人を追いかけてばっかりだな、と思う。

「まあいいんじゃないか?どうせ国境の検問所はラグディスの東だ。一日くらい羽伸ばせる」

アルフレートがこんな風に誰かの肩を持つ時は、自分も用がある時だ。確かローラスとサントリナの国境検問所『関所』は北の渓谷と今いったラグディスの東、南の沿岸部の三カ所だったはず。今の所大したタイムロスも無いはずなので大丈夫だろう。でも親の脛かじりの身分であるわたしはそんなに予算があるわけでもなく、何して過ごそうかなあ、とぼんやり考えていた。

「遊ぶって何して遊ぶんだよ」

アントンが理解出来ない、というように頭を掻く。その様子にセリスは目を細めた。

「買い物とかよ。まさか鬼ごっことかかくれんぼでもすると思ってたわけ?」

「ちげーよ!買い物がなんで遊びなんだよ。別に面白くも何ともねえ」

「あんたって本当にガキ、別に付き合ってもらおうなんて考えてないから。昼寝でもしててよ……あ、それとも私とデートしたかった?」

けらけらと笑うセリスにアントンが目を吊り上げて怒る。仲良いなー、と思うの同時にセリスには「かわいくねえ!」は言わないのね、なんて考えてしまった。ふと、騒ぐ二人をじっと見るサラに気が付く。怒ってるのかな、と思うが無表情のままセリスとアントンを眺めているだけで咎めるようなことは無かった。わたしの視線に気が付いたらしくこちらに振り返り目が合う。にこっと笑う顔にとりあえずにやっと笑顔を返しておくが、二人を見るサラの横顔が何だか脳裏にこびり付いてしまっていた。

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