おしゃべりな花の乙女達
「この中って揺れないのね」
青白い光が四方から注ぐ中にいるからか、そう呟いたサラの顔はいつも以上に白く見える。
フローラちゃんの中に入って移動する事になったのはわたし、ローザ、イルヴァにサラ、セリス、ヴェラの「女の子メンバー」である。一人間違い探しのような人がいるのは気にしないでもらいたい。バレットさん達にお世話になったお礼を何度も伝えた後、馬車で移動することになったのだが如何せん人数が多いので半分はフローラちゃんの中に、という話しになったのだ。
「リジア、食べる?」
セリスが猫達に貰った焼き菓子を手渡してくる。彼女は「フローラの中で寝たい」と希望し、真っ先にフローラちゃんの中に入っていったのだ。初めてフローラちゃんの中に入る事になったはずだが、躊躇の無い様子に少し驚いてしまった。反対に「絶対に嫌だ」と言って聞かなかったのがアントン。この流れでこんなメンバー分けになったのだった。
「アントンってば怖いのよ」
そう言ってセリスはふふん、と笑った。わたし達も初めてバレットさんからフローラちゃんを受け取った時は戸惑いまくりだったのだから気持ちは分かる。
「あった!大丈夫そうよ、カップ。置いてあった場所にそのままだったわ」
ローザが総勢十二名の荷物の山から王妃様へのプレゼントを持ち上げた。事前に荷物を預かる旨を伝えたのだが、勝手が分からない為かデイビス達の荷物は少なかった。比べてわたし達の荷物は段々増えているから窮屈でしょうがない。
「飽きてきました……」
そうつまらなそうに呟き、『操縦出来ない操縦室』からこちらに振り返るのはヴェラ。美しいプラチナブロンドといい尖りの無い端正な顔といい見た目はとことん良いが、中身は残念過ぎる程残念なデイビスチームのシーフである。操縦室には部屋いっぱいに広がる窓と、何の為なのかさっぱり分からないパネルが所狭しと置いてある。安楽椅子型の操縦席が二つあるが、単に外を見る時に寝転がることが出来るだけのお飾りだ。一応中の声はフローラちゃんに聞こえているらしいが、フローラちゃん自体そこまで細かい命令を聞いてくれるわけでもない。安楽椅子の一つに寝転がったイルヴァからは既に寝息が聞こえ、もう片方に座るヴェラが今の不満を吐いたわけだ。
「飽きるとかそういう問題じゃないのよ」
わたしが答えるとヴェラは表世界の光景が広がる窓を指差す。
「だってぴくりとも動かないんですもん、皆さん」
そうヴェラが口を尖らせる通り、フローラちゃん目線から見える馬車内の光景は動きが全く見られない。フロロとイリヤは御者席にいるはずなので見当たらず、デイビスとアントンが腕を組み目を閉じている顔が見えるだけだ。たまにフローラちゃんが首を動かしてアルフレートが大欠伸する様子が見えたりするが、これも特に面白いものではない。そして極めつけがフローラちゃんの位置だ。どうやらヘクターの側にいるらしく彼の顔は全く見えないのだ。わたしとしても全く面白くない。それでも表に意識を払わなくてはいけない理由は、何かあった時にフローラちゃんに向かって合図を送ってもらう約束だからだ。
「何かあったとしてもどうせゴブリンか何かが現れるだけでしょ。そのぐらいじゃ呼ばれもしなそう」
わたしが欠伸しつつ言うとセリスも頷いた。
「確かにねー、……つかアントンの仏頂面!ひっどい顔!」
指をさして笑い出すセリスをサラが咎める。
「セリスは口が悪過ぎ!そんなんだからいつもケンカになるのよ」
「ケンカじゃないわよお、コミュニケーション取ってるだけじゃない」
全く意に介さずなセリスにサラが大きく溜息をついた。中々面白い光景だな、と思ってしまった。普段の彼らの様子を窺えるようで面白い。何と言うか、どうして一緒に組んでいるのかが気になってしまうメンバーだよね。
「あんた達ってどういう経緯で組むことになったの?」
同じ事を考えていたのかローザが二人に尋ねる。するとサラとセリスは驚いたように顔を見合わせるが、次の瞬間に変わった顔はまた両極端なものだ。セリスはにやーっと笑い、サラは何か苦いものでも思い出すかのように眉を寄せた。
「多少のズレは有るかもしれないけど一応時系列順に言っていくと、私とイリヤは親同士が知り合いなのよ」
セリスの意外な話しから彼らの人間模様の話しは始まった。
「へええ、だからなんだ」
思わずわたしは口にする。セリスは「何が?」と眉根を寄せるが、彼女がイリヤに対して姉のように接する空気があったことはわたしでなくとも皆感じていると思う。イリヤの人見知り具合を心配する様子は五期生に上がってからパーティーを組んだ関係としては、やや過剰すぎる気がしていたのだ。
「幼なじみってやつ?」
ローザの言い方はちょっと羨ましそうな空気を感じる。セリスは少し唸るような仕草を見せた。
「所謂幼なじみ、って感じじゃあないわね。イリヤって特殊な人でしょ?一族皆そうなのよ。ビーストマスターの一族なのね。町に定住する普通の家庭じゃなくて流れの一族で……浮世離れした不思議な人達よ。ウェリスペルトに来た時だけ、私の家に挨拶にきて、滞在する間だけイリヤは家に預けられて私と遊んでた。……でもあの性格でしょう?黙ったまんまだし、からかえばすぐ泣いちゃうし、結構しんどかったのよねえ」
からかわなければいいんじゃないかしら、とは言わないでおこう。彼女の親睦の深め方なのだ。
「だから私に対しても『家族同様の〜』って感じでは無かったわよ。ただ単に昔から顔なじみではあったから、学園に入ってからもイリヤの中で数少ない話す友達になれたってぐらいかしらね。今の学年に上がってパーティーを組むなんて話しが出た時に、ちょろっと心配してたら案の定一人だったから誘ってあげたわけよー」
けらけらと笑うセリスは『ちょろっと』を強調していたけど、案外優しいんじゃない、と思ってしまった。
「次がアントンとデイビスかな。見て分かるかもしれないけどデイビスはアントンのお守役みたいなもんね。クラスで特別仲が良いってわけじゃないらしいんだけど、アントンのあのキャラからして『ぼっち』寸前じゃない?」
わたしとローザは顔を見合わせる。ま、今更気を使ってもしょうがないとばかりに二人して大きく頷いた。
「あはは!でしょう?デイビスはクラスの中でもリーダー的立ち位置だから、問題児を引き受けちゃったらしいのよね。だからアントンはデイビスのことが気に食わないし、同時に頭も上がらないわけ」
「はああ……面白いわねえ、余所の話しを聞くのも」
ローザが感嘆の声を上げる。わたしも頷きつつ右手を挙げた。
「それで、デイビス達とセリス達が組むことになったのは?」
「私がデイビスの事が好きだったからよ」
返ってきた言葉がうまく頭に入らない。え、何、今何て……?
「ええええええええええええ!」
ローザの絶叫にわたしもようやく言われた事を飲み込み、目を見開いた。が、セリスは手を振って答える。
「勘違いしないでよー、今はそういうのじゃないから。ただ一時期追いかけ回してたことがあってねー、それで顔なじみだったわけ。去年の始めかなあ、ファイタークラスの遠征にお付き合いすることがあって、そこで『良いなあ』って思っちゃったのよね。帰ってから散々つきまとったけど、全然伝わらないっぽいから止めちゃった」
「や、止めちゃったって、軽いわね……」
わたしの正直な感想に彼女は赤い髪をかき上げて澄ました顔で答える。
「だって好きになったきっかけも『かっこいいかも』って軽いものだったもん。ちょっと年上ででかいし、皆をフォローするくらい強いし。でもそれを上回るくらい鈍感だから、嫌になっちゃった」
はあ、そうですか……。衝撃の事実の連発にぽけっとするわたしとローザの横で、今の話しは知っていたのかサラは澄ました顔のままオレンジ風味のマドレーヌを口に運んでいた。
「力溢れる戦士をかっこいい、って思う魔女っ子は多いのかもね……。鈍感さに苦労するのも」
はあ、と息つくローザの台詞にわたしは慌てて話しを元に戻すことにする。
「そそそそんなのどうでもいいじゃん、で、サラは?どういう経緯で仲間になったの?」
ある意味一番気になっていたことでもある。今でこそ馴染んだように見える彼らだけども、初めてサラの仲間だと知った時のショックといったらなかったもの。話しを振られたサラは暫く考えるような様子を見せ、
「あんまり思い出したくない……」
と呟き、眉間に深い皺を作ったのだった。
「私、ファイタークラスにお友達なんていないし他のクラスの子とも『パーティー組もうね』みたいな約束してなくって、ちょっとどうしようかなって思ってたのよね」
サラはそう言うとマドレーヌの残りを口に入れて、大きな栗色の瞳をぱちぱちとさせた。
「でも実はあんまり焦りは無くて、ほら人数の関係でプリーストクラスの子は余ることは無いでしょう?それに各パーティーに一人はいた方が良い、って教官達の話しにもあったし。だからどこかしら声は掛かるだろうし、もしダメだったとしても『研究科』に進むのもありかなー、って。魔術理論とか好きなのもあるけど三期生までの魔術師クラスの雰囲気とか好きだったのよね。研究科に進めばまたソーサラークラスの子達ともお付き合いするようになるわけだし。……それに私、自分の性格が集団行動に向いてないっていうのも気が付いてたし」
「ええ!?そんなことないと思うけど……」
わたしは驚きの声を上げるが、意外にもローザとセリスは意味ありげにサラの顔を黙って見ているだけだった。一瞬の間の後、セリスが口を開く。
「頭が固いのよー、サラは」
「協調性が無い、人の気持ちが読めない、でしょ?」
サラはあっさりと自分の短所を口にしてみせた。セリスは肩を竦めると「まあね」と答える。ローザもうんうんと頷いているではないか。わたしだけだったのか……「良い子ちゃんサラ」をそのまま受け止めてたのは。
「だから研究科行きに大分気持ちが傾いてた時だったかなー、アントンに声掛けられたのは。全然顔なじみでもない人なのに『一緒に組まないか?』って誘われて、何で?って聞いたら『可愛いから』って言われたのよ」
わたしとローザは薄目になって押し黙る。単なるナンパじゃないか……。
「私、そう言われても『ああ、冒険者パーティーでもやっぱり顔の好みで選ぶものなのかしら。ずっと顔合わせることになるんだもの、その方がストレス無いしね』としか思わなくて……」
はあ、と溜息を漏らすサラにセリスが操縦室から見えるアントンの方を指差し怒りの声を上げる。
「あいつってばサラから何のアプローチも無いことに勝手に切れだしたことがあってさ、『ああいう誘い方したんだから分かるだろ!』とか言い出したんで揉めたことがあったのよ。ま、私とデイビスでぼこぼこにしたけど」
「楽しい関係じゃないのお〜」
ローザは完全に人事だという様子で「ほほほ」と笑った。
「私も悪いのよ……、世間知らず過ぎたというか、アントンの気持ち考えればパーティーに入った時点で期待持たせてたことに気付くべきだった」
何度目の溜息なのか、サラが大きく息つく。サラには悪いけどすごく楽しい話しだったな、というのがわたしの感想だ。あたり前かもしれないが彼らにも色々な展開があって、今ここに六人いるのだ。
一通りの話しが終わり、何となくまったりとした空気になってからわたしは初めて思い出した。
「あ、そういえばヴェラは?彼女はなんで一緒になったの?」
「やっと思い出してくれたんですか!!」
大声に振り返ると操縦席から涙目でヴェラがこちらに身を乗り出している。可哀相だがすっかり忘れていた彼女の存在に「いや今、顔合わせてなかったから……」とごにょごにょ言ってごまかしておく。
「ヴェラはシャイエ教官に押し付けられたのよ。知ってる?シーフクラスの教官」
「ああ、あのほんわかした女の人ね」
セリスの言葉にわたしは頭に浮かんだふわふわとした雰囲気の女性教官を思い浮かべた。
「シーフがいないって言ったら『推薦したい生徒がいるの』なんて話し持ち込まれてさ。で、それがヴェラだったわけ。あの雰囲気に騙されるけど、相当腹黒い教官よ、シャイエ教官」
そう言うとセリスとサラは難しい顔でうんうんと頷いている。当のヴェラといえば「教官からの推薦だったんですか〜」と見当違いな受け止め方をしたようで、嬉しそうに両頬に手を当てて笑顔を見せていた。