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「いっぱい冒険したんだねえ」
わたし達のこれまでの話しを聞き終えたバレットさんはしみじみと頷き、グラスを回した。食事のお供に、とわたし達の冒険の話しを聞きたがったバレットさんはこれこそが本来の目的だったように見えた。わたしは食後のデザートであるフルーツ入りミルクレープに手を伸ばしながら口を開く。
「わたし達の話しはこのへんでいいから、王子が頼んだプレゼントって何です?」
その質問にバレットさんは「んー」と唸り、眉間に皺寄せた。
「せっかちじゃのー、お嬢ちゃん」
「全然せっかちじゃない!むしろ気の長い方だわ!散々ふざけた屋敷に付き合わされて!」
叫ぶローザの横でイルヴァが「あ、ローザさんこれ貰いますね」と言ってケーキを奪っていく。すっかり元気になったようで良かった。その間に何処かに消えていたタンタが一抱え程の箱を手に持ち、とてとてと戻ってくる。
「これですにゃー、王子が旦那様に頼んだ王妃様へのプレゼント」
おお、とわたし達は目を輝かせる。しかしバレットさんは困った顔で髭をいじり始めた。
「期待させちゃって悪いんだけども、王子から『中を見せないように』って言われちゃってるんだよねー。何でも一緒に驚かせたいから、って」
なるほど、王妃にお披露目した際に一緒に楽しもうという事か。しかしバレットさんの言葉に少し引っ掛かるものを感じる。
「驚かせたい、って驚くようなもんが入ってるってことかい?」
フロロの質問はまさにわたしが思っていたことだ。しかしバレットさんは呑気な顔を崩さずに「さあねー」と答えるだけだった。むう、食えないじいさんだ。
「まあまあ、あたし達も楽しみにしておきましょ。どうせ誕生日会では見られるんだし。サントリナまではフローラの中に仕舞っておくわ」
ローザがそう言ってローブのポケットからフローラちゃんを引っ張り出す。あそこに入れてたんだ、とちょっと驚いているとバレットさんが目を丸くした。
「おうおう、ちゃんと可愛がってくれてるのか、嬉しいのう」
そう言って手を出すバレットさんにローザは一瞬躊躇を見せたものの、作り手の元へフローラを歩かせる。
「なんとまあ、随分丁寧に扱われてるみたいじゃの」
うふふ、と笑うバレットさんにヘクターが質問する。
「分かるんですか?」
疑う、というより微笑ましそうに尋ねた問い掛けにバレットさんは大きく頷いた。
「そりゃあもちろん、触れるだけで大切にされてる様子が感じるものさね。作ったワシにしか分からんかもねー」
そう言ってほお擦りするが、されているフローラちゃんは嫌そうに目を細めている。が、突っ込めない。微妙にわたしが目線を逸らしているとバレットさんが「そーだっ」と叫んだ。
「サントリナ行くんだよね?だったら良い案がある。フローラちゃんを改造してサントリナまでの道のりを短縮してみせよう!」
「ほ、本当に?」
えへんと胸張る科学者にわたしは身を乗り出し尋ねる。
「任せなさい!ただ今晩いっぱいは掛かるだろうから、一晩くらい泊まっていけるじゃろ?」
その言葉にタンタ達猫はにやー、と嬉しそうに笑い、わたし達は顔を見合わせる。ヘクターがバレットさんに「実は……」と口を開いた。
「学園の仲間と待ち合わせしてるんです。始めからこの村には滞在する予定だったので……」
「仲間とな!卵かね?若いのかね?」
何故か興奮気味のバレットさんにヘクターは身を引きつつ答える。
「え、ええ……、俺達と同じ学生ですが、もう二回程一緒に行動している六人グループで……」
言い終えより早く猫達の動きが慌ただしくなってしまった。
「お部屋の準備にゃー」
「ベッドメイクはにゃんがやるにゃー」
「夕食の買い出しにゃ!」
ばたばたと消えていく彼らにお礼も言いそびれてしまう。そうだ、働くのが好きなんだっけ。ならば主にお礼を、と振り返ると、
「ハイブリット化か……、まさに生物の進化と科学の勝負。いや融合か?」
などとぶつぶつ呟きながらバレットさんは部屋を出ていってしまう。
「何だよ、有り難いけど客はほっときっぱなしかよ!」
フロロが呆れたように叫んだ。
それにしてもバレットさん、フローラちゃんをどう改造するつもりなんだろう。凄い人なのは分かっているのにこの全部信頼寄せられない感じは何なのか。
腕を組み眉間に皺寄せているとアルフレートの呟きが聞こえてくる。
「シェイルノース組は上手く行ったのかね……」
その言葉に金髪の少年レオンが気難しい顔でデイビス達を出迎えているところを想像してしまった。
「大丈夫なのかしら……」
用意された寝室の窓から身を乗り出してローザが心配そうに呟いた。見る先にはバレットさんの研究室という離れがある場所だ。建物の窓から漏れる光が暗闇に浮かんでいた。一応可愛がっていた飼い主、という立場だからか落ち着きのないローザを見て思う。やっぱり改造ってお腹切ったりとかそういう手術みたいな事やるんだよね。大丈夫なんだろうか。いや、でもフローラちゃんロボットだし……。っていうかバレットさんが作ったものだし。
「イルヴァの心配もしてくださいよー」
ベッドに横になりながら苦しそうな声を上げる主を見る。珍しく食べ過ぎ、という経験をしたイルヴァが胃の辺りを押さえながらローザを見上げていた。
「あんたは一時間もすればけろっと治るんだからいいでしょ!神官であるあたしが心配するような事じゃないわよ……」
ローザの言葉に、そういえばこの人神官になったんだった、と今更なことを考えたりする。
「デイビス達って早ければ明日にはこの村に着くよね。……上手くいったのかなあ」
わたしが半分独り言のように呟くとローザが一度こちらを見て、窓を閉める。ベッドに座るとふう、と息をついた。
「レオンの事でしょ?あたしも色々考えちゃってねえ。捨てられた事実は間違ったものだとしても、彼はシェイルノースのご両親を選ばれたわけでしょ?他人からすれば『一度くらい本当の両親に会ってみるのもいいんじゃない』って事でも、本人にとってはキツい選択よねー」
そう、そしてその提案をしたのは王室側なのだ。レオンが自ら望んだわけじゃない。レオンが来る事を選んだとすればきっかけを与えたことになるが、来ない事を選んだとすれば彼の心を、立場を不要に乱すことになる。
「平々凡々な家庭に生まれたわたし達があれこれ考えたところで無駄なのかもねえ」
情けないがわたしの今の本心だ。それを聞いたローザがぱっと顔を上げる。
「ヘクターだったら少し気持ち分かるんじゃない?彼はどう思ってるのかしらね」
その提案にはわたしは眉を寄せて首を振った。
「両親いない立場だから分かるでしょ、って?失礼すぎて聞けないわよ、そんなこと」
わたしが言うとローザはしゅん、と頭を下げる。
「そうよね……考え無し過ぎたわ。大体聞いたところでどうなるわけでもないしね……」
「まあまあ、何とかしたい、って気持ちが先行しすぎてもどかしいのは分かるよ。わたしも同じだもん」
項垂れるローザにわたしは慌てて慰めるような言葉を掛けた。いつの間にか寝入ってしまったイルヴァの規則正しい寝息が部屋に響き渡る。フローラちゃんの話しに戻そうかな、と考えたところで部屋の扉がノックされた。
「誰だろ、……はーい!どうぞ!」
わたしが声を大きくして応えると、ゆっくりと遠慮がちに扉が開いていく。隙間からひょこっと顔を覗かせたのは白い毛並みが愛らしいタンタだった。隠れるように扉に身を寄せていたが、ぴょん、と跳ねると中に入ってくる。
「あ、着けてみてくれたのね!かーわいい!」
タンタの首に巻かれた黄色いスカーフにわたしは手を叩いて喜ぶ。ローザも一緒になって拍手するとタンタは嬉しそうに身をよじった。
「皆に羨ましがられたにゃー。こんな良いものをありがとうにゃあ」
くるくると回ってみせるタンタは本当に可愛い。白い毛並みだから黄色が似合うと思ったんだよね。喜びの踊り?を見せるタンタに目を細めていたわたしだが、ふとあの疑問が思い出される。聞いていいものか迷ったが、ずっともやもやするより良いか、と尋ねることにした。
「気悪くしたら申し訳ないんだけど、その……タンタって男の子?女の子?」
ローザが隣りで「あら、そういえば」と呟いた。当のタンタは目をぱちぱちさせていたが、にやーと笑うと再び身をくねらせる。
「どっちだと思うかにゃ?」
うふ、と笑うタンタに「女の子」と答えそうになるが、まさかの、という展開もあり得る。タンタも答える気は無いようで再びくるくる回り始める。こんな質問しても機嫌を損なわないってことは元々あまり性別にこだわりが無い種族なんだろうか……。愛らしい大きな目の顔をじーっと見るものの、やっぱり分からないのだった。
翌朝、美味しそうな朝食を前に起きたてだというのにテンションが上がる。猫達の作るパンは本当に美味しくて、黄金色に輝くように見えると言っても過言ではない。すっかり元通りになったバレット邸のダイニングは窓からの朝日が部屋を照らしていた。
「お席にどうぞにゃー」
「お飲物はどうするかにゃー?」
朝からてきぱきと働くタンタ達には本人達は喜んでやっている、と分かっていても申し訳なく思う。席につくわたし達を見てバレットさんは胸を張った。
「見て見てみ!一晩で改造してやったぞい!」
はりきった声を上げるものの顔は大分お疲れのように見える。目は重たく腫れているし、皺もなんだか濃くなってるような。そんな彼の指し示すテーブルに置かれた生き物、いやフローラちゃんはいたって元気そうだ。バレットさんの物と思われるサラダをもりもり食べている。しかし、自信満々な顔をされても反応に困ってしまった。
「変わりないように見えるぞ?」
アルフレートがしょうがないから触れてやるか、といった様子で尋ねる。そう彼が言う通り、見た目も大きさも昨日までのフローラちゃんと何ら変わらないように見えるのだが……。
バレットさんは「ちっちっち」と指を振ると再びフローラちゃんをびしり、と指差した。
「見た目は同じでも性能はぐーんと上がったんじゃぞ!何とフローラちゃんは『ハイブリットイグアナ』に生まれ変わったのじゃ!」
うわあ、まためんどくさい。「ハイブリットイグアナって何ですか?」って聞かなきゃいけないんだろうか。
「簡単に言うと水陸両用のイグアナだな」
アルフレートのあっさりした答えにバレットさんは顔を歪め、皆はほっとした顔になる。
「へえ〜、泳げるようになったってことね。で、何でまた?」
ローザがパンを口に放り込みながら尋ねるとバレットさんは気を取り直したように胸を張り直す。
「よくぞ聞いてくれた!サントリナに向かうのだったらここから直線に突っ切れたら陸路より早いのではないかと思ってな。ここアルフォレント山脈から流れる川はどういう流れ方か知ってるじゃろ?」
「あー、リニャック川の事か。そういやこの山に源流があってサントリナ方向に真っ直ぐ流れてるね」
フロロがようやく興味を持ったようで顔を上げた。
「なるほどね、フローラちゃんに乗って、フローラちゃんがその川を泳いでいくってことね?」
わたしが聞くとバレットさんは大きく何度も頷いた。確かに楽そうではあるし興味もあるんだけど、陸路より断然早そう!って気はしないんだけどな。フローラちゃん小さいし……。
「馬車は?」
ヘクターがさらっと口にした疑問にローザが身を乗り出す。
「そうよお、うちの馬車置いていくわけにいかないわよ」
「どうせ中身は広くなってたりしないんだろ?」
フロロが目を細めて見ると、バレットさんはぎくりと肩を震わせた。
「じゃあどの道ダメじゃない。デイビス達も来るんだから。只でさえ狭いのに人数倍よ?倍」
わたしの言葉に続いてイルヴァがトドメを刺す。
「急ぎの旅でもないですしねえ〜」
そういやそうだった、と皆が頷く中、バレットさんはがっくりと肩を落とすのだった。