ひるごはん
昼休みの開始を告げるチャイムが鳴ると、我が校では全校対抗バーリトゥードのデッドレースが開始される。
何ということはない。
学食と購買で目当ての昼食にありつくべく、食べ盛り育ち盛りの少年少女が我先にと走り出すのだ。
かくいう私も、つい先日まではその命がけのレースでシノギを削っていた一人なのだが……
前後左右を見回し、知り合いがいないことを確認して鞄から地味なハンカチで包まれた物体Aを取り出し、
「おや、今日はお弁当かい?」
いつの間にか脇に立っていた友人に、まんまと目撃されていた。
「……どこから生えてきたのよアンタは」
「おや、心外だな。君が珍しく昼休みでスタートダッシュをかけないから、友人として体調が心配になってね。机の影に隠れて様子を見ていただけだ」
「その心は」
「面白そうだから様子を見ていたら予想以上の成果で快哉を叫びたい心境」
最低ですねアンタ。
「昼休みの購買戦線に参加しないということから、そこの包みの中身は弁当だと推測される。さらに、君の家は今、ご両親が旅行に出ていると聞いた。まさか君が自分で弁当を作れるとは思わないから、おのずと導き出される結論は一つ。愛妻弁当だな」
鬼の首でも取ったりという様子でご高説を披露してくる友人。
悪い子ではないのだが、嬉々として人の食糧事情に首を突っ込むのはやめてほしい。
「はいはい。さっさと食事しないと後輩クンと対戦する時間がなくなるわよ?」
「む。つまらんな。こう、照れたりムキになって否定したり、そういう可愛げはないのか、君には」
「ありません。というか、アレは単なるお隣さんであります」
「ほほう、単なるお隣さんねえ」
どうやら向こうも今日は昼食持参であるらしい。
コンビニのサンドイッチに紅茶のパックという、意外と庶民的な友人のメニューを見つつ、お弁当箱の蓋を開ける。
柔らかく盛られたゆかりご飯、玉子焼きにシャケ、きんぴらごぼうに青菜のお漬物。
うら若き乙女の弁当にしてはあまりにも地味な内容であるが、まあ、作ってもらっている身なので文句は言えない。
「手の込んだ弁当だね。少なからず栄養も考えているようだ」
「とか言いつつ、箸を伸ばすなこの欠食児童っ。これは私の既得権益だから、例え親友とて米粒の一粒たりとも譲らんのです。あと、愛とかないから。腐れ縁。英語で言うとチェーンサークル。むしろ哀。もしくは藍。ゆかりご飯的な意味で」
「ただの腐れ縁がわざわざ早起きをしてお隣さんのために朝食、夕食、あまつさえ弁当さえ作ってくれると。どんな漫画や三文小説の世界だそれは」
そんなことを言われても、事実なのだからどうしようもない。
自分とこの弁当の作り主の関係を形容するのに、腐れ縁以外のどんな言葉があるというのだ。
一時期は友人だった。けれど、今はというと疑問符がつく。
小学校の高学年、男女がそれぞればらばらに遊び始める時期に、その例に漏れず私たちの距離も自然と離れてしまった。
幼馴染という響きにもしっくりくるものがなくて、抵抗がある。
お隣同士。これまでもそうだったし、これからもそうであるだろう、感情に関係なく存在する関係性。
それがやっぱり一番ぴったり来る気がする。
わかっている。それがとても卑怯な結論だってことは。
卑怯者の私には、真っ直ぐ、迷いなく気持ちを貫く目の前の友人が、とても眩しい。
「まあ、君達には君達なりのしがらみがあるんだろうし、私はただ親友の幸せを願うだけだが。さあ、そろそろ食べるとしようか」
ぱん、と手を合わせた彼女に合わせて、こちらも手を合わせて目を閉じる。
そう。考え事は、いただきますの直前まで。
ご飯はじっくり集中して、しっかりゆっくりいただきます。それが私がお隣さんと結んだ、昔からのルール。
口に運んだ玉子焼きの出汁の味と甘みに、思わず頬が緩んでしまう。
なんて単純で現金なんだろうか。情けなくなるが、自然にそうなってしまうのだから仕方が無い。
「なるほど、そんな顔をしてくれる相手になら、私も弁当の一つ、作ってやりたくも……ふむ、なるほど。その手があったか」
「うるさい。昼ごはんは静かに食べる!」
「はは、もう食事の邪魔はしないよ」
ああもう、色々と言いたいことはあるが、仕方ない。
それが吹き飛んでしまうくらい、アレの料理は反則級なのだ。
さすがに、これだけギブがある以上、テイクも返してやらないかなあと思いつつ、私はきんぴらごぼうに箸を伸ばした。