不妊と罵られ王宮を追放された王妃、辺境で息子を育て摂政として返り咲く
「ヴィオランテ、お前とは離婚する!」
王座に座ったメルダーン王国の王シモーネの言葉は冷徹だった。隣に座った側妃カロリーナは口角が上がっていた。
「はい。承知いたしました」
ヴィオランテのあっさりした言葉に王は慌てた。
「いいのか? 王宮から追放されるのだぞ」
「一年前に側妃を迎えたときから覚悟していました。結婚して五年、子供ができない私は、この王宮にはいられないのですね」
ヴィオランテの指が小さく震えた。それを隠すようにそっと手を重ねた。
「そうよ、赤ちゃんを産めないあなたは用済みよ。とっとと田舎に引っ込んでなさい」
側妃が自慢げにドレスの上からふっくらしたお腹をさすった。
「私のお腹には、この国の未来が宿ってるの。あなたはこの一年間私に優しかったけど、生まれてくるこの子のために心を鬼にするわ。あなたがいると目障りなのよ。ここの側近、官僚や領地内の村人までうまいこと手懐けたあげくに、私を妹のようにかわいがったわね。それが、うざいのよ。とっとと私の目の前から消えてくださらない」
「そういうことだ。ヴィオランテ、お前は男に生まれるべきだったな。さすればわしの側近として置いてやったのに。お前がいると王宮が割れる。どっちに付くべきかと悩む奴らが出てくる。ここではっきり言おう。カロリーナに敵意を向ける人間は、国境紛争の最前線送りになる。異議はないな!」
「──ありません!」
閣僚たちが一斉に返事した。
ヴィオランテは離婚の手続きを済ませると、わずかな荷物と一緒に馬車に乗り込んだ。
元王妃の退場なのに見送りはなかった。ヴィオランテは王宮を振り返りもしない。
一週間後、ヴィオランテは辺境の実家に戻った。
父のタリアーニ伯爵と母と妹が玄関先で迎えてくれた。母の腕の中には、赤ちゃんがいた。
「やっと会えたわね。私の愛しい赤ちゃん」
ヴィオランテは母から赤ちゃんを受け取り、張りつめていた肩の力がふっと抜けた。満面の笑顔が、自然とこぼれ落ちる。
二ヶ月前、父の体調が良くないということで、ヴィオランテは実家に戻った。実はそのときに出産したのだ。
陰謀渦巻く王宮での出産は危険だと感じたからだ。ずいぶん前からゆったり目のドレスを着ていたので誰も気づかなかった。
正確には、信頼できる側近の侍女のみが知っていたが、彼女はヴィオランテと一緒に辺境の地についてきたのだ。
赤ちゃんの名前は、フェルモ。
元気な男の子だ。
「ヴィオランテ様、おかえりなさいませ」
カラビ村長が挨拶にやって来た。 背後に子供が三人いた。男の子二人と女の子だ。
三人はヴィオランテを見ると駆け寄った。
「先生、いじめられて帰って来たんだろ? おれ王様ぶん殴ってやる」
「あたしもつねってやる」 「あっかんべーだ。王様なのにひどいやつだ」
ヴィオランテは三人を抱きしめた。
子供たちは村の教会のボランティアで知り合った。
王妃になる前から、ヴィオランテは子供たちの世話をして勉強を教えていたのだ。 そして王妃になってからも、里帰りのたび教壇に立っていた。
「ありがとう。みんなの顔を見たら元気になったわ」
「ヴィオランテ様、爺は嬉しいです。こうして子供たちと会ってる姿を見て、教壇に立っていた頃を思い出して胸が熱くなりました」
カラビ村長は涙ぐんだ。
翌日からヴィオランテは精力的に動いた。 朝は村の学校で授業をはじめた。 それが終わると、今度は作業着と麦わら帽子を被って鍬を担いで畑に出た。
「ヴィオランテ様がいらっしゃった」
「もー、この姿のときは、ヴィオと呼ぶ約束よ」
「アハハ、忘れてました!」
農夫は自らの頭を叩いた。 あちこちで笑いが起こった。
ヴィオランテは畑の土に鍬を振り下ろした。 何度も何度も、汗まみれになっても平気だった。
ヴィオランテは耕した土に、ふとシモーネ王と側妃カロリーナの顔が浮かんで戸惑った。
もちろん妄想だ。
それを踏まえて、
シモーネ王の顔に鍬を打ちつけた。
グサッ!
カロリーナの顔に鍬を打ちつけた。
グサッ!
立て続けに打ち下ろした。
ヴィオランテの表情は、麦わら帽子で農民たちには見えなかった。
一ヶ月後、王宮の側妃カロリーナの赤ちゃんが産まれた。
主治医のコルラードが健康であることを王に伝えた。
シモーネ王は初子に歓喜した。ベッドに横たわるカロリーナの手を握りしめて涙を流した。
「おお、カロリーナよ。わが子を産んでくれてありがとう。わしは種無しじゃないかと悩んでおったのが嘘のようじゃ。ほんとに嬉しいのう。この赤ちゃんの目や鼻を見ろ、わしにそっくり……」
王の顔が固まった。それまでのにこやかさが消え去って、訝しげな目つきになった。
「──ではないの。わしはだんご鼻なのにこの子の鼻はすっとしておる」
「まだ産まれたばかりですよ。気にしないでください」
「ああ、そうだな。顔はこれから整ってくるよな、ハハハ」
執務室に戻った王は、部下の親衛隊長ストルキオに側妃の男関係を探るように命じた。
一週間後、側妃の不貞の相手が見つかった。
王の弟オルランドだった。
苦悩の末に、王は決断した。
「カロリーナ、お前を、離宮に幽閉する!」
あまりの驚きに、カロリーナの顔が醜くゆがむ。
「あなた、まさか……」
「わしは【托卵】は認めない。何で弟の赤ん坊を育てないといけないんだ? 衛兵、連れて行け!」
控えていた衛兵二人がカロリーナを挟むように立った。
「嫌よ、誰か助けて──!」
側妃は引きずられながら部屋を出て行った。
王の弟オルランドは国境紛争の最前線に送られた。
王は側近の親衛隊長ストルキオに、弟を殺すように命令した。
ストルキオの密命を受けた騎士が、白兵戦の最中にオルランドの背後に近づいた。
「そうか、死んだか……ご苦労であった」
ストルキオは髪の束を一房、シモーネ王に手渡した。
ストルキオが王の間から出ると、シモーネ王は、がっくりと肩を落とした。
幼い頃、弟と一緒に遊んだ記憶が走馬灯のごとく流れた。
(つらい……つらすぎる。こんなときに慰めてくれる相手はいない)
ため息をついた。 ふと、思い出した。
(……控えめで優しい女が一人いたぞ。政務の愚痴を嫌がらずに聞いてくれて、適切なアドバイスをくれた女が)
元王妃のヴィオランテだ。
気立てがよく誰にでも親切で王宮で人気があった。
(わしの唯一心の許せる人間だった。跡取りさえ生んでくれれば文句のつけようがなかった。そんな心の隙をカロリーナにつかれたのだ。あー、ヴィオは今どうしている。わしが居なくて寂しい思いをしてるのではないか)
「ヴィオ……」
思わず声を漏らしてしまった。
侍女長が反応した。
「王様、もしやまだヴィオランテ様を……」
「言うな、わしは見る目がなかった。カロリーナの色香に負けた情けない男だ」
「ヴィオランテ様に会われてみてはいかがですか?」
「もしやお前、ヴィオランテと……」
「手紙のやり取りをしておりました。これは言うべきかどうか迷ったのですが……ヴィオランテ様は王様のお子様を出産しています。男の子でした」
「意味がわからない。妊娠した素振りはなかったぞ?」
「カロリーナ様が恐ろしかったのです。もし知れたら、赤ちゃんはどうなっていたやら」
「そうか、わしの跡取りが生きているのか!!」
シモーネ王はすぐに辺境に使者を出した。親衛隊長のストルキオを向かわせた。
四日後、早馬の伝令騎士が戻って来た。
「ヴィオランテ様、お子様のフェルモ様ともども元気でいらっしゃいました」
「何だと、生まれた子供の名前はフェルモなのか?」
「はい。左様でございます」
「わしの《ミドルネーム》じゃないか」
シモーネ王は信じられないという表情になった。そしてじわじわと笑いがこみ上げてきた。
「そうか、ヴィオはわしのことを今でも愛してるのか……」
翌週、ヴィオランテは赤ちゃんを連れて王宮に戻って来た。
王の間には、側近はいなかった。王と二人きりの対面だった。
笑顔のヴィオランテと胸に抱く赤ちゃんを見て、シモーネ王は王座から立ち上がった。
「おお、その子がわが息子か」
「フェルモです。王様」
シモーネ王は赤ちゃんを渡されて、壊れ物のように大切に抱きしめた。
赤ちゃんと目が合った。フェルモはニコッと笑った。王が小さな手のひらに触れると、人差し指を握り返した。
王の目に涙がにじむ。
赤ちゃんをヴィオランテに返すと、シモーネ王は土下座をした。
「ヴィオ、許してくれ!」
シモーネ王は馬具の鞭をヴィオランテに差し出した。
「それでわしを思う存分叩いてくれ! わしの至らなさがお前を苦しめた。絶対に許されないことは分かっている。それでもどこか、心の片隅にわしの居場所があるのなら、入れてほしい。どうか王妃として戻ってくれないか」
「私はシモーネ王の率直さに惹かれて結婚しました。その気持ちは今も変わりません」
「それでは戻って来てくれるのか?」
ヴィオランテは一瞬、躊躇した。これまでの仕打ちが頭をかすめた。
カロリーナを側妃にしたいと言われたとき、もう愛されてないと絶望の淵に立たされた。
あの時、これまで築き上げた何かが壊れてしまったのだ。
静かな怒りが、熱を帯びて沸騰した。
鞭のグリップをギュッと握り締めた。心臓が高鳴った。
ドクン、ドクン、ドクン。
ヴィオランテの優しげな表情が一変して、目つきが鋭くなった。
赤ちゃんをそっと床に置いた。
――私が感じた苦しみを、その一片でも受けてみなさい!
鞭が振り下ろされた。
バシッ──!
その一撃は強力だった。シモーネ王の背中の服地が破れて肌が露出した。みみず腫れになった。
「……まだだ、こんなものじゃないだろ? お前の本物の怒りでわしのいたらなさを退治してくれ!」
ヴィオランテは、さらに鞭を振り下ろした。 手加減なく無我夢中で鞭を振るった。
血しぶきが飛んだ。
ヴィオランテが我に返ると、シモーネ王の背中に痛々しい無数の鞭の痕が残っていた。
「……これで、許してくれるか」
シモーネ王のたどたどしい声を聞いて、ヴィオランテの怒りは治まった。
冷静さを取り戻したヴィオランテが言った。
「条件が一つあります」
「何だ。言ってみろ」
「王座を息子のフェルモに譲ってください。そして宰相の権限を私に与えてください。王妃兼宰相として政治に関わりたいと思います」
「……それはできない」
その言葉を聞いたヴィオランテは、床の赤ちゃんを抱き上げて出て行こうとした。
その背中に王が叫んだ。
「待て、待つんだ。ヴィオを【摂政】に命じる。王妃兼摂政ならば、貴族院の連中も抵抗がなかろう。わしは政権運営から手を引く。ただし、半年の期限を区切る。それまでに結果の出ない政策をとれば、わしは王座に再び戻る。それでどうだ」
ヴィオランテの足が止まって振り返った。
「摂政ですか……わかりました」
ヴィオランテは口元にうっすらと笑みを浮かべた。
**********
シモーネ王と元王妃ヴィオランテの再婚が発表された。さらに王座を赤ちゃんのフェルモに譲って、摂政に王妃ヴィオランテがなると発表した。
王座の間に集まった閣僚たちはざわめいた。蜂の巣をつついたような騒ぎだった。騒ぎが収まらなかったので、王は一喝した。
「異議のあるものは、前に出ろ!」
シモーネ王のひとことで沈黙した。
「それではヴィオランテ王妃、わしの王座に座りなさい。わしは隣に移る」
ヴィオランテは赤ちゃんのフェルモを抱いたまま王座に座った。誇らしげな表情だった。
離宮のバルコニーから王宮の方角を睨むカロリーナ側妃。
「今にみてらっしゃい。私には切り札がある」
「そうです。カロリーナ様」
乳母の腕の中で赤ちゃんが眠っていた。かすかな寝息をたてていた。
(馬鹿なシモーネ王。私が浮気した相手はあなたの弟ではないわ。勘違いさせたのよ。私の本当の浮気相手は……)
バルコニーに入って来た主治医のコルラードが、乳母から赤ちゃんを受け取った。
(コルラードなのよ。必ず私は復活して、この子を『国王』にしてみせる)
「とっても元気そうだな」
コルラード主治医が言った。
「ええ、とっても健康よ。この子には元気に育って、将来なんとしても王座についてもらわなくては」
「そのための協力は惜しまない。私は王の主治医でもあるからね。王に厄介な急病が起こって亡くなっても、診るのは私だ。われらの未来は明るいよ」
コルラードはにんまり笑った。
カロリーナは大きくうなずいた。
**********
摂政としてヴィオランテは精力的に動いた。 まずは長年の係争地である隣国との国境紛争である。
これを終わらせるために、第三国の大国ヴァルダキアに仲介を密かに頼んだ。 その外交努力が実った。
ソレイユ国との和平会談が実現した。会談場所はヴァルダキアの首都である。メルダーン王国は使節団を派遣した。
その使節団の団長がヴィオランテ王妃であった。
「なんだと、和睦になったと。そんな馬鹿な!」
早馬で報せを聞いたシモーネ王は驚愕した。三十年間紛争していた地域が、王妃が直接乗り出して一ヶ月間の交渉で解決したのだ。
外交使節団が帰って来た。
王妃と宰相が並んで前王シモーネと相対した。王座を降りてもその影響力は絶大であった。
「シモーネ前王、そこをどいてください。王座は、フェルモ王の座る場所です」
ヴィオランテがきっぱりと言った。
慌ててシモーネ前王は、隣の席に移った。
「すまない。いつもの習慣が抜けなかった。で、どうやったんだ?」
「あそこの住民たちはわが国メルダーン王国の人間です。しかし土地は歴史的に見てソレイユ国のものです。古文書から判明しました」
「しかし森を開拓して農業地帯にしたのは我らの開拓民ではないか、国境があいまいで放置された土地が農地に変わると突然、あやつらがやって来て『出ていけ』とはあまりにも殺生ではないか」
「……土地はソレイユ国に譲りました」
「なんだと、馬鹿な!」
シモーネ前王が気色ばんだ。
「ただし住民たちには【自治権】が与えられました。土地はソレイユ国、自治権はメルダーン王国の住民の折衷案を取ったのです」
「税金はどうなる?」
「ソレイユ国に納めます」
「うぐぐー」
「納める税金以外は住民たちの裁量で新たな税金を作って地域の発展に使えます。農作物も自由に売り先を選べるのです」
「ということは、農作物はメルダーン王国のものになるということだな?」
「実質そうです。名より実を取る政策でした。さらにあの土地周辺を【非武装地帯】にしました。これで長年続いた紛争は終結するのです」
「す、すごい。あの三十年間の紛争が終わるのか。摂政王妃様のおかげだ」
閣僚の一人が声をあげた。
「もっと早く王妃様が政務をおこなっていたら、私の息子たちは死なずにいたのに……」
国防大臣が悔しそうに顔をしかめた。
一ヶ月後、第三国ヴァルダキアにて和平の調印式が行われた。
摂政王妃ヴィオランテは赤ちゃんのフェルモを連れていった。
そして調停の書類に代理人としてサインした後、フェルモの親指にインクをつけて拇印を押した。
現王フェルモがメルダーン王国の代表であることを、高らかに世界に宣言したのである。
◇
「カロリーナ様、大変です!」
側近の侍女がやって来た。
その背後から親衛隊長ストルキオが部下を引き連れて部屋に押し入った。
ドカドカ、と足音が響く。
「何ですか? 側妃の私に約束もなく押しかけるなんて失礼ではありませんか」
「あなたはもう側妃ではありません。摂政王妃様が議会に側妃廃位の手続きを行いました」
「まさか、シモーネ王がサインしたのか?」
「前王のサインと議会の承認を受けました。この書類です」
ストルキオは書類を広げてカロリーナの顔の前に広げた。
「そ、そんな馬鹿な。確かにシモーネ王のサインだ。でも……私には切り札がある」
「切り札?」
「シモーネ王との赤ちゃんがいるのよ。この国の未来の王よ!」
「フン、連れてこい」
ストルキオ隊長が部下に命令した。
後ろ手を縄で縛られた男が現れた。
コルラード主治医だ。
顔に殴られた痕。 ひどく腫れていた。 鼻血を出して唇が切れていた。
「コルラード、どうしてそんな目に……」
「やつは吐いたぞ。カロリーナが産んだ子供は、シモーネ王ではなく、自分の“種”だと」
その言葉にカロリーナの顔が泣き出しそうになった。
「嘘よ、嘘。シモーネ王の子よ!」
「ええい見苦しいぞ。しかも子供の相手をシモーネ王の弟君に擦り付けた大罪、裁判で明らかになろう。カロリーナを連れていけ!」
「えっ、どこに連れていくのよ」
「刑務所だ。犯罪者に離宮に住む権利はない」
ストルキオは冷たく言い放った。
カロリーナとコルラードの裁判で二人とも死刑が宣告された。 しかし、摂政王妃ヴィオランテが介入して恩赦を与えた。刑務所の地下牢の独房にて、無期懲役の刑だ。
カロリーナとコルラードの赤ちゃんは、ヴィオランテが「赤ちゃんには罪はない」と、子供のいない貴族に預けられた。
薄暗くじめじめした廃墟のような独房で、カロリーナは膝を抱えて震えていた。
「こ、こんなところで一生暮らすなら死んだほうがましよ!」
◇
ある昼下がり。 王宮の庭の東屋の椅子にシモーネ前王が座っていた。侍女が紅茶を入れると人払いをした。
侍女と入れ替わりに、摂政王妃のヴィオランテがやって来た。
「あなた、こんなところにいたのですか」
「ヴィオがすべてやってくれるからな。これまで王として緊張感を持って生きてきた。しかし、王でなくなったわしは何をすればいいのだ? 老け込むには早いし、フェルモの成長だけが一日一日の楽しみだが……」
「近ごろフェルモの相手をしてくださってありがとうございます」
「わしのかわいい赤ちゃんだ。弟オルランドの生まれ変わりと思うことにした」
そう言ったシモーネ前王の顔が一瞬、苦味を感じた顔になった。
「わしはカロリーナの策略にまんまと嵌った愚か者じゃ。カロリーナの野心を見抜けなかったことで、たった一人の弟を殺めてしまった。こんな馬鹿に王の資格はない。ヴィオがこのまま摂政王妃を続けるがよい」
「あなた、そんなに自分を責めないでください。失敗は誰にもあります」
「わしの王の器ではなかった。近ごろかつて尻尾を振っていた閣僚たちが、腫れ物に触るような態度をとっている。暴君政治の時代から、ヴィオの融和の政治の時代に変化しておった。そのことが見抜けなかった。ヴィオの政治力がこれほどのものだとは……わしはあなどっていたよ」
シモーネ前王は首を振った。
「私はフェルモの未来とこの国の行く末を憂えていました。長引く国境紛争や奸臣、欲望のままに生きる“悪意”を排除して、一から国を立て直すことしかないと思ったのです。これからはあなたの経験が生きる場面がきっと来ると思います。どうか私の側で国家運営の助言をお願いします」
「うん、わかった。一つ聞きたいことがある。わしの赤ちゃんを“フェルモ”と名付けたのは、わしのことを愛していたからか、それとも……」
「愛していました」
「いましたか……微妙だな。いや、それでも嬉しい。そなたが側にいることで心が安らぐ」
「あなたに会わせたい人がいます。庭で待たせています」
「誰じゃ?」
「入ってください」
植え込みから姿を現したのは、死んだはずの弟オルランドだった。
「オルランド……信じられない。生きていたのか」
シモーネ前王が椅子から立ち上がった。
破顔したシモーネ前王が、背後のストルキオ親衛隊長を見て、眉間に皺を寄せた。
「ストルキオ、お前はわしを裏切ったのか。忠誠心のある男だと思っていたが」
「私の忠誠心は国家にあります。メルダーン王国そのものに心を捧げています」
ストルキオは片膝をついて頭を下げた。
ヴィオランテがうなずいた。
「ストルキオから連絡を受けたとき驚きました。でもすぐにオルランドを戦場から連れ去って私の元に連れてくるように指示しました。いずれ兄であるシモーネ王と再会する日が来ることを願っていました」
「おおお──! 何たる慧眼じゃ」
シモーネ前王は再びオルランドを見た。目の前が涙でにじんだ。
「オル、許してくれ! わしは間違っておった。いや、殴ってくれ。思う存分殴ってくれ」
シモーネ前王は、地面に両膝を付いた。
「兄上、あの時は混乱していたのでしょう。私はこうしてピンピンしています。どうかもう頭を上げてください」
兄弟は抱き合った。背中に手を回して強く抱きしめあった。 二人ともすすり泣きをした。
屋敷に戻った母の姿を見つけて、赤ちゃんが両手を伸ばした。
ヴィオランテは、乳母から赤ちゃんを受け取った。
「ねぇ、フェルモ。あなたが大きくなるまで頑張るから、いい国王になってね。反面教師が側にいるから、きっと大丈夫よね」
フェルモは無邪気に笑って、ヴィオランテの指を力強く握った。
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