愛の水
父が3か月前に死んだ。
それは、例えば仕事を辞めて転職をしたり長年続けていた趣味の美術教室を辞めたりするなどの、振り返るほどでもない多少大きな出来事でしかなかった。
別に嫌いだったわけじゃない。とても厳しい父だったけど、むしろ私は社会人として、一応不都合なく働けるまでに育ててくれた父に感謝をしている。
それなのに、どうしても悲しくはならなかった。
病室で母が父の頭を優しく撫でているとき、鼻がツンと痛くなって涙が溢れ出そうになったけれど、それは父が亡くなることに起因する涙ではなくて、母が大切な人を失うかもしれないその気持ちに同情した涙の気配だった。
それから先、看取った瞬間も葬式の間も出棺の瞬間も納骨の時も、まるで仕事の延長線上のように淡々とやらなければならないことをこなしている自分がいた。
母がぼろぼろになって泣いている横で、私は父を失った悲しみを必死になって胸のなかで作り出し、演劇部のように涙を流そうと躍起になっていたのだ。
私は、そんな薄情な自分が嫌いだ。
28年間生きてきて、初めて自分のことを嫌いだと思った。
そんな自己嫌悪も忘れかけた頃、遠距離恋愛をしていた彼から別れ話を告げられた。
『好きな人ができた』
彼が放った、たった9文字の言葉は私の日常生活をボロボロにしてくれた。私のなかの幸福といえる感情を根こそぎ引っこ抜いて、地面に投げ捨て靴底でぐりぐり押し潰されたようだった。
好きな人ができた、ってなに?
好きな人ってわたしじゃないの?
好きな人ってふたりもできるもの?
なんで別れなくちゃいけないの?
歯車のように同じ場所を回り続ける自問自答は、鋭利な刃が備わっていて回転するたびに私の胸をずたずたに切り裂いていく。
仕事に行けなくなった私は、ある夜アパートを空にして実家に飛びこんだ。息を切らして泣きつづける私に、母は昔のように頭をそっと胸のなかに抱えて『大丈夫、大丈夫』と語りかけてくれた。
生き残った一匹の蝉が必死に声を張り上げて鳴いている。はっとして顔を上げると、母がいった。
『夏も終わっちゃったね』
夏を生きた心地なんてしない。
何をしていたのかも覚えていない。
私のなかの時間はいつの間にか止まっていたから。
『お母さん、お父さんって何月に死んじゃったんだっけ』
『6月28日だよ、命日忘れちゃったの?』
残念そうに私の顔を窺う母に゙、ごめんねと一言告げて私は2階の部屋に向かう。木板のギイギイと軋む音が胸のなかを若返らせる。
父が降りてくる合図だ。
食事中は慌ててテレビを消して、寝っ転がってたら急いで起き上がった。幼い私にとって恐怖でもあり、父親がいる証拠にもなっていた音。
上がって奥の部屋を、慎重にノックしておそるおそる開ける。
『お父さん、どこに出かけてるの?』
そう言った手前、涙がこぼれ落ちた。
久しく誰も座っていない木目柄の折りたたみ式の椅子と、アンティーク調のデスクは、もうこれから先いくら待とうとも父が座ることはない。
お父さん、もう帰ってこないんだよね。
いつまで経っても6月のまま捲られない卓上カレンダーが、父のかわりに返事をしてくれたような気がして、私は膝から崩れ落ちる。
『しっかりしなさい大人なんだから』
もしもそこに居たならば、そうやって叱ってくれるに違いない。私はしゃくり上げるなか、そうやって叱ってほしい自分がいることに他人事のように安心した。
お父さん、ごめんね。
私やっと気が付いたよ。お父さんが死んじゃったんだってこと。
愛の水が少しずつ抜けていってようやく隙間ができたところに風が吹いた。そして私はそこにあるべきものがないことに気がつくんだ。
先を考えると思いやられる。母がずいぶん先に乗り越えた喪失感と、私は今日から戦わなければならないのだから。
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