第二十三話 激鉄は起きている
洋上航空母艦について
各惑星守備軍における海上戦力の一つ。略称は「洋母」。
陸上の飛行場からではなく、海上を航行する大型の船舶から航空機を発艦させることにより、より広域で航空機を運用するための艦艇。
その前提上、海洋の広い惑星で主に採用されている。しかし航空機自体の航続距離の延長、惑星守備軍自体の厳しい予算繰りなどで、各惑星において退役や配備計画中止が相次いでいる。「海軍不要論」も提唱されるなど、洋母だけでなく海上艦艇全般に対して風当たりが強くなる一方である。
現在一般的に「空母」と呼称される「航宙機母艦」にその運用思想と命名法則は引き継がれているものの、「洋上戦艦」と同じくいずれ「洋母」という概念も消滅してしまうかもしれない。
―出典:Nelt百科事典
ーシラーナル星系から63光年 フルト星系 第五惑星 第二衛星軌道
遠くから眺めている分には丸太を削って作った球に見える、茶色を基調とした縞模様のある大きな惑星。ある程度の大きさの惑星は衛星を従えているものだ、この惑星もご多分に漏れずいくつもの衛星を連れている。
その中の一つ、第二衛星ことフルトⅤbの軌道上に数隻の航宙機母艦が停泊していた。飛行甲板を一望できる艦橋から、一人のサブフレームが航空機型の発艦準備の様子を見下ろしている。
エレベーターから翼を畳まれた艦載機が甲板までせりあがってくる。エレベーターが上がりきったタイミングで機体がガタンと揺れて、カタパルトまで自走を始めた。隣のエレベーターから上がってきた機体も、同じようにカタパルトへと機首を向ける。
宇宙空間には、惑星上のような重力は存在しない。そのため本来であれば、発艦するにしても機体下部のスラスターをちょっと吹かせば簡単に甲板から離れられる。あとは相対速度にさえ注意すればいいだけの話だ。
ただ、エストライの艦艇の場合、そう単純な話ではない。エストライの艦艇の引力の発生源は、艦底部の竜骨と呼ばれる主構造体だ。艦首部分や艦尾部分といった、艦の縦方向の引力を部分的に弱めたり、場合によっては切ったりすることができても、階層ごとに引力を制御することはできない。そのため飛行甲板に働く引力を弱めれば、必然的にその下にある格納庫や整備区画、場所によっては居住区画の引力も弱まってしまう。結果的に宇宙に出ても、洋上航空母艦時代とそこまで変わりない発艦シークエンスを使っている。
「第四次偵察隊、順次発艦はじめ」
二機の前脚がカタパルトにロックされるのを見届けてから、そのサブフレーム、掩龍は号令をかける。すると甲板から、分厚い板がのっそりと起き上がる。その板が固定されたのを確認してから、機体のノズルからわずかに青い輪郭を持つ黄色の炎が噴き出してきた。機体が前に進もうとし、車輪のブレーキに引き止められる。エンジンが十分に暖まった頃、カタパルトが機体を一気に投げ飛ばした。続けてもう一機の機体も、衛星を背に放り投げられる。
軌道が安定したところで、航宙機隊の管制士に任務の割り当てと配置を引き継ぐ。
「続けて第二次偵察隊、着艦アプローチに入ります」
今度は艦の後部から二機の偵察機が近づいてくる。それらの機体の誘導を管制士から掩龍は引き継いだ。
僚艦の扶龍の偵察機もそろそろ戻ってくる頃だろう。そう思いつつ、いつものように副甲板への誘導路を線で描く。艦載機はそれをなぞるように高度と速度を落とし、緩やかに着艦する。十分に速度を落とした後は、ほかの機体の進路に注意を払いつつ、近場のエレベーターまで誘導するだけだ。
今のところ真新しい報告はない。星系の反対側では分艦隊の景龍たちが同じように二隻一組で偵察機を飛ばしているが、そちらも特に異常らしい異常はないそうだ。フルトに到着してからずっとこの繰り返しで、そろそろ飽きが出てくる。
そもそも蒼龍型は偵察空母ではない。確かに主力空母たる鳳翔型より小回りは効くし、電子戦や偵察専門の翔環型より戦闘力はある。それでも軽空母としての本分は柳星を使った雷撃だ。と少しむくれながら、甲板の上をのっそりと動く偵察機を退屈そうに見やる。彼らに非はないが、やはり戦闘攻撃機と比べると華奢で、どこかひ弱に思えてしまう。
思わず口から漏れたため息を聞きつけたのか、指揮をとっていた副長が近づいて声をかけてきた。
「暇そうだな」
「…忙しいですよ、とても」
視線を窓から副長に移しながら、そう言って誤魔化す。本来偵察というのは何もないのが常だ。むしろ何かあったら困る、だが何もないのもそれはそれで退屈だった。
苦笑した副長が肩をすくめたその時、通信端末が緊急を知らせてけたたましく鳴り響く。通信士がそれを受け取るより先に、モニターを凝視していた管制士が何かを読み取って大声で報告する。
「方位40度方向に向かった彩星が重力震とらえました!」
「玄弾より至急電!『隣接星系にオルムディア大群を確認、全艦直ちに集結せよ』!」
負けじと通信士も声を張り上げる。今の艦橋には最低限の人員しかいない、通りで声がよく響くわけだ。一瞬よぎった要らない思考を演算から叩き出し、艦の移動経路の計算と偵察機のデータからオルムの数と種類を予測する。艦載機が距離を取れていたのは幸運だった。これ以上近いと、オルムのワープアウトの残渣のせいで通信障害が起きてしまう。
「全艦第一種戦闘配置!扶龍と426に伝達!彩星のデータを玄弾に送れ!」
副長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。にわかに艦内でサイレンが鳴り響き、騒がしくなったのが分かる。艦載機の発着艦の邪魔にならないように離れていた、第426駆逐隊の面々も慌てて集まってきた。
「第四次偵察隊を40方向へ増派!いったん後退だ、念のため柳星を上げろ」
先ほど反対方向へ向かったばかりの偵察機がとんぼ返りするのをレーダーで見つつ、格納庫のエレベーターへ向かっていた彩星を、甲板上の駐機場に行き先を変えさせる。
「回頭します。目標フルトⅣ、面舵120、天舵10」
若干緊張した面持ちで、航海士が操舵輪を回す。惰性で回転し続ける舵を丁度いいところで抑えると、艦首の向きは緩やかに変わっていく。
「ワープアウト、間違いありません、オルムです」
確信はあったものの、掩龍は念のために反応を確認する。続けて数を数えようとしたが、思わず偵察機のレーダーを疑ってしまった。
「数、およそ…1200?」
「は?」
副長のこんな声は今まで一度も聞いたことがなかった。恐らく報告が聞こえたのだろう、艦橋に上がってきたばかりの戦術長が一瞬フリーズしたのが副長の背後に見える。
時間が止まったかのような艦橋で、現実に引き戻すかのように通信端末がまたビープ音を鳴らす。椅子ごとこちらを振り返っていた通信士が、慌てて姿勢を戻して内容を読み上げた。
「く、玄弾より再び通信!『射線上から艦載機を退避させよ』とのことです!」
同時に送られてきた「射線」のデータをもとに、管制士が彩星を逃がす。
「了解。にしても範囲広いな…ミサイルで面制圧でもする気か…?」
そんな管制士のつぶやきをよそに、機体は命令に忠実にあまりにも広い射線の加害範囲から離れる。
刹那、主星がもう一つ星系に増えたかのような閃光が空間を貫いた。艦の各所にある窓の透過率が下がっても尚、艦内の照明を上回る明るい光の奔流。目的地であったフルトⅣから放たれたそれは、送られてきた射線のデータそのままに空間を引き裂き、ワープアウトしたばかりのオルムの大群を一直線に撃ち抜く。
第七遊撃艦隊を苦しめた大型個体も多く含んでいたその群れは、陣形を組む暇すら与えられず、文字通り消滅した。
その光線が遥か彼方へ消え、艦橋の窓が再び明るくなった頃、偵察機との通信がようやく回復した。流石にあれほどのエネルギー波が通過すると、通信にも障害が起きてしまう。
「…反応消失…」
管制士が、まったく実感がわかない、といった様子で報告する。実際掩龍からしても、重力震の座標を玄弾に送信してから攻撃までがあまりにも早すぎる。
「艦首砲のチャージぐらいの時間しかなかったぞ…来るのわかってたのか…?」
戦術長が自分の座席に腰を下ろしつつ、やっとのことで口を開く。
第八要撃艦隊は基本的に「待ちの艦隊」と言われる。空振りに終わることもあるし、読みが外れてしまえば扱いにくいというリスクがある。ただその一方で、正確な情報と推測があれば、途轍もないリターンを生み出す。
主星の光に照らされる数十の砲身が、美しい緑の星を背景に鈍色の輝きを放っていた。
オマケ
艦艇解説
秋月型駆逐艦
全長:122m
武装:13.2cm実体弾兼用広角型連装集束徹甲式陽電子砲塔
2基4門(上部前方1基 後方1基)
垂直ミサイル発射管 計64セル
(上部と下部に24セルずつ 両舷に各8セルずつ)
80cm銛雷発射管 計8門
(艦首4門 連装旋回式発射管1基4門)
13.2cm広角型連装集束徹甲式陽電子球状砲塔
2基4門(両舷各1基)
多目的投射機 12基
28mm連装対空間防御レーザー砲塔 22基
艦載機搭載数1機
同型艦多数
おそらくエストライで最も有名な駆逐艦。
防空と護衛を主任務とし、艦隊の盾となる。
建造数では五月雨型の方が多いものの、五月雨型は任務が多岐にわたるために艦ごとにシルエットが安定せず、またあまりにも「普通すぎる」見た目故に世間一般には浸透しずらい。一方で小柄な艦体に所狭しと対空砲を載せた秋月型は、その独特なシルエットと「〇〇月」という比較的覚えやすい艦名も相まって瞬く間に浸透した。
余談ではあるが、なぜか「五月雨型のサブフレームと秋月型のサブフレームは不仲」という噂が広まっている。だがそれは実のところ五月雨と秋月が同型艦の自慢で揉めただけである。




