第二十二話 事前の偵察の重要性について
―フルト星系外縁部小惑星帯
辛うじて主星の重力圏にとどまり、宇宙を漂流せずに済んだ岩々を背に、4隻の軽巡がワープの準備をしている。
「いきなり星系内にジャンプして実は敵陣ど真ん中でした、ってのは最悪だからな。外端部から4光秒開けてくれ」
その中の一隻、戦隊旗艦の一澪の艦橋に、落ち着いた声が響く。
「了解しました。座標確定」
一澪が応じる。目指すは約63光年離れたシラーナル星系だ。普段のワープなら星系内部に直接入ることもできる。ただ今回のケースだと、一度遠距離から様子を見るのが得策だろう。
「全艦連動、ワープ開始!」
航海長が号令と共にスロットルレバーを倒すと、艦尾のノズルから青い光が迸る。同時に艦の前方には、4隻をすっぽり収めるほどの光の渦潮が現れた。
4隻がその中へ飛び込んでいくとすぐ、まるで最初から何もなかったかのように光は霧散する。それまでとなんら変わりなく、岩々は主星の光を浴びて煌めいていた。
-ジルヨ星系から約36光年
シラーナル星系付近
星間物質の微かなチリの動きが、僅かに変わる。直後に空間に蒼い渦潮が現れてその中から4隻の艦艇が滑り出てきた。
「ワープ終了」
「機関異常なし」
航海長と機関長からそれぞれ報告が上がる。宇宙空間のうち、大部分はこうした何も無い空間だ。と言ってもこの辺りはまだ星系間の間隔が狭い地域だが、それでも宇宙の広大さの片鱗が見えている。
「陣形変更、第二探査陣」
艦長が落ち着いた声で命令を出す。周りの僚艦が左右に動き始めたのが、レーダーに映っていた。
艦隊が正面から見て、距離の離れた菱形の陣形を取る。それを確認してから、艦長が続けて指示を出した。
「プローブ射出。遠方走査用意」
「了解、汎用投射機オープン。探査用プローブ射出始め」
戦術長が号令と共にコンソールを操作する。すると艦橋の裏側や底部から、なにやら線のついた小さなドラム缶のようなものが放り投げられた。
宇宙空間では惑星表面のような重力はない。そのため投げられたものは基本的には等速直線運動を続ける。有線式なのは飛びすぎないようにするためと、回収を簡単にするためだ。
引力を操作できるようになっても、結局のところ目に見える形で繋いでおくのが一番確実で安上がりだというのは変わっていない。
「プローブの動作正常。測量を開始します」
一澪がそう言って目を閉じた。4隻の間から放たれた、合計12個のプローブが完全に揃った明滅を繰り返す。
要は一つの星を、それぞれのプローブが異なる角度から見る。すると、反射から距離と角度がわかるので、その星の位置がひとまず確定する。それを星系内のすべての星に行うと、前後関係や位置関係が明確になる。もっと詳しく調べれば、自転や公転の周期や軌道もわかる。こうして星系地図を作成するのだ。
「データ確認しました。星系モデルを生成します」
今度は分析士が、一澪から送られきたデータを元に星系地図に落とし込む。艦橋の壁面についているモニターに、徐々にシラーナル星系の全貌が明らかになっていく。
「…測量完了しました。次は…」
一澪が目を開けると同時に星系地図が完成した。シラーナル星系は6つの惑星を持ち、そのうち外側の軌道をまわる3つがガス状惑星で、それらも数多くの衛星を従えている。
「次はオルムを探す。第三惑星軌道は念入りにな」
艦長は出来上がったばかりの星系地図を見た後、一澪に視線を移した。
「了解です。全艦レーダー及びソナー同期、星系内の索敵を開始する」
一澪はそう言うと、すぐにまた目を閉じてしまった。彼女たちサブフレームにとって、レーダーや重力波ソナーは見るものというよりも、聞いたり感じたりするものなのかもしれない。
光もレーダー波も重力波も、速度には限界がある。今この戦隊が展開しているのは、星系の外縁部からさらに光でも4秒かかる地点だ。そこから第三衛星軌道まではさらに時間がかかる。つまり、光が行って帰るまでに約30秒ほどかかるということだ。
「…ひとまず、大群はいないと思われます。ただ、重力波の乱れが幾らかあります。オルムディアかどうかはここからでは…」
一澪が言葉を濁す。折悪く件の第三惑星はこの第83巡洋戦隊からみて反対方向にある、正確な索敵は難しいだろう。
「わかった。プローブ格納。第六惑星軌道までジャンプして星系内を調べる。全艦に戦闘配置を出してくれ」
ライゼ指揮官経由でもたらされた、総司令の懸念が本当かどうかを確かめる必要がある。
「プローブ格納、全艦戦闘配置」
戦術長の指示と同時に、プローブがスルスルと巻き取られていく。同時に艦内が俄に騒がしくなった。
「全艦連動、ワープ準備。目標、シラーナル第六惑星」
時を同じくして航海長も号令をかける。操舵輪を回すと艦首は第六惑星の方を向いた。
「全艦連動、座標確定。いけます」
一澪がそう言うと、すぐに航海長はスロットルレバーに手をかけた。
「ワープ開始!」
先ほどと同じように光の渦潮が4隻を呑み込む。その光から抜けると、眼前には大きな青いガスを纏った惑星が広がっていた。
「ワープ終了」
「機関部異常なし」
航海長と機関長が声を揃えて報告する。
「もう一回索敵だ。第三惑星中心に探ってくれ」
艦長が一澪の方を向いてそう言った。こくりと頷き、一澪は僚艦に連絡する。
「了解です。全艦レーダー及びソナー同期、索敵を行う」
餐界の小規模な群れが、ちらほらとその辺りを彷徨いている。これらは大した脅威にはならないだろう、惑星本体も、特に異常らしきものは見受けられない。強いてあげるなら、星の大きさの割に重力波が大きいことぐらいだろうか。
「…幾つか小規模なオルムディアの群れがいます。脅威度は低いかと、また惑星も特に異常は見られないと思われます」
そのまま一澪は報告する。小規模な群れはおそらくジルヨに行った群れのはぐれ個体だろう、その程度の認識だった。
「一応カメラで見せてくれ、どんな星か見たい」
艦長はなんともなしにそう言った。餐界を掃除してから、分担してそれぞれの惑星を軽く調査すればいい、そう思っていた。
「了解です」
一澪は今度はどこか遠くへ、何か考え事をするように視線を投げる。普段ならしばらくそうした後に目線がこちらへ戻ってくるのだが、今回は違った。
「…まずいかもしれません」
一瞬で視線を艦長に戻した彼女は、明らかに声に焦りの色が滲んでいた。
「どうした?」
見ただけでわかる異常があったのだろうか。
「これ見てください」
説明するより見てもらったほうが早いだろうと判断したのか、メインモニターに勝手に画像を投影する。
「…」
艦橋が静まり返った。
そこに映し出されたのは、惑星の半分ほどを覆う白い構造物のような何かと、それを囲むように待機している夥しい数の餐界個体だった。
レーダーやソナーはあくまで、位置と大まかな形を教えてくれるものだ。そして、動いていない餐界個体を、質量以外で検知するのは非常に難しい。特に惑星規模の質量をもつものに着陸している場合、光学的に捉えなければいることがわからない。
「全艦急速回頭、気取られる前に現宙域を離脱する!」
ただの群れじゃない。「巣」だ。
艦長はすぐに命令を出した。内情を知らない僚艦たちは、慌ててワープの準備を始める。
4隻の偵察隊はガス状惑星を横目に、本日3回目の渦潮に滑り込んで行った。
オマケ
艦艇解説
澪影型軽巡洋艦
全長:187m
武装:16.3cm連装実体弾兼用集束炸裂型陽電子砲塔 3基6門
(上部前方1基 後方1基 下部1基)
垂直ミサイル発射管 計48セル
(上部と下部に16セルずつ 両舷に各8セルずつ)
80cm銛雷発射管 計8門
(四連装旋回式発射管 2基8門)
13.2cm広角型連装集束徹甲式陽電子球状砲塔
(両舷各1基)
多目的投射機 12基
28mm連装対空間防御レーザー砲塔 12基
艦載機搭載数 6機
同型艦16隻
探査用に開発された軽巡洋艦。
朝霧型駆逐艦と比較して、より遠距離かつ精密な測量や調査が行える。
偵察から星系の調査まで汎用的に行うことができ、主に第三遠洋艦隊などに配備されている。一方で探査、計測用の機器が内部空間を圧迫したため、武装搭載量は控えめとなっている。代わりにワープの準備速度は早いため、先制発見、迅速離脱が求められる。




