第十九話 静かな砲口
艦内食堂について
ほとんどの艦艇には食堂があります。配置や装飾類に関しては、艦級、艦種、任務によって異なりますが、多くの場合、2〜6人がけのテーブルが用意されています。
メニューに関しては共通のものと、各艦オリジナルのものとがあり、給養士が調理します。
食材は真空冷蔵室、又は保冷庫で保管され、長期の保存が可能です。長期の作戦行動の場合、有機物再生加工システムを活用した食事となる場合もあります。
国有艦艇では有機物の有効活用を奨励しています。
出典:国防総省広報部 艦艇内紹介パンフレット
―ジルヨ星系から82光年 海皇都方面、第三警戒ライン フルト星系
外縁部小惑星帯
惑星になりそこなった岩の塊たちが漂う空間に、突然青い光が渦を巻く。そこから数十隻の艦艇が滑り出てきた。
「ワープ終了。第八要撃艦隊、落伍艦無し」
その中でひと際異彩を放つ艦がいる。抜き身の砲身のような外観をした玄弾、その艦橋で副長が指示を出す。
「各部点検、ひとまず索敵から始める。軽巡を先行させろ」
「了解しました。第83巡洋戦隊前進、星系内の索敵を行え」
サブフレームの玄弾が僚艦に伝達する。副長は軽巡が動き始めるのを確認すると、続いてこう言った。
「そのほかの艦はフルトⅣのラグランジュ点に向かう。そこで一時待機だ」
「第47航空戦隊より入電。『偵察隊発艦準備完了。指示を待つ』とのことですが…」
当番の通信士が内容を読み上げる。借り物の戦隊なので遠慮していたが、目は多い方がいい。
「わかった。外縁部の索敵を要請してくれ」
「了解」
通信士が返信する。それを待ち侘びていたかのように、ちょうど横にいた景龍から、航空機型の艦載機が次々と発艦していく。一切の迷いも寸分の狂いもないその機動から、彼らが無人機であることがわかる。
艦が動き始めた頃、居住区画の個室でアラームが鳴っていた。
電子音が数回、一拍置いてまた数回。ベッドの上にある、盛り上がった毛布のかたまりがうごめく。
電子音は徐々に間隔が狭まり、終いには連続して鳴り響くようになってしまった。自らの使命を果たすべく鳴り続ける時計に対し、一切の同情なく毛布から伸びてきた手が叩きつけられる。沈黙した時計を尻目に、数回寝返りを打って勢いをつけた後、毛布の中から女性が起き上がった。
「…うーん…にゅ…」
何やら呟きつつ、まずはメガネを探し、身支度を整えていく。
エストライの艦艇は高度に自動化されている。つまりは艦のサイズに対して人が少ない。下士官でも個室というのは当たり前の概念だった。
通常のシフトなら海皇都の標準時で8時からだ。今は7時23分、食堂でご飯を食べてから艦橋へ行こう、そう思い彼女は部屋を出る。「指揮官室」というプレートが、扉の上で照明を反射し光を放った。
食堂は、朝から人が多い。8時から業務開始なのはあくまで艦橋要員の話だ。機関科や保安科など、シフトが違う科もたくさんある。まだ脳が完全には目覚めておらず、いつものように食事を注文し、トレーを受け取る。そうこうしていると段々と頭に血が回り始め、ようやく現在の艦隊の位置と任務を思い出した。
「おはようございます。ライゼ指揮官」
角の席でいつもの定食を口に運んでいたライゼに、上から声が聞こえた。聞き馴染みのあるその声に、ライゼは顔を上げながら応える。
「おはようございます。玄弾」
目の前に立つ玄弾の手には、ほかの乗員たちと同じように朝食の乗ったトレーが握られている。サブフレームももちろん食事をする。単にエネルギー補給という観点から見れば非効率だが、合理や効率という面のみを重視するならそもそもサブフレームが人型である必要もない。技術者の真意はわからないが、そう造られている以上意味があるのだろう。確かに人と無機物の艦との橋渡し役としては適任かもしれない。
玄弾は向かいの席に腰を下ろし、報告がてら話を続ける。
「まもなくフルトⅣの軌道に乗ります。現在第83巡洋戦隊と第47航空戦隊の航宙機隊が偵察中です」
それを聞きながら、ライゼは汁物をすくったスプーンを唇に当てる。
「…熱っ、わかりました。副長から引き継ぎの時に詳しいことは聞きますね…」
そっと息を吹きかけて冷ましながら、ライゼは答えた。
正直なところ自分たちは保険である。何もなければそれで良し、むしろ何もない可能性の方が高いかもしれない。
「それにしてもこんな基地すらない辺境で待機だなんて、司令部はほんとに…」
ライゼたちの斜め前の席で、話に花を咲かせていた乗員の会話が聞こえてくる。服装からして整備科の乗員、それも恐らくシフト終わりだろう。作戦行動が長引くほど艦には負荷がかかる。きちんとした港がない場所で長居したくないというのはある種当然の感情に思えた。
「しかも俺たち保険らしいぞ、こういう時に限って第七は撤退するし」
その向かいでコーヒーを飲んでいた、通信科の乗員が答える。第七遊撃艦隊がジルヨ星系で交戦したのは、艦隊の中では皆が知ってる話だ。
「司令が心配性なのはいいけど、もし大群が来てもこんな少数艦隊じゃどうしようもないだろ」
整備士のほうがさらに言った。まあまあと通信士が宥める。
その様子をわずかに目線だけで追いながら、ライゼは食事を続ける。向かいに座っていた玄弾も、バランスよく順番通りに皿を空にしていく。司令の懸念も、彼らの不満もよくわかる、だからこそどう対応するのが正解かわからなかった。
少し手を止めて息を吐く、それを見て玄弾が笑った。
「まだ時間はありますから、ゆっくりで大丈夫ですよ」
どうやら食事のペースに対するため息だと思われたらしい。わざわざ訂正する必要もなさそうなので、そのまま会話を続けた。
「ですね…今何時ですか?」
「今が7時34分です」
確かにまだ時間には余裕があった。多少話しながら食べても十分間に合うだろう。
ふと窓に目をやると、緑色の惑星が見えてきていた。これが件のフルトⅣ、餐界が次に狙う可能性が一番高いところだった。ここに来るまでに餐界とは全く接触していない、つまり私たちがここにいることを餐界は知らないだろう。ライゼの目線が外へ向いたことに気がついたのか、玄弾が口を開く。
「ここを取られれば、防衛線は大きく後退します。守り抜かないと…」
餐界は生命の生存可能な惑星環境を利用して繁殖する。ただそれがどんな形で、どれほどの速度でできるのかについては未解明な部分も多い。かつてエルディアが反攻作戦に出た際、餐界個体の中には惑星にコロニーを作り、たった数週間で根を張る種類がいることはわかった。しかし、当時のエルディアの現有戦力と武装では、結局それを破壊することはできず、詳しいことはわかっていない。
「来るなら、恐らく、主力ではない…」
思わず声が漏れる。玄弾は意外そうな顔をして、こちらを見てくる。
「ジルヨにこちらの注意を引きつけて、主力をここに向ける。そういうことだと思っていたんですが…」
餐界にとって大型個体がただの陽動のための捨て駒なら、一カ所に4体も投入する意義は薄い。その上、陽動で攻撃するなら、同時か第七が戦闘中にフルトを急襲するのがベストだろう。もし第七を殲滅したいなら、レイジが撤退した直後に別の大型個体を2、3体送り込めばいい話だ。それをしなかったということは、向こうもギリギリで攻めている。
「多分…コロニーを作るための設営部隊」
確証はない、自分には総司令ほどの先見の明も、フィルナさんほどの勘の良さもない。
「…じゃあどこかで、先発隊が来そうですね」
玄弾が静かに言う。蒼城から応急修理を終えて、フォルド星系を発ったという連絡が入ったのが昨夜。もし総司令の読みが当たっているとするなら、ここに来るだろう。奴らは一度下見をする。ここに何かが来る前に、必ず予兆がある。
それまでは。ごちそうさまでした。と言ってから、食べ終わった食器を持って席を立つ。
「それまでは待ちです…それだけは…得意ですから」
玄弾も椅子を引きつつ言う。
「了解しました。指揮官」
眼下に広がる無人の惑星から、ずいぶん遅い朝日が顔を出していた。
オマケ
艦艇解説
玄弾型戦艦
全長:467m
武装:36cm 連装実体弾兼用集束炸裂型陽電子砲塔
4基8門 (上部前方2基 下部2基)
垂直ミサイル発射管 計56セル
(上部と下部に28セルずつ)
13.2cm 広角型連装集束徹甲式陽電子球状砲塔
5基10門 (両舷各2基 上部後方1基)
多目的投射機 12基
28mm連装対空間防御レーザー砲塔 18基
52.4cm連装艦首固定式集束炸裂型陽電子砲
外部投影式欺瞞装置 8基
艦載機搭載数4機
同型艦無し
第八要撃艦隊の旗艦を担う艦艇。
敵艦隊の進路上にあらかじめ潜伏し、射程内に捉えると同時に艦首砲を発射するという運用を基本として設計された。
一方で通常砲戦においても十分な火力を有するため、艦首砲で撃ち漏らした標的を追撃することも可能。
特筆すべき点として、艦外部の空間に周辺の宇宙空間を投影することで、高い光学ステルス能力を持つ。また、ノズル形状の変更や艦表面の凹凸を減らすことで、より高い潜伏能力を確保している。




