第十八話 記憶の住処
警戒ラインについて
エストライにおいて、領土外縁を縁取るように設定された星系群を結んだ線、あるいは面のことを指す。
内側から第一、第二、第三警戒ラインが存在し、それぞれ概ねワープ一回分の間隔が設けられている。
敵勢力の侵入をできるだけ外縁で捕捉・迎撃するための防衛指標として機能する。
第三警戒ラインには恒久施設はほとんど存在しないが、第一および第二警戒ラインには星系基地やステーションが設置されている場合が多い。
出典:Spedia.org
―海皇都 惑星軌道銀路中継ステーション 旅客駅
人波に流されてエスカレーターに乗りながら、ルイスは考えを巡らせていた。
先日の会議で宣言した以上、餐界全体の砲撃予兆や加害範囲などをまとめておく必要がある。海皇都でも情報を集めはしたが、詳細な戦訓やせっかくなら従軍経験者の話も聞いておきたい。
エスカレーターを降り、改札に腕時計をかざす。軽い電子音が隣の改札ときれいに重なった。
ニレロト長官にも話を聞きたかったが、外縁部方面への護衛隊増発の調整で忙しいらしい。仕方なく初創都のオルムディア研究局に行くことにした。
色々あったので長く感じたが、終戦十周年の式典からまだ4,5日程度しか経っていない。どうりで普段よりも人が多いわけだ。
案内板を見上げ、頭を悩ませている観光客の集団や、主星の光で輝いている青い星を見下ろしている家族を横目にホームへとルイスは歩を進める。横を多分中学生ぐらいだろうか、何人かの制服姿の子供たちが駆けていく。エルディア帝都が陥落してから13年、彼らは本当の故郷を知らないだろう。それでもこの星々が新たな故郷となるのなら、それも悪いことではないのかもしれない。
『まもなく、5番線に、8時47分発、内回り、初創都行きが参ります。危険ですので、ホームドアから下がってお待ちください』
アナウンスが聞こえたしばし後、低い駆動音を響かせながら滑るようにして車両が進入してくる。乗客が吐き出された後、ルイスも他の人と一緒に乗り込んだ。
発車を知らせるメロディが流れる。それから一拍置いて、ホームのフェンス状のドアと車体のドアが閉まる。ルイスは椅子に腰かけ、動き始めた外を眺めながら思考を巡らす。
エルディアは元々好戦的な文明ではなかった。敵対的な文明とほとんど接触しなかったことから、保有している戦力は万一の自衛を主眼に置いたものに限られていた。艦艇の大半が戦列艦や護衛艦で、攻勢作戦を想定されていない。交戦経験が極端に乏しかったことから戦術も十分に洗練できなかった。結果的に訓練内容はシミュレートされた机上訓練に頼らざるを得なかったのである。
列車は勢い良く加速するものの、慣性平滑装置のおかげでほとんど揺れを感じない。前方に銀のリング状の構造物、ゲートウェイが見える。窓の外の光が一瞬引き延ばされた直後、そこは別の星系だった。
『次は、初創都、初創都です。お出口は左側です。落とし物、お忘れ物がありませんようご注意ください。列車が停止するまで、席をお立ちになりませんようお願い申し上げます』
車内にアナウンスが響く。思考が中断されたルイスは、窓の外から車内へと視線をずらした。
通路を挟んで隣の座席には、先ほどの学生たちがそれぞれ端末を弄ったり話したりしている。時間にして十数分、十分に通学圏内だろう。
初創都は巨大なデータバンクだ。あらゆる行政書類や歴史書、文化的な遺産などが保存されている。そして、「エルディア継承連邦」の拠点、母星を失った文明が次につなぐための記憶の保管庫である。
―初創都 エルディア継承連邦 記録解析省 オルムディア研究局
白と青灰を基調とし、曲線を多用した建物にルイスは足を踏み入れる。エルディアの伝統的な建築様式だ。
ここには餐界に対する様々なデータが蓄積されている。エルディアと餐界のファーストコンタクトから、先日のジルヨ星系の交戦にいたるまで。些細であろうとあらゆる戦闘が記録され、分析される。
ひとまずルイスは受付へ向かう。あらかじめ話を通していたので、すんなりと会議室へ案内された。ここには何度か来たことがあるが、広い中庭とそれを覆うガラスドーム、装飾された柱などはやはりエストライのそれとは大きく異なる。全く異なる文明だから当然ではあるが、やはり文化の違いをひしひしと感じた。
部屋に入ると、二人の研究者のような風体の人物が待っていた。
「お待たせして申し訳ありません」
予定より数分早かったはずだが、既に待たせてしまっていたらしい。少しの驚きと共にルイスは頭を下げた。
長い白髪を束ね、首から眼鏡を下げた年長の方の研究者が穏やかな声でそれに答える。
「いえいえ、こちらが気が急いていただけですよ」
そのまま左手に立つ若い研究員を指して、言葉を続けた。
「こっちが解析担当のライザルドです」
名前を呼ばれた研究員が、軽く頭を下げつつ自己紹介する。
「ライザルド・パーランと申します。この間からニレイラ先生の助手として働かせていただいています」
ニレイラ教授とは何度かこうして話したことがあったが、いつの間にか助手が増えていたらしい。
「エストライ統合司令部、情報局のルイス・フォーワードといいます。今回はよろしくお願いします」
ルイスも自己紹介を返す。ニレイラ教授もライザルド助手も典型的なエルディア人だ。
俗に言う「ヒューマノイド種族」の中でもエストライ人は多少変わっている。体のどこかに何かしら動物的な特徴が現れがちで、全員ではないとはいえ外見に大きな差異を持っている。そんなエストライ人に見慣れていると、逆にそういった特徴が薄いエルディア人を見ると不思議な違和感を覚えてしまう。
促されてルイスが椅子に腰を下ろすと直ぐに教授が本題に入る。
「こちらこそよろしくお願いしますよ。特に先日の戦闘結果については極めて興味深い」
穏やかな表情はそのままだが、眼光は鋭い。
「我々としても完全に未知の個体です。進化の系統としても既存の個体から明らかに逸脱しています」
助手が言葉を継いだ。七遊を苦しめたあの個体は、やはりエルディア側にも記録がないようだ。
「…やはり奴らは学ぶのでしょうか?」
ルイスは先日の会議で上がった仮説を提示する。情報局内部でも意見が割れている話だ、このあたりではっきり決めておかないと今後の戦略に大きな影響を与えてしまう。
「絶対とは言い切れません、あくまで状況証拠ですから。しかし可能性として限りなく高い」
教授は頭を横に振って言った。
「学習、あるいは模倣、現時点では何とも言えません。しかし、こちらの戦闘艦の設計思想や運用方法を理解できるだけの能力がある」
教授はさらに続けた。正直なところここまでは想定内だ、司令部でも勘付いている。問題はどう対処するかだ。
「提供された第七遊撃艦隊の戦闘ログを分析しました」
今度は助手の方が話し始める。手に持っていた端末を操作すると、卓上のホログラムが起動する。
このシステムはエルディアからエストライに輸入された方式の一つだ。お陰で立体の宇宙を感覚的に把握できる。
投影されたのは、ここ二日で何度も見たジルヨ星系の戦闘経過だ。旗艦の蒼城から見て一番左の大型が最初に墜ち、突っ込んできた一体が墜ち、丁二の到着と同時に生き残りが後退を始め、左側の個体のみ逃げきる。
「いずれの個体においても、行動ルーチンの変化を引き起こしたのは第七遊撃艦隊の攻撃と見受けられます」
動き回る光点や矢印を見ながら、助手が続けた。
第73巡は基本個体の戦列に対して砲撃を繰り返していた時に、一番左の大型個体が砲撃を始めた。
宙雷戦隊や巡洋戦艦が動くと同時に残りの三体も砲撃を始め、第73巡が相手していた大型が航宙機隊の攻撃で墜ちると中央の一体が突出し始める。
「…出方をうかがってから随時行動を修正していたと?」
ルイスは尋ねる。もしそうだとするならフィルナ指揮官の直感は当たっていたことになる。
「まだ確実なことは言えません。しかし、あれはただの押し寄せる群れなどではない、それは断言できます」
教授が答えた。さらに少しだけ目を閉じ、後悔の色の滲む声で言った。
「そうだったなら、我々はこうなっていないのですから」
エルディアの戦闘ログは、思い出すのも辛いほどの絶望と憤りに満ちていた。端的で淡々とした文体であっても、それがひしひしと伝わってくるほどに。
「…敵は学ぶ前提で戦略を立てるべきですね…やはり指揮個体がいるのでしょうか?」
彼らが遺してくれた記録を無駄にはできない。我々の故郷であり、彼らが死してなお守ろうとした人々の、新たな故郷を同じ目に遭わせてはならない。
そんな思いでルイスはまた質問する。
「ほぼ間違い無いかと。かご座方面とそれ以外の箇所では、オルムディアの動きが異なります。」
助手がまた端末を操作しながら、質問に答えてくれた。卓上のホログラムが、今度は銀河地図に変わる。
「ジルヨ星系へ移動中だった、丁二任務部隊の戦闘ログを確認しました。少なくともたか座方面では組織的な戦闘が行われなかったことを考えると、指揮には有効範囲があると思われます」
件のジルヨ星系と、丁二が戦闘したルイラ星系がハイライトされる。直線距離で約120光年、広大な宇宙から見れば近所だが、実際の距離は果てしない。
「これまでそう言った動きが一切なかったことを考慮すると、最近進出してきたか、有効範囲ギリギリかのどちらかと考えられます」
助手の推論はかなり的確なように思えた。となると全く知らない個体が、先日の大型個体の裏に潜んでいたことになる。
「…これはあくまで仮説の一つに過ぎない、というのを前提にして聞いていただきたい」
ルイスが結論を出す前に、教授が真剣な表情で言った。
「ジルヨ星系からおよそ36.4光年の位置に、シラーナル星系という星系があります。エルディア帝国の植民候補惑星の一つで、我々はその惑星を使って新型のテラフォーミング装置のテストをしていました」
話が飛んだように思えて、一瞬ルイスは困惑した。
ジルヨ星系はエストライの最外縁の星系だ。餐界の数が増えていたため、警戒ラインとして組み込み迎撃体制を整えた。一方でそれより外縁については調査が進んでいない。エルディアからの情報提供はあっても、今現在どうなっているのかわからない状況だ。
教授は話を続ける。
「シラーナルⅢと呼んでいたその惑星に、ある程度生命体が活動できる環境が整った頃、我々に本国から緊急帰還命令が出されました。その時はすぐ戻れるだろうと楽観視していたので、装置の稼働を停止させたまま置いてきたんです」
ルイスにも話が見えてきた。餐界は生態系のある惑星なら繁殖できる可能性が高い。尚且つ七遊を観測するのには丁度いい拠点となる位置、というよりも拠点の近くにいたのが七遊だったのだろう。
「…もしかしてその装置って…」
最悪の想像が頭に浮かぶ、明らかに餐界の適応が早すぎる点について。
「はい…新型の装置は大気中の有毒ガスを分解し、強制的に大気成分を置き換えることができる出力を持っていました。惑星中に子機が設置され、最短での大気組成の変更速度を計測していましたから」
ルイスはほっと息をついた。思っていたのとは違う効果で安心した、進化を促すような細工はなかったようだ。
「恐らくそこが拠点になっている可能性があります。予測ではまだテラフォーミングが不完全でしたので、何十年後には再び不毛の惑星に逆戻りするはずだったのですが…」
教授が目を伏せながらそう言う。結果論とはいえ、原因になってしまったのが後ろめたいのだろうか。
「今回の件からすれば、そこが一番怪しいですね…ありがとうございます。このことは司令部にも上げておきます」
ルイスはひとまずお礼を言うことにした。流石にいきなりやってきた化け物が、建て途中の家に住み着いたからといって、自分たちのためにその家を建てていた人を責めるわけにはいかない。
しかし、エルディアがテラフォーミング中だったと言うのは、一般には伏せておいた方がいいだろう。むしろエルディアが、ジルヨ付近の居住可能候補だった惑星を教えてくれたと宣伝した方が良い。
エルディアに良い感情を持っていないエストライ人は多い。当然の話ではある、軍人や政府要人はその多くが亡くなった。エストライが成立したのを喜ばなかった層も居る。エルディアとの講話に関しても、「妥協で選ばれた皇帝が妥協の平和を選んだ」と揶揄されることもあった。今更火種を増やす必要もないだろう。
ルイスはそんなことを考えながら、餐界個体の戦闘能力や進化系統について昼過ぎまで話し合った。
(今回の艦艇解説はお休みします)




