第十六話 コーヒーは一日に一杯
潮原竜について
惑星海皇都の海洋平原に生息する野生動物の一種。
偶蹄類によく似た上半身と、長い尾鰭を持つ。
一説によると陸でも海でも最速になろうとした欲張りの成れの果てだとか。
頭部から一房のたてがみが伸びており、後頭部で髪を一本にまとめて垂らす、髪型の「潮尾結い」の語源となっている。
-海皇都 横瀬区 統合司令部庁舎
合同作戦立案室
まさかこんなに短期間に何度もここに来るとは思っていなかった。
いつものように人数分のコーヒーを淹れながら、イルミナは心の中でそう思う。今回は重要な案件だからか人数が多い、左手でそれぞれの顔を思い浮かべながら指折り数えてカップを並べていく。
見た目の割に…というと失礼になるが、意外と司令部には甘党が多い。かく言う彼女自身も例外ではない。
錠剤状に成型された砂糖が、山盛りに入っている瓶を手に取り、しばし考える。
「カフェインにしろ糖分にしろ、加減しないと将来が怖いな~」
誰ともなしに呟いた言葉が部屋に溶けた後、今日はミルクだけにしとこう、と瓶を置いた。
コーヒーの匂いが部屋に漂うのが気に食わないのか、換気システムのブーンという作動音が響く。丁度その時、自動ドアが開く音が背後から聞こえた。
「イルミナさん、お久しぶりです」
聞きなじみのある声に振り返ると、少し癖のある黒髪を「潮尾結い」した女性が軽く会釈をしていた。その後ろに、前髪をセンターパートに分けたサブフレームの頭がちらりと見えた。
「お疲れ、スズナちゃん。久しぶりって言っても、一昨日会ったばかりじゃない?」
ひとまず挨拶を返してから、苦笑しつつ指摘する。第八の出発が決まったあの会議から、まだ二日しか経っていない。
「やっぱり映像越しと直に会うのとは違いますよ。結局あの時もゆっくり話せませんでしたし」
彼女の意見に、それもそうかと考えを改める。最後にゆっくり話せる時間が取れたのは半年前だったか、一年前だったか。自分がほとんど内地にいて変わらない日々を過ごしていた間にも、彼女たちはいつも忙しく飛び回っていた。
「確かにそうね。…そういえば改修はどうなったの?てっきり最中なのかと思ったけど、天貫ちゃんも来てるし」
それが仕事とはいえ、自分がほとんど動いていない一抹の罪悪感を振り払い、丁度持っていたスズナ用のカップを手渡して話題を変える。実際のところ天貫が来るのは予想外だ。
「ありがとうございます。実は旗艦戦隊はもうメンテナンスも近代化改装も終わってました。…あの時はもうライゼさんたちが行くって話になってましたから、出しゃばらなくてもいいかな、と」
少しばつが悪そうに頬をかきながら、スズナがそう言った。確かにあくまでも万一の保険に際して、わざわざ複数の艦隊旗艦が出張る必要はない。
「なるほど、そりゃそうね。ちなみに何が変わったの?」
三人でそれぞれの席に飲み物を配りながら、イルミナは天貫の方に話を振る。
「んー、そこまで大きな改修ではなかったですね。火器管制の更新とスラスターの交換ぐらいでしょうか、あとは疲労がたまってた内郭装甲の交換がかなり大変でしたが…」
ポットの方へ向かっていた天貫が一瞬だけ立ち止まった後、すらすらと答える。
そのすぐ後に自動ドアが開き、今度は眼鏡をかけた長身の男性とその数歩後ろから、どこか落ち着いた雰囲気を放っている、長めの黒髪のサブフレームが入室してくる。
「ん、司令はまだだったか。それにしてもお茶くみをするにしては誰もかれも階級が高すぎないか?」
雑談中の3人を見て、メガネの位置を直しつつ男性の方が言った。
「手が空いた人がすればいいのよこれくらい。はいこれカロントさんと、龍鳳ちゃんの分」
結局飲むのは自分たちだ、用意するのは当たり前、と2人にカップを押し付ける。
「すみません、遅くなりました。私がやっていればよかったんですが…」
音もなく、いつの間にかこの空間に居た茶髪の男性が謝罪の言葉を述べる。
「いえ…ルイスも上から数えた方が早いですよね?」
彼からすると直属の上官になる、スズナがツッコミを入れる。確かにこのメンバーであれば階級が一番低いのは彼だが、それでも大佐だから軍内部だとかなり高い。
そうこうしているうちに、立て続けに足音が聞こえる。同時に部屋に通知音も響いた。扉の方を振り返ると、短髪の大柄な男性と、彼に比べると小柄だが少なくとも自分よりは大きい女性が歩み寄ってきた。
「久しいな、皆変わりないか?」
男性の方が先に口を開く。言葉は短く、表情も変わらないが、口調は穏やかである。
「さっきそこでバッタリ会ってね、話してたらこんな時間になっちゃった」
今度は女性の方が、カラカラと笑いながら話す。一緒に入室したサブフレームがチラリと時計を見た。
「まだ予定時刻まで3分ある。そこまで気にすることもない」
もう席について何やら読んでいたカロントが話に混じる。
「通信組もようやく入ってきたぐらいだからな」
どうやら確認していたのはそれらしい。先程の通知音も入室を知らせるものだろう。
時計の針が一つ進むと同時に、今度は初老の男性と一緒によく知った顔も入ってきた。
「皆さんお揃いで、もしやお待たせしましたかな?」
にこやかに老紳士は挨拶しつつ、自分の席へと向かう。
最後に入ってきたアスーイが
「通信を整理してたら遅くなった。すまない。全員揃ってるみたいだし、まずは状況整理から始めよう」
と声をかけると、やはり空気が変わる。
九つの艦隊の指揮官と旗艦級のサブフレームが4人に情報局局長、護衛総隊の長官、それら全てをまとめる総司令。3人がこの場に直接いないとはいえ、普段よりも会議室の密度は高く感じた。
『了解、とりあえずみんな知ってるとは思うけれど、一応結果から報告します。』
まずそう言って、話し始めたのは投影映像越しのフィルナだった。普段の彼女からは想像がつかない落ち着いた口調で報告を続ける。
『端的に言えば、第七は組織的継戦能力は壊滅状態です。艦隊損耗率が大体4割、即時稼働可能な戦隊及び巡洋戦隊は精々2つ、航空戦隊は艦は無傷でも載ってるものがかなり持っていかれてます。蒼城も一部構造体の破断で気密ドック行きが確定しました』
淡々としているが、艦隊を預かっている人間が言うと事の重大性がよくわかる。遊撃艦隊所属の艦艇は大体300隻弱、周辺の索敵に出ていた数個駆逐隊や先に接敵した偵察隊は除くとしても、損傷艦はおよそ100隻近い。
『いいニュースとしては死者は出てません。あとメインコンピューターをやられた艦も、サブフレームが生きてるので代わりの艦さえ用意できれば立て直せます』
…手元にある詳報から頭ではわかっているものの、改めて聞くとやっぱりおかしい。当初の偵察よりも増え続け、累計的には自艦隊のほぼ倍の群れを殲滅し続けて、なおかつ初観測の大型個体のみょうちきりんな攻撃を受けても尚これである。もちろんいいことなものの、なんとなく空恐ろしくなる。
さも当然という口調のフィルナに、何人かのため息が聞こえた気がした。
『あ、あとロミア、丁二の派遣ありがとう。お陰で助かった~報告は以上です』
急に普段の口調に戻ったかと思うと、最後だけ真面目に締めた。同じく通信越しのロミアは何やら考え込んでいたのか、軽く手を振って応えるだけだった。普段ならもう少し揶揄いそうなものだが、今日は一言。
『…間に合ってよかった』
予想していた反応と違ったのか、フィルナが目を丸くする。彼女もそれ以上何か言うことはなかった。
「…先ほどの点について、少し、いえかなり気になる点がありまして」
タイミングを見計らうように、ルイスが口を開く。手元の端末を操作すると、机の中央に画像が投影された。その映像とそこから透けて見える、彼の顔を見ながら話を聞く。
「蒼城と涼雨からのデータを解析しました。後衛の大型個体、レイジとライに関してなんですが、やはり撤退を始めたタイミングを考えると、明確に『形勢不利』を悟ったと思われます」
投影された艦隊の配置図が動き始める。それまで光線を吐いていた二つの赤い三角形が、その後ろに緑色の光点が現れると直ぐに下がり始めた。
「ログを読んでみたものの、やはり交戦開始時から明らかに動きがおかしい。先日司令が言っていた、『指揮個体』というやつがこいつらでしょうかね」
ずれた眼鏡をかけ直しながらカロントが誰ともなしに投げかける。
『…あくまでこっちの感想なんですが』
顎に手を当てたまま、うつむいて動かない司令の様子を知って知らずかフィルナがさらに補足する。
『なんというか…こいつら自身が考えてるってわけではない気がする。確かに自衛っぽい動きはするけど、一体やられたら残りが対策するって感じで、まるで…』
「手駒か…」
アスーイが天井を見上げ、ぽつりとそう漏らす。
「重装甲、高火力、それでいて汎用性のある武器と高い撤退速度…こう言うとなんですが蒼城みたいですね」
今まで黙っていたスズナが、集められた大型個体のデータを見ながらそう呟くのが聞こえた。
「どういう意味?」
思わず尋ねてしまった、微かに何か引っかかりを覚えたからかもしれない。なんとなく、はっきり聞いておきたいと思った。アスーイが鋭い視線を向け、ルイスがハッとしているのが視界の端にぼんやり映る。
「蒼城、というか第七遊撃艦隊の主任務ってそれこそ強硬偵察や情報の収集じゃないですか。主目的は敵の殲滅よりも、交戦経験を生きて持って帰ってくること。私たちとはまた違いますよね」
スズナは正確にその引っ掛かりを言語化してくれた。なるほどとうなずいてから、やっぱりこの娘優秀だなと思いつつ、目つきが鋭くなったアスーイの方へ視線を向ける。
「…予想してた中でも最悪に近い」
しばし部屋が沈黙に満ちた後、アスーイは全員を見回しながらそう言った。
「恐らく第七が異常を報告した時点で連中は動いていた。こっちの『生きて帰る』戦い方をどっかで学んだんだ」
「ともすれば」
カロントがそのあとを引き継ぐ。
「あれは主力ではない、あくまでも様子見ということですか」
「もっと悪い推測もあります」
ルイスがまたもやせわしなく端末を操作する。先ほどの配置図は一度消え、代わりにカレンダーが表示された。
「最初に組織された偵察隊と思しき群れが確認されてから、どれだけ長く見積もっても数週間です。その間に明確に第七遊撃艦隊を『模倣』した個体を持ち出してきました。そもそもこの個体、エルディアの交戦録にも記載がないです」
確かにこれまでエルディアの記録にない個体は確認されていない。小型個体と基本個体、わずかに変異型と思われるものも少数居たが、恐らく生物である以上個体差だろうと思っていた。
ってことは…
『その気になれば600m級の個体が数百体押し寄せてきてもおかしくないってこと?』
今まで黙っていたロミアが口を開く。映像越しでも眉間のしわがはっきり見て取れる。
「…恐らくそこまでの生産力はないでしょう。或いは我々の戦い方を模倣したのであれば、相応の小型艦が必要であると認識しているのかもしれませんがね」
その懸念を軽減するように、老紳士、ニレロト長官は穏やかに言い放つ。
「とりあえず先に考えないといけないのは、どう対処するかだ。奴が今回の戦闘経験を持ち帰ったら、今度は超重装甲で砲撃形態が弱点じゃない個体も出てくるだろう」
アスーイが論点を戻す。情報を持ち帰られた以上、向こうが何らかのアクションを起こすのは明白だった。
「…こちらが手を打つごとに強くなる。厄介だな」
ヘリックが腕を組み、低く呟いた。
「なーに、それはこっちも同じことだ。あの大型の戦い方は大体わかった。逃げたってことは、あの状況を即座に打開できるだけの能力を持っていなかったことになる」
真面目なトーンから少しだけ上げて、不敵な笑みを浮かべアスーイがそう言う。
「もっと言うなら、奴らは第七の、フィルナの戦い方しか知らない。だから第八を回したんだ」
突然話を振られてライゼが困惑しているのがよくわかる。この流れで急に話を振られれば誰だって驚く。正直ちょっとかわいそうだ。
「第八主力の艦首砲なら、恐らく真正面からでも大型の貫徹が狙えるだろう。周りにほかの艦が居れば、存在にすら気取られないかもしれない」
そんなイルミナの心配をよそに、アスーイは映像越しにライゼの目を見つつ続けた。
『わ、わかりました。そもそもいることすら気づかれないように、後生きて帰さないように気をつけます…!』
何かとんでもなく物騒な発言が聞こえた気がしたが、とりあえず聞き流すことにする。何人かが苦笑し、少しだけ室内の空気が緩んだ気がした。
『やっぱり全体的に火力が足りてないかもね…』
今度はロミアがそう語る。確かに巡戦の艦首砲でも貫徹が難しい重装甲だ。火力の底上げは必要だろう。
「全体の火力を上げるのは簡単ではない。ただ、第六から第68戦隊を出そう。十二分に仕事をしてくれるはずだ。」
艦首砲の口径や貫徹力を上げるにも、銛雷の破壊力を上げるにも時間がかかる。今まで火力不足に悩まされたことは少なく、手数重視にしていたのが仇となった形だ。
そこで代案として、ヘリックが名乗りを上げてくれた。
「それがいい。ひとまず、かご座の方に回しておいてほしい。もしかしたら必要になるかもしれない」
アスーイが承認してすぐ、天翔が後ろでうごくのが見えた。
「第一防衛艦隊は、外縁部方面の居住惑星に幾らか部隊を回しておきます」
とりあえず先に動きを確認しておいた方がいいかなと思い、声を上げる。順番的にイルミナから出ないと話が進まない。
『それじゃあ第二打撃艦隊は現任務優先、ただ一部の戦隊はローテーションから外して、いつでも動かせるようにしとく』
ロミアが続いてくれた。
『第三遠洋艦隊は和律の護衛後、予定を変更してかご座外縁部へ向かいます。餐界の指揮が及ぶ範囲を探ってきます』
外交官の護衛中のカルミがそう言う。
「第七が抜けた穴は第四投射艦隊が埋めよう」
後ろに座っていた龍鳳の方を振り返りながら、カロントが指示を出す。
「第五機動艦隊はひとまず整備を終わらせます。その後は第四と合流しましょう」
スケジュール表を見ながら、スズナが唸る。
「第六攻塞艦隊は待機を続ける」
どっしりと構えたまま、ヘリックが静かに言う。
「第七遊撃艦隊は修理を優先、内地に回航しないといけないから、時間がかかると思う」
取り逃がした負い目があるのか、普段より元気なくフィルナが言う。
『えっと…第八要撃艦隊。フルト星系でしばらく停泊します』
まだ移動中のライゼが答える。
「第九強襲艦隊、一部艦艇は第七の修理の補助に回して残りは待機する方向で」
この会議中ずっと聞く側に回っていたイラクサが初めて口を開いた。
「護衛総隊は外縁部方面への警戒を強めておきましょう。銀路の方への根回しも要りますな」
ニレロト長官が白髪を掻きながらそう語る。
「情報局は引き続き解析を進めます。特に発砲予兆と加害範囲を重点的に、新型が出てきても対応できるように法則を見つけて見せます」
真剣な表情でルイスが宣言する。
「了解した。じゃあそれぞれ行動を開始しよう」
最後まで聞いた後、アスーイがそう言って会議を締め括る。
そういえばと余っていたコーヒーを飲み干す。すっかりぬるくなっているが、まだ冷め切ってはいなかった。
(今回の艦艇解説はお休みです)




