第十五話 非正規使用法
投射錨について
投射錨は宇宙空間における固定具としての役割を持ちます。小惑星や惑星地表などに撃ち込んで艦体を固定したり、場合によっては本来の錨のように海中に投錨することもできます。
なお射出及び投錨は、可能な限り相対速度を抑えてから行なってください。艦体が振り回されたり、遠心力が働いて対象物が動いたりと大変危険です。
ー出典:国営航宙艦工廠 一般向け製品マニュアル
ージルヨ星系 第四惑星軌道
星系外縁部方向
8本の光の槍に貫かれた大型個体が、徐々に崩れ落ちていく。開きかけていた触手は力を失って中途半端に広がり、脈動していた紅い光もみるみるうちに色褪せる。外殻の割れ目や亀裂から無数の爆炎が噴き出る。収束していたエネルギーが暴発し、数多の爆炎に包まれながら内部から崩壊していく。その残骸は長い年月をかけて、星に堕ちるか宇宙を漂うことになるだろう。
ー蒼城艦橋
艦体を大きく揺らし、大型個体が発砲した光弾を回避する。突出した大型個体の下側を潜り抜け、後方の二体に対して下から抉るように急速接近する。蒼城を先頭に僚艦の花雪と旋雪、奏薙ら第72戦隊、早潮ら第74巡洋戦隊が続く。
右へ左へ、上へ下へと慣性のかかる艦橋に、通信が入ったことを知らせる通知音が鳴る。
「第73戦隊春薙より入電。『大型個体一体の撃沈を確認』とのことです!」
通信長の声には安堵の色が滲んでいる。
「損傷を確認後、戦隊を再配置。左…やっぱり名前があった方がわかりやすいかな」
今更ながらフィルナはそう考えると、ひとまず適当に名前をつける。
「現時点より左の大型をレイジ、右の大型をライと呼称する。本戦隊はライを狙う、73戦隊ら突入隊は戦力の再配置後レイジを攻撃」
「わかりました。識別信号及び戦術モニターに反映します」
蒼城の返答を聞いた後で、ふと同じ名前の乗組員がいる可能性が頭に浮かぶ。多分艦長クラスにはいなかったと思うけど…と遅まきながら思考を回していると、割り込むように通知音が響いた。
「…っと丁二任務部隊より入電です。『まもなく戦闘宙域に到着する、展開座標を指定されたし』だそうです」
通信士が内容を読み上げる。すっかり忘れていたが、援軍が来たらしい。
「了解。蒼城、ライの後方で牽制になるベストな位置を出して。通信士、到着予想時刻は?」
丁二任務部隊の主力である涼雨型の砲戦火力は、舞雪型に貫徹力で劣る。艦首砲も装備していないため、正直なところ大型個体に対する決定打には欠ける。一方で投射力と射程には優れている、牽制と装甲に持続的なダメージを与える役割には最適だろう。
「座標算定しました。旗艦の涼雨に共有します」
「…艦隊到着まで約16分」
蒼城が艦橋の中央で浮かんでいる星系地図を見つめながら演算を行う。同時に通信士がモニターを操作し、表示された数字を読み上げる。
「よし、それまではこっちで何とかする。主砲射程に入り次第攻撃はじ…」
その声を遮って、レーダー員が大声を出す。
「両個体に発砲予兆アリ!数1!収束早い!」
大型個体における開口部の中心部、五本の腕のちょうど真ん中に光の粒子が集まり始める。これまでよりもはるかに速く、はるかに明るくなる。これまでのオレンジ色を通り越して白に近い輝きを放つそれは、人にもサブフレームにも明確な脅威と殺意を感じさせた。
「旗艦より最優先命令!全艦回避運動急げ!蒼城、加害範囲五割り増しで余裕見て!」
当たったら、いやかすりでもしたらマズイ、そういう直感が働く。気づけばほとんど反射的に、フィルナは命令を出していた。恐らく餐界には「敵討ち」や「弔い合戦」といった概念は存在しないはずだ。しかし、同族が沈められるごとに、攻撃方法は多彩に、破壊力を増している。
「ッ底舵70、右軸転60!蒼城、慣性制御出力上げてくれ!」
「VLSハッチ開け、偏向傘射出始め、フレア投射!少しでも勢い殺せ」
航海長と戦術長がすぐさま動き始めた。直後に艦が大きく傾斜し、体が一瞬浮くような感覚を覚える。艦内の机や椅子がミシリと音を立て、機関操作室にいた機関科員が慌てて手すりを握りしめる。
艦体の各所にあるハッチが開き、立て続けにミサイルが飛び出していく。艦の後方にある多目的投射機からも、後続艦の壁になるように展開式偏向傘が近距離に放り投げられていく。
一拍遅れて水色の球体が宇宙空間に花開く。蒼城以外の艦艇から放たれた傘も広がり、きらきらと輝く水色の壁を作り上げた。
「慣性制御最大稼働中です。砲撃の軸線と加害範囲の計算終わりました、全艦に共有…」
蒼城が言い終わらないうちに、レーダー員が先ほどより抑えめだが大きな声を上げる。
「発砲!」
大型個体の開口部の中心部で輝いていた、白い光の球が風船がしぼむかのように小さくなる。
―瞬間、閃光が空間全体を眩く照らす。艦橋の窓が光量を自動的に調整し、恒星の光がかなり暗くなった。
艦全体が強い振動に揺さぶられる。立っていた蒼城も、思わずよろめいて艦長席にしがみつくほどだ。これまでの光弾ではなく、空間自体を貫く槍と形容できるであろうビームは春薙たち突入隊と、蒼城たちを明確に狙っていた。
水色の壁は一瞬抗うように強い輝きを放ったものの、あえなく白に塗りつぶされ霧散する。蒼城の左舷対空間機銃の銃身が溶けて変形し、飴細工のように曲がる。装甲も表面が泡立ち、塗装が剥げ落ちた。
「各部被害報告、次弾の予兆はある!?」
振動がある程度収まると、とっさに閉じていた目を開けてフィルナは叫ぶ。
「…左舷対空火器及び副砲塔被害甚大、使用不能!」
「装甲一部破損、シールド消失、再展開まで20分」
「機関部損傷軽微、航行に支障はないと思われます」
「ライからエネルギー反応消失、今の所発砲の予兆無し」
起き上がり、それぞれの仕事を始めた艦橋要員達から報告が相次ぐ。
先頭の蒼城だけでなく、後方の艦にも甚大な被害が出ていた。
直撃は避けたものの、艦尾をもぎ取られる艦、舷側の副砲が爆発する艦、艦底部の主砲塔が抉られる艦…
しかしながら、これでも被害を抑えた方である。先ほど散った空間偏向傘はその名の通り、光学兵器を偏向させたり、内部で拡散させて減衰させたりすることができる。僅かにエネルギー波の中心を逸らし、余波を減衰させてこの威力。フィルナは内心冷や汗をかいた。
『こちら空薙、当方大破1、中破2。内1隻航行不能』
『第74巡洋戦隊、中破1、小破2。内2隻が余波により機関不調、戦闘機動困難』
『こちら花雪、第一第二主砲、砲身損傷により発砲不能。航行に支障無し』
『第701駆逐隊旗艦、薄雲より蒼城へ。各艦、目だった損傷はありません』
各艦からの報告はかなり絶望感に満ちていた。戦力になりそうなのは、蒼城を入れて巡戦2隻に重巡3隻、駆逐艦4隻ぐらいだ。
「…わかった。701駆逐隊を分離、救難に充てる。春薙達の方はどう?それと航宙機隊の増派は?」
これ以上損失が増えれば、撤退すら困難になりかねない。航宙機の一撃離脱で時間を稼ぎ、その隙に撤退。という戦術を脳内で組み立てながら彼女は尋ねた。
「それが…損傷艦の曳航準備と陣形再編中だったようで、77巡や78巡がカバーに入り、直撃は避けたみたいです」
通信長が肩を落として続ける。
「しかし、損傷艦中心に被害が大きく、防郭を損傷した艦もいるようです」
「航宙機隊に関しては2分後に到着する見込みです」
こちらの報告は通信士である。
「航宙機隊は73戦隊の方に回して、レイジの方に一撃くれてやって。損傷艦は直ちに現宙域を離脱、第72宙雷を派遣して」
通信長達の返事を聞きながら、フィルナは一つ息をついてから続ける。
「蒼城はこのまま前進、ライの注意を最大限引きつける。僚艦離脱後、全速で現宙域を離脱する」
ー大型個体「ライ」後方約10万km
青く輝く粒子が、徐々に渦を巻いていく。粒子の光が強くなり、光でできた大きな渦潮になった時、中から20隻の艦艇が滑り出てきた。
「少し遅かったか」
涼雨の艦橋に少し悔しげな声が響く。
「遅れを取り戻す。全艦左砲戦用意、いくら硬くとも叩き続ければ必ず割れる」
「了解。弾種集束、交互撃ち方、攻撃目標…」
戦術長が一瞬言葉に詰まる。モニターに視線を逸らし、探していた名前を見つけてから続けた。
「大型個体、『ライ』。撃ちー方ー始め」
号令と共に半数の主砲から閃光が放たれる。着弾と同時にすぐさま砲塔が小刻みに動き、修正した射撃を残りの砲身で繰り出す。交互に砲身が上下し、8隻の重巡からとは思えないほどの密度で砲撃を続けた。
ライの装甲の表面に当たった光線は、すぐにその岩のような層を赤熱させ、砕き、割る。しかしそれは表面だけにとどまり、内部までは届かない。されど一糸乱れぬ砲撃は、確実に装甲を蝕んでいた。
『こちら丁二任務部隊。全艦指定座標に到着、これより貴艦隊を援護する』
その通信と同時に、ライの胴体上部装甲が粉塵と光に包まれるのが見えた。
そのすぐ後、大型個体にまたもや動きがあった。先ほどまで花弁のように開いていた、触手の腕を徐々に閉じ始める。それと同時に、半開きになった触手の先にオレンジ色の光が灯った。
「発砲予兆!」
レーダー員がすぐにそう警報を出す。航海長の操艦で、蒼城は旋雪と一緒に僚艦を庇いながら回避機動に入る。
だが、予想していたような攻撃は起きなかった。むしろ大型個体達は後退していく。
「…っアレ逃げるつもりだ。丁二を進路から退避させて、本艦は全速前進!絶対に逃すな!」
アレは逃してはいけない。経験からくる直感か、あるいは本能か。どちらかがフィルナを突き動かす。それに応じるかのように、蒼城は今日だけで何度目かの急加速を始めた。
「ライ、さらに加速!」
「機関長」
フィルナは機関長の顔を見つめる。機関長は何かを察し、ニカっと笑う。
「主砲とシールドへのエネルギーをカットし、補助機関も全開にすれば追いつけるでしょう。しかし、その後は…」
「それは大丈夫、考えがあるから」
機関長の懸念を払拭するかのように彼女は即答する。それを見ながら蒼城は、また無茶振りが来るんだろうなと密かに覚悟を決めた。
「機関最大出力!前進一杯」
航海長が左手のスロットルレバーを最大限に倒す。蒼城の艦尾からは凄まじい勢いで青い閃光が迸っていた。なんとか追従していた奏薙と旋雪の、艦橋の光度調節機能が作動し、明度が下がって遠くの星々が見えなくなったほどだ。
「主砲射程内に入りました」
「まだ近づいて!副砲圏内まで!」
すでに丁二が展開していた位置は通り過ぎた。大型個体達は星系外縁部へ向かって一直線である。
「…副砲射程圏に入りました」
蒼城はさらに加速し、やや上方ではあるものの同航戦の形を取る。
「投射錨発射」
「え」
思わず声を出したのは錨の操作も担当する航海長だが、正直なところ艦橋にいる全員は同じ気持ちだった。
「射出錨発射、目標、進行方向先端部!」
流石にもう一度繰り返されては聞き間違いではない。
「りょ、了解です。投射錨発射!」
慌てて航海長がパネルを操作する。艦首付近から錨が撃ち出され、艦首に近い部分では金属が擦れる甲高い音が響く。ちょうど進行方向先端近く、丁二が削った装甲の傷跡にほど近い部分に、錨が突き刺さり固定された。艦内に強い衝撃が走ると同時に、大型個体も引かれて軌道がブレるのが分かる。
「錨巻き上げ!勢いがついたら推力停止。艦首砲に動力集中!傷跡を撃ち抜く!」
要は錨で相手との距離を固定し、艦首砲で撃つという話だ。当然ながら投射錨の本来の目的ではない。
「了解!巻き取り始め」
ガクン、と艦が揺れた。鎖の張力メーターが危険域まで跳ね上がるが、各所のスラスターを吹かしながら衝撃をなんとか逃す。厨房の担当者は、この艦のどこかに動物性乳を固定しておけば、勝手にバターになるんじゃないかと遠い目をしながら考えていた。
「推力停止、艦首砲にエネルギー集中」
「艦首砲戦用意。エネルギー充填完了まで12秒」
「計算終了、14秒後、ベストな位置にきます。タイマーつけときますね」
戦術長が見ているモニターには、艦首砲発射までのカウントダウンと一緒に、回る艦がちょうど傷跡の真上に来るタイミングのカウントダウンも表示されていた。
蒼城は勢いをつけて回る振り子のように弧を描いていた。大型個体と蒼城の全長差は2倍以上あるものの、やはりそれだけの質量と遠心力が働くと、いくら大型個体といえど姿勢が安定しない。追い縋ってきた奏薙と旋雪が砲撃を続けているのも要因の一つだろう。
「充填完了!」
「照準良し!」
戦術長と蒼城の声が重なる。
「艦首砲、発射!」
艦首に集まっていた青い光が、一瞬押しつぶされたように小さくなる。直後に今度は一気に肥大化し、極太の閃光となって大型個体を貫いた。
「抜錨!後進半速」
錨が抜き取られ、遠心力もあって蒼城は一気に距離を取る。船体のあちこちからスラスターを吹かして姿勢を安定させた頃には、先ほどまで格闘していた個体の姿はなかった。
傷跡どころか胴体部を過貫通された、ライと呼ばれたその個体は、その貫通痕と逆流したエネルギーが暴発した触手部の2箇所から徐々に爆炎に包まれ、崩壊していく。一気に色が抜け落ち、黒い岩と成り果てたそれは、慣性の法則に基づいて星系外へと飛んでいった。
「レーダー反応消失。レイジ、ワープした模様です」
「航宙機隊を管制していた第72航空戦隊より入電です。『レイジは融解性液体により銛雷を迎撃、被弾した触腕二本を自切し逃亡。力及ばず、申し訳ない』」
一体には逃げられてしまったようだ。
「…返信、『本件は異常事態の連続なり、気に病むことなかれ』。現時刻をもって戦闘終結を宣言する。全艦艇をまとめて必要があれば応急修理後、フォルド星系へ」
蒼城の周りに、奏薙と旋雪が並ぶ。
正直なところ考えないといけないことはたくさんある。奇妙な動きをしていた餐界、明らかに統率された群れ、初接触の大型個体、こちらの戦術を学習するかのような戦い方、そして何よりも「逃亡」を選択したこと。
これまでであれば考えられなかったことばかりだ。ただ、一先ずは後片付けと休息が先決だろう。考えるのは上のお仕事だ。
そう割り切って、フィルナは再び前を向く。
あちらこちらで傷だらけの艦艇が、同型艦や小型艦に曳航されていく。彼女達の装甲が、主星の光を反射して瞬いていた。
オマケ
艦艇解説
迅星型戦艦
全長:397m
武装:40.2cm三連装実体弾兼用集束炸裂型陽電子砲塔
4基12門(上部前方2基 後方1基 下部1基)
垂直ミサイル発射管 計40セル
(上部と下部に12セルずつ 両舷に各8セルずつ)
80cm銛雷発射管 計12門
(四連装旋回式発射管3基12門)
13.2cm広角型連装集束徹甲式陽電子球状砲塔
(両舷舷側3基ずつ 計6基12門)
多目的投射機 16基
28mm連装対空間防御レーザー砲塔 24基
52cm艦首固定式集束炸裂型陽電子砲
艦載機搭載数3機
同型艦8隻
機動力と砲火力を重視した戦艦級艦艇。
主に第七遊撃艦隊に配備される。
三連装砲塔の採用と機関の大型化によって、高い砲戦火力と、戦艦でありながら巡洋戦艦や航空戦隊に追従できるだけの速力を兼ね備えている。一方で同じようなコンセプトの舞雪型と同じく、防御面に関してはやや不安が残る。しかし巡洋艦よりは求められる機動力の基準が低いことや、単純に船体が大型化し隔壁が増えたことなどからそこそこの抗堪性を持つ。




