第十話 影差す航路
話の通じない敵もいれば、「威圧」や「抑止」が通用する相手も存在します。
今回は「打算」と「利害」で砲火を交えることなく戦争を終わらせる人たちの紹介です。
―ジルヨ星系から海皇都方向へ114光年
みずつぼ座方面 アラシマ星系
「…ふう…ひとまずはこれでよさそうですね」
ティーカップをソーサーに置き、一つ息をつく。これから交渉にむかう惑星は、連合皇国への統合を決めてからまだ日が浅い。惑星の中に存在するいくつかの国家の反発があり、技術的、経済的な格差も埋める必要がある。問題は山積みである。
「お疲れ様です~」
机の上に広げられた書類を重ねて、机でトントンと書類の束の角をそろえながら、向かいに座っていた和律がねぎらう。
「整理手伝ってもらってる側が言うのもどうかと思うんですが、艦橋に居なくていいんですか?」
ソファに座り直し、ロングスカートのシワを伸ばしながらアリスは尋ねる。
この和律という艦は外務省の専用艦であるものの、いつのまにやら彼女がいつも乗る艦になってしまっていた。外務省と財務省、そしてなぜか巻き込まれた国防総省ですったもんだの果てにようやく建造が認められた艦を独占するのは少し気が引ける。ただ軍用顔負けの処理能力と膨大な記憶容量を持つサブフレームは、秘書としては相当優秀であった。
「今は巡航中ですからね。友鶴さんたちもいますし、よほどがなければオートで大丈夫なんですよ」
―艦橋にいても退屈ですしね。という発言は直前でフィルターがかかる。文官に言うべき内容ではないだろう、それに艦橋で働いている人たちにも失礼だ。
そんな話をしていると、扉が控えめにノックされる。入室を促すと自動扉が微かに駆動音を立てて開く、そこから一人の女性が入ってきた。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいフレイさん。ちょうど書類整理が終わったところですよ~」
外務執務室に帰ってきた護衛官を和律が迎える。
「あ、もう終わったんですね。和律さんってなんか外交官の専属秘書みたいになってませんか?」
和律の隣に腰かけながら、フレイは少しからかう意図を込めながらそう話を振る。本来ならサブフレームに「さん」づけをする必要はないものの、上司がさん付けで呼んでいる以上合わせるようにしている。
「ふふっ、この艦が退役したらそれもありかもしれませんね」
口元に手をあてて微笑みながら和律が答えた。やはり外交官と過ごす時間が長いとその分「ユーモア」や、「間」といったものがかなり板についている。
「そういえば三遠洋って私たちを送った後に外洋に行くんでしたっけ?」
カップを持ち上げながらアリスが和律に話を振る。
「…そうみたいですね。帰りのためにいくらか部隊を残してくれるらしいですよ、向こうも向こうで穏やかではなさそうですからね…」
自分の分のお茶を一口飲んでから、和律が答えた。
エストライにおいてたか座方面と表現される地域は、かつて「ラルノード帝国」と呼ばれていた帝国の領土だった。封建的な中央集権国家であったものの、何か事件が起きて帝政が崩壊したらしい。辺境の惑星で奴隷のような扱いを受けていた人々は、これを好機と見て反乱を起こし、多くの惑星が独立することになった。しかしラルノードの後継国家として誕生した「ジルグラード教導帝国」はそれらの惑星を旧領とみなし、奪還する動きを見せている。
「国境は第二が見張ってるみたいですから、いきなり事を起こすとは思えませんがね…ジルグラードもまだ国力が回復してないでしょうし、今のうちにあれらの惑星をちゃんとエストライの勢力に入れておきたいところですね」
机の上に置かれていたクッキーをつまみながら、フレイが話を繋げる。
元々は単なるアリスの護衛だったものの、そこそこ付き合いが長いもので、友人と呼んでも差し支えない。
「ですね。餐界の脅威は深刻ですから。正直なところ、騙された感覚はありますが…」
アリスが相槌を打つ。
元ラルノードの植民惑星だった惑星国家のうち、比較的穏健な形で独立した国家や政権交代という形で解放された惑星もあった。そうした国家の首脳部は、自国だけでは銀河では生き残れないとわかっていた。
いずれ来るであろう新たな侵略者たちに、どう対抗するべきか頭を悩ませていた彼らにとっては、第三遠洋艦隊はまさに助け舟だっただろう。なにせ武力行使を嫌う上に、ラルノードの存在を知らないように思えたからだ。交易路の確立と勢力圏への参加を条件に、独立の保証と技術面での協力を受ける、友好関係を築くのを目的とした第三遠洋艦隊からすれば、警戒はしても拒む必要はない条件だった。
実際のところラルノードは餐界の存在を認知しており、それは辺境惑星であっても総督クラスであれば知っている情報だった。
その情報を利用しエストライとの共通の敵を演出する。そうすれば「共戦国」として対等な立場と同時に軍事的な後ろ盾を得られる。その計略は成功に終わり、エストライは元植民惑星群を、高度な自治権を持つ惑星として勢力下に引き入れることになる。
彼らがもともと植民惑星であったこと、彼らの元宗主国が政変の末に奪還を狙っていることを知るのはそれからしばらくたってからだった。
「わかったところで、今更切り捨てるわけにはいかない。というのが中央の意見でしたね、人道主義と平和主義を標榜する以上、国家としての信用にかかわると」
軽くため息を吐きながら和律が補足する。
「そういえば…少し小耳にはさんだんですが、このあたりに餐界が進出してきてるのって本当なんですか?」
同じようにクッキーを一口かじってから、アリスは和律に尋ねる。
「本当らしいですよ。友鶴さんからそう聞きました」
何でもないかのように和律が答える。和律は国防艦隊所属ではないため旗艦ネットワークには参加していないが、軍機でもなければ情報の交換ぐらいはする。
「ただ…ちょっと気になるのは、わざわざ航行に注意するように警告してることなんですよね~」
表情を曇らせながら続けた。
「今までも餐界が外縁部に出現することはよくありましたけど、警告なんてされたことなかったんですが…」
「仮に突破されそうなのだとしたら、そこを第三が無策で通るとは思えませんね…明確な脅威ではないにしても、何かが起きてる、ってことなんでしょうか?」
横髪を弄りながらフレイが考え込むようにそう話す。
「…まあ、私たちのやるべきことは変わりません。国を守るのは軍の仕事ですし、私たちは国を育てるのに集中しましょうか」
パン、と手を打って話を変えるようにアリスがそう言った。
その時艦内放送のチャイムが鳴る。
『15分後に空間跳躍を開始します。時空間に歪みが観測されるため、揺れが予想されます。各部準備を行ってください』
「あ、そろそろ艦橋に戻りますね。ごちそうさまでした」
そのアナウンスを聞いて、和律が立ち上がる。
大半が護衛艦艇と非戦闘艦で構成された艦隊は、もうすぐ恒星系の重力圏を通過しようとしている。書類を整理していた時は窓に大きく見えていた主星が、今ではかなり小さくなっていた。
オマケ
艦艇解説
特務恒星間巡航艦 和律
全長:258m
武装:21.6cm連装実体弾兼用集束徹甲型陽電子砲塔 (前部1基 後部1基)
垂直ミサイル発射管 計24セル
(上部と下部に8セルずつ 両舷に各4セルずつ)
多目的投射機 8基
28mm連装対空間防御レーザー砲塔 12基
艦載機搭載数 4機
同型艦2隻
エストライの外務省専用艦。
戦闘艦に比べると横幅のあるシルエットをしている。最低限の自衛用の武装を持つものの、やはり基本的に戦闘は考慮されていない。
艦内には大ホールをはじめとした社交場としての機能を有する設備があり、居住性に限定するもののエストライに存在する他の艦艇よりも優れている。
それを支えるために軍用艦艇と遜色ない出力を誇る機関と、それよりも強力な慣性平滑装置を有しており、乗り心地は極めて良い。
サブフレームもかなり高性能なものが配置されているものの、外務官と仕事をする機会が多いせいかどこかつかみどころがない、と評されている。




