5.亀裂
ある日の放課後、エリックが突然友也を呼び止めた。
「ちょっと、話したい」
屋上の隅、風の強い場所まで連れて行く。
エリックはフェンスに寄りかかり、俯き加減で言った。
「この前……悪かった。あの頃、僕、ひどかったよな。お前に心配かけたり、周りに気を遣わせたり」
友也は黙って聞いていた。エリックは続ける。
「お前が修一とばっか一緒にいるのも、わかるよ。僕が近寄りがたい雰囲気出してたから。でも……僕、お前とまた普通に話したいんだ」
その声は、いつもより小さかった。カリスマの仮面を外したような、素のエリック。
友也は驚いた。
「別に……俺は気にしてないよ」
エリックは小さく笑った。
「嘘つくなよ。お前、顔に出てる」
そして、少し間を置いて言った。
「修一のこと、応援してるよ。あいつ、ほんとに頑張ってるから。僕ができることなら、何でもする。お前が大事にしてるやつだから」
その一言に、友也の心が揺れた。
グラウンドの上では、今やほとんど「修一とエリック」の時間になっていた。エリックが応援するたびに歓声が上がり、女子生徒たちがスマホを構える。陸上部には正式なファンクラブまででき、二人の写真がSNSに溢れるようになった。
修一はますます速くなり、エリックはますます輝きを増す。
自分は、その二人を離れた場所から見つめ続けていた。
憧れているのに、羨ましくて仕方ない。
風が吹き抜けるグラウンドで、二人のスターが輝くたび、友也の心は少しずつ、確実に変わっていく。避けているエリックと、どう向き合えばいいのか。修一との穏やかな時間でやり過ごして、このままでいていいのか。
今日も練習が終わり、修一が慣れない笑顔で手を振る。その後ろで、エリックがこちらを見ていることに、友也は気づいていた。
放課後の校舎裏、夕陽が長く影を伸ばす場所。
エリックは友也を待ち伏せていた。いつもは人だかりができるエリックだが、今日は一人きり。修一の練習が終わった頃を見計らって、友也が一人で帰るところを待ちかまえていた。
「友也、待てよ」
友也は足を止めた。振り返ると、エリックが壁に寄りかかり、いつもの自信たっぷりな笑みを浮かべている。でも、目が少し違う。真剣で、どこか不安げだ。
「なんだよ。急いでるんだけど」
友也は素っ気なく答える。
エリックは深呼吸をして、思い切ったように言った。
「最近、お前僕のこと避けてるだろ。理由、教えてくれよ。僕の悪いところがあるなら、直す。怒ってるなら、謝るよ。何でもするからさ」
エリックの声は若干、震えていた。カリスマの仮面の下で、必死さが滲む。
友也は胸がざわついた。神々しいまでの容姿が、眩しい。クラスメイト全員、特に女子たちに人気を集めるエリックが、羨ましくて仕方ない、なんて言えない。自分の普通さが、胸をえぐるように刺激されるが、そんな弱い部分を晒せるはずがない。
友也は言葉を選びながら、言う。
「別に……避けてなんかないよ。ただ、お前の誰にでも良い顔するところが、気に食わないんだよ。俺がようやく修一と親しくなり始めたのに、お前まで近づいてきてさ。修一の練習に顔出したり、応援したり。何が目的だよ」
エリックは目を丸くした。予想外の言葉だったようだ。
「それは……お前が大事にしてる修一だから、僕も応援したいって思っただけだよ。良い顔してるつもりなんてない。僕はただ……」
「ただ、なんだよ。みんなにチヤホヤされて、満足か? 俺みたいな普通のやつは、邪魔だろ」
友也の言葉は止まらなかった。
苛立ちが募り、言ってはいけないとわかっていたのだが、止められなかった。
「それにさ、お前だって……電車で痴漢に遭ってても、騒ぎにしようとしなかった。もしかして、お前が望んでたんじゃないのか? そんな外見磨いて、みんなの視線集めてるんだからさ」
瞬間、エリックの顔が凍りついた。血の気が引くのがわかる。目が信じられないというように揺れ、唇が震える。
「お前……それ、なんだよ。本気で言ってんのか?」
友也はすぐにも後悔した。でも、すぐには引き返せない。
エリックは黙って友也を見つめ、それからゆっくりと首を振った。声は低く、抑揚がない。
「わかったよ。もう、いい」
エリックは踵を返して去っていった。
それから、エリックは誰とも口をきかなくなった。教室では一人で座り、視線を合わせない。修一の練習にも顔を出さなくなり、グラウンドの人だかりは減った。クラスの女子たちは心配そうに囁き合うが、エリックはただ、無表情で過ごす。
友也も、話しかけられない。後悔しきりだった。あの言葉は本心じゃなかった。修一に相談しようかと思ったが、それすらできない。
修一はエリックの変化に気づき、友也に尋ねてくる。
「エリック、どうしたんだろう? お前、何か知ってる?」
友也は首を振るだけ。胸の奥が痛い。
校庭の風は冷たく、冬の訪れを予感させる。
友情の残骸が、静かに散らばっていた。
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