4.三人の関係
エリックは教室の窓からグラウンドを眺めながら、指先で机の端を叩いていた。金色の髪が陽光に輝く。周囲の視線を集めているのに気づいていない。
(あの無表情な修一が、友也にだけ微笑んでる、みたい……)
胸の奥が、熱く疼く。
ただの「嫌だ」という感情じゃない。
友也の守ってくれる強さ、時折見せる照れた笑顔――その視線が少しでもあいつに向けられるのが、耐えられない。「なぜ僕じゃないの?」そんな思いが溢れそうになる。
外見で人を引きつけることに慣れている、それが友也には通用しない。
修一のような「ストイックで努力家」の姿が友也の心を掴むのか。修一の内面的な強さが、友也を引きつけるなら、自分の美しい見かけは意味ないじゃないか?
そんな自問が、黒い感情を増幅させる。冷えた渇望がうねる炎に変わる。
もし友也が、修一に本気で惹かれたら? 僕は、ただの守るべき存在?
みんな、自分を「王子」と崇めるのに、誰も本当の内面を見てくれない。友也だけは違う――と思っていた。でも、修一の出現で、その絆が揺らぐ、気がする。
ラブレターを投げつけた後、壁に頭を打ち付けたくなった。自分の幼稚さに。恥ずかしくてたまらなかった。
友也は「ぼーっとした性格」をからかうように守ってくれる。修一の努力の姿勢が、まるで鏡のように、自分の「ぼーっとした」部分を映し出す。
エリックはため息をつき、窓の外に視線を戻した。
グラウンドで、友也が修一に話しかけている。胸の疼きが、また強くなる。
(友也……僕のこと、ちゃんと見てよ。修一じゃなく、僕を)
週末の原宿・竹下通りは、人で溢れていた。
エリックは、最近さらに外見に磨きをかけていた。金色の髪を丁寧にセットし、淡いブルーのコンタクトを入れ、シンプルだけど洗練された私服を選ぶ。白のオーバーサイズシャツに、細身のパンツ、シルバーのアクセサリー。まるで海外のモデルみたいだ。
ストリートスナップのカメラマンに声をかけられた。
「すみません! 写真撮らせてもらえませんか? めっちゃ雰囲気あります!」
エリックは少し照れながらも、承諾した。笑顔でポーズを取った。雑誌のスナップページに載るのは、これで三回目だ。
月曜の朝、教室はエリックのことで話題が持ちきりだった。携帯を見て、騒いでいる。
「エリック王子、原宿のスナップに載ってる! やばいくらいかっこいい……」
「もう完全にモデルだよね」
エリックは気恥ずかしそうに笑う。内心、満足していた。
(友也、これ見てくれるかな……)
昼休み、グラウンドのベンチでエリックが一人で弁当を食べていると、修一が近づいてきた。
「……あの」
エリックはびくりと肩を震わせた。
「あ……修一くん」
修一は少し俯き加減で、ぽつりと聞いた。
「俺……何か、嫌われることした?」
エリックは首を振った。
「違うよ! ごめんね、あのときの手紙のことは……僕が悪かった」
修一は軽く首を振る。
「別に、気にしてない。でも、お前が怒ってるなら、理由、知りたかった」
エリックは申し訳なさそうに微笑み、修一の顔をまじまじと見た。
「修一くん、顔だち本当にかっこいいよね。もっと髪を伸ばして、前髪を斜めに流したら? それと、眉毛を整えてみたら……絶対もっと人気出るよ」
修一は目を丸くした。
「そう、か?」
「僕、修一くんのこと嫌いじゃないよ。むしろ、すごいって思ってる」
修一は数秒黙ってから、小さく頷いた。
「わかった。考えてみる」
そのやり取りを、校舎から友也が見ていた。
エリックが修一に笑顔で話しかけ、修一が珍しく口元を緩めている。
友也の胸が、ざわざわとする。
修一と、幼馴染のエリックが、仲良くなるのは、嬉しいはずなのに、なぜか心地悪い。
(俺は……何にイラついてんだ?)
友也は弁当箱の包みを握りしめ、視線を逸らした。
エリックは修一と別れた後、廊下で友也の背中を見つけて、駆け寄った。
「友也! さっき修一くんと話してたんだけど――」
友也は振り返り、少し硬い笑顔を作った。
「ああ……仲良くなったんだな」
エリックは友也の微妙な表情に気づき、少し不安そうに聞いた。
「……嫌?」
友也は首を振った。
「いや、別に。ただ……お前、最近すごく綺麗になってるなって思って」
「そ、そう……?」
エリックは、どきりと胸を高鳴らせた。
友也は目を逸らしながら、呟いた。
「スナップにも載ってたし……モテるよな、ますます」
「でも、僕が一番見てほしい人に、見てもらえてるか不安で……」
エリックは寂しげに笑った。
校庭のグラウンドは、午後の翳った陽射しを受けていた。トラックの白線に沿って、女子生徒たちが並び立っている。以前なら、陸上部の練習など誰も見向きもしなかったのに、今は違う。
スタートラインに立つ修一の姿は、まるで陸上専門誌の表紙から抜け出してきたようだ。引き締まった体、風を切るような走り。そしてその横には、スタートの合図をするエリックがいる。
「修一、今日もいけるぞ!」
エリックの声が響く。
少しハスキーで、どこか人を引きつける響きがある。彼は最近、髪を短く整え、制服の着こなしもより洗練されていた。整った顔立ちが、今はさらに磨きがかかり、近寄りがたささえ放つ。
友也はフェンスの外から、それを見ていた。
(俺は……やっぱり普通だ)
修一のスター性も、エリックのあの圧倒的な存在感も、自分にはないものだ。比べると、自分がちっぽけに見える。でもだからこそ、近付きたくなる。
友也は最近、エリックを避けていた。
代わりによく一緒にいるのは修一だ。練習が終わると、二人でコンビニに寄ったり、部室で他愛もない話をしたり。修一は口数が少ないが、友也の話をちゃんと聞いてくれる。エリックみたいに、どこに行っても視線を集めることもない。ただ、純粋に速く走りたいと言い、努力を重ねている。その姿が、友也には眩しくもあり、安心もできる。
「友也、今日も見ててくれたんだ。ありがと」
練習を終えた修一が、汗を拭きながら近づいてきた。息が少し上がっているが、笑顔は晴れやかだ。
「まあ、暇だったから」
友也はそっけなく答える。
修一はそんな友也の態度にも慣れた様子で、肩を軽く叩いた。
「エリックがさ、最近めっちゃ応援してくれるんだよね。おかげで観客増えて、ちょっと照れるけど……嬉しいよ」
その言葉に、友也の表情がわずかに曇る。
エリックは確かに変わった。以前はどこか尖っていて、友也に対しても感情をぶつけてきた時期があった。あの頃のことを、エリックは心が荒れていたと謝ってきた。理由は語られなかったが、友也はなんとなく察していた。エリックは完璧に見えて、実は誰よりも自分を追い詰めているタイプなのだ。
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