2. ヒーロー
放課後の教室は、夕陽がオレンジ色に染めていた。
エリックは窓際の席で、女子たちに囲まれていた。
「今週末の映画、付き合ってくれない?」
「私のお誕生日パーティーにも来てほしいな!」
エリックは困ったような、でも優しい笑顔で答える。
「うん、みんなと一緒なら……」
その様子を、教室の入り口から友也が見ていた。眉を寄せ、息をつく。
女子たちが去った後、友也はエリックの席に近づいた。
「また全部受けたのか?」
エリックは帰り支度をしながら、にこりと笑った。
「みんな、楽しみにしてくれてるみたいだから……」
友也は机に手をつき、エリックをまっすぐ見た。
「ちゃんと一線引けよ。お前、優しすぎるから、相手が本気で期待しちまうだろ。後で傷つけることになるぞ」
エリックは目を伏せた。
「……僕も、片想いの辛さ、知ってるから」
小声で呟く。友也には聞こえなかった。
友也はエリックの肩を軽く叩いた。
「とにかく、危なっかしいんだよ、お前は。俺が守ってやるからって、調子に乗るなよ」
エリックは胸がきゅっと締めつけられるのを感じた。わざと友也の前で危なかっしく振る舞っている自覚があった。
次の日の朝の電車。
エリックは声を上げずに、身体を硬くした。
友也が気づいてくれるのを、期待しながら。
また、後ろから手が伸びてきていた。太ももに触れている。
友也がすかさず割り込んできた。男を睨みつけ、エリックを自分の腕の中に引き込む。
「大丈夫か?」
エリックは友也の胸に顔を寄せ、小さく頷いた。
「……ありがとう、友也」
(もっと、僕のこと心配して)
エリックと友也は校門を抜けて、昇降口に入った。
「友也くん、いつもエリックくんのそばにいて、邪魔だよね」
「エリック王子、友也がいなかったら、もっと私達と遊べるのに」
廊下で、そんな陰口が聞こえてくる。
友也は気にしないふりをしていた。
昼休み、屋上で二人きりになったとき。
エリックは友也の袖を引いた。
「友也……ごめんね。僕のせいで、みんなに嫌われちゃって」
友也は屋上のフェンスに寄りかかり、青空を見上げた。
「別にいいよ」
「……僕、友也が大事だよ」
友也は少し照れたように笑った。
「幼馴染だろ。当たり前だ」
エリックは唇を噛んだ。
(気づいてよ、友也。この気持ち)
夕方、帰りの電車。
混雑の中でまた、男がエリックの背中に抱きつくように密着している。
エリックはわざと友也から少し離れていた。
友也はすぐに気づき、怒った顔で近づいて、エリックを抱き寄せた。
「エリック! なんで離れるんだよ! 危ないってわかってんだろ!」
エリックは友也の腕の中で、息を吐いた。
「……ごめん」
友也はエリックの頭を軽く叩き、強く抱きしめた。
「お前、本当に……俺がいないとダメだな」
エリックは目を閉じた。
(うん……友也がいないと、僕、ダメなんだ)
駅から出て、川沿いの土手を二人は歩く。風がやや冷たくなってきた秋の夕方。
エリックは金色の髪を風になびかせながら、友也の横顔を盗み見ていた。
友也が、呆れた調子で口を開いた。
「お前さ、油断すんなよ。さっきも電車で変な奴にひっつかれていただろ。もっと周り見て歩けって」
エリックは、ふっと息を吐いて、友也をまっすぐ見た。
「……ねえ、友也」
「ん?」
「僕のこと、どう思ってる?」
友也は少し驚いた顔で見返した。
「どうって……幼馴染だろ。昔から一緒で」
エリックは唇を噛んだ。
「それじゃなくて……みんなが『王子』って言うけど、友也はどう思うの?」
友也は肩をすくめて、軽く笑った。
「俺は、お前みたいな美形のぼーっとした奴は、正直、願い下げだよ。守るの疲れるし」
その一言で、エリックの胸が、ぎゅっと締めつけられた。目が熱くなる。視界が、少し歪む。
「……そっか」 声が震えた。
「じゃあ……優しくするなよ」
エリックは突然声を荒げ、友也から一歩離れた。
「いつも守ってくれるくせに! 心配してくれるくせに! そんなこと言うなら、優しくしないでよ!」
友也が目を丸くする。
「お、おい、エリック……?」
エリックは俯いて、拳を握りしめた。
「僕、顔がいいだけなんだ。みんなそれだけで寄ってくる。ボタン取られたり、隠し撮りされたり、合コンに呼ばれたり……全部、顔のせいだよ」
声が、涙で詰まる。
「でも、そんなの意味ない。好きな人に……好かれないんじゃ、意味がないよ!」
最後の言葉は、ほとんど叫びに近かった。
「え、ちょっと待てよ……落ち着けって。顔がいいんだから、うらやましいよ。モテるのいいじゃないか……」
「それ!!」
エリックは顔を上げ、潤んだ目で友也を睨んだ。
「それが一番嫌なんだよ! 友也にまで、そう言われるの!」
エリックが、こんなに感情を剥き出しにするのは、初めて見た。
友也は困惑したまま、ゆっくりとエリックの肩に手を置いた。
「いや……俺が、悪かった。お前、結構悩んでたんだな」
「……ごめん。変なこと言って」
エリックはすぐに後悔して、目を逸らした。
友也の手の温もりを感じて、胸がまた痛くなる。
風が二人の間を通り抜けていく。
エリックは涙を堪えて、小さく笑った。
「……もういいよ。帰ろう」
友也は何か言いたげだったが、頷いた。
二人はT字路で、またなと言い合って分かれる。
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