03章 元総理暗殺のおさらい
逆さベア元総理が倒れた瞬間、世界は二つに割れた。
信じる者と、疑う者。
そして疑う者の中に、グラフェンマン――リュウホウはいた。
「……あまりにも、芝居が下手だ」
リュウホウは、地下ネットワークに流れてきた一枚の画像を拡大する。
それは逆さベアが倒れる直前、腋の下に“割れていない血のりパック”が不自然に膨らんで写っている写真だった。
本物の暗殺なら、ありえない。
警察は「確認できない」と言い、
メディアは「陰謀論」と一蹴した。
だが、それが示していたのは――全員が同じ脚本を読んでいるという事実だった。
犯人役とされた男は、空砲しか撃てない銃を渡されていた。
彼が「本当に殺した」と信じているのか、
それとも「役を演じている」と理解しているのか。
それすら、誰にもわからない。
逆さベアの体からは、銃弾は一切見つからなかった。
傷口の位置も、犯人の立ち位置からでは説明がつかない。
「最初は、やらせだったんだ」
リュウホウは呟く。
「だが途中で……“本物”に切り替わった」
一方その頃、支配者DSに雇われた怪人、
**高地位早成子**は、無言で映像を見下ろしていた。
鹿のような細い首筋。
コモドドラゴン由来の鱗が、背中にうっすらと浮かぶ。
「裏切り者は、象徴として処理する必要がある」
彼女の声は冷静だった。
逆さベアは、T1教会の一部と共に、DSの意向から逸脱した。
祖父の代から続くGHQ時代の密約、
朝鮮半島への資金ルート、
軍事国家化を抑えるための“見えない鎖”。
それらを断ち切ろうとした瞬間、
逆さベアは“生かしておけない存在”になった。
「茶番は、観客が真実に気づいた瞬間、危険になる」
高地位はそう判断した。
だからこそ、
やらせは途中から本物へと変質した。
さらに世間を凍らせたのは、
逆さベアの妻が、悲嘆に暮れる暇もなく
相続税を回避するための手続きを即座に行ったという噂だった。
真偽は不明。
だが、人々の心には疑念が芽生えた。
「悲しみは、どこへ行った?」
疑念は、支配者にとって最も危険な感情だった。
その混乱の裏側で、
ビール・ゲッツの娘、ブレンダは静かに動いていた。
彼女の目指す世界支配は、悪意のないもの。
管理と最適化による、争いのない世界。
「DSは古すぎるわ。恐怖で支配する時代は終わった」
ブレンダは、リュウホウが何を考えているか想像する。
庶民が主導する世界改変。
それは危険で、だが可能性に満ちている。
リュウホウは確信する。
逆さベアの“死”は、
DS・T1教会・警察・メディア――
旧世界の支配構造が一斉に浮かび上がった分岐点だと。
「ここからだ」
グラフェンマンは立ち上がる。
「支配を暴くのではない。
支配の形そのものを、書き換える」
高地位早成子は怪人として動き出し、
ブレンダは静かな支配を設計し、
そしてグラフェンマンは――
庶民の側から、世界を再配線しようとしていた。




