01章 鹿怪人の女総理誕生
青だった。
スーツも、ネクタイも、胸元のブローチまでも。
都内某所、総理官邸の地下にある“会議室とは呼べない部屋”で、高地位早成子
は鏡に映る自分を見つめていた。
「……青、ね」
耳の奥で、あの男の声が反響する。
――ビール・ゲッツ。
支配者DSの表の顔を担う男であり、イルミナティカードの解釈者。
『次のフェーズでは“青”だ。カードがそう告げている』
『色は記号だ。記号は現実を動かす』
高地位は鼻で笑った。
「煽って煽って煽って……(服装も)青って」
彼女の背後で、影がゆらりと揺れた。
鹿の角のようなシルエットが、一瞬だけ壁に浮かぶ。
鹿とコモドドラゴン――二つの遺伝子を掛け合わされた怪人としての本性は、まだ誰にも知られていない。
「中国との戦争、台湾有事……次は何を煽れっていうの?」
『全部だ』
『恐怖は最も効率のいい投資促進剤だ』
通信は一方的に切れた。
数日後。
都内ホテルで開催された、サウジアラビア系ファンド主催の国際金融会合。
壇上に立った高地位早成子は、完璧な“青”に包まれていた。
照明を反射するその姿は、どこか人間離れして見える。
彼女は原稿から目を離し、突然、口角を上げた。
「ジャスト・シャット・ユア・マウス&インベスト・エブリシング・イン・ミー」
会場が、一瞬、凍りつく。
「――いいから黙って、全部、私に投資しろ」
人気漫画『進撃の大きな人』のセリフ。
サウジでも知られている“はず”の言葉。
だが、通訳が一拍遅れ、英語の発音は微妙に揺れ、
投資家たちの表情はそろって「ポカン」としたものになる。
(……ああ、反応が薄い)
高地位の瞳が、かすかに爬虫類のそれへと変わる。
(でも、これでいい)
彼女の任務は「成功」ではない。
世界を煽り、分断し、次の段階へ進めること。
その頃、別の場所では――
悪意なき世界支配を目指す勢力の一人、ブレンダが、モニター越しにその様子を見ていた。
「……鹿怪人、ついに表に出たわね」
彼女の隣で、リュウホウが腕を組む。
「庶民が主導する世界に変えるためには、ああいう“分かりやすい支配者”が必要になる」
「敵は、姿を現してくれたほうがいい」
モニターの中で、高地位早成子は微笑んでいた。
その背後に、誰にも見えないはずの影――
巨大な鹿の角と、コモドドラゴンの尾が、ゆっくりと蠢く。
こうして、
鹿怪人の女総理は誕生した。
世界が、次の章へ進む音がした。




