3章45話「並び立つ、その先へ」
3章45話「並び立つ、その先へ」
演武場の空気が、これまでとは違っていた。
観客席は静まり返っている。
誰もが、これが“最後”だと理解していた。
円形の闘技場。
その中央で、二人が向かい合う。
ユウ・ヴァルロード。
そして――リリス・フォン・グレイハルト。
婚約者同士。
だが今は、それ以上でも以下でもない。
「……ユウ様」
リリスが、静かに名を呼ぶ。
その声に、揺れはない。
学園で鍛え上げられた、冷静な響き。
「本気で行きます」
「ああ。僕もだ」
短いやり取り。
それだけで十分だった。
合図の鐘が鳴る。
リリスが、即座に距離を取った。
後退ではない。
“戦う距離”を作るための一歩。
そして、迷いなく詠唱に入る。
「――《風刃、展開》」
詠唱は正確で、淀みがない。
圧縮された風が、三方向に分かれて形成される。
同時に、剣を抜く。
攻めの構えではない。
身体の前で刃を立て、角度を調整する。
(来ます)
その判断は正しい。
ユウは、すでに動いていた。
真正面からは行かない。
斜め、さらに半歩内側。
リリスの魔法射程に入る“直前”で止まる。
「――《放て》!」
風刃が解き放たれる。
三本同時。
逃げ場を削る配置。
だが、ユウは退かない。
一歩、前。
風刃の一つが、肩口を掠める。
布が裂けるが、致命にはならない。
その代わり――
ユウは、もう一つ距離を詰めた。
(……速い)
リリスの判断は早い。
剣を前に出し、身体を半身にする。
攻めない。
ただ、来るものを捌く構え。
ユウの剣が振られる。
速い。
だが直線的ではない。
リリスは剣を“当てに行かない”。
刃の腹で受け、流す。
金属音が一度。
衝撃が、腕に伝わる。
(重い……!)
力で押しているわけではない。
だが、剣の“軸”がぶれない。
ユウは、押し切らない。
すぐに剣を引き、位置を変える。
リリスは追わない。
距離を保ち、再び詠唱。
「――《風壁、前面》」
薄いが、展開が早い防御魔法。
その内側で、呼吸を整える。
(焦ってはダメ。
この人は、焦った瞬間を狙う)
正解だった。
ユウは、魔法を壊しに行かない。
代わりに、左へ回る。
円の端を使い、角度を変える。
(……詠唱できる位置が、減っていく)
リリスは気づく。
ユウは攻めているのではない。
“立てる場所”を制限している。
「――《風刃、再構築》」
詠唱を続けながら、後退。
剣は、完全に防御専念。
ユウの剣が、再び来る。
今度は速さではない。
“間”をずらしてくる。
一拍遅らせた踏み込み。
リリスは、剣で受ける。
受けた瞬間――
ユウの剣が、滑るように角度を変えた。
刃が、剣の鍔に触れる。
(……しまっ)
手首が、わずかに開く。
その隙を、ユウは見逃さない。
一歩、内側。
リリスの剣先が、ユウの肩に届く距離。
だが、その前に――
ユウの剣が、彼女の喉元で止まった。
完全に止めている。
触れてはいない。
沈黙。
詠唱は途切れ、風が消える。
リリスは、ゆっくりと剣を下ろした。
「……負けました」
その声は、静かだった。
悔しさはある。
だが、それ以上に――納得があった。
ユウも剣を収める。
「強かったよ」
「……ありがとうございます」
一礼。
審判の声が、遅れて響く。
観客席は、すぐには騒がなかった。
誰もが、今の一戦を噛み締めていた。
魔法と剣。
攻めと守り。
先に奪う者と、冷静に捌く者。
そして――
最後まで崩れなかった二人。
リリスは、顔を上げて微笑む。
「……隣に立つ理由が、よく分かる戦いでした」
「僕もだ」
それ以上は言わない。
この戦いが、
二人にとって“通過点”であることを、
互いに理解していたから。
ランキング戦は、ここで終わる。
だが――
並び立つ未来は、ここから始まる。




